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Silver Girl 作者:秋保千代子
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瑠璃紺の闇と、耳が痛くなるほどの静寂。
この中にいると、今の自分を包むものに対して、否応無く感覚が研ぎ澄まされる。
辺りを充たす冷たい空気。
背に当たる柔らかい土の感触。
絡まる指先。
触れる肌。
湿った息。熱を帯びた唇。
繋がり合った体。
ふと、眼を開けると真上に高い空が見えた。



真っ青な空の下。
この数日で、野原も山も、緑一色ではなくなった。
萩、紅葉、桔梗、公孫樹、柿の実、金色の稲穂。大地が様々な色に染め抜かれる、実りの季節。
勿論、狭井河の里も秋の装いだ。
山の急な傾きを滑り落ちてきた川の流れがようやく緩やかになる辺りにあるこの里は、大きく分けて二つの建物の群れから成っている。
一つは村人達の住まう家々の集まり。
そしてもう一つは、彼らが生業とする、鍛冶工場の群れ。
遠く外海を越えてもたらされる鉄を、刀やすきやその他様々な物に変えて、その対価を得ることで彼らは暮らしていた。
そんな彼らの、夕陽に照らされた村の通りを、子供達が甲高い声を上げて駆け抜けていった。
そして、一人の少女を追い越しざま、はやし立てる。
「あ! セナだ!」
「あ! 今日も桶持ってる!」
舞い上がる砂埃に咳き込みながら、少女は声を張り上げた。
「トオル! カケル! いつまでも遊んでないで、帰ってらっしゃい!」
が、名前を呼ばれた少年達はげたげたと笑うだけ。二人だけでなく、他の子供達も声を上げ、ぐるぐると彼女の周りを回った。
「今日の仕事は終わり?」
「終わっちゃったんだって~」
「へえへえ、すごいですね~」
「あはは、だって、早く終わらせないと、嫁に行きそびれちゃうもんね~」
ぎゃははは、と大笑いしながら彼らは通りの彼方に走っていく。
からかいの対象となって、セナは、は~っと大きな溜息をついた。
――仕事が終わらないことと、嫁に行きそびれることとどう関係があるのよ。
げんなりとして後姿を見送る。
――そりゃ、仕事のとろい嫁など普通の家は要らないわね。でも、決して、私はとろい方じゃないわよ?
両手に提げた桶に眼をやる。
――他のコよりキャリアはあるんだから。
そこまで考えて、首を横に振った。
そしてまた歩き出す。
歩みに合わせて、ちゃぷんちゃぷん、と桶の中で水が揺れる。
通りを抜け角を曲がると、茅葺の家が見えてくる。その中から幼い女の子が家の中から顔を出して待っていた。
「セナおねーちゃん」
舌足らずな言い方で呼びかけ、手を振る子に向かって、セナは笑いかけた。
「ちょっと待ってね」
そう言って、家の中に入り、土間に桶を下ろす。
その途端、腰にまとわりついてきたその子の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「ハナ。ユキは?」
「ユキおねーちゃんはおとーさんといる」
「じゃあ、お父さんは何してるの?」
「お酒呑んでる」
妹の答えに、セナは肩を落とした。溜め息をついて、奥に向かって声を上げる。
「お父さん?」
家の中はしんとしている。が、セナはまた声を上げた。
「お父さん? いるんでしょ?」
すると奥の部屋から、ガシャーンという音と女の子の悲鳴が聞こえてきた。
「お父さん! ユキ!」
大慌てで走っていくと、案の定。
「お父さん! 飲みすぎだよ!」
その声に、トロンとした眼で男が振り返る。
「あ? なんらって?」
あぐらをかく男の周りには、空になった酒瓶が幾つも転がっていた。中には、元の形を留めていないものもある。
そのかけらに囲まれて、女の子がしゃくりあげていた。
「呑み過ぎだよ…?」
セナはポツリと呟いた。
「そうだねぇ…」
ポツリと言葉を返して、男はまた瓶をあおった。
それを横目で見ながら、泣きじゃくる女の子の手を引いて部屋を出る。
「ユキ。お酒呑んでるお父さんにあまり近寄っちゃダメって言ったじゃない。この間も叩かれたばっかりじゃないの」
「だって~」
涙声の妹が、ぎゅっと手を握り返してくる。
「お父さんのお部屋のぞいたらね、お父さんがユキに気づいてくれて、一緒に呑むかって言ってくれたんだもん」
「…呑んでないでしょうね」
セナの頬が引きつる。背丈が、セナの背中までしかない妹は、ぶんぶんと首を振る。
「ユキはお酒呑んでないよ。お酒よりおままごとがいいなって言ったら、それでもいいって言ってくれたのに…」
「言ってくれたのに?」
「ユキがお母さんの役で、お父さんはお父さんの役で始めたらね…」
あとの言葉は、嗚咽の中に消えてしまう。
セナはため息をついた。
父の脳裏をよぎったモノが容易に想像できたから。



泣きじゃくるユキと、それを見て泣き出したハナをなだめ、大急ぎで作った夕食を二人に食べさせ、風呂を沸かす。
「気をつけてね!」
風呂場から聞こえる楽しそうな声にも気を配りつつ、手元では食器を洗いつつ、また別の心配をする。
――トオルとカケルはどこに行ったんだろう。
二人の弟はどこに行ったのか。
先程、水を汲みに行った時に擦れ違った。帰って来いと言ったのに、どこまで遊びに行ったのやら。
――今夜も遅いのかなあ。
そう考えながら洗い物を続けていると、家の戸が叩かれた。
顔を出すと、家の前に立っていたのは、村の長老だった。
「…どうなさいました?」
白い顎鬚を蓄えた老翁は、じろりとセナを睨んだ。
高埜たかのはどうしておる?」
「父ですか? 酔っ払ってます」
セナの言葉に、溜息が返ってくる。
「全く、あやつは… この一年、酒ばかり呑んでろくに刀を打ちやせん。この里で一二を争う名匠といわれた姿はどこにいったんじゃ」
「…はあ」
セナの口からは、気の抜けた返事が。
「困ったもんじゃ」
翁の口からはため息が漏れた。
「ところでセナ、明日のことは分かっているな?」
翁の言葉にセナはうなずいた。
「明日、この村に主上がお見えになるんですよね」
この村に三和国の王が来るという知らせがあったのは、数週間前のこと。
それを知らない村人がいるわけがない。何故なら、この数日、村は刀を作ることより、その準備をすることに忙しかったから。勿論セナも借り出され、花壇の手入れをすることと、振舞う料理の準備をすることで走りまわっていた。
「もう、明日なんですね。早いなあ」
「そうじゃな」
翁はうなずき、渋い顔をした。
「この里の鍛冶の評判をお聞きになり、直々にその技をご覧になりたいとお出でになるのじゃ」
他ならぬ、この翁が準備の旗振りをした。今日の夕方、これで準備万端と、満面の笑みで家に帰っていったはずだったが。
「粗相の無いように、村を上げて準備をしてきたのだが」
それなのに、この苦々しい表情は何故だろう。
「…だが?」
セナの頬が引きつる。翁の渋面も最高潮に達する。
「ガキ共が、村の建物を壊した」
「はあ」
それは気落ちするよね、眉を寄せ。
「その中に、トオルとカケルも含まれる」
「はあ!?」
セナは素っ頓狂な声を上げた。
「他の子供と一緒に、ワザとかそうでないかは分からんが。主上をお迎えするために建てた村の建物の壁をぶち壊しおった」
翁の言葉に、彼女は気が遠くなった。
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