第44話 海賊
東の大陸ボナンザを目指し、船に乗り込んだ兄妹達。
「よし、テメーら! 大人しく金目のもんを出しやがれ!!」
彼らの船はさっそくトラブルに巻き込まれていた。
「ひぃぃ! 船旅始まって一時間足らずで『海賊』に船を乗っ取られるなんて〜〜!!」
嘆くカイン。
「おい、カイン。お前魔法を使えるんだろ? それで何とかしてくれよ」
兄がカインに耳打ちした。
「駄目ですよぉ…。この状況で下手に魔法なんて使ったら船が壊れて沈んじゃいます…。逆に弱い魔法じゃ、この人数を相手に戦えませんし……」
「た、確かにそうだな…。しかたない、俺が何かに取り憑かれたかの如く盛大に暴れてやるか」
「む、無理ですよ…! 敵の数が多過ぎます! それに今は船客一人一人が人質みたいな状況ですし……」
海賊達は船客をデッキの隅に追いやり、一人ずつ縛り上げている。
「へっへっへっ! テメーら全員売り飛ばしてやるからな!!」
いかにも海賊達のボスといった風貌の大男が、船客を眺め回しながらそう言った。
「御頭! こっちにすげえいい女がいますぜ!!」
「む? おお! こいつぁ〜上玉じゃねえか!!」
手足を硬く縛られ、体の自由を奪われてしまった女性。そんな彼女の頬を、いやらしい顔をしながら大男が撫で回す。
「お前、名前は何だ?」
「リリム」
「リリムか。よし、お前は今日から俺の女だ」
大男はリリムの頬に触れている指を、あご、首の順にスライドさせていった。指はどんどんその位置を下げ、リリムの胸へと向かっている。
「必殺、『アニー(兄の膝)』!!!」
「ぐふぅ!!」
兄の強烈な膝蹴りが、大男のこめかみを捉えた。
「きたねえ手でリリムに触んじゃねえ!!!」
(ダ、ダーリン…!!)
兄の周りを数十人の海賊が取り囲む。
「よくも御頭を!!」
「ぶっ殺してやる!!」
兄、大ピンチ。
「お兄ちゃん!!」
デッキの隅で縛られている妹が、泣き出しそうな声で兄を呼ぶ。
「ふ…ふっふっふっ……」
突然兄が笑いだした。
「何だぁこいつ、笑ってやがるぜぇ?」
「恐怖でイカれちまったんじゃねえかぁ!」
兄の体が小刻みに震えだす。そして…
「げ…限界だ……うえぇぇぇぇ!!!」
吐いた。
「うわああ! こいつゲロ吐きやがったぁぁぁ!!」
「ふ、船酔いかぁ!!?」
海賊達はパニックに陥った。ゲロパニック(?)である。
「落ち着けお前ら!」
「御頭ぁ!」
大男がよろめきながら立ち上がる。
「そんな男は放っておけ。殺す必要はない」
「は、はぁ…」
「よし、じゃあお前ら! 俺達の船から宝を全て持ってこい!!」
「分かりやした! って、ええ〜〜〜!!? 何故ですか御頭!!」
「つべこべ言わず、持ってこい!! 俺に考えがある!!」
海賊達は首を傾げながらも、頭である大男の指示に従った。
海賊の船から次々と宝が運び込まれる。
「御頭、これで全部ですぜ!」
「よし! 俺達の船に戻るぞ!」
「ええ!!?」
「いいから戻るぞ!!」
海賊が皆、自分達の船へと戻ってゆく。
「一体何だったんだ…?」
「あいつら、引き上げていくぞ!」
ざわめく船客達。
「えへへ! これで海賊の宝はあたし達のものね!」
リリムが唖然としている兄の腕に抱き着く。
「そ、そうか! リリム、お前邪眼を使って海賊のボスを…」
「ええそうよ! あいつがあたしにセクハラしてる時に一発かましてやったの! それより嬉しかったな〜! ダーリンがあたしのことをあんなに…」
「あっ! みんなは無事か!?」
兄はリリムの言葉を遮るかのように、仲間の心配をし始めた。
「お兄ちゃん恐かったよ〜!」
「ぬお〜〜!! 心配したぞマイ・女神よ!!」
妹は無事だった。
「いや〜! 一時はどうなるかと! リリムさんに助けられましたね!」
カインも無事だ。
「兄貴のゲロがオイラにかかった……」
チョルト、瀕死。
「皆さんの荷物は死守しましたよ!」
フェレスも無事のようだ。
「ねえ、ダーリン。みんなの無事も確認したことだし、さっきの話の続きを…」
「悪いなリリム、俺ちょっとカインと話があるから…」
そう言うと兄は、カインの手を引き、船の反対側へと去っていった。
「悪いなカイン。この話を一番しやすいのはお前だからさ…」
「僕でよければ、いくらでも相談に乗りますよ。遠慮せずに何でも話してください」
二人は船の欄干を背もたれにして、デッキに腰掛けた。
「カイン……俺、シスコンなんだ………」
「し、知ってますよ…」
「妹のことが好きで好きでたまらないんだ…。妹以外の女を好きになることなんて有り得ない」
「はい、それは今までのお兄さんを見ていれば分かります…」
「でもさぁ、最近ちょっと変なんだよな……」
「変…?」
「もしかしたら俺……妹以外の女を好きになりかけてるかも……」
「ええ!!?」
「ははっ……変だよなぁ……」
「な、何言ってるんですか! 全然変じゃないですよ! やったじゃないですか! お兄さんは真っ当な人間になりかけているんですよ! で、誰を好きになったんです!?」
「誰をって……『あいつ』しかいないだろ?」
「あいつって……まさか、リリム…さん?」
兄は赤面しながら頷いた。
「なんかさ、記憶が戻った日くらいからそういう気持ちになっててさ……」
もしかしたら『記憶を失っていた時』の記憶が今の兄に影響を及ぼしているのかもしれない。
「そんなことあるわけないって、自分の気持ちをごまかしてきたんだけど、さっきの海賊の一件のせいで抑え切れなくなってきて……。わ、笑いたきゃ笑えよ! 俺だって訳分かんねえんだ!」
カインは頭を振った。
「笑うわけないじゃないですか。お似合いのカップルですよ」
「でも、俺……」
「……妹さん、ですか?」
「ああ…。妹は俺にとって一番の存在。それは今でも変わらない」
そう言うと兄は自分の腕の中に顔を埋めてしまった。
「俺、恐いんだ…。このままリリムの存在が大きくなっていくと、俺の妹に対する気持ちが薄れてしまうんじゃないかって……」
しばらく二人の沈黙が続いた。
「あの、お兄さん……僕にいい考えがあるんですけど……」
「いい考え? 聞かせてくれ」
「妹さんを僕に譲るんです。そうすれば迷うことなくリリムさんと…」
「や、やだよ!!」
珍しく兄がカインにつっこんだ。
そして結局、何の結論も出せぬまま二人の会話は終了した…。
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