第74話 悪魔を呼ぶ魔笛
「フェレスにチョルトに鼻血〜! 交代だぞ〜!」
体から湯気を立ち上らせ、兄が脱衣所から出てきた。ちなみに浴衣ではなく私服姿だ。風呂に入ったあと、もう一度同じ服に身を包むのには少なからず抵抗を感じるものだが、浴衣を着た状態ではいざという時に動きづらいという事でこのような状態になったのだ(『ポヨポヨ族との一件で兄は服を無くしたはずでは?』、という声が聞こえてきそうだが、あの服が何度でも兄の元へ帰ってくる機能を搭載していると考えれば、不思議とつじつまが合う)。ただ、そこまで警戒しているのなら温泉にも入らなくてよかったのでは、と思わずにはいられない。
「どうでしたか救世主様?」
温泉の事だろう、鼻血男は兄に尋ねた。
「おう! いい湯だったぞ〜! アハハン! 天国っつーのはああいう所の事を言うんだな!」
今、兄がアハハンって言った。
「おお! なんか楽しみだぞ〜!」
「今度は俺が見張ってるからゆっくり浸かってこいよ!」
鼻血男達はゾロゾロと脱衣所へ入っていった(チョルトには必要の無い部屋だが)。
「にしてもリリムと妹とカインはどうしたんだ…。あいつらも見張りなのに。そういや、さっき服着てる時に温泉の方から妹の悲鳴みたいなのが聞こえた気が……いや、妹は先に上がってたはずだし……」
「なあ、早く服脱いでくれよ〜!」
鼻血男とフェレスを待つチョルト。
「ま、待ってください。俺の服、なんかめんどくさいんですよ…」
「私の服もめんどくさい構造故、脱衣に時間が…」
鼻血男とフェレスは意外とごてごての服を着ていた。
「はい、準備完了です。行きましょうか皆さん」
服を脱ぎ終えたフェレス。そんなフェレスの股間に、自ずと鼻血男とチョルトの視線が収束する。が、それは一瞬だけで、すぐに二人は目を逸らした。
「いや、その……フェレスさん、それはそれで、まあ、かわいらしくて……いいんじゃないかな………」
「へ、変なフォローはやめてください……」
フェレスはタオルで陰部を隠しながら涙を流した。浮かべた微笑がむしろ痛々しい。
「うおお! これがアニキが天国だと言っていた温泉か〜!! どう見ても『地獄』じゃないかぁぁぁぁ!!」
崩壊した壁。瀕死のカイン。血の池と化した温泉。この劣悪ぶりから天国のイメージなど到底湧かない。
「どうしたんだカイン君!? 何があった!?」
「う……うう………」
鼻血男の呼び掛けにカインの意識が呼び戻される。
「さ……最高の……幸せの…後に…実は…それが……最悪…の……不幸だと…気付いた……時には………僕は……彼女の……拳を…モロに………………」
少年は再び眠りについた。
「カイン君! しっかりしたまえ!! さっぱり話が見えてこないぞ!! カイン君!!」
もうそっとしておいてやれ、鼻血男よ。
夜の暗闇、その中で一つの怪しい人影がうごめく。体から何かを取り出そうとしているような、ごそごそとした動きだ。
朧なその人物の姿を暴き出したのは、雲のベールを脱ぎ捨てた月の光であった。
月光に照らされ、凹凸の激しい老人の顔が露となる。兄妹達を案内したあの老人だ。
老人は懐から何かを取り出すと、おもむろに月、いや、月をバックにそびえ立つ塔を見上げた。山間から突き出たその塔は、逆光により月に切れ目を入れているように見える。
「腕が立ちそうな旅人ならば、短く、人数分。腕は立ちそうになくても若い場合は、長く、人数分この魔笛を吹く……だったな。武器を持った体格のいい男や、ゴキブリングをはめていた女の子がいた。それに村の者達で囲んだとき、彼らはすぐそれに気付いた。それなりに腕は立つのかもしれん。短く人数分だな…」
老人は滑稽な形をした笛に、短く息を数回吹き込んだ。音は全く鳴っていないようだが、老人は全く気にしていない。
(相手が強者なら、レグロス自らここへ来るだろう…。あの子達には悪いが、これ以上作業に時間がかかれば、連れていかれた者達の命が危ない……。許してくれ……)
「ダーリンごめ〜ん!」
リリムが遅れて脱衣所の前にやってきた。
「何やってたんだよリリム! 俺一人で寂しく見張ってたんだぜ! 暇だったからこんなに眉毛抜いちまったじゃねえか!」
「うそっ!? そんなに抜いたの!? ほんとごめんね〜! あたしだけ早く上がっちゃったみたいだったから、部屋に戻って綺麗な夜空を眺めてたのよ〜! 星を眺めながら神様にお願いごと、みたいな〜? ロマンチストでしょ? あたし」
「お前には悪魔としての自覚が足りないな」
兄は呆れた顔をした。
「そういえばさっき凄い音が鳴らなかった? 『ピー』って音が七、八回くらい」
「いや、全然聞こえなかったが」
「ダーリン、聞こえなかったの…? 変ね…」
リリムは顔に怪訝を浮かべた。
しばらくして、男の脱衣所から鼻血男とフェレス、チョルトとカインがぞろぞろと姿を現した。カインはチョルトに肩を抱えられている。
「ちょっ、どうしたのカイン!?」
「リリムすわぁ〜〜ん」
半泣きのカイン。
そして今度は女の脱衣所から暗い面持ちの妹が姿を現した。妹はカインと一瞬だけ目を合わせると、すぐに背を向けて部屋の方へと小走りで去っていってしまった。
「カイン……貴様妹に何かしたのかぁぁぁ!!!!」
カインの首に手をかける兄。
「き、救世主様! 落ち着いてください!!」
「カイィィィィン!!!!」
踏んだり蹴ったりのカインであった…。
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