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Silver Girl 作者:秋保千代子
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四日目。
その日出来たものは、様子を見にきた隣の工場の主が絶賛するほどの物になった。
調子付いた高埜は、その晩帰らなかった。
家に残る弟、妹達も心配だったが、父も心配で、結局セナも残った。
そして、翌、五日目の朝。
「調子はどうかな?」
工場に現れた人物に、親子は目を見開いた。
「主上… わざわざ二度も足をお運びいただかなくても、お呼びがあれば参上しましたものを」
「いや、楽しくて来ているのだよ」
そう言って、平伏す親子に笑いかけた。
そして、工場の主が勧めるより早く、一国の主は手近にあった椅子に腰を下ろした。
その後ろには、油断なく回りに目を配る政木。
やることなすこと――考えることも、その周りを囲うものも、何もかもがセナの知るものとは違うと感じる。
「…無事、今宵の宴には良き物を献上できるかと思います」
「楽しみにしている」
高埜が静かに述べると、主上は鷹揚にうなずいた。
「今宵は、お主達親子も参加してくれるのだな」
「お許しいただけますならば、この…」
と、高埜がセナを見遣る。
「下の子供達も」
「許すも何も、連れて来ると良い」
ありがとうございます、と親子は口を揃えた。
「楽しみにしている」
もう一度言い、主上は立ち上がった。
そして戸口に向かい、ふと気付いたかのように振り返る。
その振り返った視線はセナに向けられた。
「ちゃんと寝てからくるように」
セナはポカンとした。その表情に、くっくっと、主上は喉を鳴らす。
「ひどい隈だ」
セナの頬が赤く染まる。
主上の笑いがますますひどくなる。
「日焼けといい、そなたは愉快な顔をしていることが多い」
セナが真っ赤になって立ち尽くす横で、高埜も真っ赤な顔をして俯いていた。
恥じ入ったからではなく、笑いを噛み殺すために。



夕方。着飾った人々が、里の中央の建物に集う。この5日間で作られた武器の数々が運び込まれる。
程なく、贅を尽くした数々の料理と美酒が振舞われた。
村人達が主上との別れを惜しむ、主上が刀匠たちの苦労を労う宴が始まる。
セナは、紅葉色の衣装を着て出かけた。
シノに用意を手伝ってもらい、これで大丈夫、と思ったのだが。
その姿を見た主上はまた、笑いをかみ殺している。
――今度は何がまずいんだろう。
背中をどっと冷たい汗が伝う。
そんなセナの事情はお構い無しに。
騒々しい宴席の、奥まった一角で、事は淡々と進んでいった。
「こちらでございます」
長老が恭しく、主上に刀を捧げ出す。
ゆっくりと顎を引き、その刀を受け取る。
キィン、と僅かに音を立てて、刀が鞘から抜き放たれる。
場を照らす、揺れる炎を移す刃に主上は微笑んだ。
「如何でしょうか」
長老がおずおずと訊くと、王はさらに笑みを深く刻む。
「気に入った。重さも、柄の握り具合も調度良い」
礼を述べ、長老と高埜、セナは頭を下げた。
後ろで、神妙に座った幼い子達がその真似をする。
「追って褒美はとらす」
「重ね重ねのお心遣い、痛み入ります」
さらに深く頭を垂れ、一家はその場を辞した。



家に戻る家族とは逆の道を行く。
村外れの丘の上に向かう。
頂上に上り、セナは芝の上に座った。
ここまでは宴の喧騒も届かない。
静かな夜だ。
見上げれば、満天の星空。
ふう、と息をつき、寝転がる。
「疲れた…」
唇から漏れた言葉に、苦笑する。
この五日間は、確かに疲れた。
この一年、毎日毎日働き詰めで、それはそれで疲れるのだが。
また違う種の疲労を感じることに、戸惑いを感じる。
期限の限られた中で、父の手伝いを目一杯やったことも理由の一つだろう。
だが。
瞼を閉じると、親しげな、それでいて高貴な笑みが浮かぶ。
「疲れた」
はっきりと言葉に乗せる。
今も、こうして寝転がっていれば。土の温もりを感じれば。光の清かさを感じていれば。
また元気になれる。
そう思うのに、心はここから宴の席に向かいっぱなしのまま。

不意に、すぐ近くで草の揺れる音がする。
セナは飛び起きた。
そして。
「またこんな所に居たのか」
そう言いながら近寄ってくる人を認めて、飛び上がる。
「主上… なんでここに?」
なんでこの人はいつもいつも唐突に現れるのだろう。
「来てはならぬか」
答えともつかぬ答えを返しながら、主上は、セナの横に腰を下ろした。
セナはきゅっと口元を引き結んだ。
「なかなか、この丘は良い場所だな。里の全てが良く見渡せる」
主上はそう言った。
「昼間に来たときも良かったが、夜もまた良いものだ」
来て良かった。そう言われ、彼女は困惑した。
「この丘に来たくて、いらしたのですか?」
「そうだ」
「…宴のほうはよろしいのですか」
「とうに終わっているぞ」
主上は笑う。
「だから、最後の夜を楽しみに抜け出してきたのだ」
そう言われて、セナは、常の主上の影に控えていた政木がこの場に居ないことに気付いた。
「お一人で… 大丈夫ですか?」
セナの問いに、王は苦笑いを返す。
「ひょっとしたら、悪いかもしれぬ」
腰に佩いた刀に手を置きながら続ける。
「いつ何時、私の命を狙うやからが来るやも知れぬ。私はそういう立場にあるからな」
「だから、いつも政木様たちがついているのでしょう?」
里の娘の遠慮のない言葉に、王は生真面目に言い訳をした。
「その通りだ。だが、たまには一人になりたくなるものよ」
セナは、何度も瞬いて、その横顔を見つめた。
豊葦原瑞穂国を己の下にまとめたいと言い放った王の顔を。
じっと見つめていると、主上が手を伸ばしてきた。
びくっと肩を揺らす。
主上の手は、セナの髪についた芝を取っただけで、すぐに遠ざかる。
「お主は面白いな」
「はい!?」
思わず声が裏返る。
水から上げられた魚のような顔をしていると。
「お前のような娘は、都では見たことがない」
いや都以外でもないな。
そういって、しきりにうなずく主上の横で、セナは頭を抱えた。
「着飾るよりも、こうやって芝の中に寝転がっていたり、工場で働いていたりする姿のほうが美しい娘は初めてだ」
その言葉に、宴の席で顔を合わした時の主上の表情の理由を知る。
なんと申し開きしたものか。
セナがうんうん唸っている間にも、主上の言葉は続いている。
「褒めているのだぞ。私が美しいと認める女性は、片手の数ほどしかおらぬ」
穴があれば入ってしまいたい気持ちを。
「お主は、これからもこの里で、刀を打って暮らすと良い」
走って逃げてしまいたい気持ちを抑え付けて。
「私は刀を打てません」
ようやく、それだけ言った。
「では、習うと良い」
主上の返事は素早いものだった。
セナは、またぼうっと主上の顔を見つめた。
笑顔が返される。
「本当に、面白い娘だ」
またセナの顔色が変わるのを認めても、主上が話すのは止まらない。
「ここで最初に逢ったのも、お主が高埜の娘で再び会う機会があったのも、すべて偶然だろうが」
また手が差し伸べられる。
「面白い娘だ」
頬に添えられた手の熱に、セナはぼうっとなった。
その視界が揺れる。
微笑んだ顔が近付いてくるのに気付き、慌てて目を閉じる。
――キスされてるんだ。
思考がそこに至った時には、もう唇は離れていた。なのに、セナの顔に火がついた。
恥ずかしくて、目を開けられずにいると。
また唇を塞がれる。
今度は、もっと強く、もっと深く。
肩に腕を回され、押される。
セナはまた、芝の上に寝転んでいた。
恐る恐る目を開けると、覆いかぶさるようにして主上がいる。
「抵抗するなら今のうちだぞ?」
そう言いながらも、歯向かわれるとは思ってもいない声。
セナはぎこちなく笑った。
笑い、目を瞑る。
三度目。唇が唇に触れてくる。
続いて、頬に喉に胸元にと唇が忙しく駆ける。
襟元が開かれ、肌の傍に夜風が寄ってくる。
熱い指先と唇がそれを追ってくる。
肌を苛む感覚に悲鳴を上げる。
その自分の声が嫌に耳に残る。
――周りが静か過ぎるから。暗すぎるから。
今の自分を包むものを必要以上に感じてしまうのだ。そう思おうとした。
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