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Silver Girl 作者:秋保千代子
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5/9

主上が村に滞在するのは5日。
その間、この周辺の他の村の視察に行ったり、そこの領主と会談したり、結構忙しいらしい。
そして、最後の夜に、また宴が行われる。
出来上がった刀は、その際に献上するように。
あとで長老がやってきて、高埜とセナの親子にそう告げた。
二日目。
二人が工場で作業を続けていると、来客があった。
「主上!」
戸口まで出て、セナは悲鳴を上げた。
「何だ、お主もいたのか」
セナに笑いかけ、主上はずかずかと中に入っていった。その後を、政木と長老が続く。
今、主上にこの里の各工場を案内して回っているところだと言う。
見ると外には、そのお供と思しき人影が。セナは成程と息を吐いた。
主上は中央に立ち、ぐるりと部屋中を見回した。
「狭いな」
そして、腰に手を当て言い切った。
高埜は頷いた。
「私は小物しか… 甲冑など、大掛かりなものは作りませんので。このぐらいの広さがあれば十分なのです」
「ほう」
主上はニヤリと振り向いた。
「お主は刀専門か」
高埜は微笑んだ。
「そう言いますか… もともと、私と私の妻で切り回していたところですから。大物を作るのは、少々荷が重くて」
「ふむ」
主上は頷き、顎を擦った。
「奥はどうしているのだ?」
「…去年死んで」
「そうか」
皆まで言わせず、また一人頷いた。
「では、よろしく頼むぞ」
そう言い置いて、彼らは出て行った。



そして午後。今度は、シノがやってきた。
「村中の噂になってるわよ。主上が直々に高埜さんに刀を頼んだって」
彼女は、手に下げた籠を差し入れだと渡しながら、言った。
「寝耳に水、とは正にこの事。って感じよ」
セナも苦笑いしながら応える。
シノの持ってきた握り飯を広げ、遅い昼食が始まる。
机を囲み、シノは久々に会った友人の父に声をかける。
「調子はどう、高埜さん?」
「厳しいね」
高埜は苦笑した。
「事態ハ予断ヲ許サナイ」
高埜は、硬い表情のまま、おどけた口調で告げた。
シノもセナも眉を寄せる。
その顔つきのまま、また仕事に取り掛かった高埜に遠慮して、話の終わらぬ二人の少女は工場の外に出た。
「娘としてはどうよ」
シノが問うと、セナは肩をすくめた。
「厳しいんだってば」
二人の少女は、ため息をついた。
「ほんと、すごい偶然よね。主上がこの村に来た目的の中に、新しい刀を作ってもらいたかったからってのがあったのに。その目的の人は…」
シノが言いよどんだ後を、セナが受ける。
「今はただの酔っ払いだった、なんてね。ビックリよね」
ため息をついて、空を見上げる。
高く済んだ空に向かって煙が伸びるのを眺める。
主上に大量の武器を注文され、里の工場はどこも目いっぱい動いている。煙が多いのは、そのせいだ。
もくもく、もくもく、と上がる煙に、その武器の使われる先を思う。
「でも、セナにとってはラッキーだったんじゃない? 主上が家に来るなんて」
唐突に言われた言葉に、セナは飛び上がった。
「なななな… 何が?」
はっきりと認めたくない想いを見透かされたのか、と焦る。
シノの瞳に、楽しそうな光が点る。
「だって、当代一格好良い男性が家に来たのよ」
ふふふ、と笑う。
「この村の誰よりも間近で、お顔を拝見できたんだから」
はー、と大仰なため息。
「出来るものなら、あなたと変わってあげたいわ」
心配したような理由で言ったわけではないらしい。少しほっとしながら、訊いてみる。
「そんなに羨ましい?」
「うん」
満面の笑みでうなずかれ、セナは脱力した。
人の気も知らずに、と呪わずにいられなかった



そのまま。『予断を許さない』状況のまま。二日目が、そして三日目があっという間に過ぎ去っていった。
重苦しい空気を背負って、二人は家に帰ってきた。
「やっぱり、無理だね…」
長く長く苦しく溜め息を吐く。
「一日二日で、前と同じように出来るようになるわけがないんだ」
そう言って、高埜が迷わず酒瓶に手を伸ばす。
「ちょっと、お父さん!」
その腕に、セナは飛び付いた。
「駄目だよ、逃げちゃ! 頑張らなきゃ!」
叫び、見上げると、父と目が合った。
「何を?」
セナを見下ろす瞳は、ひどく悲しげで。
あの日と一緒だ。一番大切な人が、冷たくなってしまった日と。
セナは泣きたくなった。
「頑張ろうよ」
それでもめげずに、セナはもう一度言った。
「頑張ろうよ…」
「…何を頑張るんだい?」
高埜に言い返され。
「何をって…」
セナは言葉に詰まった。
――何をだろう。
「頑張るって、何を?」
――何をだろう。
そうだ。ただ、闇雲に何かをやっていても意味がない。ただ手足をばたばた動かすことが、頑張ることではないのだ。
セナは途方にくれた。
父に何を頑張ってもらいたいんだろう。
それに。
――私は? 私自身は何を頑張っているの?
だが、答えは出てこない。
自分は、普段何を頑張っているんだろう。一体、何が目的なのだろう。
黒い靄が胸の底から湧き上がってくる。
普段は、全く影を見せなかった靄。小さな疑問。
他の女の子達のように、誰か素敵な男性を捕まえようとしているわけでもない。
かと言って、男達と張り合って、鍛冶の技術を身に付けようとしているわけでもない。
「私がしているのは、何?」
セナは目を臥せた。
「毎日毎日、他の人の工場の手伝いをして、皆のご飯作って、掃除して、お洗濯して、眠って… そればかりで」
頑張っているつもりだった。自分がそうすれば、また、母がいなくてもいないなりの家族でいられると思った。
思い込もうとしていただけなのか。
「いつか、私もお父さんも死んで… またお母さんと会える日が来るよ? その時に胸張って会えるように…」
そう言おうとして言えなかった。
代わりに、家を飛び出した。



飛び出して、走ってやってきた先は、満天の星空の下の丘。
いつもの位置まで走ってきて、ようやくセナは止まった。
肩で大きく息をする。振り返る。すると、夜の闇に沈んだ里が見渡せた。
働かない父とその子供達を冷たく見つめる村。自分のやったことが、すべて父と弟、妹達に吸収されていく家。“頑張り過ぎ”の日常。
「なんで、私ばっかり…」
言ってしまってから、しまったと思った。
慌てて両手で口を押さえても、言葉と涙は止まらない。次から次へと溢れて流れてくる。
「なんで私ばっかり… なんで私ばかり…!」
セナはその場にしゃがみこんだ。
「毎日毎日、他の人の工場の手伝いをして、皆のご飯作って、掃除して、お洗濯して、眠って… そればかりで」
両手で顔を覆う。
「人のことばっかりで、人のことばっかりで、私の夢は遠くなるばかりで…」
首を横に振る。
「でも近づけることもしないで…」
その指の隙間から、涙と嗚咽が流れ落ちた。



ひとしきり泣いた後。
結局、セナはフラフラと家に向かった。
辺りはしんと静まりかえっていたけれど、家の窓からは灯りがほんの少しだけ溢れている。
――なんで、帰ってきちゃったんだろ?
扉を開け、土間に散らばる欠片達を見付けた瞬間、胃の奥に黒い靄が立ち込めた。
ぎゅっと唇を噛み締めて、立ち尽くしていると。
奥から父親が顔を出した。
「おかえり、セナ」
穏やかに微笑んで、手招きしてくれた。
「こんな遅くまで、遊んできて… お前も困った子だね」
高埜の目尻に深い皺が刻まれる。
「私もどうしようもない父親だ。子に教えられるとはね」
セナは立ち尽くしたまま、呆けた。高埜の皺が、ますます深くなる。
「彼女は先に逝ってしまったけれど… 私達はまだ、追うべきところにいなかったね」
靄が晴れていく。肩が、すっと軽くなった。セナの目から、滴が溢れる。
「ごめんね、お父さん…」
ぼろぼろと、次から次へと涙が落ちる。
「ごめんね、お父さん…」
落ちた涙は、足元に溜っていった。
「ごめんね… 本当にごめんね…」
一言発するごとに、染みが広がっていく。構わず、セナはしゃくり上げた。
「私ばっかりが、辛いんじゃないんだもんね…」
「セナは頑張ってくれているよ」
その肩を、高埜が微笑んで叩く。
セナも、父の肩に腕を回した。
「お父さん…」
顔を肩に埋める。小さい頃、よくそうさせてもらったように。
「ありがとう」
肩を抱く腕に力を込めて、高埜はセナの耳元で低くつぶやいた。
「頑張ろうね」
セナは必死に、首を縦に振った。そのまま、ぼろぼろ、泣いた。
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