理論の実証
第Ⅰ部が始まります。セフィリアは、突然、技術が登場することの不自然さを気にする人間です。
淡々とした領主様すげー打算的、という小説であることを遅いながらも、申し上げます
私の領主継承は、滞りなく進んだ。各地からの代表からは祝辞の手紙や品を贈られると同時に、各地の騎士や役人からは、不安の声も上がっている。
セフィリア様は、まだ六歳。そのような歳で領主が出来るわけがない。いや、父君のダイナモ様の跡を継ごうと躍起になっているだけだ。すぐに助けをお求めになる。
そう言った声が聞こえるが私は全てを無視し、執務に当たっている。
突然の継承に伴い、私は領内の状況を把握していない。今は、ジークから現状を詳細に記された資料を見せて貰っている。
当面は、一年ごとの計画的があるためにすぐさま何かを起こさなければならないという事態には陥っていないために、資料を読み解くことに集中できる。
私は、お父様が亡くなってから領地の人口、職種、主な農作物の一覧と収穫量、交易品の確認、税収、領民の平均寿命などを確認、グラフ化する事にした。お父様は、情報に関してはかなり精度が高く記録に残されているので、私はこの城に居ながらに領地の多くの事情を知ることが出来た。
そして現在は、領地の問題の一つについて紙面をみて睨みあっている。
「なるほど。地図上の耕作地の作物は王都への出荷を主としており、農民はそれで手に入れたお金で安い雑穀を食べているのですね」
「はい。他にも税収や役人仕事は、ダイナモ様が大凡効率的な組織を作ってくださいました。ですが大きな事業を行う場合は、領主であるセフィリア様の許可が必要となります」
「だから、この為の農地の拡大ね。ですが、それを行うための人手や道具はありますか? それに地図上を候補とする場所を同時に開拓しても物になるの、十年前後なのでしょう?」
「ですが、他に方法はありますか?」
地図上の主な開拓候補地は、街に近い農村周辺の森、西部の湿地帯だ。
ジークの言いたいことはもっともだ。だが、私の温めていた策は、物になるので遅くて五年。早くて三年だ。
「ジーク。これを見てくれる?」
「これは、お嬢様のトマトの観察日誌ですかな? しかしあのトマトは、良く実りましたな」
「実はね。最後のページを見てほしいの」
そこに書かれている内容は、こういうものだ。神の教えに則り『大地に恵みは、地に帰す』という教えが、どのような経験則に基づかれているのか、について書かれている。
腐葉土、鶏糞、生ごみによる有機肥料、竈の灰、何も使わない場合、それぞれを使った生育状況と葉の数の変化、を可視化して収穫までの変化を記した。
最後に、極論、鶏糞以外にも、牛糞や人間の糞尿でも有用性があるだろうという仮説だ。
「こ、これは! 本当でございますか!」
「ええ。葉は、木が吸い上げた大地の恵み。それが落ちて腐った物が腐葉土。鶏糞も鶏が食べた物は糞により大地に、生ごみも土に埋めることで、木自体が大地の恵みの塊。その燃え残りの灰もまた大地には良い物。その全ては『大地の恵みは、地に帰す』経験則に基づいているの。だから痩せた大地にそれらを与えれば、作物は大きく成長する。極論、休作地を作らずに、生産量を増やすことが可能になるわ」
「こ、これが本当なら! 我が領内は、一変しますぞ!」
「そう。それで、近くのラムル村の協力を得て、それを実証しましょう。何もしない土地を二つと、全てを混ぜた土地を二つ。そして途中で何もしていない土地と、混ぜた土地に追加で大地の恵みを補う場合の変化を見るのです。
私の場合はトマトだけでしたので、幾つかの作物を試験的に試し、その全ての様子をこの一年で記録に纏めるのです。それを紙面に方法を記し、領地内の農村に配るのです」
「す、すぐにラムル村や周辺の幾つかの村に手配しましょう!」
「ラムル村には私が直接行きます。お友達に会いに行きたいわ」
私がほほ笑めば、ジークはもちろんです。と返してくれる。
今回の理論は、一つ。教会の教えを元に考えたが、もう一つある教会の教えも私には気がかりであった。
蝿の集る物は、不浄な存在。もしかしたら宗教的な意味で忌避されてしまう。そうならないように私が直接説得に行くのだ。
お母様にお城を預け、私はジークと騎士に伴われ、馬車でラムル村へと向かった。最後に訪れた時と変わらない雰囲気に私は安堵を得る。
「お待ちしておりました。領主様」
「ありがとうございます、村長。今回の視察は、あるお願いをしに参りました」
「分かっております。 中にどうぞ」
早馬で知らせが届いていたのか、すぐに対応してくれた。
村長の家に通された私は、注意深く観察した結果、心なしか疲れた表情をしているように感じる。
「ダイナモ様のことお悔やみ申し上げます」
「良いのです。今は領民の方が大変なのでしょう? 村長も前に会った時より痩せていらっしゃる」
農作業で鍛えられた身体と凛々しい顔立ちも、今では頬がこけ、眼には力が無い。
「お恥ずかしながら、ダイナモ様が良くしてくださっていたのですが、村の備蓄事情が難しいのです。このままでは、すぐに労働力にならない子どもを売らなければいけない」
口減らし。生前の世界ではそう呼ばれる方法を思い浮かぶ。
「それは、ダリアも含まれているのですか」
私が静かに尋ねれば、村長は目を伏したまま頷く。
「ええ。ダリアはあれから文字の読み書きを覚えておりますので、運が良ければ貴族への奉公はできるでしょう」
「悪ければ」
「……売られます」
ダリアとは、手紙を交わし合っている。互いに拙いながらも日々の楽しいことを書いている中だったので、その言葉にショックが大きい。
「私だって出したくないのです。可愛い娘ですから。ですが村を滅ぼすわけにもいかない。すぐにというわけではないが、農地の拡大ではきっと間に合わない」
悲痛な声にこの家の暗い雰囲気の意味が分かった気がした。だから私はなるべく落ちついて話をする。
「大丈夫です。希望は、お父様の残した計画書にあります。こちらが成功すれば、きっと。今は、これに目を通してください」
「ダイナモ様の農地開拓の計画書ですか? 拝見させていただきます」
村長は私の出した計画書が、農地開拓とは別の方法による収穫量上昇だと気がつくと顔に生気が戻ってくる。私では、大人への説得力が足りない。だから、私はお父様の残した計画書、という形で今後の計画を少しずつ行っていくつもりだ。
「これは、本当ですか。これが本当なら、ダリア。いや、村の子どもを売らずに済む」
「今は、周辺の村の一部に試験的な実証をお願いしています。この村にもお願いするために来ました。乾いた糞や、生ごみを扱うって貰うのは、大変心苦しいのです」
糞や生ごみには、虫が湧く。とりわけ、蝿は不浄とされるためにきっと嫌がるだろう。
しかし、村長は柔らかな表情で淡々と答えてくれた。
「我々は、大地に生かされている。そして蝿は豊穣の存在として年寄りは崇めてもおります。大丈夫です。この『肥料』を作り『追肥』の有用性を証明し『肥貯』の存在を確立して見せます」
「ありがとうございます。それと数日泊って行っていいですか? 私は領民と共にある者。これを見届ける義務があります」
「良いのですか? 城には、やるべき仕事があるのではないのですか?」
「お父様が作り上げた組織、そしてお母様が領主代理として頑張ってくれています。それに――お友達と遊んできなさい、と言ってくれてきたので、少し甘えております」
左様でございますか、とほほ笑む村長。
私は、それから三日ダリアと共に村を回った。大人を連れて森の腐葉土の特徴を教え、鶏糞と混ぜ、竈の灰を村で集め、それを畑に撒き、種を埋めたのを見て私は城に帰った。お父様が亡くなって以来、お腹の底から笑うことの減った私は、久しぶりに笑った。
近くの領地の多くは、実験の実証に賛同してくれて、広く、多くの種類の野菜のデータを取ることが出来た。
その年、肥料を使い追肥の行った畑では、今まで以上に質、数ともに多くの種類の野菜の出来が良く、各村々からは笑顔が生まれた。
その畑の収穫量は、何もしない畑より数倍にも上ったそうだ。
第Ⅰ部が始まりました。序章は、理論などがほとんどないのですが、今度からは、理論や知識を私が仕入れなければいけないので、少し更新ペースが落ちると思われます。
それにしても、セフィリアが一気に大人っぽくなってしまった。どうしよう……