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あわてて駆け込んできたあや。今度はいったい何!?
第83話 初恋
 おにーちゃん―――その声に、ユウは反射的に振り向いた。
「た、大変なのよ、おにーちゃん!!」
 息せき切って駆け込んでくる妹のあや。
「なんか、さっきオペラ・シティの前でメガネくんが悪趣味な痴女と歩いてたわよ!? なんなのよ、あれ!?」
(う……あの子だ……)
 ユウと舞、二人の表情が曇る。
「それよりも、お兄ちゃん、見つけたのよっ」
 あやは肩で息をしながらユウの顔を見た。
「え……見つけたって、何を!?」
「先生よ」
「え?」
 ユウの顔色が変わった。
「かな先生よ」
 あやは言った。
「お兄ちゃんにピアノ教えてくれてた、あの」
 ユウの顔から表情が消えた。
 重く、そして不気味なほど静かな沈黙―――
「かな先生、上大で音楽を教えてるっぽいのよ。さ、行こ、おにーちゃん。かな先生、まだそのへんに……」
 顔を真っ赤にして話し続けるあやに対し、ユウはくるりと背を向けてうつむいた。
「……いーよ、あや」
「え……」
 あやの表情から笑いが引いた。
「金澤先生も、僕なんかに会いたくないと思うよ。それに、僕、もうピアノやめちゃったし……」
 ユウはそこで不自然な笑みを作って見せた。
 いたいたしいほど不自然な……
「お兄ちゃん……」
 あやは悲しげな目を向けてユウの顔を見つめた。
(金澤先生って、もしかして芸術学部の金澤(かなざわ)奏子(かなこ)助教授……?)
 二人のやり取りを聞きながら、舞は心の中で呟いた。
「なんか驚いちゃったよ」
 ユウはもう一度頭を掻きながら言った。
「そうだったんだ、金澤先生が上大に……」
(お兄ちゃん……やっぱ、かな先生となんかあったんだ)
 あやはいたたまれなくなって目を伏せた。
「じゃ、僕、帰るから」
 ユウはつとめて明るさを絶やさずに言った。
「あやも寄り道しないでちゃんと帰りなよ」
 そう言うと、ユウはあやに背を向けて半歩、足を前に踏み出した。
「待って、速水くん……!」
 ユウの背中に向かって、舞が声をあげた。
 ユウの足が止まった。けれど、舞の声にユウが振り向くことはなかった。
「さっき話した愛子が絶対に弾かない曲―――楽譜、用意して待ってるから」
 ユウの背中がかすかに動いた。
「今夜七時、夜間練習室で。もしよかったら、来て」
「ん……」
 ユウは舞に向かって目で頷くと、再び足を踏み出して、その場から遠ざかっていった。
 何かを気遣うような小さな笑顔を残したまま……
(速水くん)
 舞はそんなユウの背中をじっと見送っていた。
「……どーせ、来ないわよ、お兄ちゃん」
 あやは腕組みをしたまま舞に告げた。
「え……」
 舞の視線があやの顔をとらえる。
「いーこと教えてあげよっか」
 引きつったような笑みを浮かべながら、あやは舞に目を向けた。
「かな先生はね、お兄ちゃんの初恋の人なのよ」
 あやの言葉に、舞の瞳がかすかに揺れた。
「これでわかったでしょ? あの二人、前に何かあったのよ」
 そんなあやの言葉を、舞は黙ったまま聞いていた。

                                     第83話 終


ブログで私の元職場動画の続編をアップしてみました☆
そこには悲しい過去の事件がありました……
記事URL→ http://risako-novels.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-5f33.html
かな先生とユウの過去―――そこに横たわる深い溝、そして傷跡……
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