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閉校記念
作:所出ひらむき



第1章 風景詩


ここにこうして来るのは24年ぶりだった。
それまでにも来る事は出来きたが、
なかなか足が向かなかった。
校門は固く閉ざされ静寂が辺りを包んでいた。
周辺の田んぼには水が張られ農業機械のエンジン音が聞こえてきている。
田植えの季節になったのだ。
初夏の薫風が心地よく感じられた
校門脇に植えられたツツジが薄紅色の花をつけゆれていた。
雑草がところどころに芽吹き手入れがなされていない事が分かる。
校門の外から敷地内の植え込みを見ても同様に雑草が目立った。
かつて走り回ったグランドはかろうじて雑草の侵食を免れていたが
あと何年かすれば緑に染まるはずだ。
懐かしさ、寂しさの思いを胸に周囲を見回していた。
周りの風景は変わっていない。
男は車からカメラと三脚を持ち出して校門に向けてセッティングした。
日曜日だから同様なことをやりに来ている卒業生がいるのではと
期待したが誰も来てはいないようだ。
閉校してから2年が経ったのだから
そんなことは皆やり終えているのかもしれない。
一人で記念撮影は気恥ずかしいものがある。
さっさと事を終えて撤収しよう。
同類がいたのならばそれはそれで好都合。
液晶画面を覗きながら最適な位置を探した。
やはり校名プレートの脇に立つのがいい。
フレームを合わせてセルフタイマーモードにしてシャッターを押した。
校名プレートの脇に立ったがポーズまで考えてはいなかったようで、
腕組みをしたり、手を後ろで組んだりして落ち着かなかった。
タイムアップ予告の音が聞こえると慌てて腕組みをした。

少子化の影響は平野部の真ん中にあるこの高校にまで影響していた。
周辺の住宅街や少し離れた市街化区域からの子供を受け入れ
一時は全校で1200人にもなる高校だった。
それが一昨年の3月に僅か29年の歴史に幕を閉じた。
最後の卒業生は70名足らずだった。
29年前は周辺自治体からの強い要望で
田んぼの真ん中に作られた新設校だった。
それが思いもよらぬ形で時代の波に飲み込まれた。
近隣の公立高校に吸収併合されるという卒業生にとっては
ある意味で屈辱的な「消滅」だった。
ただしそう考えていたのは一部の卒業生だけであって
他のほとんどの卒業生は時代の流れとばかりに静観または無視していた。
その程度の学校だったし思い出だったのかもしれない。

男は液晶を覗き込んで出来映えを確認していた。
自分の顔へのピントが甘いように思えた。
撮り直すかその男は迷っていた。
そこへ一台の車が入ってきてゆっくりと止まった。
その車の中には二人の人影がある。
その二人は校舎を指差しながら何事かを喋っているようだった。
男はその車を無視するかのごとく三脚からカメラを外した。
後方でドアの閉まる音がした。
誰かが降りたようだ。
撤収、男は三脚をたたむ手を早めた。
「やっぱりい!」
女性の声を聞き男は振り向いた。
トレーナーにジーンズ姿、メガネにウェーブのかかった髪。
穏やかそうな顔立ち。
その中年女性は笑顔を男に向けた。
右のほほにはやや大きめのえくぼ。
顔の輪郭はやや変わってしまったようだが、
男にとって忘れる事が出来ない女性だった。
「啓太君!」
そう言うとその女性は一旦口ごもった。
「片山さん。」
そう言いなおすと女性は懐かしそうに男を見ていた。
「かわってなあい!」
その男、片山はその女性の名前を思い出していた。
だが簡単にその名を口にするのは気が引けた。
いきなりの再会。
三脚はたたみ終わったがその場に立ちすくんでいた。
その女性は自分の名前を思い出してもらえないと思ったのか、
メガネを外し髪を後ろに引き寄せた。
「私よ!覚えてない?」
忘れるわけはなかった。
「友明さん。ひ、久しぶりです。あ、旧姓ですよね、友明って。」
片山はどもりながら女性の名前を口にした。
あまりに突然の再会にしどろもどろになっていた。
「残念でした。今も、と、も、あ、き、ですっ。」
「えっ?」
結婚して姓が変わっているはずだと男は思い込んでいた。
「訳あってシングルマザーしてます。」
その女性、友明は屈託のない笑顔を見せていた。
シングル・マザー?
何か事情がありそうだと片山は勘ぐった。
だがそれを聞くのはルール違反だと思いとどまった。
それ以上に片山は懐かしさに心が奪われていた。
その喋り方、その仕草、昔のままだった。
「片山さんは当然ご結婚されてお子さんもいるんですよね?」
緊張の糸がほぐれたのかようやく片山の顔に表情が戻った。
「子供が二人。今は古御野に住んでます。」
「ええ!古御野に?お仕事の都合か何かで?」
「いいや。職場は今も招沢。」
「招沢工業、でしたっけ?」
「そ、そうです。」
友明は片山の手に握られたカメラを気にした。
「もしかして、記念撮影?」
片山は年甲斐もなく顔を赤くした。
「校門の前で一枚くらいは撮っておこうと思って。
閉校したのは新聞とかで知っていたけど、
いざその時になってみると気持ちが乗らなくて今日まで何も出来なかった。」
三脚を肩に担ぎあげるとカメラの見せた。
「ああ〜、分かります、その気持ち。」
片山は友明が乗ってきた車を気にした。
シルバーの軽四の中に人影が残っていた。
友明は片山の視線を察した。
「娘です。遊びに行った帰りなんですよお。
月金で私が仕事に出てますから、なかなか相手をしてやれなくて。
日曜日は親子でよく出掛けるんです。」
友明は自分の車を見やると手を後ろで組んだ。
「セルフでしょ?ちゃんと撮れましたあ?」
「顔にピントが合ってないようなんだ。」
「一人でセルフやると時々あるんですよねえ。
そうだ!私が撮ってあげます。
ボタンを押すだけでしょう?」
友明は興味深くカメラを覗いた。
「デジカメ?一眼ですよね。」
「それでは。ちょっと待ってくださいね。設定を変ます。」
カメラを裏返して背面を覗き込んだ。
「古いから使いづらくて困るん、困ります。」
そう言いつつ液晶を見ながら背面ボタンを押していた。
一通り設定を終えるともう一度画面をスクロールして確認していた。
「これでヨシッと。お願いできますか?」
「はい。」
友明は笑顔でカメラを受け取った。
片山は校名プレートの横まで小走りで近づいた。
「この辺ですかア?」
カメラを構えた友明に位置を確認した。
「はい。そこです。いいですかあ?はい、チーズ!」
片山は腕組みをしてカメラに収まった。
「ありがとうございます。」
返されたカメラの液晶で画像を確認した。
さっきよりはピントは合っているようだった。
自宅のパソコンで見てみないと出来具合は分からない。
小さな液晶画面で細部までチェックするのは無理があった。
「よさそうです。ありがとうございます。」
礼を言う片山に友明は頷いてみせた。
「あのお、お願いがあるんだけど。」
「何、なんですか?」
「私もそのカメラで撮ってくれません?」
「いいけど。」
撮った後の画像をどうするのか心配になった。
プリントアウトした場合は郵送か宅配になる。
データのままだとメール添付だと片山は考えていた。
それ以外にこの場で何とかなる方法を片山は思いついた。
「友明さんの持ってるケータイの記録カードは?」
「あ、車の中です。ケータイでどうするんですか?
ケータイで撮る写真は好きじゃないんですよお。」
申し訳無さそうに友明は手を横に振った。
片山はデジカメからカードを抜き出して友明に説明をした。
ケータイに挿入されている記録カードが同じならば
そのカードをこの場でデジカメに差し替えて撮影できる。
そのままカードを返せば面倒な事はやらなくて済むと。
「私のケータイ、古いんですけど。カード?
それよりも小さかったはずですよお。」
片山は絶句した。
「それじゃあ・・・・」
友明は何事か思案していた。
「後で画像データをメールで送ってくれませんか?
メアドは教えますから。」
「友明さんもデジカメは持ってるでしょう?」
「デジカメは持ってないんです。」
友明は笑顔で答えた。
デジカメを持っていないとはいまどき珍しい。
そう思いつつも友明の要望に答えることにした。
三脚はその場に置いて片山は友明を校名プレートの脇に立たせた。
友明はお腹の前で手を重ねた。
穏やかな微笑み、凛とした姿勢。
母親としての年輪がその姿からあふれていた。
こうして見るとスタイルは高校時代と変わってないようだ。
シャッターを押した。
「ありがとうございます。」
友明は軽く頭を下げた。
「娘さんと一緒に撮ってはどうですか?」
もちろん無理にとは言えないことは片山も分かっていた。
「娘はこの学校と関係ないですから。」
思いつきで提案してみたが断られることを片山は予想していた。
思いもよらず高校時代に好きだった女性と再会してしまった。
懐かしさでいっぱいだった。
悪い夢でも見ているようだと片山は思った。
幾分硬い表情のまま片山は撮影画像を確認した。
問題無さそうだ。
「どうですかあ?」
友明が覗き込んできた。
いつもとは違うフローラルの香りを感じた。
「大丈夫そうですね。それじゃあ、これメールで。」
「メアドですけど・・・・」
友明はメアドを言いかけたが片山はそれを制止した。
「メモ持ってきます。」
三脚を拾い上げて車まで小走りに向った。
ナビシートに三脚とカメラを置き、
グローブボックスからメモとボールペンを取り出した。
振り向いたときには友明は片山の車のすぐ近くまで来ていた。
「申し訳ない。文字の羅列は覚え切れないもんで。」
それを聞いて友明は失笑した。
「相変わらずねえ。」
友明はメアドを片山に伝えた。
パソコン用だと補足した。
片山はお世辞にもきれいとはいえない文字で書き留めた。
「それじゃあ、この画像データは今晩にでも送っておきます。」
「わああ。楽しみい。」
友明は一人ではしゃいだ。
お互いに年齢を重ねてしまったのは顔を見れば明らかだった。
だがこうして喋ってみると経過した時間を忘れてしまいそうだった。
片山はまだ緊張しているのか、友明との受け答えは丁寧なままだった。
高校時代はぞんざいな言葉遣いだったのに。
「片山さん、この後の予定は?」
「そろそろ帰る時間かな。」
片山は腕時計をチラッと見た。
「久しぶりだからお茶でもと思ったんだけど。」
友明は首を傾けて視線を落とした。
片山ももう少し話をしていたいと思っていた。
「うちの嫁、時間に厳しいんですよ。
今日もカメラマンを嫁に頼んだんですけど、
ヒマじゃないって断られました。」
苦笑いを浮かべて片山は事情を話した。
「主婦は忙しいんですよお。」
友明は笑顔で答えた。
「おかあさん!」
軽四の窓から声が聞こえてきた。
窓から覗いた顔と声の感じから中学生くらいの娘だなと片山は思った。
友明は車に向って手を振った。
「メール、お願いしますね。」
「はい。確かに。」
「失礼します。」
友明は自分の車に戻っていった。
片山はその後姿を見送った。
何度か呼び止めようとしたが声が出なかった。
片山も白いミニバンに乗り込んだ。
それぞれの車に乗り込むと別々の方角へ走り去った。
雀の鳴き声と農業機械のエンジン音だけが遠く静かに聞こえていた。
吹く風は緩やかで周りの風景を軽やかに包み込んでいた。
その薫風の中、
生徒を飲み込まなくなった校舎だけが静かにたたずみ、
卒業生の再会を見守っていた。


















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