第169話 バイブレーター
その時だった。
何かに軽くつっかえるような音を立てながら、浴室の引き戸が開いた。
華奢な裸身がのぞいた。
紗彩だった。
白い素肌が淡い薔薇色に上気していた。
美優の視線が紗彩の裸身に注がれる。
一瞬だった。
一見、無防備なようでいて、常にかたく閉ざされていた紗彩の素顔。
ああ、この女も生身をもった人間なんだ―――初めてそう思った。
前はタオルで覆われていて何も見ることはできなかったが、まるで少年のようなみずみずしく伸びやかな肢体が美しかった。
その形のよい臀部―――無駄な贅肉は一切ついていない。
生殖とは無縁の、まるで美のためにのみあるような、モデルのような身体。
その線に一切の崩れはなかった。
性別を超越した美―――
紗彩の手が着替えの籠に伸びた。
美優がその場を立ち去ろうとした、その時だった。
籠の脇から何かが落ちた。
ゴトッ
その物音に、周囲の注目が集まった。
一同の視線の先に転がっていたもの―――それは男性器を模したバイブレータだった。
美優は思わず息を呑んだ。
呼吸をするのさえ忘れて。
数秒間、周囲から音が消えたように感じた。
まるで、時が止まったように―――
何が起きたのか、実際、よくわかってはいなかった。
視角から得られた情報が言語化されるまでに、もう数秒を要した。
だが、それはより直接に、ほとんど無意識的な回路で美優の心を揺さぶった。
「ちょっ、こんなとこに何もってきてんだよ」
苛立ちを込めて、今井柚葉が紗彩を痛罵する。
「つーか、きめーんだよ、おまえ。バカぢゃね、そんなもん持ち歩いて」
柚葉の周囲で冷笑の声がおこった。
紗彩は黙っていた。
黙ったまま、柚葉の顔を見つめていた。
「テカ、早く拾ってくれない? キモイんですけど、三沢さん」
哄笑―――
紗彩は柚葉から視線を外すと、床に転がるモノを見つめた。
「やべ、紗彩がオナとか、まぢウケるんですけど」
「もしかして、これから部屋でするんぢゃね?」
腹がよじれてたまらないといった具合の女子たち。
揶揄の声の中、紗彩は床に手を伸ばしてモノを拾い上げた。
「三沢さん、それ、どーやって使うのか、私たち知らないんですけどぉ」
女子の一人が野次った。
紗彩は不機嫌そうにその女子の顔を見た。
その次の瞬間、紗彩は気だるそうに上唇を持ち上げると、モノを口元へと運び、舌でそれをしゃぶった。
笑い転げていた女子たちの動きが止まった。
口に含んでいたモノを取り出すと、紗彩はそれをタオルの隙間から股間へと滑り込ませた。
「おまえ、なにしてんだよ!」
今井柚葉が怒鳴った。
「頭おかしいんぢゃね?」
吐き棄てるようにそう言うと、柚葉は紗彩を睨みつけ、そのまま脱衣所を出て行った。
あわてて後を追う取り巻きたち―――
紗彩はそれを見届けると、バイブを股間から取り出した。
美優は思わず目をそらした。
紗彩は本当にそれを挿入たのだろうか?
それとも……
何事もなかったように、着替えを始める紗彩。
次第に他の女子たちもその場から離れていった。
そして、美優も……
だが、その鮮烈な光景が、いつまでも脳裏をめぐって離れることはなかった。
第169話 終
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