絶望の先に
「あぁああああああああっ!!」
――響いた声は、裂帛した気合いかそれとも、絶望に抗う女の悲痛な叫びだったのか。
振り下ろす剣撃に激情の迸りを上乗せして、レフィールは魔将ラジャスに縦一閃、斬りかかる。斬撃がまとうのは、赤い煌めきを放つ真紅の魔風。大地を、山を、空を。物の大小、その規模にかかわらず、いままであらゆるものを断ち切ってきたそれを、しかしラジャスは盾のように差し出した漆黒をまとう腕で受け止めた。
幾多の魔物や魔族を屠ってきた精霊の力が、肉どころか皮にも届かずおどみによって火花や衝撃と共に弾かれる。このような力、邪神から与えられた力と身体の前にはなんの痛痒にもならないのだと、その身をもって語るように。
「くぅぅ……っ!」
「ハッハァッ!! どうしたノーシアスの剣士! 貴様はやはりその程度か!!」
「黙れぇえええええ!!」
浴びせられる嘲笑いの声に、突き返すように叫びを放つ。そして、繰り出すは赤い斬撃の五月雨。薙ぎ、袈裟、切り上げ、唐竹、逆袈裟、逆風、多様な剣閃を断続的に激しく打つと、おどみによりその尋常ならざる強化を施されたラジャスの拳が、軌道を過たず応じる。
赤い線の束ねに、墨を引いた黒が入り混じり、外側に向かって弾けていく、そんな力のぶつかりあい。二者の足を支える地面は、拮抗する力に耐えられず剣撃と拳撃が激突する毎に土煙と共に砕け散り破壊され、苛烈な応酬に晒され熱を孕んだ空気がそれらを黒く焦がしていった。
レフィールは劣勢だった。彼我の力量を比ぶれば、両天秤はラジャスの方に分が傾いてある。圧力に耐えかね一歩後ろに下がると向こうは必ず二歩分の距離を詰めるし、斬撃で剣を十度閃かせれば必ず向こうから十一の衝撃が返ってくるのだ。なにをするにしても、ラジャスは己の一歩前にいる。先んじている。
ゆえに、その度に身体には痛手が加わる。丁々という音が周囲を震わす度に、戦う力が削がれていく。
「ずああっ!!」
攻め押される最中、ラジャスは決めにかかるか、大振りな一撃を繰り出してくる。それを目敏く見咎めることはできたが――しかし己が身体は応えなかった。
普段ならばこんな隙の大きい攻撃になど、振り終わる間に五度。五度は斬撃を呉れてやれる余裕があるが、手傷を負った身体では一度たりともままならない。
受けるのがやっと、精いっぱいと大剣の腹を盾代わりにして、おどみをまとった拳撃に甘んじる。
全身に響くような重い威力に、漏れたのは呻きか苦悶か、そのどちらもか。衝撃に身が圧され、大きく後退してしまう。
「ぐ、う……」
地に膝をついて荒い息を吐き出すと、ラジャスは見下すような笑みを浮かべながらに言う。
「ククク、これではいつかの繰り返しだな」
「……繰り返しだと?」
「そうだ。我らが貴様らの産土を攻めた、あの時とな――」
蘇る、いつかの光景。ラジャスの言に回顧されるのは、魔族共がノーシアスに攻め入ったあの日のこと。あの時のことはいまも忘れない、忘れることのできない忌まわしき記憶の一つ。無限に攻め寄せる魔族と奮然と戦い、ひとしきり斬っていた中、雑兵を押し退け現れたのがこのラジャス。魔族が持つ特有の力をその場にいたどんな魔族よりも強壮に讃え、敵も味方も見境なく吹き飛ばして突き進み、全てを破壊していったその圧倒的な力に、そう、あの時も力及ばず、いまのように膝をついた。
目の前で同胞たちが無残に殺されていくのを見ていることしかできなくて、己の無力に喘いだあの時。その後、時を変え、場所を変え、王都が陥落するまでに幾度も戦ったが、結果はただ繰り返すだけ。戦ったあとにはいつもラジャスに打倒された自分がいて、その己を守るように、必ず誰かが犠牲になった。同胞が、仲間が、友が、家族が。自身が大事としたものが、必ず。
魔族に力及ばなかった自身をいつも、庇い立てるようにして討たれていった。
「う、うぅ……」
去来する記憶に囚われ、呻き声を漏らす最中、ラジャスが口角を吊り上げる。まるで訳知ったように。
「そうだろう? 貴様の力では俺には勝てないとな」
勝てない。その言葉が心に深く突き刺さる。証明されていると、真理なのだと、己の全てを否定するような斟酌なき言葉。それはまるで、いま遠間から聞こえてくる大きな雷の音と同じよう。雷雲でもこちらに迫ってきているのか騒がしくやかましい。ラジャスの声もまたそれに同じ。がなり立てるような雑音が、心を引っ掻き回していく。
「黙、れ……」
「悔しいか? 痛い部分を正しく突かれることが。――だがな、貴様は逃げたのだ。民や仲間を守ると大層な口上を放ったにもかかわらず、幾度も我らに背を向けたのだ。その身が果てるのを拒んでな」
「黙れ……、黙れっ……! それ以上口にするな!」
「黙れだと? それほど自分の愚かさを聞きたくないのか貴様は? 潔しを是としなかった自身の不明を。クク――そうだな、誰しも自分の恥ずべき部分など見たくない。見せたくない。指摘されたくない。それを恥だと分かっているならなおさらだ。だが、お前は死に行くものを見捨てたろう? 我が身の可愛さに逃げたのだろう? 違うのか?」
見透かしていると嗤うあの口を、黙らせたかった。何も知らないくせに。かけられた願いに幾度となく心を殺してきた自身のことも、その願いを希望として僅かながらの頼みとして身を奉じてきた者たちのことも。そこに、どんな思いが絡み合っていたのかも。何も全く知らないくせに。
そして、そこまで口にしてもなお言い足りないのか、ラジャスは畳みかけるように突き付ける。
「そうだな。貴様がノーシアスから逃げたあと、他の人間共がどうなったか知っているか?」
「なに……?」
「お前の仲間、お前の友、お前の家族がだ。お前を逃がすために命を懸けた者共が、一体どんな末路を辿ったのかをな」
何を言わんとしているのかこの人外は。そのおぞましき内容を思い起こさせる野太い声に、言い知れぬ恐れと、焦りが湧き上がってくる。
のど元までせり上がるの不安にまみれた吐き気。それを胸元で留め置いて、目を瞠ったままに震えるように問いかける。
「な、なにをしたんだ、貴様は……」
ラジャスは、その恐れしかない表情を心の底から愉しむように嗤って、嗤って、嘲笑って――。
「どいつもこいつも四肢をもぎ取って、じわりじわりと嬲り殺しにしてやったわ! いや、楽しかったぞ? 信じたものに殉じようとする者が痛みと恐怖に泣き喚き、最後に貴様らが信じる女神とやらまでも罵る様はなぁ。 まあ、途中から何の反応も示さなくなってつまらなくなったがな、くっ、ははははは!!」
「――――!!」
そんな哄笑が、己が胸を引き裂いた。
頭の中に浮かんでは消える、ラジャスの言葉から思い起こされる想像それは、そんな責め苦を味わった者たちの姿にほかならない。果たしてその責めは、どれほど痛かったのだろうか、どれほど辛かったのだろうか、どれほどの絶望を味わったのか。拷問ですらない喜悦のみを目的とした処刑。自身のために死んだ全ての者の虚ろな目が、こちらを見つめてくる。聞こえないはずの怨嗟の声がじわり、じわりと胸の中の深いところに染み込んでくる。
「そんな……父上……みんな……」
「知れたか? 貴様の故郷でどんなことがあったのかを。お前が愛する者共のみじめな最期を。ふはははははははは!!」
「貴様、よくも……よくもっ……!!」
「悔しいか!? 頭に来るか!? ノーシアスの剣士よ!! だがな、これは貴様の罪だ。逃げ出した貴様が負わなければならない、正当な罪なのだ」
「うぁああああああああ!!」
こんなことになった原因はお前にあると、高らかに謳うラジャスに、勢いに任せて斬りかかる。それは、渾身の剣撃だった。正しい筋もない。己が身体の均衡も視野にない。ただ、怒りと惑乱に呑まれて最善を見失った、ゆえに愚かなほど真っ直ぐで力の乗った剣閃。
それにつぎ込むのは、今一度燃え上がった激情。怒りを。恨みを。憎しみを。それら全てを炎に焼べて、精霊の力たる赤い煌めきと変えて。
「おぉおおおおおおおおおお!!」
「ぬるいわ!!」
だが、弾かれた。打ち付けられた拳が刃面を弾き、なお甘いと言葉浴びせられ、届かぬのだと否定された。剣撃も、思いも、悲鳴も。
「ッツ!」
しかし、まだと。歯の根が軋むほど噛みしめた怒りそして、いまだ付きまとっては離れない想像に、その想像に囚われた心の辛さに、耐えられないと再びの剣撃と共に振り払おうとした、その時だった。
「ふ――」
漏れ出た忍び笑いと錯覚する吐息のような微かな声に呼応して、ラジャスの手の中にあったおどみが、急激に膨張する。
――これは。
「う……あ……」
それは、身体の力が残らず抜けていくような絶望だった。
ラジャスの挙動に、幾度も見た光景が走馬灯のように駆け抜けて、一時の怒りでかりそめに奮い立った心が崩れていく。これは、あの技だ。このラジャスという魔族が、魔将と呼ばれる所以。ただの魔族にはない強大な力。幾度目かの戦いの時、砦を跡形もなく消し飛ばしたこの魔族の決め技だ。
濃い紫が凝り固まったような闇色の蟠りが膨れ上がり、大人一人を飲み込むほどの球を形成して――安定する。まるで嵐の前の凪のように一瞬動きのなくなったそれは、次の瞬間、解き放たれる前触れのように震えあがった。
かわすことはできなかった。もとより、砦すら消し飛ばして更地を作るほどの威力。及ぼす範囲も広く、かわせるようなものではない。それに対して自身ができることといえば、精霊の力を出来うる限り漲らせ、己が身体を保護するのみ。
――そして自身は、迫りくる闇色の波濤に呑まれた。
「う、うぁあああああああああ!!」
周囲が、淀んだ黒で満たされていく。全てを破壊する感覚。何もかも奪われる感覚。終わりばかりを予感させる感覚と同然の闇に、自分の五感は突き落とされていった。
……そして、長い時間をそうしていたような錯覚の中、瞳を開けると、周囲の全てのものが己という例外のみを残して消し飛ばされていた。木々も、岩も、茂みも、冒険者たちの亡骸も、あの少女の亡骸も。全て。
「か、は……うぅ……」
凌ぐことはできた。凌ぐことは。あとに残ったのは、力を大幅に削がれ、ぼろきれのようになった自分だけ。いつかと同じだ。繰り返しだった。なまじ精霊の力が強い分、魔族の力に対して抵抗力がある。だから、自分だけ生き残る。生き残ったもののみに負わされる辛さを罪悪感を、背負わされて。
「ふん――」
攻撃の余韻に身を囚われて、痙攣のように身体を小刻みに震えさせる自身に、悠然と近づいてくるラジャス。
その闊歩に焦りはあるものの、しかし痺れた身体では抵抗することも叶わず、ラジャスに髪を掴まれる。
身体を上から吊るすように引っ張り上げられ、そして。
「なに、を。放――ぐぶっ!!」
腹を強かに殴りつけられた。丸太のような腕から繰り出される重すぎる一撃が、精霊の守りとなけなしの力みを貫いて、はらわたを激痛で苛んだ。
「まだ行くぞ」
そして、喜色で口元が吊り上がると同時に乱打が始まった。幾度も、幾度も、絶え間なく。まるで同じ挙動しかできない絡繰り仕掛けのように。まるで城門を破城槌で無理やりこじ開けんというように。岩さながらの拳が断続的に身体を打つ。その度に漏れる苦悶。やめろという泣き言の代わりに、苦しみの息しか発せられない。
「が――はっ、ごほっ、ごほ……」
遂には、腹の中身をぶちまける。そして自身の身体は、ごみ屑のように地面に放り出された。
「あ、あ……」
のたうって、這いつくばって、空気を求めるように口を出らしなく開け放ち、涎を垂らして、まるで芋虫か何か。いや、それ以下。
痛い。痛かった。身体よりも何よりも、そう、心が。物理的に、精神的に。手を変えてじわじわと心を削るラジャスの責めに晒され過ぎて、動けない、力が入らない。何も考えられない。もう全て投げ出してしまいたい。
もう自身の心はそれほどなのに、ラジャスはこの上まだ責めてくる。
「不様だな」
「う、う……」
「そんな姿ばかり晒して、貴様は貴様の守りたかった者共に応えることができたというのか?」
剣を支えに立ち上がろうとした自身に、自問してみろとばかりに飛んでくる問いかけ。今一度考えてみろとのそんな言葉だが、考えるまでもない。考える意味もないのだ。だってそう――
「その者共を助けることができたか?」
そんなのもう分かっている。
「いまあの時に舞い戻ったとして、この結末を変えることができるか?」
分かっているから。だから――
「そうだろう? お前は何も守れないのだ。誰一人として」
――もう、言わないで……。
「う、あ、あ、あ、あぁあああああああああああ!」
そう、全てラジャスの言う通りだ。故郷の同胞たちだけではない。商隊の人間も自身は守ることができなかった。あのいつかに戻れたとて、結局は繰り返しだ。あの叫びも涙も、自分には止めることのできないものだ。
だから自分はこの魔族に勝てない。そう、決して。
「あ――」
辛かった。痛みよりもなにより、突き付けられた事実の仮借なさが。何もできないのだと言われることの辛辣さが。
だから、そんな言葉が、止めだった。
「認めろ。いや、既に貴様は認め始めているのだろう? 貴様自身も、自分にどれほど価値がないものだったのかをな」
価値のないもの。何にも値しないもの。それは自身の持つ全てを否定された瞬間だった。
「…………」
支えと握っていた剣を取り落とし、膝が力なく崩れ落ちる。無造作に投げ出す腕。強張りの絶えた肩。そんなへたりこんだ姿は、まるで少女のよう。もう、剣を握る力も気力も、身体の中から消え果てていた。
「――折れたか」
喜悦の覗く断定が、通り抜けていく。
そうだ。もう折れてしまった。ラジャスの言う通り、もう戦う意思はない。失われた。大切なものも、誇りも、何もかも奪われたこの身、好きなようにすればいい。
「ふん、貴様にはもう俺が手ずから殺す価値もない。貴様が愛した者共のように、嬲り殺されるのが似合いだな」
その言葉と共に、ラジャスが部下に合図を送ったのが見える。すると、ラジャスの力を受け付けぬ闇色の力に守られていた魔族の数体が、それにすぐさま呼応した。
歪み溶けていく視線の先から、ぐちゃぐちゃになった魔族たちが迫ってくる。動けなくなった自身を殺そうと。我先にと。
それでもはっきり見えるのは、自身の命を刈り取るだろう爪。けがらわしい容貌。下卑た笑い。悪意しかない瞳の淀み。それら全てが緩慢な時の中にあって――
「あぁ……」
こぼれたのは、そんな声。
…………何故なのか。どうしてこんな結末なのか。大切なものを奪われて、屈辱を塗られて、なおその果てに、ただ負けるだけではなく、心までもねじ伏せられなければならないのか。
いままで正しく生きようとして、正しく生きてきたはずだ。なのに、それではいけなかった。どうしてそれがいけなかったのか。どうしてそれがこんな惨めな末路に繋がるのか。
ならば果たして希望とは、一体誰が作った言葉なのか。なんのために作った言葉なのか。そんなもの、この世にはなに一つとしてないのに。
求めるだけ無駄なのだ。縋るだけ無意味なのだ。結局それは人を、より深い絶望の奈落へと落とさんがための残酷なまやかしでしかない。いままでそれを確固としてあるものだと信じていた自分は、一体どれほど愚かだったことか。
涙と共に溢れてくるのは、我が身の不幸を、不幸を強いた世界を呪う、そんな止めどない思い。そして――
「誰か、助けて……」
口をついて出たのは、そんな少女の発するような希いだった。この後に及んで、まだ救いを願うのか。この世界に、そんな都合のいいことなどあるはずなどないのに。決して。そう、決してないはずなのに――
迫りくる死に、目を閉じてしまおうとしたそのみぎり、空を騒がす雷の轟音がどうして目の前を駆け抜けた。
青ざめた光の奔流に視界を遮られ、全てが白い輝きの中に埋もれていく。襲い掛かってきた魔族も、暗闇に閉じられた空も、何もかも吹き飛ばされて更地となった大地も、ラジャスも、全てその白の中へ。
轟音と眩い発光が収まると、襲い掛かろうとしていた魔族は、目の前から一体残らず消え去っていた。
胡乱な目を動かす。焦点がやっと定まると、気が付けば視界を遮っていた熱い悲しみが優しく拭われていた。
そして、そこには――
「貴様、何者だ?」
ばさりと黒が翻る。目の前、そこにいたのは確かに自身の見知った者。いままで見たこともない落ち着いた趣を醸す黒衣をまとった、その少年は――
★
――瞳を焦がさんばかりの眩い白光が視界を埋め尽くさんとしたその刹那、一瞬目を閉じて残像現象をやり過ごしたのは、知れていたがゆえの半ば必然的な行為だったのかもしれない。
光の消滅を予測して、静かにそしておもむろに、閉じた目蓋を開け放つ。
そして、目の前に現界した惨状に、ただ呆れたように、ただうんざりとするように、静かに怒りを滾らせた。
――ああ、ここにも悪徳があるのか。清く生きる者の姿を愚かと嗤い、嘆きと涙に濡れる者を踏みつけ、絶望と悲しみの内に落としてなお、それを否だと恥ずることなく喚く者が。
正しさを求めひた向きに生きてきた者、その傷付くことを躍り上がっては嬉々として、その生が積み立てた誇りを容赦なく簒奪する者。
誰かのために駆け抜けてきた者が生み出す尊きを知らぬ哀れな、そして決して許されざるべき者。
そう、幸せという名の誰しもが願うささやかな希望を奪う、悪意の権化が。
光の余剰がばちりばちりとひそめく最中をゆったりとした歩調で通り抜け、少女の前へと歩み寄る。
光の消えたその瞳を濡らすのは、絶え間なく溢れる大粒の涙。そんな終わりない滂沱の雨は、思いの流れ出でたもの。その流れを、指で掬う。今度こそ。涙よ消えろと、いまだけ消えろと。目元を赤く腫らした顔。ぼろきれのようになった身体。見るのも痛々しいその姿は、散々に痛めつけられたからだろう。小さく、遅れてすまないと口にする。
「あ――」
か細い声は、まだ思いにもなりきらない胸の内が漏れ出たもの。吐息のように儚く、それは心が壊れる前の淡く淡い仄めきにほかならない。
これまで嘆き苦しみ、自分を責め続け、終ぞ自分を許せなかった少女。何故彼女が、優しき少女が、こんな目に遭わねばならないのか。誰より清貧に生きて、誰より正しさを理想とした少女を、こんな救いのない結末で、その最期とさせようとしたのか。何故、そんな者ばかりを、世界は不幸の底のなお先へ突き落とさんとするのか。
「ああ――」
――涙を呼ぶ者よ、覚えておけ。この世には、払えぬ悲しみの雨のないことを。
――苦しみを運ぶ者よ、覚えておけ。この世には、取り払われぬ痛みの炎のないことを。
――悪徳に酔しれる者よ、忘れるな。貴様らのような外道の居まわす場所はこの世のどこにも、ただの一辺たりとてないことを。
「――貴様、何者だ?」
「魔術師、八鍵水明」
それをいまここに、現代魔術師たる己が、過たず証明して見せる。
今回はいつもに増して遅くて、申し訳ありません。
オーバーラップ文庫様より「異世界魔法は遅れてる!」の書影が公開されましたので貼り付けておきます。
http://over-lap.co.jp/bunko/narou/906866755/
これでいいのかな? 一番下にいくと表紙があって、クリックすると大きい表紙が見れます!小説家になろう様でもバナーがあります。
予約の方もできるようになってます!
次回更新はなんとか近日中にします。




