第38話 荷物持ち悪魔
兄はズボンからフェレスの記憶を取り出した。
「よし、それじゃあ、あいつの記憶も戻してやるか」
そう言ってフェレスに近づこうとする兄を、妹とカインとリリムが寄ってたかって止めに入る。
「駄目だよお兄ちゃん…!」
「あの人はお兄さんの命を狙ってたんですよ…!」
「今記憶を戻したら厄介なことになるわ…!」
三人は小声で兄を説得し始めた。
「そ、そう言われてみれば……。いや、ちょい待てよ! ていうかあいつ、俺の記憶が無いときに妹をさらってったんだよな……? 危ない危ない……わ・す・れ・か・け・て・た・よ!!」
兄の肩が小刻みに震え出した。
「ちょ、ちょっと、ダーリン、怒ってるの?」
「ああ、怒ってる…」
「でも今のフェレスは……」
「分かってるさ…。今のフェレスは俺の妹をさらったフェレスじゃない。だからまず記憶を元に戻してやる。ぶっ飛ばすのはそれからだ」
兄は意外と男らしかった。
「お兄ちゃん、やめて! せっかくラドロンとの戦いが終わったのに…!! それにフェレスさん、意外と紳士だったよ! 私、さらわれたことなんて全然気にしてないから!」
(紳士……だった………?)
兄はフェレスの胸倉を掴みだした。
「貴様、妹をたぶらかしたのかぁぁぁ!!!」
「ええええええ!!?」
兄の思考回路は狂っている。
みんなで話し合った結果、とりあえずフェレスの記憶を戻すのは先送りということになった。兄も一応それに同意した。
「せっかくだから、フェレスをしばらくあたし達の旅に付き合わせちゃおうよ。荷物とか持たせまくっちゃお!」
リリムの心無い提案により、フェレスは荷物持ちとして兄妹達の旅に同行することとなった。リリムという女、まるで『悪魔』である。
兄妹とカイン、リリム、そして荷物持ちのフェレスは、港町ハナアブラへ戻るための帰路に着いた。
森の中を談笑しながら歩く一行。フェレスが会話に入れていないのが気の毒でならない。
「あ……雨降ってきたよ」
突然、彼らの周りの木の葉が、ぽつり、ぽつりと音をたてはじめた。
「強くなりそうですね(勘ですけど)……。いったんこの木で雨宿りしましょう」
カインが雨を防ぐのに手頃な木を見つけ、指差した。
「雨……か。思い出すなぁ……あの日のこと……」
雨宿りの最中、ぽろっと兄がそんな言葉を漏らした。
「あっ、さては初恋の思い出ね?」
横でリリムがニヤついている。もちろん彼女は冗談で『初恋』などという言葉を口にしたのだろう。
しかし、兄から返ってきた反応は意外なものだった。
「リリム……まさかお前、人の心を読めるのか?」
「え!?」
その場にいた、フェレスを除く全員が、驚いた顔で兄を見た。ちなみにフェレスは、驚いたみんなの顔を、驚いた顔で見た(ややこしい)。
「お、お兄さんの初恋の相手って……あっ! 妹さん! 妹さんですよね!?」
「いや、違う」
兄はきっぱり否定した。
「小学生時代の同級生だよ。あの時、妹はまだ生まれてなかったし」
兄は目を細め、ゆっくりと顔を伏せた。感傷に浸っているのだろうか?
「なんか信じられないなぁ…。お兄ちゃんにもそんな普通の男の子みたいな時があったなんて……。で、どうなったの? こ、告白とかしたの?」
「ああ……告白か……。出来なかった……」
兄は溜息を吐いた。
「あはは、お兄さんって意外と奥手なんですねぇ!」
「きゃ〜! ダーリン、可愛い!」
盛り上がるカインとリリム。しかし、兄の次の一言が、見事にこの二人を黙らせることとなる。
「いや、その子が死んじゃったから……」
最悪の空気となった。
「ほ、ほら、雨がだいぶ弱くなりましたよ! そろそろ行きましょうか!」
雨の勢いは雨宿りをする前と全く変わっていないのだが、気まずい雰囲気に耐え兼ねたカインが、一人雨の中へと飛び出していった。
「そうだね! 行こうか! ねえ、みんなで町まで競走しよ!」
「フフフ、競走だなんて子供ね〜。………でもやるからには負けないわ!!」
妹とリリムも飛び出した。
「おっ、ちょ、待ってくれよぉ!」
兄も慌ててみんなを追う。
一行はハナアブラへ向けて全力で走りだした。
「ちょっと待ってくださいよ〜〜」
重い荷物を担いだフェレスが、ハナアブラにたどり着いたのは、兄妹達がたどり着いた三時間後だった……。
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