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Silver Girl 作者:秋保千代子
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前に訪れた時と同じ部屋に、主上と政木は通された。
上座に座り、その右手に、里の長老が腰を下ろす。
正面の戸口からは、幼い子供達が4人、気遣わしげに中を覗いている。
左手には、高埜とセナと、赤ん坊。
「生まれてどれくらい経つ?」
「もうすぐ八月ほど…」
ひざの上に眠る赤ん坊を乗せ、セナが俯いて答えた。
主上はため息を漏らした。
セナは子を生んでいた。それも男の子を。
夫を持たぬ少女の妊娠、出産に、村中が戸惑った。だが、時期から推察するに、秋に訪れた国王一行の誰かが父親だろう。勿論、高埜も、長老もそう考えた。だから、セナに父親を尋ね、そして。
ふと気付くと、政木が横目で睨んできていた。王は苦々しい気分になった。
「間違いなく」
「そうでしょうとも」
政木がさらに目を細める。
「お元気でしたものね」
主上はちっと舌を打った。
「見ていたのか、悪趣味な奴め」
再びため息。
政木の口からも、ため息が漏れる。
重苦しい沈黙が降りてくる
「主上には、皇后様も、皇太子様もいらっしゃいますゆえ」
それを破って口を開いたのは、里の長老だった。
「この子がいることをお告げすると、国の為にならぬと思いましたゆえ」
普段より早口にまくし立てる。
「この子はこの里で育て、主上とは何の関係も持たせぬが良いと考えましたゆえ」
「都に知らせを遣らなかった」
怒りのこもった声。
長老は縮こまった。
その姿と高埜の皺の多い顔をちらりと見遣ってから、セナに視線を移す。
「セナ」
そう言えば、名を呼ぶのは初めてかもしれない。ふとそう思った。
うつむいたままだった少女が、顔を上げる。
記憶にあるより、ずっとやつれた顔を。
「何故、私に知らせなかった」
そう言うと、少女の顔が歪んだ。
「長老様に止められたからです」
高埜が横でうなずく。
つまり。
「お前一人の考えで、この子は今日までこの里に隠されていたわけか」
この翁は、子を隠すことに躍起になっていたのだ。国を思うばかりに。
その過程で、この家族を傷つけることも多かったに違いない。どのようなやり取りが交わされたのか、詳しく聞こうとは思わないが、彼らの様子を見ていると漠然とそれを感じる。
長老が顔を伏せた。
三度、息を吐く。さっきより長く。そして。
「紛れもなく私の子であるならば」
言って、顔を上げた。
「私は、その子を守り育てるつもりがあるが」
部屋中を見回す。
翁は平伏したまま。
高埜はうつむき、戸口の子供達は主上の顔をじっと見つめている。
「勿論、その母親も」
「ですが!」
がばっと、高埜が顔を上げた。
「この家はしがない職人の家。とてもとても、高貴な方と交わるような家では…」
掠れた声で言い募る刀匠に、主上は笑いかけた。
「だが、現実に、お前の娘が私の子を産んだ」
高埜は大きく目を見開いて、じっと見つめてきた。
その隣で、セナも。
「愉快な顔をしているな」
ボソリとつぶやいて。
今にも泣き出しそうに、鼻の頭に皺を寄せ、瞳を潤ませた少女に向かって。
「セナ」
不思議な感覚でもって、もう一度名を呼んだ。
「はい、主上」
応える少女の声は、どこかぼうっとしている。
「引き続き、お前がその子をこの里で育てるといっても、援助は惜しまぬつもりだ」
そこで少し息を吸い、次は一気に言い放った。
「だが、私としては、これ以外の手段で子への愛を示したい」
「はあ」
気合の入った言葉に対して、気の抜けた返事だ。だが、聴いていないわけではない。
主上は苦笑いした。
「都に――私の宮に来るか?」
少女はきょとんとしている。
噴出しそうになるのを堪えて、主上はその横に座る彼女の父親に向き直り、声をかけた。
「高埜」
「はい」
高埜は背筋を伸ばした。
「王としてではなく… 一人の男として訊ねたいのだが」
そう言ったくせに。高慢な声で告げる。
「お主の娘を、私に委ねないか」
見る見るうちに、高埜の顔が崩れた。
皺だらけの頬を涙が伝う。
「政木」
「はい」
ちらと横を見ると、いつも通り取り澄ました顔の従者。
「明日一番に、宮に使いを立てろ」



馬に乗るのは初めてだ。
後ろに支えてくれる人がいなかったら、とっくに振り落とされているだろう。
ガチガチに固まった体で、騎乗の人となって数分と経っていないセナは思った。
「緊張しているな」
後ろから、主上が声をかける。
「だが、お前が緊張すると、馬も緊張する。力を抜いたほうが、馬もお前を落としはしない」
ずっと夢に見ていた声が、現実に聞こえる。
この事態に頭が付いていっていなくて、それも緊張の原因にあるのかな。セナはそう思い、息を吐いた。
子を孕んでいると分かった時の驚き。それを父に知られた時の悲しい想い。産む時の苦しみと、翁の罵声。今は何もかもが遠い。
――結婚して、その人の子供を産んで、幸せに。
こんな願いはもう叶わないとも思った。
一方で、それでも構わないと思った。初めて好きになった人の子供。これ以上の宝などありはしない。
――子を孕ませだだけで振り向きもしない男のことなんか忘れなよ!
シノはそう言った。相手が国の王だと知っても、尚言い募った。
――私は、私の友達を傷つけられたことを怒ってるの。
そう叫んでから、泣きそうな声で付け加えた。
「セナにも幸せになってほしいんだもの」
微笑んで、有難う、と告げると、彼女は泣き出してしまった。
父と、彼女は、最初から育てることを後押ししてくれた。邪魔者扱いする長老から、何だかんだとかばってもくれた。
そんな人達と。
――この子とずっと、静かに暮らしていければそれでいい。
それが自分の幸せだと。思ったか、思おうとしていたのか。
視線を落とすと、葡萄色の衣装。
都に旅立つことになったセナに、シノが贈ったもの。
里を立つ一行を見送ろうと集まった人の中に、彼女はいた。
目を真っ赤に腫らし、見上げてくる。
「シノ!」
呼ぶと、彼女の目の端から涙が零れるのが見えた。
その横に、同じような眼をした高埜。だが、彼は笑っていた。
――大丈夫。家の心配は要らないよ。
そう、父は笑った。
――私が働けば、トオルもカケルもユキもハナも、皆で元気に暮らしていける。お前は、自分と自分の子のことを考えなさい。
そして、蔭の消えた笑顔で言った。
「もう、お酒は呑まないから」
そう言われ、セナも笑ってしまった。
微笑む父の横で、ハナが喜んでいる。幼い彼女にとって、姉が綺麗に着飾った姿を見るのは、ただ楽しいだけのことなのだ。
その分まで、ユキが大声を上げて泣きじゃくっている。
それを黙らそうとしているトオルとカケルも泣き顔だ。
「主上」
馬の横に長老が立つ。
王は傲慢に言い放った。
「この里は、豊かな里だな。今後も、国に尽くせ」
翁は静かに頷いた。昨夜より、少し体が萎んだように見えるのは気のせいかもしれない。
「この里で生み出された武器が、主上の宿願を果たすのに役立てば幸いでございます」
先頭に立つ者が、出立を告げる。
列は静かに動き出した。
ユキの泣き声が一段と大きくなって。
思わず振り返った。
「大丈夫だ。今生の別れではない」
後ろに座った人はそう言って、大きな手で頭を撫でてくれた。
「お前が好きな時に、好きなだけ訪れよう。約束する」
セナは目を丸くした。
「国の王が、一介の村娘に約束などなさるのですか?」
その言葉に、主上の顔が歪む。
「お前はもう、私の妻だ。一介の村娘などではないぞ」
すねた声。
セナの顔がほころぶ。
その頭をもう一度撫でられる。
こんなこと、二度とないと思っていたのに。
あの丘でお別れだと思っていたのに。
――結婚して、その人の子供を産んで、幸せに。
こんな願いはもう叶わないと思っていたのに。
そっと胸に抱いた子の顔をのぞきこむ。
子どもは泣くことなく、母親の腕の中できょろきょろと目を動かしていた。

その子も馬の歩みにあわせて、体が揺れる。
セナは自分と子の体の重みを、後ろに座る人に預けてみた。
それを、その人は何も言わずに支えてくれる。
セナは微笑んで、目を閉じた。
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