第3話 出発
カインが目を覚ましたのは深夜の真っ只中だった。
「起きてください、お兄さん」
夢の世界から引き戻された兄は、いかにも不機嫌そうな顔で上半身を起こした。
「お前は夜行性か? カナブンか?」
「す…すみません。きっと僕の世界と時差があるんだと思います」
「ふうん…。で、用件は何なんだ? 妹はやらんぞ」
「え〜〜! 駄目ですか? あ、いや、そうじゃなくて、そろそろ僕の世界にきてもらえませんか?」
「今から? 明日じゃ駄目なのか?」
カインは俯いてしまった。
「……今こうしている間にも、僕のいた世界では悪魔達が人々を苦しめているんです……。それを思うとじっとなんてしてられません!」
「お前、自分だけ散々スリープしといて、俺と妹の睡眠は妨害かい! しかしまあ、気持ちは分からんでもない。だからあと十分だけ眠らせてくれ。それから行こう。お前のいた世界へ!」
「あ、ありがとうございます!!」
眩しい朝日がカーテンの隙間から差し込み、兄の顔を照らす。
「ん、ん〜〜〜! あれ? もう朝か?」
兄はカーテンを開けた。白い光が部屋に流れ込む。
「爽やかなモーニングだぜ!」
兄は陽射しを全身に受けたまま、背筋を伸ばした。
「酷いですよ…」
兄の背後で誰かがぼやいた。その声に反応して兄が振り向く。
「十分って言ってたじゃないですか……。それなのに爽やかな朝を迎えちゃって……」
「あっ! 悪い、カイン! 爆睡しちまったよ! 何だよ、起こしてくれりゃよかったのに!」
「何度も起こしましたよ! でも全然起きてくれなくて……それどころか、見てくださいよこれ!」
カインは顔のアザを指差した。
「ど……どうしたんだそれ!?」
「お兄さんが寝言を言いながら僕を殴ったんですよ!」
「ま、まさか『ギガグラヴィトンナックル』か……?」
「そ……そうです」
「すまない。俺、寝相が悪くてさ……。夢の内容がすぐ現実に反映されてしまうんだ」
「ど、どんな夢見たらそんな技が飛び出すんですか……」
コン、コン。兄の部屋にノックの音が鳴り響く。
「お兄ちゃん起きてる!? カイン君の世界に行くんでしょ!?」
朝から元気のいい妹の声。兄は微笑を浮かべ、カインを見た。
「カイン。俺は毎朝、この妹の声に起こされるのだ。羨ましいか? 羨ましいだろ?」
「え…ええ、まあ……」
「フフフ……妹はやらんぞ?」
(ええ!? 何この人!?)
もう、カインにとって兄の存在は、理解の範疇を超えていた。
朝食を取り、荷物を確認し、ついに三人の出発の時となった。
「よっしゃああああ!! 行こうぜ二人とも!!」
兄はやる気に満ちていた。
「でもどうやって異世界に行くの?」
妹が首を傾げる。
「『ある場所』に、長老が出してくれた、この世界と向こうの世界を繋ぐ穴があります。まずはそこへ行きましょう」
カインの案内の元、兄妹は次元の穴へと向かう。
「カイン君……私、この穴に飛び込む勇気無いよ……」
「カイン、ここにきて俺達を罠にはめたのか?」
兄妹はいきなり大きな試練に直面した。
「す、すみません……。穴の出現する場所は、長老本人にも分からないみたいで……」
今三人がいるのは、もう誰も住んでいない、古びた空き家……の中にある『汲み取り式便所』の前。
「どういうことだよ!! 何でよりによって、ぼっとん便所の奥底に異世界間を繋ぐ穴があるんだよ!!!」
温厚な兄がキレる。
「私……もう駄目……」
滅多に弱音を吐かない妹が嘆く。
「そ、そんなぁ……。お願いしますよ二人とも〜〜」
早くも窮地に陥ってしまった兄妹。果たして、ぼっとん便所に飛び込むことはできるのであろうか?
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