ガチャ20 見慣れぬ門番
寒さ増す秋空の下、銀髪の青年が人通りの少ない大通りを軽快に駆け抜ける。
1万回の素振りを行うことでリィオスもマルコもある程度までは剣スキルのレベルが上がったという話を思い出しながら、城門へ向かって速度を上げていった。
それほど時間が立たない間に、検閲する門番を見つけて減速するリュウ。
(どういうことだ?)
不思議がるリュウの目の前にはまったく見たこともない兵士達がいた。腕利きには違いないが、リュウが感じた師匠の雰囲気とは全く違う。兵士達が発する圧力は、リィオスから感じた強者の圧力とは比べ物にならないほど劣っている。
(こんな奴等が門番でいいのか? )
「おい。なんでリィオスやマルコがいないんだ?」
「なんだ? あの人達に何か用でもあるのか?」
「……一応、これでも弟子なんだが」
「弟子だって? ……そうか! もしかして、お前がリュウか!!」
「ああ」
リュウがリィオスの弟子だとわかると兵士が途端に大きな声を出して興奮している。
王都の兵士であれば誰もが尊敬し、憧れる存在。実在する英雄に教えを請いたい者は多い。しかし、リィオスは数年前にマルコを弟子に取っただけで、以降は全て断ってきたのだ。
門番を務めるこの兵士達も同じように王都の英雄に憧れているし、稽古をつけて欲しいと願ったこともある。そんな兵士達にとって、久しぶりにリィオスが弟子をとったというのはビックニュースだった。
「なら、教えてもいいか。念のため身分証を見せてくれ」
「ほら」
リュウは基礎ステータス項目の部分のみを表示させた冒険者ギルドカードを提示する。
「確かに、リュウだな。あのリィオス隊長が弟子をとったなんて言った時は驚いた。どんな奴かと思ったが……」
「俺達よりも既にステータスだけ見ても強いなんて信じられんよな。登録したての時は完全に素人だったんだろ?」
「若そうなのにな! いったい何歳なんだ?」
「18歳だ」
「そうか! すごいなぁ。そういえば決闘もしたんだろ?」
「それはオレも聞いたな! どうやって……」
矢継ぎ早に質問を繰り返す兵士達。いちいち答えていたら昼までかかりそうな気がしてきたリュウは修業の時間を確保するために話を元に戻そうとする。
「時間があんまりないんだよ。次は、俺の質問に答えてくれ。昨日と一昨日はあの2人組が門番をしてただろ? てっきり王都の門番はリィオスとマルコがしていると思っていたんだが……」
「ああ、あれは特例だよ」
「特例?」
「そうだ。帝国の手練れが潜入や工作をしないように、水際で防ぐための緊急措置だったんだよ」
「なぜ、帝国の手練れが王国の中心である王都にわざわざくるんだ?」
「実は、ゴブリンの異常繁殖をさせたのは帝国の仕業じゃないかと思われてるんだ」
「……偶然だろ?」
「ここ最近、王都に限らず王国中の都市付近でモンスターの異常繁殖が増えていて、中には魔寄せの香が使用された形跡もあったそうだ」
「魔寄せの香ってなんだ?」
「魔寄せの香も知らないのか? 記憶喪失ってのは本当らしいな。王国法でも禁止されているほどの……」
兵士が呆れながらも常識とさえ言えるほどに有名なアイテム『魔寄せの香』についてリュウへ説明した。
禁忌のアイテム『魔寄せの香』
大昔の指名手配されていた錬金術師が作ったモンスターの好む匂を発生させる香炉。大量の生物の血と魔素を含む特殊な粉を合わせて錬成した凝固薬を燃やして人間には感じ取れない匂いの煙を出す。
家畜などの血よりも人間の血の方がモンスターを多く呼び寄せられると言われている。その性質上、人間から血を採集して使用されることが多く、血を求めて凄惨な殺人事件が引き起こされる。さらに魔物氾濫現象によって村や街へ多大な被害を与えることから、即刻全ての国で製作、使用を禁止されたほどの危険なアイテム。
(なるほどな。相当に危険な代物だ。しかし……)
「恨みのある人間なんて腐るほどいるだろ。それこそ、王国内の人間かもしれないじゃないか」
「それだけならそうかもしれないな。だけどな、異常繁殖が各地で起き始めた直後、狙ったように帝国が王国との国境付近で大規模軍事演習を行っているんだぞ。怪しいだろ?」
「タイミングが良すぎる、か?」
「ああ。建前としては、帝国に万が一でもモンスターが流れ込んできた場合に対応できるように演習をしているとか言ってるけどな。噂では、演習というより突撃準備って感じらしい。兵士の数だけじゃなく、武器や軍馬の数も桁違いだとさ」
「そこまで来ると、確かに怪しいな。モンスターの大氾濫が起きれば帝国がそれに乗じて王国を攻めてきてもおかしくはないか」
禁忌のアイテム『魔寄せの香』による異常繁殖の発生数増加と合わせるように行われている国境付近での大規模軍事演習。そして今回の王都近くの深緑の森での災害級認定のゴブリンキングとゴブリンの群れの発生。
王国側が帝国を疑うのに十分な数の出来事が重なっていた。
「だろ? 政府もいつ戦争が起きてもおかしくないと考えているのさ。
犯行した者は形跡を上手く消しているようで、誰かはまだわからないようだが、帝国の商人が秘密裏に魔寄せの香を買ったという情報まではつかんでいるみたいでな。
証拠を掴ませないように帝国の手練れが暗躍しているだろうと考えているんだ」
「なるほど。帝国の作戦の肝になる部分を任されるほどの相手。確かにリィオスが適任だな」
「そういうことだ。王国の中心である王都付近でのモンスター異常繁殖発生の予兆を掴んだとの知らせがギルドから王国に入り、厳戒体制を敷くことにした王国政府は王国の剣と名高いリィオス隊長とマルコ副隊長を城門の守護に当たらせ、帝国の手練れが直接王都に被害を与えようとした場合に備えさせたんだ」
「で、異常繁殖は不発に終わってるが、手練れとやらは現れたのか?」
「それらしいのが近くまできたらしいぞ? リィオス隊長がリュウと戦う少し前に来たと言ってたな。少し力を解放したら逃げていったと笑っていたよ」
「なんだ。案外大したことない奴かもしれんな」
「あのな、普通はリィオス隊長が力を解放したら耐えられないから」
「そんなこと言ってたら勝てんぞ?」
「お前、正気か?」
「当然だ。修行するのも、あのふざけた面を正面から殴ってやるためだからな」
腕を組んだまま傲岸不遜な顔で言い切ったリュウ。口元には挑戦的な笑みを湛えている。
兵士たちは王国最強と名高いリィオスを正面から打ち倒すと宣言するリュウに呆れながらも、腕っぷしだけではなく気概のある若者だということを肌で感じていた。
「……リィオス隊長が気に入るのもわかる気がするな」
(あいつらが居ない理由はわかった。リィオスには文句の1つでも言ってやりたかったが、居ないなら仕方ない。そろそろ、修行に行くか)
「話を聞かせてくれたことには感謝してる。そろそろ、門を通りたいが、いいか?」
「ああ、検閲は済んでるからいっていいぞ」
兵士達の興味深げな視線を背中に集めながら、城門を抜けたリュウは素振り1万回を達成させるべく深緑の森へと走って行った。
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