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プロローグ

 雨が、降っている。

 その身を打つような大雨は森の中で濃霧と交じり、一寸先の視界さえ曇らせていた。


 そんな大雨の中を、一人の少年が歩いている。

 かなり疲弊しているようでその足取りはおぼつかず、今すぐにでも倒れこんでしまいそうだ。


「母上……どこにいるのですか……?」


 ぽつり、と少年は呟いた。

 そして遂に体力の限界がきたのか、フラリと前のめりに倒れこんだその時


「おっと、危ない危ない…」


 唐突に一人の男が現れ、少年を抱きかかえた。

 

「坊主、千春さんは?」

「母上……母上……」

「坊主? 千春さんはどこだ?」


 少年に問いかける男の声は、焦燥に駆られ震えているようだ。


「おい、坊主? 千春さんはどこにいるんだ?」


 男が必死に問いかけるも、少年は一向に答えようとしない。

 どうやら少年の心は虚ろになっているようだった。


「くそっ、こうなったら精神干渉魔術で記憶を盗み見るしか……」


 そう言うと男は左手に小型の魔法陣のようなものを展開し、少年の頭上にかざして目を瞑った。


 そしてその一瞬後、男は驚愕し目を見開く。


「なっ……これは……記憶が、消えている!?」


 通常、精神干渉魔術を使用して記憶を盗み見みようとする場合、その人の数多くある記憶の中から見たいものだけを選びとるという工程が必要となる。

 しかし少年の記憶にあったものは、少年の母親が惨殺されるというたった一つの光景だけだった。


「千春さんは殺されてしまったのか……。しかし……」


 何とも言えぬ複雑な表情で、男は抱きかかえる少年に視線を落とした。


「いや、これはある意味で良かったことなのか……」


 そう呟いた次の瞬間、遠く離れた場所での爆発音が男の耳に響いた。

 そして爆発音と共に集団で移動する人間の気配を男は感じ取る。


「まずいな……そろそろここを離脱しないと」


 しかし言葉とは裏腹に、男は中々動き出そうとしない。

 名残惜しそうに見つめる視線は、少年が歩いてきた方に向けられたいた。


「……悲嘆に暮れている場合じゃないか」

 

 男は決心したのか、左手を天に突き上げる。

 すると先ほどとは違う、今度は大きな魔法陣が男を中心に展開された。


「座標指定移動魔法陣、イグニシア移動地点と連結」


 男の言葉と共に、魔法陣は光を帯びていく。


「坊主、悪いな」

「…………」

 

 男は謝罪の言葉を抱きかかえる少年に向けるが、またしても返答は無かった。

 どうやら少年は激しく疲弊したため、気を失ってしまったようだ。


 光が魔法陣を激しく包み込む。


「藤仙、千春さん。二人の意思は、確かにこの俺が引き継いだ」


 その別れの言葉を合図に、魔法陣は収束していく。

 

 そして魔法陣が消え去った時にはもうすでに男と少年の姿は無く、残ったのは無情に打ち続けるやかましいほどの雨の音だけだった。




 

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