第27話 ハナアブラ
「ねえ、どうしよう! お兄ちゃん、自分の名前も覚えてないの…!」
途方に暮れる妹。
「えっ!? お兄さんにも名前とかあるんですか!?」
「あ、あるに決まってるでしょ!!」
空気を読まず、カインがよく分からないこと(タブー)を言い出した。彼の妙な発言はさらに続く。
「妹さん、一体何があったんですか!? 何でお兄さんの記憶が……はっ!! まさか大便と一緒に記憶まで排出してしまったなんてオチじゃ…!!」
うんこして記憶を失うのがオチって、どんな小説だよ。
「違うよ! あ・く・ま! 黄色い体の悪魔がお兄ちゃんの記憶を奪ったの!!」
『黄色い悪魔』。リリムがその言葉に反応した。
「あっ……『ラドロン』…!? それ、たぶんラドロンよ!」
「ラドロン…?」
妹が首を傾げる。
「あたしもよく知らないんだけど、『黄色の悪魔ラドロンは、人間の歩んできた人生を盗む』って話を聞いたことあるの」
「『人生を盗む』……それって!?」
「うん……どうやら『記憶を盗む』って意味だったようね」
「人生……本当だよね……記憶は人生そのものだよ……。許せない……!」
妹が柳眉を逆立てた。普段、自分をからかう兄に対して軽く腹を立てることはあるが、それ以外のことで妹がここまでの怒りを見せるのは初めてである。
「あの…皆さん、まずはもう目と鼻の先にある港町へ行きましょう。そこで体を休めつつ、ラドロンという悪魔からお兄さんの記憶を取り戻す作戦を立てるんです」
「そうね…それがいいわ」
カインの提案にリリムが賛成した。気が急いている妹も、渋々それに従う。
港町、『ハナアブラ』。一行はこの町の宿でラドロン攻略会議を開始した。
話し合いが始まり一時間が経過。ずっと黙って座っていた兄が不思議そうな面持ちで口を開いた。
「あのさ……みんな何をそんな一生懸命話し合ってるの? それにここは………俺は一体……」
「僕達は、お兄さんの記憶を取り戻すための会議をしているんですよ」
「お兄さんって……俺? 君は俺の弟なのか?」
「いえ、僕は違います…。そちらの……」
カインは視線で妹を指し示した。
「私があなたの妹なの。ねえ、私のことも全然思い出せないの…?」
妹は兄に顔を近づけた。しばらく沈黙が続いた後、兄は黙ったまま首を横に振った。
「悪いな…。君のことも覚えてないみたいだ」
「そう……」
妹は肩を落としてしまった。
(あれ? あれれ? ダーリン、記憶を失う前はハードなシスコンだったのに……。記憶の上では初対面だから、まだ妹を妹として受け入れられないのかな? あっ、でも確か……記憶を失うと性格とかも変わっちゃうって聞いたことある…。もしかしたら、今のダーリンは記憶喪失の影響で、女性の好み、性癖までもが変わっちゃってるのかもしれない…!)
リリムがいやらしい笑みを浮かべた。
(お兄さんの記憶が無くなったということは、当然妹さんに関する記憶も……)
カインも一瞬いやらしい表情を浮かべたが、すぐによからぬ考えを振り払うように首を振った。
「妹さん! 僕を殴ってください!」
「ええ!!?」
「この最低な僕を殴り倒してください! むしろ罵ってください!! 豚野郎、豚野郎と甚だしく盛大に虐めてやってください!!」
「な…何で!?」
カインは本当に真面目な奴だ。しかしその真面目さに気付いている者は、今この場にいない。むしろ……
「あんた変態だったの…?」
と、言われてもしかたがない。
リリムの手厳しい(最もな)一言に、カインは少なからずショックを受けた。
四人は、カインと妹、リリムと兄に別れて、ラドロンに関する情報を集めるために町へと飛び出した。
「東の森にいる黄色い悪魔について何か知りませんか?」
「知ってるよ」
妹達が早くも、町を徘徊していたおじ様から情報を得られそうである。
「たまにこのハナアブラの近くにも現れて町の人間の記憶を盗むんだ」
「記憶を奪われた人いるんですか!?」
「ああ」
「記憶を取り戻す方法は…!?」
「いや、そんなこと俺には分からねえよ。俺はただのおじ様だぜ?」
おじ様は役に立たなかった。
「ダーリン、とりあえず酒場行く? 情報は酒場に集まるものなの。ついでにお酒の味も教えてあげるわ」
未だに情況が飲み込めない兄をリリムが先導する。
「あのさ……何で腕……組んでるの? それにダーリンって……」
リリムの腕は兄の腕とがっちり連結していた。
「あっ、そうか、忘れてるのね。あたし達は恋人同士なのよ」
「こ……恋人!?」
兄の顔が赤らむ。記憶がある時には絶対にしなかった反応だ。
(思った通り! 今の彼はごく普通の男になってるわ! シスコンじゃない! ロリコンでもない! さっきの反応から見ても、強引にいけば簡単に落とせるはず! 問題はサディズムね…。サディズムは彼の最大の魅力の一つ。なんとかもう一度開花してもらわないと……)
兄は別にサディストではない。恋愛対象ではないリリムからしつこくされるので、適当にあしらっていただけなのだ。
「あの、リリムさん」
「なぁに、ダーリン?」
「酒場閉まってます」
酒場は夜からだった。
「じゃあ、宿に戻ろうか」
「え? 聞き込みをするんじゃ……」
「聞き込みは夜酒場ですればいいのよ。昼はあの二人に任せましょ!」
「でも、宿に戻ってもすることが……」
「ウフフ……お姉さんが楽しいことをいっぱい教えてあげる」
「え……!?」
リリムよ、頼むから英雄兄妹を官能小説化しないでくれ……。
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