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エルグラーナ国の嫁候補

隣国

作者:杜乃くま
初投稿です。どうぞお手柔らかに、宜しくお願い致します。
「まぁ!まぁ!」

 マリエラに与えられた客間の、一室。
 ひと月半の間、側に仕えてくれた侍女たちに掛けられたのは感嘆の言葉。それでも具体的な賛辞は何一つ、誰一人として口にしない。何処からか圧力でも掛かっているのか、滞在中も随分よそよそしい態度が見え隠れしていた。その程度の嫌がらせ、マリエラは歯牙にも掛けはしないのだが、頑ななほどマリエラを褒めず、崇めたてず。その侍女たちの、思わずといった感嘆の声に内心ほくそ笑む。

 今日の衣装は、自国から兄が持ち込んだものだ。
 黒を忌色とするこの国では余り使われない紺青の生地は、蘇芳国で10年余年かけて作られた絹に変わる新しい繊維。大胆にハートカットした胸元を繊細なレース生地で首元まで覆い、大胆に開かれた背中に向けて大きなリボンで飾るデザインは、保守的なこの国でも受け入れられるギリギリのラインを狙ったものか。

 薄いレース越しに覗く白い胸元が不思議と下品に見えないのは、マリエラのボディラインを完璧に読み切ったパタンナーと、それを実現する縫製技師達のの高い技術によるもの。ファッションを主産業とする蘇芳国の中でも、随一のその技術の粋に自然と背筋が伸びる。

 蘇芳のドレスを纏ってこそ、とマリエラは思う。

 思い返してみても、不本意な滞在であった。
 文化交流の名の下に、エルグラーナ国王妃の招請に応じた今回の訪問は、詰まる所、政略結婚の為の布石である筈だった。

 エルグラーナの衣装を纏い、エルグラーナの言葉で流行の歌曲や伝統の芸事を語る。


 なんて詰まらない日々!!!


 ついでに言えば、マリエラはほんの10日前に婚約者候補から外された身だ。出たくもない今夜の夜会は、言わばマリエラの戦線離脱を表明するもの。マリエラではない、他の2名が最終候補に選ばれたことを大々的に知らしめる為のものなのだ。

 内心は不満や不安どころか、屈辱と怒りで煮えたぎりそうだが、精一杯の笑顔を張り付ける。

「ありがとう、貴方たちにはとても感謝しているのよ」



 久しぶりに感じる補正下着の締め付けも、エルグラーナ国の伝統衣装よりはマシだった。豪奢な織りと刺繍で彩られた一枚布をゆったりと纏うこの国のスタイルは、実際に着てみれば随分窮屈なものだった。幾枚か内側に重ねる絹の内着の中は、体のラインを隠す為にあちこち詰め物をされた上から、胴廻りをギュウギュウに締め上げる。

 特に念入りに詰め込まれた胸の下、胃の辺りに押し込まれる様な締め付けは、マリエラから食欲さえも奪った。この衣装では軽やかに踊る事も儘ならない。


「婚家の仕来りに御座いますから、此方にお召し替え頂きます」

 エルグラーナ国の首都、その中心地たる宮殿に足を踏み入れたマリエラに最初に求められたのは、衣装替えであった。国によって、嫁入りの風習は異なる。衣装替えの最中に先触れなく訪れた王妃ベアトリス様にだけは、辛うじてドレス姿のままご挨拶申し上げたものの、そのまま身包み剥がされ、着飾られて、急遽エルグラーナ式の不馴れな礼でもって、国王陛下と王太子への謁見となったのだ。



 ただの婚約者候補ですもの。
 蘇芳国の王女が帰国しても、婚約していた事実はないので醜聞にはならない、という主張ですわよね?それはまぁ、瑕疵などと言わせは致しませんけれど。ねぇ?

 エルグラーナ国側としては、今後も両国間の関係は決して揺るがないという立場を示したいのだろう。帰国する姫君の為に、盛大な夜会を催すらしい。

 蘇芳の為に我慢すべき、と大人しく待機しているものの、正直、気乗りはしない。これってむしろ、晒し者じゃないのかしら?

 隣国であり、比較的友好国でもあるエルグラーナ国の王太子との婚姻は、外交政策に則った実に政略的なものだ、と思っていた。その事に不満などなかった。
 蘇芳国の末姫である自分に甘い両親や兄達が熟考の末に決めた婚姻なのだから、自分も王族としての務めを果たそうと決意していた筈だった。
 その頃の自分は、全く想像出来ていなかったのだ。国と両親の庇護下を離れる事がどれ程心細く、味方のいない状況が惨めで情け無いものだと。
 甘やかされて育ったマリエラには、当初、婚約者候補の一人として扱われる事さえ耐え難い屈辱に感じられたのだ。

 そもそも、マリエラの立場は微妙だった。
 未婚の王族、しかも隣国からの賓客と言う立場で訪れて一月半。警備の為にと王宮の一角に部屋を与えられ、王妃の後ろ盾を得たものの、結婚市場である舞踏会への出席は、最初のお披露目の一度だけ。あとは王妃のお眼鏡に叶った会へと参加するも、その輪はいささか年齢層も高く、伝統を重んじる御婦人方の集まりとあってはマリエラには窮屈なばかりだった。
 出席の許された晩餐会へは王太子がエスコートしてくれるものの、それ以外の夜会では自国の貴族令嬢と楽しくやってるらしい。

 自分は王太子の好みではない、と言う事は何となく感じていた。
 それでも王族としてのプライドか、自分以外が正妃に選ばれるとは思っていなかった。王妃の私室で、王太子妃候補を外されたと告げられた時、自分は何と答えたのだろう?
 気がつけば自室にいて、王太子から候補を外す旨を直接告げられる事すらないのかと愕然としたものだ。

 それでも、この10日という期間は少なからずマリエラを落ち着かせてくれた。

 別に、王太子に恋い焦がれていた訳ではない。確かに見目麗しい方だとは思うけど、在り来たりな話題しか口にしない退屈な人だ。最終的には財務長官を務める侯爵家の、華奢で可憐な御令嬢と婚約するらしい。

 それに、エルグラーナ国を好きと言える程、この国を知る訳でもない。親身になって下さった王妃様はお慕い申し上げているが、全てから守って下さった訳ではない。
 事ある毎に古臭いマナーや道徳観を説かれ、政治や学術的な話題に口を挟めば厭われ、自国の文化や風習については品がない、破廉恥だと遠回しに貶められる。何かにつけ皮肉交じりな言い回しも、この国の女性特有の美意識も、マリエラは終ぞ馴染めなかった。
 周囲はクスクス笑うばかりで、全く止めに入らない様子から、この国ではそれが普通で、むしろツンツンした気難しさは国民性なのかもと、最近ようやく思い至ったところだ。



 コンコン、と遠くにノックの音が聞こえ、隣室から話声が聞こえる。訪いに対応しているのだろう。

「誰方かしら?」

「すぐ確認して参ります」

 侍女の一人が部屋を出て、そのまますぐに扉が開く。

「やぁ、マリー!随分、久しぶりだね!」

 部屋の主の返事も待たずにズカズカと部屋に入るなんて、勿論国でもマナー違反だったけれど。満面の笑みを浮かべる兄に、マリエラは思わず抱き着いた。

「ルド兄様!本当にお久しぶり!」

「良かった。相変わらずのお転婆姫め、今日のドレスはお前の雰囲気にピッタリだな。とても良く似合うよ」

「まぁ!そんなに褒めてくれるの、兄様くらいだわ!この手のドレスはこちらの流行の型ではないし…」

 見上げれば、眉を寄せてもの問いたげな兄の顔。
 うまく馴染めていない、という報告はきっと受けていたのだろう。王太子妃を輩出したい貴族や、隣国の血が混じる事を厭う派閥もあると、マリエラも噂に聞いている。自分に優しい兄は、心配してくれていたのだろうか。

 兄の笑みに胡散臭いものが滲む。

「いや、本当によく似合っているよ」

「やだわ、ルド兄様。その顔、すごく胡散臭い!」

 宥めるように肩を叩かれ、そっとアルナルドから離れる。
 口に出すべきか、一瞬の躊躇の後、姿勢を正して深く腰を折る。

「私、失敗してしまいましたわ。王女としての役目も果たせず…。申し訳、ございませんでした」

 本当は、納得なんて出来ていなかった。
 マリエラは義務を果たそうと努力したのに、そもそも誰かを選ぶなんて許されていないのに、相手は違うのだ。「そんなのズルイ!」と思う。
 だけど王女としての立場が、マリエラに言い訳を許さなかった。

「馬鹿だなぁ、マリーは」

 兄の手が、頰を撫でる。
 懐かしくて優しい兄の声で、兄の仕草で。

「そのドレスは、兄上がマリーにと作らせたんだ。ほら、あの人好みの色だろ?で、ネックレスは母上から。お祖母様の形見を、お前の為に作り直したそうだ。」

 扉の側に控えていた兄の従者が、低い姿勢のままそっと寄ってきて箱を差し出す。
 懐かしい、蘇芳特産の彫物細工が美しい箱だ。
 箱に納められていたネックレスは透し彫りの金細工と大粒のエメラルドが美しい逸品だったが、箱を開けば鳴り出すオルゴールの音もマリエラを喜ばせた。
 蘇芳国の前皇后が、現皇帝の生誕記念に作らせた子守唄。マリエラにとっては、祖母から父へ、そして自分たち兄妹へと唄い継がれた愛する家族の曲だったのだから。

「やっとお前を連れ戻せると言うのに、あの人達は山ほど土産を持たせようとするし、自分が迎えに行くと聞かないし。お陰で夜明け前に、コソコソ出立する羽目になったんだ」

「素敵ね、この箱も、ネックレスも。ねぇ、付けてくれる?ルド兄様、私すごく嬉しいの!嬉しいわ、ありがとう!」

 侍女の手でネックレスを付けたマリエラは、今度こそ輝くような笑顔を見せた。

「マリエラ、では行こうか。」

 今宵開かれる舞踏会に、王太子がとある御令嬢をエスコートするという。きっと選ばれなかったマリエラの話題も、口に上っているだろう。

 でも今のマリエラにとっては瑣末事であった。
 もうすぐ蘇芳に帰れる。それだけの事がどうしようもなく嬉しくて、それだけで笑顔になれる。

 差し出された兄の手が、優しくマリエラの手を引いた。


 ◇


 蘇芳国からニ十数名の使節団が訪問、という先触れが届いたのが7日前。その代表として第二王子が訪れるという情報を影の者が齎したのは3日前の事で。
 蘇芳の姫君を迎えに来るのだ、其処までは想定内であった筈なのだ。

 本日開かれる王家主催の舞踏会準備に城内が慌しい中、オーエンは出迎えの列の前列右端と言う、これまた非常に微妙な位置に居た。

 なんとなーく悪寒がした7日前、内容は朧ながらに悪夢に魘され飛び起きたのは3日前の事で。此度の破談を詫びる親書を隣国へと届けた外務官が胃痙攣を起こして立ち上がる事もできないと聞いたのが今朝の事。
 宰相に立ち会うよう急遽指示を受けてしまった今は、その背中にびっしり冷や汗をかいている。

 幸いなこと、だろうか?蘇芳国の第二王子は、この場には居ない。蘇芳国との交渉窓口であり、我が国の夜会でも何度か会った事のあるカレッリ伯爵と、もう一人は第二王子の側近。

「はじめまして、フェデリコ・ボネッティと申します。」

 握手の為に右手を差し出してきた男は、はっきりと此方に敵意を向けて来た。

 その理由は、察して余りあるものだ。
 王宮に滞在している蘇芳国の姫君は、穏やかで王族らしい気品溢れる女性と聴くが、遠目に見る限り王太子の好みじゃない。
 アレは華奢な女が好きだから、その点マリエラ姫はどうにも横幅があり過ぎる。謁見の間で初めて対面した際も、王太子がはっきり落胆の表情を浮かべるのをオーエンは目撃している。
 いや、その場に居た多くの貴族や文官は目撃したに違いない。

 だからと言って、今の待遇はないとオーエンですら分かっている。
 正直、隣国と戦争おっ始める気で人質にするご予定ですかと膝突き詰めて問いたい。いや、しっかり問い詰めてから、この場に立つべきだったと…。

 あぁあああ、ごめんなさい、ごめんなさい。

 国を背負う以上は、個人の思惑での謝罪など出来よう筈もない。
 明らかに此方に非がある状況で開かれた事務方の会談では、可能な限り蘇芳国側の要求を飲むと事前に通達されている。自分の仕事は、その可能なラインを見極める事と、オーエンも気を引き締める。儀礼的な挨拶の応酬のあと、カレッリ伯爵から提示されたのはしかし、意外なものであった。

「御滞在頂けないと、いう事でしょうか?」

「蘇芳国は礼節を重んじる国柄、万が一にも辞去の礼が疎かにならぬ様にと。あと、見送りも不要と事前に申し上げておきましょう」

 相手の意図が読めない。
 思い付くのは国境を越えた直後に宣戦布告を受けて戦になる事くらいだが、これでは事前通告する様なものだ。意味が分からない。
 そんな此方の困惑に、苦笑交じりで助け船をだしてくれたのはフェデリコ・ボネッティだった。

「どうぞ、お笑い下さい。我が主は、妹君を一刻も早く連れ帰りたい一心なのです。万が一にも王太子殿下の心変わりがあっては困ると」
「は…?いや…仲の良いご兄妹と、伺っておりますが」
「えぇ、本当に。困ったものです」

 フェデリコ・ボネッティは、見目の整った男だった。彼が敵意を収めて微笑めば、場の空気は随分和やかなものとなり、幾人かは釣られたように苦笑した。
 この男は本当に、フワリと柔らかく笑うのだ。
 第二王子が危惧する「万が一」が何を示すのか、確認出来る雰囲気さえ駆逐するかのように。
 不運にも、その目はぴたりとオーエンを見つめて、殊更に胡散臭く笑んだのだった。


 ◇


 王家主催で開かれた舞踏会。
 その美貌で知られた隣国の第二王子と共に、広間中央でヒラヒラと舞うのは美しい姫君。異国風のドレスを纏い、男の情欲を誘わずにはいられない完璧なプロポーションを惜しげも無く晒しつつ、羽のような軽やかなターンは、注目を集めずにおれようか。

 来季の流行は、コレと定まった。
 その布が、レースが、デザインも技術も、隣国へと注文が殺到するのであろう。それは、この国の金が湯水の如く隣国へ流れることを予兆していた。

 最後まで軽やかに、フワリと礼をして立ち去った隣国の王族が、使節団と共にアッと言う間に国境を越えたと報告が成されるのは、この数刻後の事である。


国名の誤字を修正致しました。ご指摘頂き、ありがとうございます!

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