兄妹の絆【1】
病室のテレビにはニュースが流れていた。少女連続誘拐殺人という物騒なニュースが。
「けしからんな…。少女ばかりを誘拐して殺してしまうとは…。」
包帯だらけの兄が呟いた。彼はこういうニュースには特に憤りを感じるらしい。
「はあ……それにしてもビルから飛び下りたくらいで病院送りとは情けねえな俺……。」
いや、人として当然の結果だ。
「まあ、どこも折れてないのが不幸中の幸い、かな…。」
この発言により、兄の超人疑惑が浮上した。
「ばいば〜〜い!」
学校の帰り道、妹はいつも一緒に下校している友人と別れ、一人で家への帰路を歩き始めた。
「早く帰って、お兄ちゃんのお見舞いに行かなくちゃ。」
妹の足取りが自然と早くなる。
「近道しちゃお!」
人通りの少ない道へと入ってゆく妹。彼女は気付いていなかった。ずっと自分をつけている存在に…。
病室のドアが勢いよく開き、一人の女性が駆け込んできた。女性はまっすぐ兄の元へと向かってくる。
「母さん! どうしたんだよ? 見舞いに来てくれたのか?」
女性は兄の母親だった。
「あ…あの子が……あの子が大変なのよぉ!!」
母親は酷い顔をしていた。いや、不細工というわけではなく、恐怖で顔が歪んでいるのだ。
「あの子って……まさか妹に何かあったのか!!?」
母親は慌ただしい手つきで携帯電話を取り出した。
「なっ!!?」
画面に妹が写っている。手足を縛られ、口にガムテープを貼られて泣いている妹が。
「何だよこれ……何であいつがSMプレイを!!!???」
「誘拐されたのよ! この画像は犯人から送られてきたの!!」
兄は一瞬、頭が真っ白になった。
「メ…メール……メールの文章とかは……?」
母親は黙って携帯電話を兄に渡した。
『娘さんはおあずかりしました。無傷でお返かえしすることはまず有り得ませんが、殺しはしません。これからも定期的に娘さんの写真をお送りします。変わりゆく娘さんの姿をお楽しみください。もちろん警察には知らせないでくださいね。場合によっては娘さんの命は保証できませんので……。』
文章を読み終えた兄は、黙って携帯電話を母親に返した。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……ハア…ハア……おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
兄の咆哮が病室内にこだまする。
「ちょっと! 誰ですか大きな声を出して!」
この病院一の美人ナースと噂され、ちょっと調子に乗り始めている岡島さんという看護婦が、大きな声を出した兄を注意しに現れた。
「うるせえブス!! ホルマリンにでも漬かってろ!!」
そう言うと兄は、病室の窓から思い切り飛び下りた。そもそもビルから飛び下りて入院しているというのに、一体何を考えているのだろうか。
「だありゃあ!! 着地成功!! 今行くぜ妹よ!!!」
妹を想う気持ち。そこから生まれる強力な力が、地球の重力に打ち勝ったのだ。
(う…うう……痛いよぉ……。)
その頃妹は、誘拐犯の男に蹴り回されていた。
「痛いかい? これからもっと痛くなるよ。君に我慢できるかなぁ?」
誘拐犯は懐から数十枚の写真を取り出し、妹に一枚ずつ見せ始めた。
妹は自分が今見せられているものがなんなのか、すぐには理解できなかった。
「これは加奈子ちゃん、これは麗奈ちゃん、これは由美ちゃん、これは好美ちゃん、それからこれは……」
死体。死体。死体。次から次へと見せられる、目の前の男が繰り返してきた残酷な過去。そしてそれは妹に、絶望の未来をも予感させた。
「ん……んぐ…!!」
妹の様子がおかしいことに、誘拐犯はすぐに気付いた。
「ああ、はいはい、とってあげるよ。」
誘拐犯は妹の口からガムテープを外してやった。
遮るものが無くなった瞬間、妹は激しく嘔吐をした。つぶらな瞳からは、とめどなく涙が溢れている。
(やだ……やだやだやだやだ……恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い…………助けて……助けてお兄ちゃん!!!)
「ハッ!! やべえ…ウンコしたい……。いや、今はそんな場合じゃねえ!! 糞小便なんて漏らしても構わねえ!! 俺はあいつを助けるんだ!! あいつを助けるためなら死んだっていい!!」
兄は走った。とにかく走った。もちろん闇雲ではない。ちゃんと妹の場所は分かっている。
「ハア…ハア……今の時代はなあ……携帯で子供の居場所は分かるんだよ!!」
兄は携帯電話に映し出された地図を見ながら、ひたすら走った。
『地図を見ながら』、それがいけなかったのかもしれない。兄は赤信号の交差点に足を踏み入れてしまった。
全身の骨が砕かれるような衝撃。
(しまった!! 俺馬鹿だ……ちくしょぉぉ!!!)
車に跳ね飛ばされた兄。その体が地面に落下するまでの間、彼の脳裏には妹との九年間が鮮明に蘇っていた。
『ねえねえ〜! 遊ぼうよ、お兄ちゃ〜ん!』
『ああ! お兄ちゃんが私の分まで食べた!』
『見て見て! ランドセルだよ!』
『お兄ちゃん、掛け算教えて! え? 分かんないの?』
『見て! なぞなぞの本借りてきたよ!』
『今日、恐い夢見ちゃった…。』
『宿題の邪魔しないでよお兄ちゃん!』
『お兄ちゃん、シャンプーハット使うのやめなよ…。』
『助けて……お兄ちゃん………!』
兄の体は道路にたたきつけられた。
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