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Silver Girl 作者:秋保千代子
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2/9

そういうわけで、翌日のセナの仕事は、大工だった。
朝日が昇るとすぐに、双子の弟の友人の親数人と共に、作業に取り掛かった。
「他の何を壊してもいいからこれだけは勘弁してほしかったな」
「全くだ。この数日の準備がぱあだよ」
「まあ、まだ直せる範囲でよかったと思わなきゃ」
「早くやっちまおうぜ、まだ主上達が来るまで時間はあるんだろ?」
「なきゃ困る!」
「夕方到着のご予定だってよ」
「じゃあ、ここを直してから、家帰って着替えてくるだけの余裕はあるな」
「おう。折角この日のために一張羅を用意したんだ。着ようぜ」
「ところで、ガキどもは?」
「じい様に、お説教くらって、正座中」
口を動かしながら、その倍手を動かし、終わったのは昼過ぎ。
この一年、日に何十回と出てくるため息をつきながら、セナはその場をあとにした。
「災難ねぇ」
とぼとぼと通りを歩いていると、一人の少女が声をかけてきた。
「シノ」
色の白い、小さめの唇が可愛らしい少女が、にっこりと笑いながら寄ってくる。
その彼女の肩に、セナはぐったりともたれ掛かった。
「あの二人… 今度こそ勘弁ならない」
低い声でつぶやくと、笑い声が返ってきた。
「今度こそ?」
「何、その返しは」
顔を上げると、笑みを深めるシノの顔が見える。
「この一年間、何回聞いたかしら」
だが、次の瞬間には、そこから笑みが消えた。
「そう言いながら、セナはいつも二人を怒らないんだもの。それだから、いつまで経っても二人は遊んでばっかりで家の事手伝わないし、働かないでしょ」
セナはすぐに返事をしなかった。それをいいことに、シノが言い募る。
「あの二人だって、もう12なのよ。そろそろどっかの工場で見習いとかになってもいい頃でしょ? 高埜さんだって、セナがやってくれるのをいいことに、全然働かないじゃない」
「ん~。どうかなあ? 私がやるからばかりではないと思うけど」
セナは首をかしげた。
「でもまあ、今は私が働かないと、食べていけないし」
「そう言って甘やかす!」
びしっと、シノが人差し指をセナの鼻先に突きつける。
「セナが頑張るから、皆何もやらないの! セナは優しすぎ!」
あはは、とセナは力なく笑う。
「意地悪よりはいいよね」
その言葉に、今度はシノがため息をついた。
「セナって、何でもやり過ぎよね。加減がないの」
少し俯いて。
次に顔を上げた時、シノは明るい笑顔だった。
「ところで、どう? この衣装。今日のために用意したのよ」
そう言って、くるりと回ってみせる。葡萄色の裾がそれにあわせてふわりと広がった。
「きれい」
セナが手をたたくと、シノはさらに朗らかに笑った。
「今日の夜、主上のご一行を迎えて宴があるでしょ。この衣装で行くつもり」
「そう。よく似合ってるわ」
セナも微笑む。
「きれいよ」
シノの笑みがまた深くなる。
「これで、都の方のハートをゲットして、都に連れてってもらう予定よ」
セナは吹き出した。
「セナもきれいな格好しなよ。未来の旦那様ゲットのために」
シノの言葉にセナは苦笑いした。
里の、同じ年頃の娘達が皆、新しい衣装を用意したことは知っている。勿論、セナもそうしたかったのだが。
「お母さんのお古を着るつもりよ」
そう言って顔を伏せた。



里と、遠くの稜線と、撫子と女郎花が一度に楽しめる丘の上にやってきて。セナは一人、ごろんと地面の横になった。
丈の高い草に埋もれて、眼を閉じる。
まだ空の高いところにある太陽の光がちりちりと肌に刺さるが気にしない。
陽光の暖かさと、花の匂いと、さわさわいう風の音に神経を向ける。
こうしていると、少しずつ、元気になる。
この一年、何度となくこうした。
トオルとカケルの悪戯を謝りに村中の家を回った後や、ユキが風邪をこじらせて寝込んだ後や、ハナがあまりにもうるさくて怒ってしまった後に。父が、酒を呑んで暴れた後に。
母が突然逝ってしまってから一年になる。
家族みんな辛いと思う。
妹達は、余計泣き虫になった。弟達は、家にいないで、外を駆け回ってばかりになった。父は、酒に溺れるようになった。それまではまめに働く、いい職人だったのに。
おかげで、セナは家事だけでなく、家族の食い扶持を稼ぐことまでしなくてはいけなくなった。毎日が家事と、他の人の工場の手伝いと、父と妹と弟の世話で終わっていく日々は疲れるだけで楽しくない。
なぜ、自分ばかり頑張らなければならないのか。
そう思わないでもない。
だが、辛いのは皆一緒なのだ、とも思う。だから、自分が出来ることは精一杯やって、母がいないならいないなりに、残された家族みんなで楽しい生活が送れるようにならなくてはと思うのだ。
――そして、いつかお父さんとお母さんみたいになれたら。
ここでこうしていると、荒んだ心がまた少し丸くなる。
――私もいつか、素敵な人と一緒になって“幸せな家庭”を作るんだ。
少し遠い未来を夢見れる。
――よし!
また頑張ろう、とセナは起き上がった。



立ち上がろうとして、丘のふもとから何かが登ってきていることに気が付いた。
何だろう、と目を凝らして。
――馬?
セナはびっくりした。そして、馬の上に人が乗っていることに気が付いて、さらに仰天した。
乗馬をする習慣はこの里に無い。むしろ、この里に限らず大抵の人はできない。馬、特に人が乗れるよう調教された馬は高価でなかなか手に入るものではない。それに、乗馬の技術を教わることも難しい。
彼らは里の者ではない。主上の一行だろうか、とセナは思った。
馬は2騎。並んで、この丘の頂上に向かって走ってくる。
セナはしげしげと馬を見つめた。馬を見るのは久しぶりだ。夏に、少し離れた場所に館を構える、この辺りを統べるお役人がやって来たときに見た以来だ。
やがて、彼らは頂上にたどり着き、ちょうど草の陰になってしまったセナに気付くことなく、少し離れた場所に馬を止めた。
セナは結局その場に座り込んだまま、今度は騎乗の人に眼を向けた。
一人は、髪の短い青年。釣り上った目尻、尖った顎にいかり肩。腰に佩いた刀。優しい空色の衣装を着ていても、彼から滲み出てくるのは鋭い空気だ。
その彼が口を開く。
「あの里のようですね」
その言葉を聴いて、あっと思った。
――やっぱり、主上の一行の人達だ!
とうとう、この里にやって来たのだ。セナはその場に縮こまった。
草の陰でひっそりしていようと思ったのに。
「いい眺めだな」
よく通る声に、恐る恐るもう一人に視線を動かす。
こちらは、髪の短い青年より、二つ三つ年上だろう。
「あの里で、我が刀も打たれたか」
「はい、吾君」
「自然の美しい、良い土地だ」
落ち着いた物腰と、鷹揚な口調から余裕を感じさせる。菊の色の衣装に包まれた、広い肩。馬の上にいても背が高いことが分かるほど、彼は大きかった。
どうも、この二人は主従らしい。鋭いほうが従者で、大きいほうが主人だ。セナはぼうっと、その主人の顔を見つめた。
すっと通った鼻筋。太い眉。強い光を湛えた瞳。
風が桔梗の花の間をゆっくりと抜ける。
ふいに、彼が振り返った。視線が合う。セナはあっと声を上げた。
その声に、従者も振り返った。ぎろり、と視線が飛んでくる。
セナは飛び上がった。そして、慌てて跪き、頭を垂れる。
「…失礼いたしました」
馬が草を踏む音が近付く。
顔を上げると、目の前に従者がいた。
「何者だ」
セナは縮こまった。
「あの里の者です。セナと申します」
「ここで何をしていた?」
「えっと… ただ、休んでいただけでして…」
従者の眉がはねる。
「休む?」
従者の手が、刀に伸びる。
「えっと… その… よく、ここでぼうっとしてるんです…」
セナは泣きそうな気分になった。何故、こんな時にこんな人たちに会ったのだろう、と。
先程の大工仕事のせいで、服は埃まみれ。さらに草の上で寝転んでいたせいで、髪のあちこちに芝が付いている。そして、日に焼けて赤い顔。
なんて悲しい姿だろう。セナがそう思っている間も、従者の無言の検分が続いていた。鋭い視線に、さらに縮み上がる。
――私のほうが先に来てたのに!
何故責められなければいけないのか、という無言の抗議が聞こえたのかどうか。
「よせ、政木まさき
もう一騎が近付いてきた。
「吾君」
政木と呼ばれた青年は振り向き、眉を寄せる。
「武器は持っておらぬな」
青年の手を自分の手で押さえながら、主人のほうが声をかける。
「…はい」
その事実にびっくりしながら、セナは首を縦に振った。
「たまたま居合わせただけじゃ。そう警戒するものではなかろう」
「ですが!」
見た目通りの鋭い声を政木が上げる。だが、主人のほうは呵呵と笑うだけだ。
「済まぬな。この政木は仕事熱心なあまり、知らぬ顔を見るとすぐ私の命を狙う輩と疑う癖があって困る」
その言葉に政木は憮然とした。何か言おうとしたようだが、ぷいと横を向いてしまった。
主人は相変わらず笑いっぱなしだ。
「寛いでいたところ、悪かったな」
「いいえ…」
セナはそろりと主人の顔を見遣った。すると、強い光の眼が見返してくる。
「里の者であるなら、また会う機会もあろう」
ではな、と言って、彼らは丘を駆け下りていった。
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