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SAKURA Quintet 【WINGSシリーズ番外編】

作者: さくら怜音+咸月眞綺

sister crown10話後の続きのお話。※これだけ読んでも愉しめます※


咸月眞綺とさくら怜音のリレー式SSです。ひたすらノリと会話の勢いだけで進めた半分お遊びみたいなものですがどうぞ楽しんで一緒にお花見気分を満喫(!?)してください♡

挿絵(By みてみん)


散り急ぐ桜の花びらの中、それでもいちばん咲き遅れたと見られる木の下にピクニックシートを広げて、真ん中に見覚えのあるお弁当箱を置く。


「あ、ちゃんと使ってくれたんだ!」

「お前、これ使うのも今回の目的だろが」

呆れて文句とも言えない文句を述べる今西光の言葉を聞いたか聞いていないのか、置鮎りょうは目をキラキラ輝かせて『開けていい?開けていい?』とお弁当箱に手をかけながら光を見上げた。

「手、拭いてからにしろ」

ほらよ、と光はりょうにおてふきを渡す。

「はーい」

素直におてふきを受け取って手を綺麗に拭くと、りょうはお弁当箱の蓋を開けた。

途端に、

「うさぎさんリンゴー!」

と嬉しそうに叫んだかと思うとウサギ型に飾り切りされたリンゴのひとつに手を伸ばし、いきなり頭上から頭をぱぁんっ!と叩かれる。

「真っ先にデザートに手を伸ばしてんじゃねーよ、ガキ!」

「何よ、そんなのりょうの自由じゃん!」

「弁当のルールは知らねぇけど、食いもんは野菜から食うって決まってんだよ!」

「やだ!お野菜よりうさぎさんがいいもん!」

「このクソガキ……じゃねぇな、エロガキが!」

「なにそれっ、エロでもガキでもないもんっ!」

「自覚ねぇのかよ、お前も!ミノルとやることやったくせに!」

「や……っ!」

そのままの勢いで光に言い返そうとしていたりょうは、流石に言われた言葉の内容に口を開けたまま固まってしまった。

直後、斜め後ろにいた置鮎実の方を振り返り、睨み付ける。

「兄さんっ?」

「ちがっ、誤解だよりょう、俺が言ったんじゃなくて……」

ていうかちょっと落ち着け、とお茶をりょうに差し出してそれを飲ませる。

「実じゃなくてお前だお前。エロくなりやがって」

口に含んでいたお茶を、思わずりょうは吹き出して光を睨んだ。

「きったねぇな、吹くな!」

「りょう、エロくないもん!なにそれなにそれなにそれ!」

「ガキのくせに生意気なんだよ、いきなりオトナになりやがって」

「光、そろそろいい加減に……」

相羽勝行が終わりのなさそうな言い争いに口を挟んで止めようとしたとき、置鮎保が大きくため息をついたかと思うとすぅっと息を吸い込んでから大声で、

「アンタら、うるさい!」

と一喝した。

ぴたり、と言い合いをやめたりょうと光は今まで静かにしていた保を恨めし気に見やる。

「保兄さん、りょう悪くない!」

「あ、てめ……っ」

「うーるーさーい!」

さっさとお弁当にするよ、と付け加えると、保はピクニックシートに座ってゴージャスな弁当箱の中身に見入った。


「光、アンタは気合入れすぎ」

「なんで?カンペキだろ!?」

教えてもらった通りに作ったぞ!とわめく光の作ったお弁当は、とてもじゃないが五人前以上の大量生産。加えておかずが超本格的で、時間のかかる筑前煮や煮豚、魚の照り焼きに和え物、酢の物と、どうみてもまるで正月の豪華なおせち料理のようである。

桜の花びらに見立てられた飾り切りの人参が、品よく仕切られたおかずのあちこちにちりばめられている。和食中心の松花堂弁当の二段目には、りょうが手をつけそうになったリンゴの他にも、しっかり若者の大好物であるハンバーグや唐揚げ、ウインナーなどの肉料理がぎっしり詰められている。おかずだけでその品数は十五品以上。

買ってもらったお弁当箱には全く入る余地もないおにぎりたちは、日常光が家で使っていると思われるタッパー容器に別添えされている。

「……これ、お惣菜とか、全部作ったのか?光くんが」

「そうですよ。この筑前煮とか照り焼きは、その辺の高級料亭より美味しいですから、おすすめですよ。光の得意料理ばっかりですね、このメニュー編成は」

りょうの吹き零したお茶をティッシュで拭き取りながら、実がすごいなあ、とのんびり見た目の感想を述べていると、勝行がいつも通りの穏やかな口調でおすすめ品の解説を始める。……作った本人よりも、勝行に訊いた方が色々素直に教えてもらえそうだな、と思えるほどの即答ぶりだ。なにしろこの男、毎日のように今西光の手作り料理に舌鼓を打っている、贅沢三昧の食生活ぶりなのだから。

「得意料理?これが?全部?」

「俺に不得意なんかねーよっ。くいてぇモン作っただけだ」

「光は和食党だからね」

「うさぎさんリンゴ、先に食べたい!」

「デザートはあと!」

「はー……、料理好きとは知ってたけど、ここまでとは。今度料理バラエティ番組のオファーでもとってこようかしら」

五人が五人ともバラバラに会話している間に、口以外の手がどんどん動く光によってお箸や取り皿が振り分けられていく。

「おい勝行、箸くらい配れって」

「ああ、ごめん。お弁当に見惚れてて」

「バカかお前は!家で見ただろ」

「そういえばりょう、写真撮るんじゃなかったか?」

思い出したかのように実が呟くと、リンゴを執拗に強請っていたりょうがあ!と飛び上がった。

「ああ!そうだった、お弁当の写真!待って待って、まだ食べないで!リンちゃんと約束してるからあ!」

「はあ!?……ああ、リンに見せるやつか。早くしろよ、腹へった!」

りょうが慌ててカメラをセッティングしている間にも、光はひょいと端っこにあったおにぎりを一つ掴んで、勝手に口に咥えている。

「ちょっとぉ!光くん!」

早くしろと言いながらも完全フライングしている光を怒りながら、りょうは急いでカメラを構えてシャッターを何度も切った。その姿を見て勝行が、「へえ、りょうちゃんってカメラマン志望?かっこよくて素敵だね。似合ってる」と歯が浮くような褒め言葉をしれっと飛ばす。ちゃっかり耳に聴こえていたのか、りょうの頬はみるみる内に紅潮する。


りょうの手が止まったのを見計らって、「もういいな!?」とあっという間におにぎりを食べきった光が、お箸でおかずに手を伸ばす。

しっかり自分用のおかずを……と思いきや、慣れた手つきで半分位の種類のおかずをお皿に乗せて、隣りに座る勝行にひょいと手渡した。

「……あんたらなあ……」

保がそんな姿を見逃すはずもなく、全く気にもしないで次のお皿におかずを投入している光と、もらったおかずを当たり前のように「いただきます」とお辞儀して食べ始める勝行を見て、思わずため息をついた。

そんな保の呆れた様子に全く気付かない光は、おにぎりをいくつか手で取って、これもまた勝行の目の前に取り置く。

「コレが昆布で、こっちが鮭マヨな」

「うん、ありがとう」

「……知ってるけど相変わらず、どんだけ女房なのよ、光はーっ」

我慢ならずつい突っ込みを入れた保に、光はまたもきょとんとして、「は?何が?」と聞き返す。

勝行がああ、と気が付いて

「光、年功序列だからまずは保さんの分を取り分けないと」

と、にっこり笑顔で光にアドバイスした。

すると、勝行の話を聞いた光は面倒臭そうに吐き捨てた。

「はあ?なんで。タモツ、自分でとれよ」

「何その待遇の違い!入れてくれないの!?ていうか、かっちゃん今のツッコミ!聞き捨てならないわねぇ!?」

「すみません。りょうちゃんと実さんはあっちで二人の世界が出来あがってるから、保さんはこっち側の人かなとか思って」

さっきりょうに爆弾発言を落とすだけ落としておいて、あとは実にお任せ状態だった勝行は、こともなげに話題を恋人同士の二人の方にふって保の追及からちゃっかり逃れた。

「二人の世界っていうか、ちょっと喧嘩になりそうだけどね……」

勝行がのらりくらりと自分の言葉から逃れたのは承知の上で、保は弟と妹の方を見やった。

喧嘩というか、弟がでかい図体して情けない顔で泣きそうに妹に縋り付くようにしているようにも見える。

「りょう、なんでお前はいつもいつも勝行くんにはそういう顔するんだっ?」

まだ真っ赤に頬を染めたまま、冷たい両手で顔を冷やそうとりょうは必死だった。

実が不安そうにりょうを抱き締めようとすると、即座に避けられて、近付かないで、と一蹴される。

「りょう~?」

「黙って、兄さん。りょうまだ落ち着けてない!」

もうっ勝行くんってば!

そんな言葉を胸に、りょうは頬を押さえて空を見上げた。

口に出せないのは何故だろうか。

光相手だと、ぽんぽん言葉が出てくるのに、勝行を前にするとそうもいかない。

たぶん、見た目の王子様度で言うと光だが、りょうにとって勝行の方が王子様らしく、落ち着いていてカッコいい、……のだろう。

本当の本物のりょうの王子様はすぐそばで泣きそうな顔をしているこのどうしようもない兄なのだが、それは本人には内緒だ。

「りょうは勝行くんが好きなのか?」

「好きだよ」

即答する妹に、実は一瞬怯んで、本当に泣きそうになる。

「じゃ、じゃあ光くんは……」

「好き」

そのやりとりを一部始終見ていた保はため息しか出て来ない。

隣りで勝行も苦笑しているが、楽しんでいるようにさえ見えるのはどうしてだろうか。

そんな中、光はただ一人、弁当に手を伸ばしては口に運び、時には景色を見回して少し浮かれた様子でいた。

ああ、ピクニックが楽しいのかなあ?

勝行はそう思いながら光に見惚れてしまう。

が、りょうと実はお構いなしに痴話げんかを続けてくれるので、もう保と一緒に笑っているより他なくなる。

「兄さん何が言いたいの?」

「な、なにって……」

こんなことならやっぱり逢わせるんじゃなかったとか、そんなこと今更言えないし、何より自分が望んでやったことだから誰を責めることもできない。

「実、そこは素直に言いなさいな。その方がりょうも嬉しいって」

「た、保兄さん?」

「りょーう、アンタは誰のもの?」

保に問われ、きょとんとりょうは首を傾げる。

これまた可愛い仕草だな、と勝行は思わないでもなかったが、今はどうにか抑えた。

……あとで個人的にりょうちゃんに伝えることにしよう。

「なに?実兄さんの、だけど?」

当然でしょ、としれっとしてりょうは答えた。

その言葉に、情けない顔をしていた実は抵抗されようがなんだろうがりょうをぐいっとその腕の中に閉じ込めた。

「わ、兄さん、なに……っ」

「だって……」

ぎゅうっとりょうを抱き締めて、誰にも渡さないとばかりに強く自分の腕の中に隠してしまう。

「りょう……俺の、って……」

「?違うの?」

「ちっ、違わない!」

というか違ったら困る。

「……りょうは、俺の」

この幸せを噛みしめるように、小さく呟いてゆっくりりょうの体温を味わっている実の可愛い姿に、りょうはしょうがないなー、と苦笑しながらも抵抗するのをあきらめる。口ではそう言ってる割にはまんざらでもなさそうだ。

顔の火照りはマシになったかな。

そろそろ、目の前の可愛いリンゴが食べたい。

「ねえ兄さん、リンゴ食べたいっ」

光くんが怒るから、兄さんが取って。

自分を抱きしめたままちっとも動かない実に、食べ物のリクエストを要求すると、やっと我に返った実が、りょうの取皿におかずとご所望のリンゴを一つ、入れてやる。あれほどデザートは最後と怒っていた光だが、今は食べることに夢中で全然二人に気が付いていない。


「もうなんか……こっちは忠犬、こっちは女房猫、あーもうイラッとくることこの上ないわねえ」

保は食べたいものを零れんばかりに山盛り取皿に入れて、毒づきながらおかずを口に入れた。

光の料理を食べるのはこれで二度目。前は簡単な洋食だったけど、和食の本格的なこの料理は確かにそこらの料亭より旨いかも。……と思った時に、自分が今までで一番美味しいと思った料理を作る恋人を思い出して、ため息をついた。

「あー、晴樹(ハル)呼べばよかった」

そしたらこんな、くっだらないイチャイチャ一蹴してやるくらいのハイパワーベタ甘見せつけてやるのに。

しょうがないからいたずらでもすっか。

自分のあぐらの上に乗せたまま、言われた通りのおかずを口に運んであげるガタイはいいが妹にとことん弱い兄と、気に入ったお弁当のおかずばかりを食べたがる妹のバカップル。

おまえ、好き嫌いすんな!実、甘やかすな!と、好き放題な妹にガミガミ怒鳴り散らすワガママ王子と、「ごはんつぶ付いてるよ、光」と頬の汚れをふき取りながら、美味しい料理をあれこれ褒めちぎっては彼の意識を自分の方に向けようと必死な飼い主のカップル。

まあ見ているだけでどっちもオモシロイけどね。

人知れずこっそりデジカメでそんな二組の様子を写真に収めながら、保は肉団子をひとつ、箸でつかんで光の前に突き出した。

「あ・げ・る♪」

「……ん?」

どこからか突然やってきた大好物。そのお箸の持ち主を確認もせずに、光は目の前にぶら下がった肉団子をばくりと一口で食べきる。

美味しいモノなら誰のお箸だろうが関係なし。

外で食べるお弁当って、おいしーなあ、なんて思いながら食べているから、傍から見たところ、光は明らかにご機嫌だ。

「いい食べっぷりだねえ。もういっかい」

「んんっ?」

「……保さん。光を肉で釣らないでください」

「えー?光の食べっぷりがかわいいから、つい」

ついでに静かになっていいじゃん?

澄ました顔をしながらも、明らかに嫉妬の意図を含んだ文句を告げる勝行に意味ありげなウインクをしながら、保は何度も光の口に大好物を運び入れる。

弁当のおかずはどれもみんな本人の好物だろうけれど、よくこの二人と外食に連れ立っている保は光が特に肉好きだということをリサーチ済みだ。そしてこの細い躰の持ち主が、見た目に似合わず大喰らいだということも。

「いいなー保兄さん、ズルイ!りょうもやりたい」

「……ええ!?りょう!?」

殆どのおかずを、実のお箸で「あーん♪」と食べさせてもらっていたりょうが、餌付け状態の保と光の様子を見て思わず身を乗り出した。

それを見て、にっこりと勝行が微笑みを浮かべる。

「りょうちゃん、ニンジン駄目なんだって?」

え?とりょうは勝行に視線をやった。

りょうがニンジンが駄目なのは保からリサーチ済み……正しくは光が保からリサーチ済みで、好き嫌いの多いりょうの為にりょうの嫌いなものはほとんど入っていない。

ただ、ニンジンは煮物には欠かせない、と言ってそれだけは入れている。

しかし、りょうにとってニンジンは嫌いなのではなく、あの独特の匂いで昔気分が悪くなって嘔吐してから食べられなくなった、アレルギーに近いものである。

勝行はおいで、とりょうを手招きする。

素直に勝行の隣りに座ると、勝行はニンジンをひとつ、箸でつまんだ。

「これ、ね、光が桜型に飾り切りして、りょうちゃんでも食べられるように時間をかけて煮込んだんだよ?」

あ、勝行バラすんじゃねぇっ!

保の餌付けを受けながら、たまたま耳に届いたらしい勝行の言葉に光は毒付く。

おかまいなしに勝行は箸をすっとりょうの口元に運んだ。

「はい、りょうちゃん」

「え?」

きょとんとしていたら、勝行にニンジンを口の中に放り込まれてしまう。

突然のことで、実はおろかりょうも反応が遅れた。

保でさえもビックリして光の目の前に箸を持ち上げたまま、呆然とそれを見つめてしまった。

「……どう?これでも気分悪くなる?」

あの、それどころじゃありませんけど……。

今更ながら頬を赤く染めて、りょうはもごもごとニンジンを味わってみる。

あれ?

「……おいしい……」

「当然だろ、俺の料理に不味いモンはねぇ!」

「素直じゃないね、光。そこは有難うでいいんだよ」

「べっ別に!」

りょうはりょうでニンジンが美味しい…と感動気味にお弁当箱を覗き込んだ。

ニンジン以外にも苦手なものがないわけではないが、最も苦手とするニンジンがこれだけ美味しかったら他のものも気になってくる。

でも、やっぱり好物がりょうを呼んでいる。

どうしよう、とりょうが呟くと、すかさず次はナスビの揚げ浸しがりょうの口に放り込まれた。

「う?」

「これもオススメ。光が作らないとこんな綺麗な色のままの揚げ浸しにならないよ。一流料亭でもここまで鮮やかな色じゃないからね」

どう、かな?

にっこり王子様みたいな絶対的微笑みで言われて、りょうはまたはにゃーん、と蕩けた表情で眩むような勝行の笑顔から目をそらせた。

めろめろに蕩けさせられて、答えることもできない。

「……ちょっと……」

保はやっと現状を把握して呟く。

「かっちゃんとりょうの方がよっぽどいちゃ甘のカップルに見えてくるんだけど?」

ただし、表面上は。

「嫌だな、保さん。りょうちゃんは可愛すぎて、俺には勿体なさすぎますよ」

「そっ、そういう問題じゃなくて!保兄さんも止めてくださいよ!」

手も口も挟めず、眺めていただけの実がどうにか口を挟んだ。

勝行本人を止めるでもなく、保に頼むのはどうなのだろうか。

実は蕩け切った妹を抱き寄せ、勝行から距離を取ると保にぎゃーぎゃーと騒ぎ始める。

「そもそも保兄さんが光くんにそんなことするから、勝行くんまで真似するんじゃないですか!」

「…いや、アンタが先にりょうにやってたのはなに?」

へ?

そんなことしてましたっけ、と実は不思議そうに問いかける。

無意識って怖い、と保と勝行は心の中で思ってから、どうせあれがごく自然なことなんだろう、と勝手に納得した。


「つーかさっきから俺の目の前ウロチョロすんなよ。メシ食う時はおとなしくしてろっ」

実が強引に勝行の横から引っ張り戻したりょうは、元は光の隣にいたため、席移動のたびに光の前後を這うように移動していた。

「実さっきっから全然食ってねーだろ。食えよ、なくなるぞ」

エロ(ガキ)なんかほっとけ!と言いながら、光は不機嫌顔で隣に座る実の口におにぎりをぐいと押し付ける。

慌てて受け取ろうにもりょうを両手で抱きしめていた実は、思わず大口を開けてそれにかぶりつく。

それを見ていた保は、お箸を方向転換して真横に座る勝行に唐揚げを差し出した。

「じゃあ今度はかっちゃんに、あーん♪」

「……保さん、それじゃ俺からも提供しないとダメになるじゃないですか」

俺は恥ずかしいからやめてください、とやんわり言いつつ断固として拒否する勝行と、なによケチねーとふてくされる保、真っ赤になったまま幸せそうな顔をして惚けているりょうを一瞥しながら、光は何やってんの?と不思議そうにそのカオスな光景に毒づく。

「てめーら、文句があるなら弁当食うな!せっかく俺が作ったのに、もうやらねーぞ!」

食おうと思えばコレ全部俺一人で食えんだからな!と言いながら、ガツガツと一人食べ続ける光を見て、他のメンバーも慌てて食べたいものに手を伸ばす。放っておけば本当に全部なくなってしまいそうなくらいの食べっぷりだ。この細身の身体の一体どこに、食べたものが収まっているのだろうか、と一同不思議に思う。

「光くんってすっごい食べるねー。……なのになんでそんなに細いわけ?うらやましすぎー」

もう一度さっきの人参が食べたいな、と思いながらも、光の高速大食らいの様子を見ていたりょうは、皆が思ったことをそのまま口にする。隣に座っていた光は、ジロリとりょうを睨むように見ると、

「うっせーなあ。リンと同じこと言うなよな」

と吐き捨てるように呟いた。どうやらこの言葉は光にしてみれば地雷だったらしく、見るからに不機嫌ゲージがぐぐっと上がりかけている。が、せっかくの楽しいピクニックタイムを怒って台無しにしたくなかったのか、自分で必死で自制して、これ以上文句を言わないようにしているのが見て取れる。

「おにぎり、いい塩加減で美味しいね」

口に突っ込まれたおにぎりを一人ゆっくり味わっていた実が、率直にその感想を光に述べた。その言葉を聞いて、それまでいろんなおかずを褒められても当たり前、という顔をしていた光が嬉しそうに一度だけ綻んだ笑顔を見せた。

「か……」

かわいいっ、と言いかけて、りょうは思わず口を噤んだ。

また絶対、ケンカになる。

一人食べながらもずっと隣の光を見つめていた勝行は、随分嬉しそうなその反応に、思わず首をかしげた。いつも料理を褒めても、あそこまで嬉しそうにしないのに……。実の言った言葉の何が、彼をそうまで喜ばせたのかはさすがの勝行にもよくわからなかった。

「流石、ミノル」

「え?」

昔同じこと言われたことある。

嬉しそうにそう言う光の表情は優しい。

その表情にりょうは、むっとして光に噛みつくように叫んだ。

「なにそれ!実兄さんにはそんな顔するのっ?りょうにもちょっとは優しくしてよ!」

「はぁ?なんでお前に優しくしなきゃなんねぇんだよ」

「なんか悔しいから!」

「意味分かんねぇし!」

「分かんなくてもいいからりょうにも優しくしてよ!」

「だからなんで…っ」

「だいたい実兄さんと光くん仲良しすぎてズルい!」

「知るかそんなもん。エロガキに言われる筋合いねぇよっ」

「エロくないってば!」

「俺は女は嫌いなんだよ!」

「それこそ知らないよ、リンちゃんだって女の子じゃん!」

「なんでリンの話になるんだよっ」

「……光」

ぐいっと光の耳を引っ張って、勝行が止めに入る。

保もうるさい、とぶつぶつ呟きかけているのでそろそろキレる頃だろう。

実はまたも光と喧嘩しだしたりょうをただ抱き締めて、ぼーっと聞き入っていた。

会話に入れない。

そもそも会話になっているのかもあやしい。

まだ言い合い足りない光とりょうは睨み合って今にもまた口喧嘩を始めそうだ。

「……りょう、光にお願いがあったんじゃなかったの」

保が呆れたように、呟き加減でりょうを見た。

あ。

とりょうは思い出したように、乗り出していた身を引いた。

同時に、実は今度こそ離すまいとりょうの体をぎゅうっと抱き締め直す。

「りょうちゃんが、光に……お願い?」

珍しいね、と勝行が言うと、りょうは勝行を見てへにゃっと微笑んでから、

「うん……」

と恥ずかしそうに答えた。

「待てよ、俺にお願いでなんで勝行にその反応なわけ、お前」

「ひ、光くんにもちゃんとお願いするもんっ」

「あー?んだよ、めんどくせーのはお断りだかんな!」

「音!」

「オト?」

光がりょうの言葉を繰り返すのを聞いて、りょうは大きく頷く。

「音、聞かせてよ。光くんに今聞こえてる音!」

「………」

「りょうにでも聞こえてきそうだもん、光くんなら絶対すごい音聞こえてると思う。素敵な音聞こえてると思う」

いつもなら喧嘩腰のりょうからの、自分の音楽を認める言葉。

素敵な、という単語には光ですら照れそうになる。

「だから……聞かせてほしくて……」

りょうは、光くんの音好き。

そんな思いを込めて、いつもと違う言葉を紡いでみる。


「……ふうん……」

そういう風に言われたの、初めてだ。

俺に聞こえてる音、か。

面白いコト言うなぁ、コイツ。


光は何か考えるようにじっとりょうを見つめる。さっき散りゆく桜を眺めている時に脳裏に浮かんできた音楽を思い出す。

急に反応しなくなったな、と思った途端、じいっと食い入るような目つきで自分を見つめられて、恥ずかしくなって思わずりょうは視線を逸らした。だが、せっかく勇気を振り絞って頼んでみたことを自ら否定してしまうような気がして、もう一度チラリと光のその顔を見つめ返した。

(こ、この顔をじっと見るのは無理なんだってばぁ)

かっこよすぎ……というか、綺麗すぎて、どこか非現実的な幻想世界にふわふわ浮いているような気さえする。

光にぼうっと見惚れているりょうに気が付いて、実は思わず二人の姿を交互に見た。

なにやら、怪しげな雰囲気。

しかし勝行と保も、何も言わないでただ黙って様子を見ているだけ。

二人とも、光が何かを感じ取ろうとしている時の所作を知っているので特に気にならない。だが、実だけが焦ったような青い顔をしてりょうを見ているのに気が付いて、思わずそっちの方に目が行ってしまった。

気の多い妹のことを心配しすぎる不安症の実だ。それはそれで放置してても面白いけれど、度を超すと面倒なので適度にフォローが必要だ。保がフォローをどうしようかな、と考えているうちに、展開は一気に動いた。

その声は周囲の空気を元気よくピン、と震わせる。

「じゃあ、こい!」

「え?」

「聴きたいんだろ?」

「……う、うん?」

自分の取皿に残っていた最後の卵を一口で食べきると、光はさっと飛ぶように立ち上がってりょうに手を差し出した。

「えっ待って靴」

「トロいな、お前。ミノルに何でもかんでもやらせてっからだ!」

「光、(キー)がいるんじゃない」

「あーそうだった、サンキュ」

絶妙なタイミングで勝行から差し出される車のキーを受け取り、光は慌てて脱いでいた靴を履いているりょうの腕を強引に引っ張って立ち上がらせた。

「行くぞ!」

「え、ちょ、まっ……」

言うが早いか、光は残りのメンバーにごっそーさん!と一言告げて駆けだした。

「まって、光くん速いって!食べてすぐに走るなんて無理!」

「なんだと、ワガママ女」

「なんでよ!これが常識なの!」

「俺は弾きたくなったら早く弾きてぇンだ、待ってられっか!」

なかなか追いつかないりょうに業を煮やした光は、その小さな身体をひょいと持ち上げると、お姫様抱っこ…ではなく、片手で肩に担ぎあげて再び走り出した。

「うにゃああっ」

急に高い視界に持ち上げられたりょうが、その移動スピードに耐えられず光の首に思わずしがみつく。この細腕のどこにそんな腕力が!?と言いたくなるほどの腕力とスピード。音楽の話をした途端、こんなに元気になるなんて信じられない。この間まで高熱で寝込んで大人しい猫のようだったのがウソのようだ。

あれよあれよという間に、自分の腕を振り払うように行ってしまった恋人を、ぽかんと口を開けて見送っていた実は、ちょっぴりショックなその光景に思わず「ひ、光くん!」と叫ぶも、声は届かず。二人は丘の向こうの駐車場に向かって、あっという間に走り去ってしまったのだった。


「光はああいうリクエストに弱いね」

「あいつはライブとか、人に聴かせるのが好きですからね」

「りょうは音感いいしピアノも上手いから、光のいい話相手になると思うよ?」

「そうなんですか?俺も一度りょうちゃんのピアノ、聴いてみたいなあ」

「ダメよーかっちゃん。惚れるよ?」

「へえ……保さんがそこまで言うなら、ますます気になります」

のんびりお茶を飲みながら、残ったお弁当のおかずを綺麗に片付けている保と勝行を恨めしそうに見ながら、実はガックリうなだれた。

「みのるー、もっと食べなさいよ。光が、だーい好きなあんたのために握ったおにぎりとオカズなんだから」

「今俺めちゃくちゃ複雑な気分なんですけど」

「知ってるー」

今西光は実にとって唯一の大事な友人。

心許せる可愛い友だち。

できれば、あの子があのまま素直に自分の想いを表現できる世の中であり続けて欲しいと思って、応援している。

そんな友人と、自分の恋人が仲良くしているのは、嫌じゃないんだけど……でも胸の内に巣食う不安とモヤモヤが全然それを認めようとはしない。

「でもさっきの光の喜びようは……どう考えても実さんに食べてもらえてうれしいっていう顔でしたよね…」

ほんと、光に愛されてますよね、実さん。

にっこり笑顔で、勝行にそんなことまで言われると、これ以上光を疑うわけにもいかないし、ちゃんと食べたい豪華なお弁当もまだもう少し目の前にあるわけで……。

とことん複雑な顔をして困りながらも、保に差し出された残りおかずを食べることにした実は、勝行がものすごく冷めた冷気を放って実を見ていることに全然気が付いていない。

きっと美味しいおかすに舌鼓を打ちたくも、頭の中はするりと逃げて光と行ってしまったりょうのことでいっぱいなのだろう。


桜の花びらがひらり一枚、実の食べているおにぎりの上に落ちてペトリとくっついた。


「りょうちゃんって、桜の花びらみたいで可愛いですね」


勝行のその一言は、置鮎兄弟に静かに撒いた、悪戯な爆弾だった。


咸月ーさくらー咸月ーさくらの順で、8回ほどバトンタッチしてますが、どこでチェンジしてるかおわかりでしょうか?

本人たちは読めばすぐわかるのですが、意外とわからないほどに咸月氏の書いてくれるWINGS+置鮎兄妹がそのまんますぎてwww、返されるたびにカオスな会話にお腹抱えて笑ってました。楽しかったです。


やっと初めて花見ができた光くんもとっても楽しそう。勝行くんは明らかに某カップルさんをいじって遊んでる腹黒マンでした。こうやってみてたら、ものすごく保兄さんが普通の人に見えるからすごい(笑)

咸月ちゃん、リレー企画参加ありがとうございました!!!またやろうね!!(懲りてない)

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