One summer day
暑い。あつい。アツイ。
無性に、暑い。どうしょうもなく、暑い。この上なく、暑い。
汗も滴り、アスファルトにシミを作り、それがすぐに乾いてしまうんじゃないかというようなこの状況。
ヒグラシや、アブラゼミが鳴いている8月の猛暑日。
15歳の夏を迎えた、帝丹中名物仲良し(?)5人組は今日も仲良く肩を並べて、学校からの帰り道を歩いていく。
古びた黒ぶち眼鏡と頭のヘタのようなクセ毛とがトレードマークのコナン、ソバカスで長身の光彦、三角頭で、大柄な体躯を持つ元太、そうして、赤茶のふわふわとした髪と少し猫のような目を持つ哀に、肩まで伸ばした黒髪を横で二つに分けていて、くりくりっとしたチャーミングな瞳が印象的な歩美。小学校からの幼馴染のこの5人は、帝丹中の誰からも慕われていた。
小学1年にこの5人で結成された少年探偵団。事件を何でも手早く解決し、正確な情報を与え、警察にも信頼されている彼ら。それだけじゃなく、1人ずつ魅力的なものがあって。やっかむものはいないに等しかった。
容姿端麗な歩美と哀。歩美は、優しく元気はつらつで、妹にしたいナンバー1だそうで、哀はクールビューティ。でしゃばることはないが、理知的で、何か意見を求めるとその場に応じたふさわしい答えを導き出してくれる。そんなわけで、「困ったときは灰原さんに」というキャッチフレーズがクラスの中であるとかないとか・・・。
男子では、知的で女の子に優しい光彦、所属している柔道部では国体出場し、大らかで人情厚い元太、そうして部には属していないが、頭脳明晰、スポーツ万能、容姿端麗、そして『元祖 高校生探偵 工藤新一』の遠い親戚で、また、小学校から8年もの間居候を続けて、親子同然の関係とも言われる『眠りの小五郎』からいろいろレクチャーを受けて、そのおかげかずば抜けた推理力を持って警察から一目どころか三目以上は置かれているという噂の江戸川コナン。そんな5人は帝丹中のエースであり・・・。
「きゃー!!江戸川先輩だっ!噂の5人組だ!写メ撮って、ユキ!ユキ!」
「えー、撮らせてもらいなよ!」
「いいよ!そんなっ。恐れ多い!とりあえずおがんどこっ!」
「バカ、何言ってんの・・・。あ、こっち見たっ!きゃー!!!し、失礼しまーっす!!!」
校門を出て、塗装されていた道を歩いていたときだった。
ちょうど校庭のフェンス越しに、帝丹中のロゴが入ったテニスウェアを着て、手にはラケットとボールを持った少女二人が叫んでいく様子を、5人はあっけに取られた様子で見ていた。こんなことは日常茶飯事なのだけれども。
「拝むって言われたのは初めてだわ・・・。いいのか悪いのか・・・」
「だね・・・」
哀の言葉に、歩美も苦笑いして同意した。他の3人もそれと同じ意見なようで。
「それにしてもさ。・・・夏休みだっつーのに、何で学校に行かなきゃなんねーかわかんねーんだけど。こーゆーときは、博士んちでクーラーある部屋でアイス食いながらゲームするっていうのが定番じゃね?くそっ!食いたいぞ、アイスぅぅぅ!!」
胸まではだけ、だらしなく着込んだ白いワイシャツを手でパタパタ仰ぎながら、元太は空に向かって叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ!!
今日は、中学3年生だけによる夏期特別講習3日間のうちの初日だ。
そんな彼の様子を、哀は隣で迷惑そうな表情を浮かべ、大袈裟に耳を人差し指で塞いだまま、口を挟んだ。
「あのね・・・勝手に定番にされちゃたまらないんだけど・・・」
「ハハ、だってそうだろ?!なぁ、今日、おまえんち行って、涼んでっていいよな!?皆で今日やったところの復習しようぜ!」
目を輝かせて、一人その気になっている元太に、吉田歩美が思わず笑いをこらえられずに噴出した。
「えーー、絶対元太くん、嘘ついてる!哀ちゃんち行ったら、ゲームするに決まってるのに!絶対クーラーとアイスが目当てだよ」
「そ、そんなことねーよ」
「いいわよ。アイスは週に何度も貴方達が来るおかげで昨日切らしたし、クーラーはあいにく調子が悪くて、生ぬるい風しか来ないけど」
「・・・マジかよ」
「今頃博士が直しているころじゃないかしら?寿命かもしれないって言ってたからどうなってるかわからないけど・・・」
哀の冷たい言葉に、元太はオアシスの場所を奪われ、げんなりと肩を落とした。そうして、そのままの姿勢で、目線だけ同じく幼馴染の光彦、コナンの方へ目がいく。
「あ、僕はムリですよ!姉が赤ちゃん連れて今里帰り中ですから・・・」
「あー、光彦のねーちゃん、そーいや先週出産して退院したんだっけかな?」
「そうそう。できちゃった婚だったから、未だにお父様との仲が・・・あまりよろしく・・・ってそうじゃなくて・・・コナンくんはどうなんですか、探偵事務所は?」
「あー。オレんとこも蘭ねーちゃんもおっちゃんもいねーから、何もでねーぞ?」
「あ、歩美もー。今日はお父さんがいるから5人はちょっとびっくりしちゃうかな・・・」
「マジかよ・・・」
「元太くんちはクーラーないですもんね・・・」
「コンビニ・・・は、確かセブントゥエルブが通り道にありましたよね?」
「それ、今改装中だよー」
「え、ホントですかー?」
とぼとぼと5人は熱せられたアスファルトの上を歩いている。
今はただ、涼みたくて涼みたくて仕方なくて。いつもあると思われていたものがなくなるという時の衝撃といったら・・・。
そんなとき、光彦がぱっと明るい表情をした。
「・・・あ、そうだ。食堂に戻ったら、自販機ありますよ?・・・まだ、学校出たばかりですし」
「えー、戻るのかよ。また誰かに声かけられたらめんどくせー・・・」
「何ですか、元太くん、そのアイドル的発言・・・」
「う、うっせー・・・わりぃかよ・・・」
「あ、赤くなってるぅ!」
「・・・」
「でも、この際戻るか。運よければアイスもそこで買えるかもしれねーし」
「そうだね、行こう!」
コナンの"アイス”の提案が4人を惹きつけたのか、誰も意義を唱えるものは勿論おらず、5人は渡りかけた横断歩道を引き返し、帝丹中の校舎へと続く道に向かって歩いていった。
★★★
「あったー!!!」
食堂の前の3つの自販機の前で、元太が歓声を上げた。
「夏休みだから、ジュースが少ししか入れてなくて、夏も終わりだし運動部のやつらに全部取られて売りきれとかいわれたらって、内心すげー心配してたんだ、俺。人気のアイス自販機まで売り切れてねーぞ!?」
1つは缶ジュース&500ミリのペットボトル飲料の自販機、一つは紙パックジュースの自販機、最後はアイスの自販機。
5人は仲良くジュースやアイスを購入し、暑さを避けるため、と校舎へと入っていった。
幸い入り口は、当直の先生あるいは運動部のためか、講習が終わってもまだ開いており、教室へも自由に入れた。
3年C組。元太と歩美とコナンのクラス。さすがにクーラーをつけるのは気がひけたので、窓を全開にして、扇風機だけかけて。
それでも外にいるのとは明らかに違う、涼しい風が教室へと入り込む。
「かんぱーい!」
5人は、うれしそうに乾杯をした。
歩美は桃水のペットボトル飲料、元太は紙パックの牛乳と、クリームソーダのアイスキャンディーと、チョコレートアイスモナカ、光彦はお茶のペットボトル飲料、コナンは緑茶のペットボトル、そうして哀は、アップルティの紙パックジュース。
「オメー、食いすぎだよ・・・。それに何でアイスに牛乳なんだよ・・・」
ジト目でコナンが元太を睨めば、哀もそれに加勢する。
「おなか壊して泣き叫んだって知らないわよ・・・。いつもそのパターンなんだから」
「大丈夫だって、いつものように灰原の作った薬飲めば痛くも痒くも・・・」
「イ・ヤ・ヨ。それに依存されても困るわ」
「なぁ、そんなこと言わずにさぁ・・・」
「・・・何か昔のオレを見ているようだな・・・」
「そうね、時代はそうやって繰り返すのね・・・」
「ハハ・・・」
哀の冷たい呟きに、コナンは苦笑いを浮かべるしかなかった。
まぁ、その通りなのだけれども。・・・なんだか気まずくなって、話題を変えようとコナンは目をキョロキョロさせた。そうして目に留まったのは彼女の手にある紙パックのジュース。よし、これだ。と彼は目を輝かせる。
「・・・ところで、灰原、珍しいの飲んでるんじゃねーか。甘くて嫌いなんじゃねーのか?そーゆーの」
「いいじゃない。・・・たまには飲んでみたくなるの。・・・美味しいわよ」
チューチューとストローで吸い上げながら、哀が上目遣いでコナンを見た。
「どれ、一口」
「え、ちょ・・・っ」
頭一つ分背が高いコナンが、ひょいと哀の手から取り上げて、自分の口元へ持っていきストローを口にする。
ちゅーちゅーと吸い上げながら、「うん、意外とイケる・・・」なんて呟いて。それを哀は微妙な表情で見ていた。
「・・・返して」
「え?」
「返して。それ、私の」
「・・・・・・あ?・・・なんだよ、そんな怖い顔して。そんな、飲んでねーぞ?」
「・・・」
「ひ、一口味見しただけってば。ほら、返すよっ」
ほらよっ、とコナンの大きな手で投げられた紙パックのジュースは、弧を描いて哀の手に返され、哀はさらに困ったような表情で、手の中のそれを見つめていた。どことなく顔が赤いのは気のせいだろうか。いや、まさか。
「灰原・・・?顔、赤いぞ。まさか、熱射病とか・・・。だ、だいじょぶか?」
コナンは思わず顔を近づけ、手で彼女の前髪を上げ、おでこの熱を測る。
「ちょっ・・・」
「あれ?っかしぃなぁ。・・・そんな熱く感じないけど・・・?」
自分のおでこと触り比べて、首をかしげるコナンに、元太と歩美はプププッと噴出した。
「あったりまえじゃなーい」
「え?」
歩美の言葉に、コナンは振り返った。
「哀ちゃんがねぇ、赤くなってるのはねぇ。・・・コナンくんと間接ちゅーしたからだよぉ!」
「・・・・・・え゛っ・・・」
「あ、コナンも赤くなった!やーいやーい!灰原と間接キースっ!キースっ!!」
自分まで赤くなっているかは気づかなかったけれども、さすがに動揺した。
冷やかす元太と歩美、そうして静かに怒りに震えているであろう光彦。恐ろしくてそっちを見られないが、肩が震えているように見える。こういうときの光彦には触れないほうがいい。
そうして、おそるおそるもう一度だけコナンは哀の方を見た。
怒っては・・・いないようだ。ほっと胸を撫で下ろす。
そりゃそうだろう。哀だって大人だ。彼女が宮野志保のとき、シェリーのときに恐らく誰かとキスの一つや二つくらいは経験しているに違いない。もしかしたらそれ以上のことも。
まだ組織と戦っていたあのころ。杯戸シティホテルで銀髪の男 ジンとやりあった一件で、その男が哀の髪を見つけてすぐに彼女のものだと判断したあの日に疑り、その時はぐらかされた以来、一度も聞いていなかったことを思い出す。
(そうだ、あの日以来一度もオレは灰原の恋愛遍歴のことを聞いていなかった。)
そのことに対して、なんだか急に悔しくなってきて。そうしていろいろ考えを巡らせているうちに、チリチリと胸が痛くなってきて。
「あ、コナンくんふてくされたっ。元太くんがからかうからだよー」
「え、俺のせいかよっ!歩美だって・・・」
既に半分近くなくなった1個めのアイスを手に、困惑した表情で元太は歩美に抗議する。
そんな彼らの横で、哀は再び自分の手に戻されたアップルティーを、ストローで吸い上げた。その様子に気づき、コナンは思わず凝視した。それに気づき、哀は軽くコナンを睨む。
「・・・何」
「え?」
「だから、何?そんなジロジロ見て・・・」
眉間に皺を寄せて威嚇する。思わずコナンはたじろいだ。
「い、いや。何でも。そうだよなー・・・って」
「・・・は?」
「いや。やっぱり、気にしないよなぁ、って」
顔が赤くみえたのは、やっぱり夏の暑さのせいだ。間接キスだなんて言われても、別に気にしていないんだ。ただ、飲んでいたジュースを不意に飲まれてちょっと怒ってみただけ。
「そ、そうだよなぁ・・・」
もう一度呟いた。
「あ、コナンくんがっかりしてる」
「ば、バーロ!してねぇよ!」
「・・・私、忘れ物したの思い出した。教室に行ってくる」
4人を置いて、哀がすーっと教室を出て行った。
すれ違いざま、ぽかんとして4人は哀の姿を凝視する。姿勢も表情も、一切固まったまま。
そうして、いなくなった瞬間。コナンがはぁっと大きな溜息をついて、小さくぼやいた。
「ほ、ほら、怒らしちまったじゃねーか・・・。どうすんだよ、コレ。あいつの機嫌取るの難しいんだぜ??」
「怒っていないとは思いますよ・・・」
ポソリ、光彦が呟く。拗ねたような、怒ったような、ふてくされた表情で。
「え?」
「怒ってはいないとは思いますが、さっさと行けばいいじゃないですか。灰原さんのもとに。怒っていたとして、機嫌を取り戻したいんだとしたら、早めに行ってもいいと思いますがね・・・あくまで仮定の話ですが・・・」
「・・・なんだよ、それ・・・。そのまわりくどい言い方。光彦らしくねぇ」
「・・・だから、行けばいいじゃないですか。怒ってるんだとしたら、コナンくん嫌われちゃうのが一番痛いんじゃないですか?」
「・・・??痛いっつぅのはよくわかんねぇけど、確かに怖・・・」
「もういいです、早く行ってください」
「・・・何怒ってんだよ、光彦」
「いいから・・・」
無理やりコナンを追い出して、3年C組に残されたのは光彦、元太、それに歩美。
「まったく、困ったもんですなぁ?小嶋サン?」
「ですなぁ?吉田サン?」
くくくっとまるでどこかのワイドショーのコメンテーターか、プロレスなどの解説者みたいな言い方で、おかしそうに笑うのは歩美と元太。
「何が楽しいんですかっ!」
そんな二人に、一人苦虫を噛み潰したような表情の光彦。
「光彦くんさぁ、もう、あきらめちゃいなよ。二人とも、あれ、相思相愛じゃない?」
「・・・コナンは若干、まだ自分の気持ちに気づいていねぇようだけどな?」
「あれ、元太くんに悟られちゃうようじゃ、コナンくん相当だね・・・」
「んだよ、歩美、ひでぇなぁ・・・!?」
カラカラと笑いあう二人に対して、光彦は小さく溜息をつく。
「わかってますよ、それくらい」
だって。
だって、灰原さん。明らかにコナンくんを意識していたんだから。
そうしてコナンくんだって。明らかに自分の表情がどうなってるか気づいていないようだったけれども。
確かに、コナンから返された紙パックをしばらく困ったような表情をして、意を決したような表情でストローに再び口をつける瞬間を、光彦は見逃してはいなかった。
そうして、忘れものを取りにいくと言って部屋を出ていくときの、相変わらずの真っ赤な顔も。
勿論コナンに対しても。
間接キスと気づいたその瞬間から、真っ赤になったり、ちょっと考え込むような表情をしたり。それから哀が再びストローに口をつけたその瞬間も、びっくりしたような、驚いたようなそうして頬を少し赤らめて。
それは明らかに彼女を「女性」として見ているからだと思った。
この8年間。回しのみ程度ならしたことがある。紙パックのジュースをストローで、という行為は見たことは
なかったけど、それでも今までの彼ならこういう反応はしなかっただろう。
では、こういう反応をし始めたのは、彼が彼女を意識し始めたのはいつごろだろう。
でも、彼が自分の気持ちに気づいていないのだったら。
そうして、彼女の気持ちにも気づいていないのだったら。
教える必要もないと思ったし、できることなら、一生教えたくもないと思った。
「それじゃ、そろそろ迎えにいきましょっか。・・・光彦くん、情緒不安定になってることだしっ」
「だなっ。あんまりほっといて進展が早くなってっと楽しみが半減するっ」
「た、楽しくなんかっ、ないですよっっ!!」
大声で笑いながら、教室を二人仲良く出て行く歩美と元太を、やけくそ気味に小さく叫んで、光彦はあわてて追いかけた。
元太くんと歩美ちゃんの関係は、両思いじゃなく、未だに元太くんの片思い状態だという設定です。
相方のぐりりんこの萌えの産物がコレだったり(笑)。