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The Satan is Melancholia. -鬱病魔王-

作者: ナオユキ

 光る「易」の字があった。

 たぶん占いだ。



「占いですか?」


「はい」


「手相、じゃないですよね。水晶玉でもない」


「どちらも違います。ただ見るだけです」


「何が見えるんです?」


「いろいろと。恋愛、友人、仕事、財産、政治、世界、過去や未来……」


「私も見てもらえるかしら?」


「どうぞ。お座りください」



 夕方の買い物を石タイルの道に置き、彼女の前に設置された簡易椅子に腰を下ろす。



「私の未来を占ってください」


「わかりました。では名前とその理由を」


「言わなくてはいけませんか?」


「名前を知らなくてはあなたの存在を捉えられません。理由が無くては正確に力を飛ばせません」


「はあ……私の名前は長下サチエ。理由は私が今幸せだからです」


「もっと詳しく」


「私には相思相愛の彼氏がいます。彼に愛されて私も愛して、私は世界一の幸せ物です。でも、幸せはいつか枯渇します。それが不安なんです。未来の私が今と同じく幸福なのか、知りたいのです」


「なるほど。それならば大丈夫です」


「え? もう見えたのですか?」


「はい。あなたは未来で望みを叶える」


「望み? 私は現在以上のものを望んでいません」


「自分に嘘をつかない方が良いですよ。あなたはいずれ願いを叶え、救われる……」



 これが三ヶ月前の話。

 結局、占いは外れ、ほどなく、彼は私から永久に去っていった。

 四苦八苦の後、私は自殺サイトの集団自殺応募に投稿した。

 集まった自殺志願者は私含め五人。



「随分山深いところまで来ましたね」


 まだ二十歳そこそこのAちゃん。


「こんな高級車には不似合いな場所だな」


 十五歳くらいにしか見えない童顔のB君。


「麓がワシの故郷でね。最後はここでと決めていた」


 運転手兼主催者のC氏。


「死ぬ場所なんぞ何処でもいいじゃないか。どうせ明日には全員冷えた死肉だ」


 教科書に載っていそうな白髪白髭のDさん。


「なあ。どうせなら死ぬ前に各々の死にたい理由を打ち明けんか?」


「いいですね。賛成です」


「別に構わねぇけど」


「誰から行くんじゃ?」


「じゃあ、私が………」



 私は手を上げた。


「私、うつ病になって精神病院にいました。病院の治療のおかげで自力で歩ける程度には回復して、姉が引き取って面倒を見てくれました。でも、姉一家は私の介護でモメて一家離散。親権まで取られた姉は精神性疾患を発病して亡くなりました。それ以来、耳の中から虫の飛び交うような音が聞こえてきて今度は病院で診てもらっても直らない。寝ても覚めても音が止まなくて、もう嫌になりました。これが死ぬ理由です………」



 話し終わっても、みんな無表情だった。



「次は私ですね。私、風俗店員でした。それで、ある日のデリヘルのお客さんがアラブの石油王の息子だったんです。彼、私を気に入って国に連れ帰って結婚しました。でも、言葉は通じないし、風土病にかかるし、彼のたくさんいる妻や愛人には凄い意地悪されるしで、逃げて来ちゃいました。で、屋敷を出る前に腹いせで彼の金庫から紙束盗んできたんですけど、それ、彼の持つ全油田の権利書でした。だから、彼に殺される前に自分から死のうと思ったんです」



 さすがにみんな目を丸くしていた。



「次はワシだな。ワシは半年前まで一介の理髪師だった。しかし、ある日、エリート然の男たちが来て存財閥の社長になってくれと頼み込んできたんだ。ワシは物心ついた頃から施設で育ったんだが、ワシには生き別れた双子の弟がいて、国家の軍事にも関与する程の大企業を立ち上げたらしい。しかし、弟は死亡。弟派の役員は反弟派との派閥争いに勝つためにワシに弟を演じてくれと言うんだ。金に目の眩んだワシは渋々引き受けたが、床屋のワシに企業経営なんて出来るはずも無く、すぐに精神はズタボロになったが弟の狂信者どもは逃がしてくれない。だから、疲れてしまって、自ら死ぬことにした」



 みんな何故か苦笑いしている。



「私の番か。私は某大学の教授だ。研究一筋四十年の私はこの前、長年取り組んでいた課題を達成させた。君達の理解が及ぶ範囲で説明すれば、フラスコの中に惑星を作ったのだ。しかし、その技術は核兵器を凌ぐ危険性を持つ。悪魔の研究ごと私は自己を破壊することにした」



 みんなポカーンと口を開けている。



「最後は俺か。実は俺はこの世界の人間じゃない。異次元世界の魔術師だった。あの日、俺はいつもの習慣で散歩に出ていたんだが、何気なく立ち入った洞窟が陸生鯨のバカでかい口腔だった。俺らの世界では鯨の腹中には異世界があるという伝説があるが、あらゆる魔法を駆使して消化機能をかわして肛門から出るとこの世界にいた。いろいろ試したが、陸生鯨の存在しないこの世界では帰還する手段も無く、もう生きていても仕方ない。これが理由だ」



 誰もがこわばった表情をしていた。



「あんたら、さすがに嘘だろ」


「本当なら凄いですね」


「ジイさん、本当に星作ったのかよ?」


「お前こそ妄想癖のある変態じゃなかろうな?」



 もう自殺しようなどという空気ではない。

 そこで、私はさっき頭に浮かんだ考えを口にした。



「ねえ、どうせ死ぬなら、ここに集まったみんなの力を集めて世界を滅亡させようよ………」


 全員が一斉に私を凝視した。




 一年後。

 私たちは全人類を相手に戦争していた。



「すでにアメリカは風前の灯。核兵器の使用には意味が無いと判明した時点で勝負は見えています、魔王様」


「ロシア、中国、イギリス等の強豪国は我らが魔獄軍の傘下に入ったも同然。各国の歴史的建造物、文化遺産の破壊活動も順調です」


「先月、北極蒸発作戦の成功を受けて南極分解計画の開始は秒読み段階です。また、全人類奴隷教会の信者は続々と増加中。近いうちに全人種の見本市がつくれますよ」



 報告に来た部下を追い出して、軍服に勲章をジャラジャラつけたAちゃん、B氏、C君が近づいてきた。



「と、これだけの戦果を各地で出して、世界征服も間近というこんな時に、どうしてワシらを最前線から呼び戻したんだ?」


「うん。Dさんがアレを完成させたの………」


「おいおい、それ本当かよ、サチエ?」


「ちょっと、『魔王』ですよ。その名前は機密なんですから」


「いいよ、Aちゃん。私たちの仲なんだから………」


「それでサチエ、アレの件はどうなんだよ?」


「それは、私から説明しよう」


「あ、久しぶりですね、Dさん」


「人工的に恒星を生成し、人為的に核を崩壊させることで超新星爆発を誘発し、その瞬間に放出されるエネルギーを利用したその名も「超新星爆弾」がとうとう実用段階まで到達したのだ」


「やっとだな。これで、ワシらの悲願にしてスローガン『世界一斉無理心中』が実現する!」



 その時、部屋の窓を破って複数の影が転げ込んできた。


「そのような暴挙、させはせぬぞ魔王!」


「おい、窓を破るな! 砂漠の砂が入る!」


 影は全部で八つ。

 私を素早く包囲して剣を抜く。


「ふっ、悪趣味な城だな、魔獄軍よ。アラブの地にシンデレラ城とはな!」


「口を慎むんだな八犬隊。アラブなのはワシらの油田があるからで、城の外装は完全にコイツの趣味なんだぞ」


「仮にも魔王を指差さないでください………」



 乱入してきた八人の影の正体は勇英八犬隊。

 私を討たんと決起した正義の一団である。



「ヘン、駄犬共め。頼みの勇者殿はどうした? どっかに隠れてんのかよ?」


 B君が挑発する。



「勇者様は迷っておられる」

「魔王、貴様との幾千にも渡る交戦において、勇者様は貴様のその仮面の下が女だと見破っている」

「女とて悪逆非道は罰すべき。しかし、勇者様はお優しい」

「勇者様は魔王との和解を検討しておるのだ」

「が、魔王、貴様にその気はなかろう」

「冷徹無残な貴様のことだ。勇者様の意思を知ればすぐさまつけ込み寝首をかくだろう」

「その前に我らの手で貴様を葬る」

「貴様の歩む道はここより無い。覚悟しろ!」



「セリフは省略してちょうだい……あぁ、耳が痛い………」


 私は片耳に手をやるポーズをする。



「魔王様、ワシら外に出てますが」


「手加減してやれよ」


「ワンちゃん達も頑張ってね」



 四人が外の廊下に出て行くとさっそく戦いが始まった。



「我が力は『仁』 その理は結びし絆に闇は退く!」

「我が力は『忠』 その理は不動の意思に鉄の信頼を築く!」

「我が力は『孝』 その理は……」



「だから長いって………」



 私は力を放つ。

 部屋の中は一瞬静まり返り、その後、阿鼻叫喚の渦になった。

 そして、再びの静寂。



「おーい、サチエ。 終わったのか?」


「ええ……入ってきて………」


「うわっ。いつもながら酷いですね」


「見てみろ。頭蓋がぱっくり割れて触手がうねってやがる」


「こっちなんか腹から人間の腕が草みたいに生えてるぜ」


「あはは、見てください。この人、女です!」


「八犬隊は男しかいないはずだが?」


「男に化けてたんですよ。見て面白い! 体中にチンコが刺さってます!」


「まったく、いつもながらサチエ魔王様のお力には震えがくるぜ!」


「お前が魔法で能力を与えたんじゃないか」


「無茶言うなよDさん。俺がこんな化け物を生み出せるもんか。俺はサチエがもとから持ってたもんを刺激しただけだ」


「ま、それもこれもワシの存財閥の有する資源と技術力あってのことだがな」


「何言ってるんですか。私の油田で稼いだお金で強引に会社を乗っ取ったクセに」




 その夜。

 城は宴に沸いていた。


「ほら、これが今流行の頭蓋骨の杯だよ。これで血酒を呑むのが粋なのさ」

「やっぱりコートは人皮素材に限りますわ。そこで、一つこの男の子はいかが?」

「まぁ可愛い。私はお尻の皮をいただくわ」

「ママ、僕アレを奴隷にしたい」

「一昨日から通り魔を始めましてね。最初は週三回のペースでやって行こうかと」


「さあさあ、紳士淑女の皆々様。膿の子サーカスの本日の興行は一世一代の超イベント! かの勇名はせし英雄集団八犬隊の大神輿! ドドン! ほら見えてきました。串刺しになった英雄達の頭部が! まるでフォークに刺さったイチゴみたいでカワイイね! 剣山に並ぶ彼らの腕! 脚! 胴! ほらほら担ぎ役の皆さん頑張って! もっと揺らしてもっとズブズブ刺して! エッサ! ホイサ!」



 そんな馬鹿騒ぎを離れて、私が一人、壇上の大椅子でお酒をチビチビ飲んでいると、一人の仮面をつけた紳士が前に立った。



「一緒に踊っていただけませんか?」


「いいわよ………」



 私たちは手を握り合った。



「この素晴らしい音楽はなんですか?」


「ベートーベンの新作よ。地獄から譜面がメールで送信されてきたの………」


「それは奇妙なお話ですね」


「地獄の体験を基にして作曲したらしいの………」


「それにしては随分と陽気ですが」


「ベートーベンは晩年は難聴気味だったそうだから、死んで聴覚が戻ったことが余程嬉しいかったんじゃないの………?」


「ははは、なるほど」


「ねぇ、あなた勇者様でしょ………」


「バレてましたか」


「最初からわかってたわ………」


「君は魔王なのに、いつも自信のない喋り方をするね」


「部下たちの仇討ち………?」


「彼らを部下と思ったことはない。友人だよ」


「相変わらずの正義漢ね………」


「なぁ、魔王。もう終わりにしないか?」


「私を憎んでないの………?」


「憎しみの無限連鎖はどこかで断ち切らなければならない」


「優しいのね………」



 私は指を鳴らした。

 音楽が止み、喧騒が止む。



「だったら私と心中して………」



 招待客たちの視線が彼に集まる。

 グルルルル、とよだれを垂れ流している。



「魔王、君は平和を望まないのか?」


「優しい、優しい、勇者様。私はもう耐えられないの。この雑音に………」


「? 耳を押さえてどうかしたのかい?」


「人類みんなと一緒に死にましょう………!」


「爆弾は使わせないよ。 必ず阻止してみせるさ」



 広間にいる者が一斉に彼に襲い掛かる。



「討魔の剣!」



 彼が懐から剣を抜くと広間全体を巨大な業火の掌が撫でる。



「ギヤオオォォォォォ」



 広間は一瞬で、私と彼を除いて無人となった。


 私は黒いオーラを解放する。

 彼は剣先より炎を吹き出させる。

 私と彼がぶつかり合う。

 光と闇が拮抗する。



「ねぇ、勇者様。前にも言ったけど、私、あなたになら殺されても良いのよ………?」


「…………」


「ねぇ、あの世でずっと私と一緒にいましょう………?」


「悪いが、断る!」



 彼が剣を一閃させる。

 私の服を切り通して肌に傷がつく。



「痛い………」



 私は黒いオーラをまとって突進する。

 彼はその攻撃を避けて横から背後から、上腕、胸の下、太ももと切りつけていく。



「勇者様、私、嬉しい………」


「………?」


「勇者様、服脱がせるの上手ね……剣で一枚一枚、肌を剥いていく気なのね……私の未開拓の生肌を踏みにじるのね………」


「何を言っている?」


「私、解るわよ。あなた、普段は正義の味方ぶっているけど、結構女の子泣かせてきたでしょ………」


「やめろ……」


「隠さなくてもいいのよ。辛かったでしょうね。捨てるあなたも捨てられる彼女たちも………」


「どうして……知っている?」


「ねえ、わからない? こんなに近くにいるのに私がわからない?」


「まさか、お前……! ユキ………」



 私は填めていた仮面を取る。



「…………………誰だ?」


「サチエ………」


「……………………………………あっ。隣の家に住んでいる長下サチエさん?」


「思い出してくれたのね………」


「だけど、僕と君は付き合ったこともないし、顔を合わせても会釈する程度の仲だったじゃないか」


「そうね……そうだったのかもしれない………」



 私は先ほど彼の内部に侵入させた黒いオーラを解き放つ。



「グッ……!」



 彼の背中から女性が生える。

 胸からも首からも、人間の女性の肉体がニョキニョキと伸びてくる。



「これが私の力。……昔、姉に言われた。私といると自分の嫌なとこを見せつけられているみたい、って。……過去の負い目に形を与え内側から襲わせる……それが私の力。だから、私は最強なの、無敵なの………」



 私は三人の女性に潰されそうになっている彼を置き去りにしてその場を去る。



「彼が私を覚えていなかったということは、恋人だと思ってたのは私だけってことか……子供の頃からずっと………」



 私は耳を押さえる。



「あぁ、うるさい。雑音の幻聴が大きくなっていく………!」



 私はDさんのいる研究室に来た。



「おや、魔王様。宴はもう良いので?」


「うん。終わったわ、何もかも………」


「そうですか」


「爆弾を起動させて………」


「は? しかし、まだこれは試作品の惑星ですが」


「惑星……地球にそっくりね………」


「はい」


「コレを崩壊させれば、世界も死ぬのね………」


「そうですね。恒星ではないので威力は万分の一程度ですが……」


「いいから……早くこのうるさい音を消したいの………」



 私は巨大なガラス瓶に浮かぶ青白い球体に手をかざす。

 手の平に黒いオーラの塊が溜まる。



「魔王様! Dさん! 逃げてください!」



 部屋にAちゃんが駆け込んできた。



「何事だ?」


「勇者が生きてました! C氏は勇者に殺されました!」


 それを言った瞬間、Aちゃんの体が燃え上がった。



 彼が姿を現した。

 彼の体から密生していたはずの女達は火によって焼け落ちていた。



「ひどい事するのね……かつてあなたを愛した女たちなのに………」


「昔、僕は間違いを犯した。浅はかだった。でも、過去を乗り越えて今の僕がいるんだ。過去の亡霊になんて屈しはしない!」



 彼が剣を構える。



「いいわ。それでこそ勇者様……さぁ、刺して。あなたの剣で、私の高鳴るこの胸を、ぶっ刺して………!」



 私に向かって突進する彼。

 せまる切っ先。



「させるか! ここで阻止されるくらいならば!」



 Dさんが装置のボタンを押した。

 純白の光に包まれる。



 気づくと何もない荒野が広がっていた。


 まばらに生える雑草。

 どんよりと曇った空。

 どこまで行ってものっぺりした大平原。

 乾いた風が耳をくすぐっていく。



「よぉ。無事だったみたいだな」



 背後からB君の声がする。



「爆発の直前、お前と俺の周りにだけバリアを張ったんだ。物理的衝撃を遮断する不可視の壁をな。正直、長続きしない魔術なんだが、運のいいことに爆発による莫大なエネルギーの波動に乗って次元を超えたらしい。ここは俺の元いた世界だ。なぁ、サチエ。俺とこの世界で一緒に暮ら……」



 私は手をふって黒いオーラを放った。

 B君は跡形もなく消し飛んだ。


 私は荒涼とした大地に身を仰向けにして横たえた。

 生物の気配のしない空間は初めてだった。

 耳の中から虫の飛び交うような雑音がキレイに消えていく。


 久しぶりに心が軽くなった。

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