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頂きもの短編集

愛縁奇縁

作者: ゲストa

「身代わり御苦労でした。首謀者は捕らえました、これで解決です」


凛と笑う少女は、確かに顔立ちだけ見ればわたしとよく似ていた。

けれどやっぱり本物には、内側から滲む何かがある。

ここしばらく仮面のように彼女を覆っていた暗い焦燥はようやく消えていて、それを晴らす一因としてでも事態に関われたことに、密かに誇らしさを覚えた。


「それでは、これにて失礼致します。姫様におかれましては、今後平穏な日々に恵まれますようお祈り申し上げております」

「あなたも、お元気で」


差し出された滑らかな手は小さく、指先で挟むようにそっと握るのが精一杯だった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇






ちょっと特殊な依頼の性質上、堂々と出ていくのはマズいので、こっそりと裏門を目指した。

あれだけは心底参った堅苦しくも煩わしいドレスから解放された身としては、全身を隠す黒ローブなど何でもないが。


「おい」


声と同時、どこかの通りすがりにフードをひん剥かれるのも、まあ無理もない話で。

自分でも不審かもしれないとは思っていたのだ。

相手はこちらの顔に絶句、引き摺るように物陰に連れ去られだぶついたローブを頭から抜かれた。

やられ放題だが、言わせてもらえばこちらの油断だけではないのだと主張してみる。

臨時雇いの何でも屋風情が、本物の騎士なんぞに太刀打ちできるわけがないだとか。

とにかく、それなりに危険も伴った依頼の、それなり以上の報酬に浮かてれたせいだなんてのは秘密だ。


「…………ども」


しかし相手が悪かった、正面で目を見開く見知った相手に一体何が言えただろう?

そう、昨日まで生真面目で口煩い護衛筆頭だったこいつを、仮初の地位を盾にちくちくいぢめてやった身としては。

文句があるなら言ってみろと、優位笠にきて余裕しゃくしゃくで促せば奴は鬼の形相で礼をとり、呻くように、天を呪うよーに頭を垂れてこう絞り出すのだ。


「……我が主よ」


ああ、そうだ、腹を立ててなお色めいた、ゾクリと来るようなこのこたえ。

……耳に心地良いというよりは、裏に潜む報復の意図に震えるのだろうが。


しかし誰が主だ、誰が。

かつらは取ったし顔はすっぴん、造作は変えられないまでも今のわたしのナリは色気も素気もない部分鎧と丈夫だが無骨な旅装束、そんな相手にためらいなくそんな呼びかけするか普通?

疑問の一つも浮かべない顔は無表情に凍っていて。

どうせなら、いつものようにつつけばキレそうにピリピリしたしかめ面の方が、慣れている分取っ付きやすい。


「……何ですって?“初めまして”騎士殿、わたしはしがない旅の者でサレンと申します。怪しい者ではございませんよ」

「サ、レン……」


「いやぁ本日はお日柄も良く、さぞたくさんのお仕事を抱えていらっしゃることでしょう!すぐ出て行きますのでどうぞ騎士殿を必要としている場所へいらっしゃって下さいな、わたしなんぞ捨て置いて。それじゃ御機嫌よう!!」

「……サレン?」


薄い胸板を凝視し、まくし立てる勢いに負けたか繰り返されるだけの茫然とした呟きが、ちょっと笑えた。

こいつの性格は面白い、腹を立てても丁寧だった言葉、冗談にさえ一々耳を傾け、警護に手を抜くこともなかった。

なのに自分は偽者だったから、抱かれる本物の忠誠がくすぐったくて眩しくて、ついつい地を出しいぢめてしまったのだ。

いくら本物と面識が無い相手とはいえ、ばれたらどうするとお目付け役に怒られながらも。



――好きなもの、構いたがりは性分で。



ひょこんと無造作に間を詰めても相手が身構えることはなく、その無防備が思いの外くすぐる。

じっと降りてくる眼差しに宿るのは怒りでもなさそうで、さて混乱しているのか、あっさり騙されでもしたか。

それとも思った以上の度量の持ち主、全て悟って受け入れたのか。


「優しい騎士殿、あなたが幸運に恵まれますように」


指先で描く古めかしい魔除け、一連の祈りを口ずさんだ唇には神の加護が宿るという。

いくらか馴れ馴れしいにしても、祝福という行為に男女の遠慮は不要だろうと手のひらを上向け、無言で手を寄こせとうながす。

素直に預けられた左手の甲に、いざとゆるゆる顔を寄せれば。


死んだ振りだとばかりに跳ねた奴の手にがっちりと顎をつかまれ、吊るす勢いで押し上げられた。

上背に勝る相手、仰のいても均衡は保てずよろよろと後退る先に……石壁。

動けない身体、さらに増す拘束、身の危険を感じても今この時の身分差は由緒正しい騎士殿とそこらの馬の骨だ。

まだ、下手な抵抗はまずいと打算が働く程度の余裕は残していた。

ええい、やっぱり一時的に混乱しただけだったか、しかし自業自得とは言えこの扱いは頂けない。


「……お気に触りましたか騎士殿?」


声を震わせ言ってやると、顎に食い込む指が緩んだものの放される気配はない。

ここまで頑として合せなかった眼、本当の主を思わせるこの瞳をうるりと滲ませ見上げてやれば。

がつがつと、ぎらぎらと、射込むばかりの欲の眼差し。

明るい琥珀に細かく散る金、美しい双眸を長い睫毛の下に煙らせても、モノをいう目は底光り。


一体何事なんだこの豹変ぶりは。

いやいやいや、舌舐めずりとか待てやコラ。


「いいえ……光栄です」

「じゃあ放して下さい」


「何故?まだ祝福を賜っておりません」

「騎士殿が拒まれたんでしょうがっ!」


「ふふ、己が手に妬くなど不毛な真似だと“ココ”が申しておりますので」


つぅ、と吊った濡れる三日月が。


ぞっとする程に赤く、生々しく。


「っ~~あ……ヤめっ――!!」









正義と誠意と名誉と秩序の権化たるべき御方が、力づくとか、一瞬で舌入れるだとか、膝が崩れるまで吸い付いて壁に押し付けて更に吸い付いてヤりづらいからと抱え上げてもう一丁吸い付くというのは、とんでもない話である。


「っぁ~~はっ、恥知らずっ!!」

「祝福の口付けがやましいと?考え過ぎでしょう」


「あなた女性でしょうがっっ!?」

「サレン様が女性なら仰る通りですが、どんなに華奢でお可愛らしくとも殿方ですからよろしいのでは?」


「よろしくないですっ!!祝福は唇にはしませんし、か弱い一般人に無理強いとか何事ですか!?」

「へぇ、結構……お元気ですね?」


ねちりとした含みに、爪先までびくんっと震えが走る。

今のは絶対、ぎゃあぎゃあ騒ぐならまた黙らしてやろうか?の意味だった。

女性といえど体格に恵まれきちんと騎士の鍛錬を積んだこいつは、わたしより体力、腕力、ヤル気の全てにおいて勝る。

加えて今は砕けた腰を抱えて座り込んでいる身、もしもその気になられたらなすがままというやつだ。


どこぞへお連れしましょうかと一見親切な申し出もあったがなけなしの自尊心と、相手から滲む物騒な気配に気づいた警戒心が絶叫するので丁重にお断りしたら。

直後、『チッ!』とか、どういう意味だと聞かなくても解るのがとてつもなくイタい。

弱った相手を有利な領域に引き入れて“料理”してやろうというのは、まんまオスの思考だ。

どうしたって男所帯の騎士の世界で生き残った稀有な女だが、男臭さに染まり切ったか?

思いつつ、賭けるなら“元々こうだった”という方に有り金全部積むだろう。


本能的というか攻撃的というか、生来備えた気質に獣の部分が多い人間というのが男女問わずにいる。

彼らは大概にして意思が強く、愛も夢もない現実主義者、たまに冷酷でけっこう獰猛で、周りにいる並の人間は影響を免れない。

それは踏み台としての利用だったり、畏敬ゆえのへつらいや献身だったり、警戒感による対立だったりするが、結局彼らを起点に被害は広がるのだ。

そんな、味方にしても扱いにくいが敵に回せばもう最悪という、あまり関わりたくない連中共通の臭いが今のこいつからはする。


ああ抗議するのも虚しい、突き刺さる視線はモノを見る目だ、自分の獲物〈モノ〉を。

やはり、これは。


「仕返しですか騎士殿?少々からかいが過ぎましたか」

「いいえ?もしそうならこんな生ぬるい真似は致しません。私の敵は例え貴族であろうと恐怖と屈辱に塗れて地に這うのが神の定めたもう運命ですから」


「えぇ~……と。なら身分を偽ったから?一介の平民などにひざまずいたのが誇りを傷付けたとか」

「今も喜んでかしずきますが?サレン様の身分に関しては己の幸運に感謝するばかりです、ああ性別に関しては言うまでもなく」


「敬意を払っている相手を無理やりどうこうする人間がいるとは思えません!」

「貴方様へ抱く感情は敬意にとどまりませんから。あれでも今でも、私にすれば驚異的な程自制が効いております。自分を大絶賛中なのです。どうかサレン様も褒めて下さい、疑いは私を煽りますよ?」


そこはかとなくふてぶてしいが、確かに譲ってもらっているのは感じる。

力関係でいっても身分からしても、私がそこそこ無事でいるのはこいつの意思と妖しげな好意によっている。

それに一言二言の追従で身の安全が買えるとは、お得に過ぎたので。


「騎士殿の自制にはとても感謝しています。どうか今暫くそのままで頑張って下さいね」

「……承知致しました」


うぁ、今の笑みイイ。

滅多と笑わないこいつがそれでも幾度かわたしに見せてくれた顔、そんな少しの特別がどれだけ相手に響くものか分かっているのかどうなのか。

絹糸の髪は黒玉の艶、糖蜜色に焼けた肌、鍛えられた身体はそれでも優しい線を残していて、抑制の効いた覇気は時に壮絶な色香に変わる。

見た目こ~んないい女、なのに中身がケダモノだなんて世の中間違ってる。


「何故わたしを引き止めるんです?わたしの役割はお分かりでしょう、とどまればここが混乱するばかりです」

「理由ですか……一言でも済みますが、少し語らせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「ええどうぞ、お願いします」


ふ、と優しげに細まった琥珀が下りてくる。

いつまでも腑抜る腰を叱咤しつつ居住まいを正すと、彼女はわたしの前に座る許可を求めた。

どこまでも主人扱いとやらは続くようで、げんなりしながらも真面目くさって向き合う。

……何やら近い、そしてにこやかに微笑みながらでもこいつに手を取られるのは、怖い。

指を絡ませ握り締められる力加減から、ああロクな話ではないのだと悟ってしまった。


「サレン様と出会えて私は幸せでした。見た目は女性そのものでしたが、一目で深い敬愛を抱きこの方になら喜んで仕えようと思いました。無礼だ不遜だとこれまで散々私を貶していた同胞も青くなっていぶかしむ程に私は変わりました。嫌われるのが怖くてただ堅苦しく付き従う私に、サレン様は悪戯な目を向けて特別にからかって下さった。選ばれたと感じた、私の喜びが分かりますか?」

「……少しだけ。そういうのは……罪深いですよね…………」


くっそ、正しく自業自得か!?わたしがつつかなければこいつは人畜無害その一で終わっていたかもしれないとは。


「口煩くすればするほど貴方はどんどん反応が良くなって、たくさん虐めて頂けました……幸せでした」

「イヤそういう語り方はやめませんか?やめましょうよっ!?」


「ふふっ、サレン様の関心が薄れない限りこの蜜月は続く予定でした」

「蜜…………いえ、因みに薄れてたらどうなったんですか?」


「下剋上しかありませんでしたね」


さらりとした答えには躊躇いの欠片もなく、それが誇張や思いつきなどではないと確信させた。

一つの領地を、あるいはこの城を、策謀と力でもって奪う血腥い言葉が簡単に口にできる人間。

それだけの実力は疑問だが意思だけは多分備えている人間、そして外道。


「だって……女だと思ってらしたんでしょう……?」

「はっ、性別など!私が関心を抱ける人間は男女問わずとても少ない。まして好意となると本当に、貴重なのです」


「そんなに友達になりたくない台詞を聴いたのは初めてです」

「友達……ですか。どうしたってそんな曖昧な関係は望みませんから結構ですよ?」


「では、何が望みですか?」

「正確には分かりません。サレン様の様な方にお会いしたことがないものですから。けれど、この哀れに逆上せた頭でも決して受けたくない仕打ちは分かっています」


絡んだ指が締まる。

身長差と性差がとんとんに作用し同じくらいの大きさの手でもそこは女、すらりと形の良い骨細の指が圧力に白むと痛々しく。


「私が誓いを立てたのはサレン様でした。私に主の区別がつかないとでもお考えでしたか?会ったこともない姫を今日から主と呼び、のうのうと日々を過ごすと?ああ、答えは必要ありません、こうして出て行こうとなさったのですから。私はろくな人間ではありませんが、心からの忠誠をそこまで無碍に扱われる謂れはないとおもうのですが?」


しかし実際骨が折れる思いを噛み締めているのはわたしなので、どちらが可哀相かなど言うまでもない。


「その御口で、その御声で、許すと仰った。サレン様にとっては芝居の中の一幕だからと、投げ出されては堪りません。この契りは本物です。私を必要として下さい。でなければ要らぬと、はっきり告げて下さい」

「や、要らないです」


なりわいも怪しい根なし草が、ご立派な騎士殿に何を望めばいい?

役割上、誓いの否定など許されなかったわけだから、そこのところを酌んで妙な執着などさっさと捨てて貰おうと。


「解ってないんですね“サレン”。私からの敬意を受けぬのならもう欲望しか残りませんよ?貴方の意にそまぬ行為を躊躇うほど私は優しくない。さあ、答えは変わりませんか?」

「変わりません。わたしだって、気紛れに貴女を飼い殺すほど残酷じゃない」


言えばうっとりと、彼女は笑って――。









「何やらかしてるんだライ……?おい少年、今助けるからなっ」

「失せろタロン、さっさと消えねぇとタマ潰すぞマジで」


通りすがった救世主のやや怯えた声に応え、わたしに覆い被さった身体がドスを効かせて振動する。


「貴女こそいい加減に止めて下さらないとすっげぇカワイイ声で啼きますよ、あの男の前で」

「…………それは妬けますね」


のっそりと退いた彼女のイロイロと忙しかった唇が、ぬるりと色を増して腫れているのが見えた。

実にやばいところだったが未遂、緩められたベルトを締めわたしは必死に殺していた息をようやく吐いた。

経験は無いわけじゃないがこいつのねちっこい攻めは半端なかった、歪んだとはいえ愛を感じた程だ。

お預けを喰らって猛然と疼く部分に障らないよう、慎重に身体を起こすと、首筋の感触から束ねていた中途半端な長さの髪が解けているのが分かる。

柔なくせ毛は多分ぐしゃぐしゃでシャツも酷いことになっている、どう見たって襲われた姿だろうと思うが。

女に襲われた男への理解は逆の場合のそれの足元にも及ばない。

しかし相手が良かった、イヤ悪かったのか、見知らぬ騎士の掛けてきた声は同情に満ち満ちていた。


「被害届なら受理するぞ少年、このケダモノはついに見境まで失くしちまったらしい。きつい罰が必要だ」

「ご親切に有難うございます。しかしわたしも男ですから女性になら触られても悪い気はしませんね」


そう、この軟弱な外見にムラムラ来た変態野郎共にされたアレコレに比べたら……例え捩じ伏せられた上でのコトでも女相手は天国だ。

過去の屈辱と共に蘇った黒い思いは、言葉にしなくても周りに伝わったようで。


そうか、と言葉を濁す大人な反応などなんのその、力強く抱き寄せてくる腕がある。

武装を解いた身体の、特に一部は、不埒なまでに柔らかく収まりかけた疼きがぶり返す。

男の本能が忌々しい、くそう、何でこうも問答無用で反応させられるんだ!?


「誰がサレン様を傷付けたのですか?きっと私が報いを受けさせてやりますから」

「その都度相応の思いはさせて差し上げましたから、お気持ちだけで」


「……さぞ厭な思いをされてこられたのでしょうね」

「ええ、泣きたいくらいでした」


我ながら控えめな表現だったが、彼女は黙り込んでしまう。

喧嘩は苦手だが“防衛戦”においての戦績は百戦百勝、まさか無用の邪推を招いたのかと。

勢い込んで口を開く前に、ぽつり、頼りない声が響いた。


「嫌われて、しまいましたか……?」


視界の端でさっと青ざめたタロンとやらが、ものすごい早さで目を逸らした。

わたしには理解できなかった、したいとも思わなかった、だってそうだろう何だこの可愛いの?

しょんぼりした肉食獣なんて見たことない、貴重だ。


思わず伸ばした手に、すり、と寄せられる頬。

この手にあるのは、信頼と懇願。



「私を捨てないで下さい」



…………どうしよう。

実は動物は、大好きだ。

きゅうぅう~~と抱き締めてしまったのは誰がどこから何度見ても承諾の証にしか取れなかっただろうから。

もう、言い訳はしないでおいた。


「女は魔物だぞー少年、奴らは生まれながらの役者でぶぎゃっ!?」

「なぁタロン、お前とは一度ゆっくりと話をしたいな。2、3カ月休暇を取ったらどうだ?私と一緒にトバンの街に行こう」


「っ痛ぅう~~!!阿呆っ、誰があんなしけた町に行くかっ!!」

「いい医者がいるんだぞ?」


「殺る気かよ半分ほどっ!?オマエ手段選ばねぇからほんと嫌なんだよっ!こンの男殺しっ!!褒めてねえぞ!?見た目に騙されんなよしょうねぇえええぇえぇぇ~~んっ!」


いやあ、先細りの絶叫を引き連れての素晴らしい逃げ足だった。

でも皆まで言われなくても、結構身体でオトされたのは解ってるから黙っててくれ。

…………他愛もない下半身だって男の愛嬌の内だろう?

しかし、貴族サマとのお付き合いって一体何をすりゃいいんだ?なんて悩んでるところに。


「サレン様、サレン様!是非我が家への招待を受けて下さい」


目を輝かせた可愛い女〈ヒト〉が、顔中で無邪気に笑うから――。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇






ある程度の予想はしていたものの、彼女の家は大きく、古めかしく、大きく、重厚で、それにしても大きな屋敷だった。

いくらか馴染みは出来たとはいえやっぱり呆けて見とれていると、これも馬鹿でかい正面扉が開き中には尋常じゃない人数が待ち構えているというのは、わたしの予想にはない光景だった。

動揺した頭では、それが罠だとは気付けなかった。

しわぶき一つない場を打って、女にしては低い美声が通る。


「皆、聴け。この御方が私の嫁だ」

「ちが~~うっ!!いきなり何ぬかすんですか貴女は!?つかそれを言うなら婿でしょうがっっ!」


「だ、そうだ。聴いたな?相応しい迎えを頼むぞ」

「…………へ?」」



――ゥオオォオオオオオオォオっ!!



駄々っ広い玄関と思しき場所に轟き渡る声、というより咆哮?


「違うっ!!」


割れるような歓声も高らかに、打ち寄せる波が止まない。

しかし音波攻撃は序章に過ぎなかった、そこには足音も交じっていたのだ。


「ちがっ――!?」

「良かったっ!!本当に良かった、このまま寄って来る女性と道ならぬ道に突き進まれるのかと、爺は、爺は夜も眠れず――っ!!」


「やーんお姉さまこの子可愛いっ!何処で見つけて来たのか教えてよ、あ、待ってそれより早く紹介して!!」

「おおっ……男がっ、ようやく我が家に男がっっ!!何の因果でこうまで女系の、しかも猛々しい……あ、いや、愛しき妻よ、他意はないぞ!」


「ちょっ……騎士殿っどこへ――っっ!?」

「ええ、ですわよね?まあなんて……可愛らしい。初めて娘を持てた気分ですわ!あら他意はございませんのよ、のホホ!」


『あんまりですわお嬢様っ、わたくし達の気持ちを知りながらっ……あぁんっ、出家してやるぅううぅっ!!』×5。

「ある意味似あいの伴侶ですなぁ……どれどれ」



――もみくちゃ。



という、言葉を思い出したついでに体感した。

わたしの魂懸けた抗議は誰の耳にも入らなかったようだから世は無情だ。

あんたら、身分違いって言葉知ってるか?









裏切り者を見つけたのは偶然で、より人気のない場所を求めてうろつき回っている最中の事だった。

奥まったその部屋は日も落ちて暗く、初めは人が居るのにも気付かなかったのだが硝子の触れあうキンと澄んだ音が、わたしの注意を引いてくれた。


「……遣り方が汚いですよ」

「ふふっ、お褒めに預かり光栄です」


手強いものを秘めた、表面だけの薄ら笑い。

それでもこの女が笑うと、不思議に力が抜ける。


「仮にも主と呼ぶ者を右も左も解らぬ場所に放り出し、しかもあれほど個性的な人々に投げ与えるとは騎士の鑑ですね」

「習うより慣れろと申します。その証に見事彼らを振り切って来られた。屋敷の散策も、少しの危険を感じられながらですと一層身が入られたのでは?」


「そして探し人を見つけ出してみれば一人優雅にお酒など聞し召していらっしゃる……へぇ、さすがお貴族様、極上品ですね」

「お祝いですからね」


しれ、と言い放ちながらも水のように呷る、しかも腐りかけた水のように。

別れる前とは一転した皮肉げな態度に、怒りよりも疑問が募る。


「……何故あんなことを?愛人で良かったではないですか」


貴族と平民が関係を持つなら遊び、あるいは玩具のように、飽きるまでの短い付き合いが普通だ。

しかし彼女は形の良い眉をぎりりと寄せて、不穏な気配はれっきとした不機嫌に移った。

うわぉ、しかも鼻で笑われた。


「あの、何を拗ねてるんです騎士殿?」

「愛人ですって?冗談じゃない!……こんなのは、ずるい。サレン様は酷い。私は紹介も出来ませんでした。貴方様の姓を知らない。お名前が愛称かどうかすら知らない。尋ねれば答えてくださるのか、そんな事すら疑って、不安になって、こんな有様は……とても、私の柄ではないのです」


何だ本当に拗ねてたのか?しかもそんな些細なコトで。


「……何を祝っていたんですか?」


ちょっと話題を変えてみる。

と、刹那の責めるような縋るような眼差しが、長い睫毛の陰に隠れた。

そ、そんなに不安か……?噛みついてくるかと思ったんだが。


「では今一度乾杯を。私の主〈モノ〉である貴方の為に――」


掲げられた不吉な程の真紅の向こう、それを上回る笑みがたゆたおうと。

鼻につくのは、不遜に見せかけた自嘲の臭い。

ゆっくりと近づいて行くわたしを傷付き色を深めた琥珀で見止めても、構いもしないで血色の液体を呷るから。


甘い唇、分かつ杯。

割って啜って深くまで、むせ返ろうと容赦はしない。



「――“オレ”の女〈モノ〉になる、あんたの為に」



言って、戸惑う瞳に滲んだ涙も舐め取ってやると、ぎゅっと瞑ったまま開きゃしない。

ホント、可愛いヒトだ。


チビで痩せてて童顔ときちゃ、態度くらいスカしてねぇと清々しいまでにナメられる。

今回の身代わりが仕上げになってオレの擬態は心身ともに完成したが、コレで女口説ける程器用じゃないからな。


「見くびるなよライ、オレは漢だ。ああ外見がどうだろうとな。ピンと来た女以外のこのこ付いて行きゃしねえしコレと決めたら一途なんだよ。オレの名前はサレン・ハジワン、愛称も糞もねえこれで正真正銘だ。つかオレだってあんたの長ったらしい名前なんぞ覚えてねえんだから一々気にすんな。他に訊きたいことは?」


「結婚してくれますか?」

「あんたはオレの扱い方を知ってる。気付いてないとは言わせねぇぞ?根っからの雑種の血が混じっていいなら、やってみろよオレの騎士殿。あ、でもちゃんとサレンって呼べよな」



目を開いた彼女が熱烈な口説きに加え、蕩けるような笑顔をくれたので。




まあ、なるようになった。

本作はゲストa氏より頂いたお話です。許可をもらいrikiが投稿しております。

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