千佳の陰謀を知らない舞は、一人ピアノの前にたたずんで……
第6話 ピアノの小公女
女子寮のホールに高らかに響く「巡礼の動機」―――リスト編ピアノ版『タンホイザー序曲』(やや難曲)。
救済の訪れを告げる巡礼たちの歌、希望とともに力強く駆け上がる上昇音型、そして華麗なバッカナーレ―――
鍵盤の上を鮮やかに舞う細い指先―――翼がついたように。
ピアノの前にたたずみ、こうして象牙のような冷たい鍵盤に触れている時間が、舞にとって一番の幸せだった。
星柄のついたピンクのフリース・パジャマに、おそろいのふかふかのフリース・スリッパ―――湯上りの舞。
ホールを包む荘厳な響きに、うっとりと聞き惚れる寮生―――舞はピアノの小公女だった。
「舞、あんた、ホンマにうまいねぇー」
譜面をたたみ、鍵盤を閉じようとする舞に、黒光りする胴の反対側に手をついて、その上に顎をのせて話しかける、ユカ。
「湯上りのあんたって、ホンマ、色っぽいのうー。ウチが男じゃったら襲うとるきに」
「そ、そんなこと……」
舞は頬を淡く染めながらうつむいた。
「とかゆーて、ホンマは男とかいてるんちゃうかー」
舞の肩を抱き、うりうりと揺すぶるユカ。
「いてへん、いてへん、ホンマやって」
軽く受け流す舞のこめかみに左手の指を添え、ユカは耳元で囁いた。
「でも、あんた、キレーな顔して、性欲とかたまりまくってんねやろ、この箱入り娘っ!」
フウッと耳に息を吹きかけるユカ。
嫌がって目をそらせようとする舞を引き寄せながら……
「ったく、ユカはエッチなんだから……気にしちゃダメだよ、舞ちゃん」
通りすがったジャージ姿の寮生―――絵里子。
「大学生にもなって、なに清純ぶっとるんじゃ、絵里子!?」
「フ……これだから、偏差値50未満のアホ学部アホ学科は……あー、いやだ、いやだ」
「なんじゃち、このガリ勉女! いわしたろかい、自分ン!?」
(ちなみに、当時、京都大学の法学部は、他学部からアホー学部といわれてました/作者・註)
「ちょっ……二人とも……」
あたりを覗いながら、舞がおどおどと声をかける。
そんな彼女を尻目に、ガミガミ、クドクドと醜い争いを始める二人……
「やめなさーい!」
突然、キレ始めた舞の一声が、その場を瞬時に凍りつかせた。
「ごみーん」
しゅんとしてあやまるユカと絵里子。
「もう十時やさかい、静かにしてなあかんえ、おやすみっ」
ムスッとしてその場を立ち去る舞。
美人って、怒らせるとなんか怖い……
その後ろ姿を見送りながら、ユカは絵里子に言った。
「しかし、ホンマに男いてないんじゃろか、舞?」
「……や、やっぱ、一人えっちとかしてるの……かな?」
ドキドキ……
「……え? 一人えっち?」
絵里子のうっかり発言に、数秒遅れて反応するユカ。
ひきつった表情でかたまる絵里子。
いかがわしーモノを見るようなユカの視線……
うわ……
そのころ、106号室―――
「舞ちゃーん、お帰りなっさぁーい、さぁさ、ビール飲もっ、ビール!」
缶を開け、「飲みねぇ、飲みねぇ」とグラスにビールを注ぎこむ千佳。
「えっ、だって私、まだ19歳……」
「まーま、あたしと舞ちゃんの仲ずら?」
舞とは対照的に、タンクトップにパンツ一枚というラフないでたちの千佳。
「さっ、かんぱーい」
カチコーンとグラスに缶をぶつける千佳。
ゴキュゴキュと、おいしそうにビールを一気飲み……。
「うまいっ、もう一杯っ……なんちってー!」
一缶まるまる空けて、ポーズを決める千佳。
ふと、わきを振り返ると、舞がテーブルの上にへたりこんでいた。
「―――って、舞ちゃーん!? ど、どーしただ!?」
「な、なんかちょっと目がまわっ……」
大丈夫だから、と「にこっ」と微笑む舞―――
頬を紅潮させ、苦しそうに上下する胸元が、襟口からチラッとのぞいた。
か……っ、かわいすぎる……!!
千佳の全身に鳥肌が立った。
ど……どーしよー……あたしのほうが、先にクスリが効いてきちゃったみたい……!
荒い吐息を抑えることができず、千佳は大きく喉を鳴らして唾を飲みこんだ。
第6話 終
未成年の飲酒、喫煙は法律で禁じられています。おねがいしますね<(_ _)>
ちなみに、京大には全学部、ヘンな別称があったのですけど……忘れました☆
次回、舞の赤裸々な告白に、千佳の興奮は最高潮に……?
【りさこのお知らせ】
下記のブログから、舞の弾いた「タンホイザー序曲」の動画がごらんになれます!
たしか「連載小説『あるピアノ少年の恋。』」という記事だった気がする……
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