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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

国民の三大義務

作者: karon

 国民には果たすべき義務がある。

 いかなる理由があっても、その義務をまっとうせずして、この国の国民を名乗ることは許されない。


 家の前で母親は無言で佇んでいた。父親はただ天を仰ぎ祈りをささげている。

 アリスは目礼だけで両親に挨拶すると、家を後にする。

 後ろに七歳になったばかりの弟、トマスが緊張した面持ちでついてくる。

 朝焼けがアリスの赤毛を一層赤く染めた。

 家の農地の敷地を抜けると、村の別の子供達が集団で歩いて行くのが見えた。アリス達もそれに合流する。

 トマスは今日が初めての子供達だけの旅だ。最初だけは両親がついてくるが、二度目からは子供達だけでいかなければならない。

 村の出口が近づいている。子供達の顔に徐々に緊張、あるいは恐怖の色が浮かび上がってくる。

 アリスは背中に背負った背嚢の重みを確かめる。

 これから数日の命がここに詰まっている。

 村を出て、あの山を越えれば。

 それでも足を止めることは許されない。なぜならそれが子供達の義務だったから。


 山を越えれば、徐々に不穏な音が大きくなってきた。

 それは爆撃であり、肉を切り裂く刃の音であり、人の断末魔の悲鳴だった。

 そして臭覚にも感じ取れた。血ときな臭いにおい、そして火薬の匂い。

 今現在、この場所は激戦区だった。

 そして子供達はここを突っ切って進まねばならない。

 戦争はここ数年続いている。あの村の子供達は常にこの戦場を通らねばならないのだ。

 この先の目的地に着くまでは。

 一番年長の少年がのどを鳴らすのが分かった。そして意を決して戦場に向かって足を進めた。

 アリスは姿勢を低くして、トマスをかばう格好で前に進んだ。

 基本的に非戦闘員の子供達を積極的に害することはないが、それでも、事故は起きるものだ。隣村の子供が火だるまになって死んだのは記憶に新しい。

 子供をできるだけ避けると言ってもそれはできるだけのことだ。流れ矢にあたる可能性は常にある。

 慎重に歩を進める。

 アリスはトマスの頭を押さえて、できるだけ上がらないようにしてやる。

 腰をかがめたつらい姿勢だが。この場所を抜けるまでは仕方がない。

 慎重に足を進める。

 恐怖に駆けだしたい衝動を抑え、五感すべてを使って状況を読み解く。

 油断のない視線をめぐらし子供達は少しづつ歩んでいく。


 来るたびにこの場所は地形が変わっている。

 爆撃でえぐれたり、新たな壕が掘られていたり、敷地を取り囲む壁ができていたりいろいろだ。

 それでもだいたいの地形さえ覚えていれば正しい順路をたどることはそれほど難しいことではない。

 通れればだが。

 地中に地雷が仕掛けられていた。

 子供の体重でも、踏めば終わりだ。地雷を踏んだらしい、誰かが五体をばらばらにし、内臓を散乱させていた。

 血の臭気に吐きそうになるトマスを物陰に引っ張っていった。

「吐いちゃいな」

 そう言って背中をさする。

 弟の嘔吐のすっぱいにおいをかぎながら、アリスは周囲をうかがう。

 兵士達が今立っているあたりはたぶん安全。だけど、それ以外は。

 最年長の少年のほうをうかがう。

 地面に顔をこすりつけるようにその様子をうかがっている。

 何人かの兵隊が同情するように子供達を見ていた。

「回り道をしていたら、間に合わないかもしれない」

 年長の少年、ペーターがそう言った。そして、赤ん坊の頭ほどある石を持ち上げた。

 それを渾身の力で投げる。

 石が地面に落ちた時、爆発音が響いた。

「爆発させちゃえばいいんだよ」

 子供達はそれぞれ目を見かわす。

 その通りだ、爆発してしまった後なら安全だ。

 幸い個々は自国の味方の陣地で、地雷は敵国のしかけたもの、自分達が爆破処理しても喜ばれこそすれ、怒られる道理はない。

 子供達は地面をざっと眺め私適当な石を集め始めた。

 アリスは背嚢から毛布を引っ張り出し、石をその上に集めた。

 アリスの小さな背嚢に収まるほどの毛布だから、小さくて薄い、それでも結構な数の石がのった。

 同じようにしているほかの子供達を見てペーターは出発の合図を出した。


 自分の前に石を叩きつける、爆発する時もあれば、しない時もある。

 とにかく、石のある場所は安全。そう確認しながら子供達は歩いて行く。

 そろそろペーターの疲労の色が濃い、

 爆風を食らって土埃で汚れたペーターの前に出る。

「代わるわ」

 ペーターの次に年長なのはアリスだ、背後のトマスもこっくりとうなずく。

 背後を振り返ると、石もだいぶ少なくんって来た。

「最後尾、無事だったら石をもう一度拾いなさい」

 地雷原を抜けるまでに、石がなくなったら、万事休すだ、もう戻ることもできない。

 アリスの額に冷たい汗が浮かぶ。

 地雷原の照明は、時々見つかる人や獣の死体だ。

 跳躍力のある鹿が全身をはじけさせて死んでいた。

 腕がだるくなってきた、それでもアリスは前方に石を投げる。

 爆風で飛んだ小石で頬が切り裂かれる。

 その痛みすら極度の緊張で、感じなくなっていた。

 アリスが石を投げるより、先に前方が弾けた。

 爆薬をくくりつけた矢を打ち込んだものがいる。地雷に有ばくしてひときわ大きな爆炎が上がった。

 とっさに腕で顔をかばっていたアリスが、恐る恐る手を下すと、えぐれた地面と、その前で手を振る人がいた。

「もう大丈夫だ」

 それは顔見知りの女性兵士だった。

 子供達が危ない場所に行かないよう誘導してくれることもあった。

「あの、いいの?」

「いいのいいの、地雷なんかふりまかれて、こっちも迷惑してたんだ、減らしてくれてありがとうね」

 そう言ってそばかすのある顔をくしゃくしゃにして笑いながらアリスとペーターの頭を撫でる。

 子供達はくすぐったそうな顔をしていたが、再び真顔になる。今のところ一人の脱落者も出ていない。

 今度は山越えだ、平坦な平原と違って、戦場になることはないが、長引く戦況のせいでほとんど整備がなされていない。


 獣道と化した道を少々朽ちが始まった鎖の道標をたどって子供達はようやく安全な道についた。

 道端にへたり込んでいれば、子供達を送迎する大型馬車が向かってきた。馬車に揺られて、アリスをはじめとする子供達は泥のように眠りこけた。

 とっぷりと日が暮れたころ、馬車は町の中心にある子供達の寮にたどり着いた。

「おかえりなさい、大変だったみたいね」

 泥と埃と血さえ滲んだ姿に寮母さんが顔をしかめる。

 子供達はようやく新学期に間に合ったのだ。

 門のところに、かなりやつれている子供が数人座り込んでいた。

 楽器休みの間寮は閉められる。その間戦場を抜けるのを恐れて、街の片隅で生きていた子供達だ。

 街は、保護者のいない子供達にとって、優しい場所ではない。居残った子供がそのまま行方不明になり、二度と会うことはなかった、そんなことが数回あった。

 ゆらりと立ち上がり、アリス達と合流する、その憔悴しきった顔から彼らも地獄を見たのだと悟った。

 この国は国民に三つの義務を課している。納税と労働と修学だ。

 子供は七歳から十五歳まで学校に通わねばならない。その義務を怠ると、国民としての権利一切合財をはく奪される。

 たとえ、学校と家との間に戦場があろうと、そんなことは一切斟酌されない。

 風の噂では、病弱な子供を学校に通わせず家で闘病させる親もいるという。しかしアリスの近所では病弱な子供など、七歳になる前に死んでしまうので、アリスはそれを見たことがなかった。

 アリスはあてがわれたベッドと、机のあるだけの極小の部屋に戻って息を吐く。

 寮の談話室には新聞も置いてあった、戦争はもう何年も続いている。まだまだ終わりそうではない。

 背嚢から宿題を出すと、久しぶりに開く教科書で答え合わせを始めた。


 腕利きの女傭兵アリス・モルガン、彼女は言う。必要なことはすべて通学路で教わったと。


 世界まる見えなんかで見たトンでも登校風景が元ネタです。

 それにM・Rジェイムズの短編、怪奇小説の古典ですが、まあ、ボーイスカウトにやってきた子供たち、そこに村の古老が言ってはいけない森の話をそして中二の病をこじらせた一人の子供がっていう良くある話ですが、一番怖かったのは教師二人の会話です。

 児童を簀巻きにして、川に投げ込み他の児童が飛び込んで助けるという訓練。

 それに対しての言葉が、

「まだ四人しか死んでいない」

 ラストのお化けが出てくるシーンより、こっちのほうが怖いと思うのは私だけでしょうか。

 イギリスにおいてすら子供の生存権は十九世紀には認められていなかったようです。

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