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夜の芸術学部、そこで金澤助教授に真相を問いただす舞……
第84話 教師の資格
 カツッ、コツ…… 
 夜の上大芸術学部に靴音が響く。
 舞はハッとして背後を振り向いた。
 そこにあったのは物憂げな瞳―――右目の下の泣き黒子が舞の姿を見据えていた。
「……先生」
 もう一度、強く譜面を抱きかかえると、舞は奏子(かなこ)に向き返った。
「……あなたが練習室を借りるなんてめずらしいわね、藤沢さん」
 その凍りついたような表情を変えずに、奏子は言った。
「妹の愛子さんの公演に触発されて、もう一度やる気になったのかしら?」
「いえ、あの……私じゃないんです」
 舞の言葉に奏子の目が動いた。
「工学部の速水くんです」
 舞はおずおずと言った。
「先生がむかし教えてはった」
 奏子の顔から一切の表情が引いた。血の気までも失われたような―――その白い肌が、透き通るほどに。
「……先生?」
「……そう」
 奏子は舞に背を向けながら呟いた。
「それで、何の曲を?」
「はい、ラフマニノフの二番です」
 舞は奏子の背中に向かって答えた。
「そういえば、先生、上大オケの定期演奏会で必ずこの曲、弾かはりますよね?」
 舞は試すような口調で奏子に訊いた。
「思い出の曲なんですか? 先生と速水くんの」
「……関係ないことよ」
 奏子は短く答えると、その場を離れようと足を踏み出した。
「待って下さい、先生」
 舞は奏子を呼び止めた。
「速水くん、上祭でピアノ、弾くんです」
 奏子は答えなかった。黙ったまま、ただ舞の言葉を聞いていた。
「愛子に挑発されて、弾き比べすることになったんです。それで……」
「そう……それで速水くんがラフマニノフを……?」
「いえ、ラフマニノフを選んだのは私です」
 舞は答えた。
「……そう」
 吐息のような奏子の声が、夜の廊下に響いた、
「あの、先生、余計なことかも知れませんが」
 舞は意を決して奏子に呼びかけた。
「速水くんのこと、もう一度、教えてくれはったら……」
「無理よ」
「え」
 舞は訊き返した。
「私にはピアノを教える資格なんかない。それだけよ」
 短くそう答えると、奏子は薄暗い廊下の奥へと消えていった。
(先生……)
 舞は闇の向こうへと問いかけた。
 
 どうして……

                                     第84話 終


今日のブログ動画は、りさこの元職場界隈のノーマル映像です☆
あやしー話はぬきに、ありのままを撮影してみました^^
記事URL→ http://risako-novels.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-e5a0.html
秘められた過去の呪縛―――舞、そして奏子の想い。
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