第36話 語る兄
「必殺、『兄投げ』!!」
兄は変なことを叫びながら、ラドロンを思い切り壁に叩きつけた。
「グヘェ……こいついきなり強くなりやがった……」
どうやらこの一撃で勝負は決まったようである。ラドロンは『スピードの速い奴ほど打たれ弱い』というセオリーに則った悪魔だった。
「さて、どうする? 素直に負けを認めて記憶を返すか、無駄な抵抗を続けて傷を増やすか、好きな方を選ぶがよい。こわっぱめ」
やけに強気な兄。
「お…俺の…負けだ……。記憶は……返す……」
「………そうか」
兄はラドロンに背を向け、散らばっている人々の記憶を拾い始めた。
「まあ、あれだ。俺は悪魔の事情なんて知らないし、お前が何で人間に憧れてんかも見当つかないんだけど、俺達は俺達で結構大変なんだぜ?」
ラドロンから何も言葉は返ってこない。しかし兄は構わず話を続けた。
「上手くは言えないんだけどさ…。受け入れるべき運命っていうか、受け入れざるを得ない最低限の運命(自分が自分であること)を素直に受け入れることができなきゃ、生きていくうえで必ず立ちはだかる、数々の不条理な運命に、それこそ押し潰されてしまうと思うんだ。受け入れるべき運命と共に、抗うべき運命と戦う。それが『生きる』ということ。この定義は人間も悪魔も変わらないはずだぜ?」
なんか兄がぺらぺらぺらぺら自分の哲学を言いだした。アホなのか何なのかよく分からん奴だ。
「ここにある『お前が盗んだ』記憶の持ち主達も、みんなそうやって自分の運命と真っ直ぐ向き合い、必死に生きてきたんだ……分かるよな?」
そう言う兄は、妹と結婚しようとしている時点で、全然運命と真っ直ぐ向き合えていない気がするのだが…。
ラドロンは顔を伏せてしまった。
「本当は最初から分かってたよ……自分が卑怯で情けない真似をしてたってこと…。ていうかさ……正直お前みたいな奴がいるから憧れるんだよな………人間に。悪魔みたいな戦闘力は無いくせに、その悪魔以上に力強く生きていこうとする。俺、悪魔だけど弱いからさ……せめてお前達のように生きてみたいんだよ……」
記憶を拾い終えた兄は、つとラドロンの方を振り返った。
「じゃあ、俺達みたいに生きてみればいいじゃないか。他人の人生を横取りしたりするんじゃなく、お前自身がさ」
「……え?」
「悪魔だから人間みたいには生きられないとか思ってんのか? そんなことないはずだ。お前はお前なんだから……つまりその……お前はお前のまま、なりたいお前になればいいんだよ。まあ、まずは自分を受け入れて好きになることが先だけどな!」
「あ…ありがとう……。何だか分からないが、気分がスッと軽くなったような気がする。俺、お前が言うように、もっと自分を知って、好きになって、お前みたいな強い生き方の出来る悪魔を目指すよ。下級悪魔でもイカした生き方が出来るってことを他の悪魔共に見せ付けてやる!」
「そっか…!」
兄がニッコリと微笑んだ。少し気持ち悪い。
『悪魔は本能で自分の力を誇示しようとするものなのだ。故にたいした力を持たない下級悪魔の中には、己の非力さに悲観し、己の悪魔としての存在を否定し始める者も現れる。そういう悪魔は、たいていそのラドロンように自分自身から目を背けるための行動に移るのだ。しかし、君のように生き方や向かうべき道を指し示してくれる者が現れると、彼らは安心し、すんなりとそれに従う。もっとも、自分より強い者の言葉しか受け入れようとはしないがね。ところで……君は今までにも、その寛大な心で悪魔達の心を変えてきたようだが、それは本当に素晴らしいことだと思う。しかし、次に君達が向かう大陸では、そういう悪魔達に対する甘い気持ちは全て捨てたほうがいい。そうでなければ、君達は必ず死ぬ…。それを覚えておいてくれ……。それから、君に渡したその力、自在に扱えるようになるまでには随分苦労すると思うが、君なら大丈夫だろう。では頼んだぞ変態君……』
「神のくせに話が長い!!! もっと簡潔にしゃべれんのかシスコンエロ!!」
確かに、シスコエルのようなキャラクターが、何度も登場して長々としゃべってしまっては、神聖さが薄れてしまう。
「さて、記憶も全部拾い終わったし、外に出してくれよ」
「ちょっと待ってくれ、ここにもう一つ記憶がある」
ラドロン自分の後ろに落ちていた光の玉を兄に渡した。
「これはフェレスって悪魔の記憶だ」
「えっ!!?」
フェレスは負けていた。
|