第34話 俺は変態だ
「ダーリン大丈夫かしら……」
ラドロンの住家であるティンコの中へと吸い込まれてしまった兄。妹たちは兄が戻ってくるのをただただ待ち続けるしかなかった。
「木を燃やすか、切り倒すかして、助け出せないの?」
妹が珍しく大胆な事を言い出した。
「そ……そういう方法はちょっと危険だと思いますよ。特に燃やすって言うのは……」
苦笑するカイン。
「あの、すみません」
不安げな表情でティンコを凝視している三人の背後から、不意に誰かが声をかけてきた。
「誰よ〜? こんな時に…」
めんどくさそうにリリムが振り向く。
「え…!?」
背後に立っていたのは意外な人物だった。
「フェ、フェレスじゃない!!? あんた今まで何を……!?」
その時だった。暗鬱な曇り空を突き破り、一筋の光がティンコを照らしだした。
「リ、リリムさん、こっち見て! そ、空から光が……!!」
それは非情に幻想的な光景だった。ただ、太陽光が木を照らしているなどという単純なものではない。何か聖なるものがティンコ……いや、ティンコの中にいるあの男を祝福しているかのようである。
「何だ!? 急に部屋が明るくなったぞ!?」
ティンコの中では、ラドロンが一人、あわてふためいていた。光の影響はティンコの内側にまで及んでいるようだ。
「くそ……! この光のせいで、体が上手く動かない…!!」
やはりこの光は聖なる光なのだろうか。ラドロンの動きを見事に封じてしまっている。
そしてそんなラドロンの眼前では、兄が自分の記憶を完全に取り戻しつつあった。
頭を抱え、ぶつぶつと声を漏らしながら苦しむ兄。脳内で過去の出来事が超速で再生されているようである。
「う…うああ……。お母さん……ハンバーグに…落花生が入ってる……。わあ…ランドセル……だ…。明日…お父さん……帰ってくるんだって……。お願い…グローブ……買ってよ……。四つ葉のクローバー……見つからないね……。約束破って…ごめんね……。これが……僕の妹…? 分ったよお父さん……妹は…僕が護るから……。あいつがいない……迷子に……。もう絶対に……一人にしないから……。うう……。妹よ…どうやら俺は…お前のことが……。貴様ら宇宙人だな……よせ…俺を改造するな……! プリン……おくれ……接吻で……。うわあ…崖から落ちるぅぅ……! 君は…妹とどういう関係なのかな……? のおぉぉ……ビルから落ちるぅぅ……! 妹が……誘拐……された…!? 日本…一周旅行……行くぞ……。ごめん…事故ったから……中止だ………。これは…妖精じゃないか……!? 便所かよ……。見ろ…丸虫だ…。あいつが…フェレス……。リリム……なんて痴女……。久しぶりの……ステキなぞなぞ……。紙……紙が無い……!! 妹の声…!? あぶない…!! うああああああぁぁぁぁぁぁ……ぁ…………」
兄は現在十九歳。人間、十九年も生きていれば楽しいこと、辛いこと、色々なことを経験しているのが普通である。勿論兄も例外ではないだろう。しかし、今兄が漏らした言葉の一部から察するに、彼の場合は辛い経験の度合いが半端ではないようである。『宇宙人にさらわれる』、『崖から落ちる』、『ビルから落ちる』、『妹が誘拐される』、『紙が無い』。どの不幸も完全に常軌を逸している。それでも彼が笑って生きてこられたのは、やはり妹の存在があったからではないだろうか。愛する者が傍にいてくれること、それこそが至高の喜び。全ての苦しみや悲しみを取り払う、究極の幸福なのかもしれない。ただ兄の場合、相手を間違えているが……。
「ハア…ハア……」
兄の上半身が力無く折れ、前屈の状態になる。
「……思い出した……思い出したぞ……。俺は…俺は………」
兄は力強く体勢を立て直し、自分が何者であるのかを大声で叫んだ。
「俺は……変態だ!!!!」
台無しである。
「こ…この光は……まさか、カマドーマの神、『シスコエル』様の……!!」
ティンコの外では、ハナアブラの人々が、光の柱を見上げてざわめいていた。
「カイン君、カマドーマの神様って……?」
妹が不思議そうにカインに尋ねる。
「僕も詳しくはないんですが、この世界にはシスコエルというちょっと変わった神様がいたみたいなんです」
「『いた』……?」
「何百年か前にカマドーマの神の座を降ろされてしまったらしいんですが……」
何故そんな神が今頃…?
何故それが兄の元に…?
謎は深まるばかりであった。
場面は再びティンコ内部へ移る。
「お前だよな? 俺の記憶を盗んだのは?」
言いながら兄はラドロンを睨みつけた。
「だ…だったら何なんだよ……?」
兄の鋭い視線におどおどしながらラドロンが答える。
「人の心を盗む動機を聞かせてもらおうか。それから一つ、どうしても聞いておきたいことがある……うひひ……」
『うひひ』……!?
兄は何か良からぬことを企んでいるようだ……。 |