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Silver Girl 作者:秋保千代子
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明かりの灯された居間で。
上座に、主上とその従者の政木。
その右手に、里の長老。
左手に、叩き起こされた高埜とセナ。
左手の二人は、カチコチに固まっていた。
――もう二度とないんだろうな。三和国の王が普通にこの家にいるなんて。
強張った頬の下でそう思う。
「…それで、だ」
そう、主上が口を開いた。
「夜中に申し訳ないと思いつつ、来たわけはだな。高埜、お主にまた刀を打ってもらいたくて来た」
「…はあ」
すっかり酒の抜けた声、それでもどこかぼうっとした声で、高埜は応じた。
「主上が今お使いの刀は」
と、長老が口を挟む。
「お主が打ったものじゃよ」
高埜は首を傾げた。
「私、ですか?」
「見てみるといい」
そう言って、政木が刀を差し出す。
それを受け取り、高埜とセナはじっとそれを認めた。
「確かに私ですね」
鍔口に打たれた銘は、高埜を指している。
親子は顔を見合わせた。
「今まで、何振りも刀や剣を使ってきたが、これが一番具合がいい」
主上が微笑み、高埜は手をついた。
「有難うございます」
はっきりとした声で述べ、一度頭を下げ、そっと目を上げる。
「しかし、何故また、私に刀を打てとおっしゃいますか?」
「うむ…」
主上はその手で顎をすった。
「また、戦があるから、としか言えぬな」
「左様で」
高埜が眉を寄せる。
主上は苦笑いを返した。
「私は、この豊葦原瑞穂国の全てを手に入れたい」
朗とした声が通る。
「一繋がりの土地の全てが一つの支配の下にまとまるのが、より多くの民が幸せになる条件だと思っている。それを自分が実現させたい」
「…はい」
「その中で、戦が避けられないこともあろう」
主上の眸に、寂しげな光がよぎったのはその一瞬だけ。
次の瞬間には、さらに強い輝きを見せる。
「近く豊国と戦になろう。国境では小競り合いが続いておって、何時それが大きくなってもおかしくない。その時のための武器が欲しい」
「…そうでありましたら」
と高埜が受ける。
「私にではなく、そこにおられるこの里の長に、命じられればよろしい…ので…は…?」
「もう受けた」
にべもなく、翁は言った。
「武器は大量に要る。我が軍の兵士達が生き延び、私が勝利をつかむために、な」
主上は笑った。
「私がお主に頼みたいのは、私自身の刀を作って欲しいということだ」
「私が主上のを、ですか?」
「そうだ」
ゆったりと、主上はうなずいた。
「先も言ったが、この刀が今までで一番具合がいい。同じ刀匠の手であれば、同じ塩梅の物が作れるであろうと思っている」
高埜は目を伏せた。
「先ほどの宴の場に居れば、その場で頼んでしまうつもりだったのだが」
と主上は笑った。
「私がその戦から生きて帰るために、だ。引き受けてくれ」
ゆっくりとした、それでいて強すぎる声。
「お父さん?」
ずっと、横で大人しくしていたセナが、肩に触れる。
「お受けしろ、高埜」
長老の声が飛ぶ。
「まあ、急な頼みとは分かっているが。引き受けてくれないか」
政木が始めて声をかけた。
じっと俯いたままの高埜を、4人で見つめる。
ややあってから。
ゆるりと高埜は顔を上げた。
「わかりました。主上のため、精一杯尽くさせていただきます」
彼が細い声で告げると、主上は笑った。



家を去る3人を見送りに、外に出る。
冷えた空気に身震いした。
夜道を照らす灯りを持った政木を先頭に、歩き出そうとしたところを。
「長老」
非難のこもった声をかける。振り返った翁の顔は、来たときとは打って変わっての笑顔だった。
「これで、高埜も少しは仕事をするじゃろ」
その勢いでまた続いて働いてほしい、と言った。
笑い声に、セナは口を曲げた。
確かに、この一年、父はまともに刀を打たず、里の者から避けられていた。その急先鋒が、この翁だ。里を率いる者としては正しいのかもしれないが。
「無茶苦茶だわ」
ボソリとつぶやく。
翁は大笑いした。
その声に、主上が振り返る。
「何か、愉快なことがあったか?」
「いいえいいえ、何でもございませぬ」
機嫌良くそう言い、翁が後を追おうとした。
だが、主上が戻ってくるのが早かった。
「では、よろしく頼むぞ」
そう言われ、セナは頭を下げ。
「お主は刀を打たないのか?」
続いて出てきた言葉に、セナは目を丸くした。
「私、ですか?」
「そうだ」
肯定され、ますます困惑する。
「いいえ… 私は別に。手伝いくらいならしますが」
ふうむ、と主上は鼻を鳴らした。
「昼間あったときに、赤い顔をしていたから、てっきり刀を打つ熱で焼けているのかと思ったのだが」
セナは絶句した。その言葉から推察される全ての事に。
その横で、翁がぽかんと口を開けている。
「赤い顔をしてたのは、日に焼けてたんだと思いますよ」
やや離れたところから、冷たい声が飛んでくる。
その言葉に、そうか、と主上はうなずいた。
「年頃の娘が、それでは困るな」
セナは卒倒しそうだった。



翌日。
セナの思ったとおり、シノは言った。
「何で、昨夜来なかったの!? 格好良い殿方のハートを掴むチャンスだったのに!」
鼻息も荒く言い募るシノに、冷めた視線を投げる。
「で? シノの戦果の程は?」
「…あまりなかったんだけどさ」
シノは、やれやれと肩をすくめた。
「やっぱり、田舎の小娘は眼中にないのかなあ」
少し勢いの落ちた友と一緒に、ため息をつく。
「そうなのかもね」
確かに、洗練されたものが必要なのかもしれない。
もっとも、自分はそれ以前に基本的な身嗜みが必要だったらしいのだが。



シノと別れ、真っ直ぐ、工房に向かった。
父の工房に。
すでに高埜は来ており、工房の窓は開け放たれていた。
中を、涼やかな風が通り抜ける。
「また、打つことになるなんて、ね」
そう言って苦笑いする父を、眉を顰めて見つめる。
「そんな顔をしてくれるな」
入り口に立ち尽くしたままのセナの手を引いて、高埜は彼女を中の椅子に座らせる。
その椅子の前の机には、鍛冶に使う道具が所狭しと並べられていた。
「手入れしてくれていたんだな」
高埜が頭を下げた。
「彼女が消えてしまって、もう二度と刀なんて打てないと私が思い込んでいた間も…」
セナは慌てた。
「ご… ごめんね! 勝手にいじって」
「いや。嬉しいよ」
高埜が微笑む。
「おかげで、すぐに仕事に取り掛かれるよ」
一年ぶりの穏やかさで。
「ありがとう」
その暖かさが胸に沁みる。
「お父さん」
セナは言った。
「手伝ってもいい?」
「勿論」
父の笑みが深くなる。
「よろしく頼むよ」
その言葉を合図に、立ち上がり動き出す。
「頼ってくれる人がいるというのは嬉しいものだな」
高埜がつぶやく。
「そうだね」
セナもうなずいた。
「頑張ろうね。主上が無事に帰ってこれるように」
高埜は笑った。
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