第三幕 第二場
いまおれは個室のベッドで横になりながら、上の空で天井を見あげていた。時刻はお昼をまわっている。あの留守電の出来事からもう何時間も経っているというのに、あの耳障りな助けてという悲鳴にも似た叫び声が、いまだに頭にこびりついている。
「なんだったんだあの電話は……」
いたずら電話だとすますには、あまりにも不気味すぎる。しかも電話の女は、自分がこの家にいると主張し、見つけて助けと頼んでいる。あまりにも意味不明だ。ここにはおれだけしかいないのだから、女の主張はまちがっている。ありえない。
そんなことを考えていると、外の廊下から物音が聞こえ、思わず肝を冷やしてしまう。そんな馬鹿なことがあるはずがない、と頭で理解していても、心がそれに異議を唱えている。もしかすると……。
おれはベッドから立ちあがり、おそるおそる廊下へと出る。耳を澄ますと、たしかに何やら物音が聞こえてくる。おれはたしかめるべく、音のするほうへと足音を忍ばせながら、廊下を進んでいく。近づいていくにつれ音が大きくなり、それに合わせておれの心臓の鼓動が早くなる。
廊下のまがり角にたどり着くと、そこから顔をのぞかせるようにして、先の廊下をのぞき見る。するとそこには猫のサクラの姿が。サクラは部屋のドアで爪研ぎをしている。そうわかった瞬間、全身の力が抜け落ちた。
「おまえかよサクラ」おれは苦笑いする。「びっくりさせるなよ」
サクラは鳴いて返事をすると、おれの脇を走り抜けていった。
ばかばかしい、と思い部屋にもどろうとしたそのとき、かすかな物音が聞こえた。それは家がきしむような音で、とても小さかったがまちがいなく聞こえた。それは先ほどまで、サクラが爪研ぎをしていたドアの部屋から聞こえたように思える。
「たしかあそこは……鍵のかかった部屋だったよな」
おれはゆっくりとその部屋のドアに近づくと、それをノックした。
「だれかいるのか?」
だが返事はない。それもそのはず、この家にはおれしか人間はいないのだから。試しにドアノブをひねるも、やはり鍵がかかっているのであかない。
「まさかな……」
そう言いかけたとき、ドアにのぞき窓があることに気づいた。吸い寄せられるように、それに目をあてる。するとそこから部屋の様子がうかがえた。だが見える範囲で人がいる気配はない。よく観察しようと目を凝らすと、床や壁に何か文字がびっしりと書かれているのに気づいた。それはこう書かれている。助けて、助けて、助けて、助けて……。
それを見た瞬間、おれは悲鳴をあげるとすぐにドアから離れ、驚きから息を喘がせた。
「な、なんだよ、この部屋は……気持ち悪い」
しばし呆然と立ち尽くす。やがて気分が落ち着くにつれ、あることに気がついた。
「……この部屋のドアののぞき窓、部屋からではなく、こちらからのぞいて見えるようになっている。ふつうとは逆だ。いったいどういうことだ?」