−第20章−
世間が、百年に一度の自然現象である《皆既月食》で盛り上がっている午後7時すぎ、日中から降り続いている雪を払い落としながら、コート姿の数人の男女が小走りにススキノの雑居ビルのエレベーターに乗り、寒さで冷たくなった両手にハァハァと白い息を吹きかけてやりながら、7階フロア―に向かった。
コートの肩に残った雪をはらい、床をドンドンと足踏みして、これまた靴の雪を落としているうちに7階に到着してドアが開くと、いきなり、サングラスをしたアロハ姿の男達が、常夏のハワイでの出迎えさながら、『アロハ〜』とレイをかけてきた。
12月30日、『Tick's』が主催するパーティ『ゴーイング マッド '82』の始まりである。
前日の喧嘩騒動で目や口の周りに青痰をこしらえた『Tick's』のメンバーが、海水パンツにビーチサンダル、そしてアロハで、寒そうにしながらエレベーターから降りてくるゲスト全員に、いかにもお手製とわかるセコいレイをかけて迎えていたのだ。
『ルーキーズ』や『ボストンクラブ』『コンテンポラリーキッズ』などの他にいくつかのグループ、『CS』のスタッフ、アパレル関係、化粧品や美容関係、看護士や銀行員、ホステスや放送業界関係などなど、多種多様のゲストが招かれていた。
『疑惑の男』オサナイのグループも来ている。
実はメンバーは皆、会う相手会う相手に、見境なく片っ端からパーティに誘っていたのである。
受け付けでは、同じくムームーで揃えた『Tick's』のグルーピー達が4人並んで、手際よく会費とコートを受け取っている。
昼間の顔は立派なOLである彼女たちにとって、こういった作業は手慣れたものだった。
その中には、あのミサもいる。
店内は、ショーネンが編集したハワイアンが流れている。
やがてBGMはR&Bやオールディーズに変わり、竜二が夢憧れていることがキッカケで、今回のコンセプトは『ハワイ』という『Tick's』のメンバー達が、気が付くといつの間にかフラガール姿になって会場に散っていた。
リーゼントにサングラス、しかし手作りのお椀ココナッツブラとナイロンテープのラフィアスカートは実に不気味であり、当初の思惑よりもゲテモノ的であった。
マサトに至ればブラのヒモに、もはや千円札が折って挟まれる始末である。
本来フリードリンクスタイルのパーティは、カウンターへ行ってリクエストすればどんな種類でも飲むことができたのだが、特別パンチが入ったグラスを、耳にハイビスカスを挟めたヨーコがトレイにのせて廻って歩き、それに興味をもったゲスト達はそのグラスを手に手に乾杯しあい、飲み干している。
実はこのパンチ、店のオーナー『ニック』氏開発『羊の皮をかぶった赤塚不二夫』とよばれる、それはそれは恐ろしいアルコール飲料だということを、メンバーだけが事前に知らされていたのである。
そうしているうち、『テキーラ!』で盛り上がりを見せ始めたフロアーに、続いて大音量で『アイズレーブラザース』の初ヒット曲『シャウト!』がかかった。
『シャウト!』は、曲の途中で音量が小さくなり、やがてまた大きくなって盛り上がる、パーティには欠かせない大人気の曲で、『Tick's』のメンバーが愛した映画「アニマルハウス」のトーガパーティシーンでも登場している。
パーティのゲスト達も、さすがにこの曲の流れを知っていて、曲の途中から音量が小さくなるに連れ、皆腰をかがめて小さく低い姿勢で踊り、大きくなるに連れ次第に体を起こしながら、最後は題名通り、みんなでシャウトしながら飛び跳ね、躍っている。
これだけ皆一体となる曲は、3年前に流行した『西城秀樹』が歌ったディスコソング『YMCA』くらいだろう、とショーネンはレコードをかけながら感激し見入った。
ゲスト達と一緒に躍っていた竜二が、急に「ティックスだぁー」と叫ぶと、やはりゲストに混ざって躍っていた『Tick's』のメンバーが、全員その場で倒れ、感電しているかのように身体を小刻みに震わせていたかと思うと、2秒ほどでまた立ち上がって何事も無く躍り始めた。
映画『アニマルハウス』トーガパーティ中のワンシーンを見たメンバー達が憧れて真似たものだったのだが、これがなぜかゲスト達に異常にウケている中、ヤマがトイレにいくと、もはや誰かが便器に吐いている。
「あぁ、例の『羊の皮をかぶった手塚治虫』とかいう、あの恐ろしいパンチのせいだ…。」
その姿を見てしまったヤマはファスナーを下ろすと、用を足す前から身震いした。
一時間半ほど後、会が盛り上がってきたところで電気が消され、会場がどよめいたかと思うと、正面にあたるステージにスポットライトが照らされた。
レイをかけた真っ白いスーツにアロハの襟を出し、サングラス姿に着替えて司会を務めたマサトが、
「今日、この日のために、デトロイトから最高のゲストを呼びましたぁ!皆さん一生に一度の体験になるかもしれません!ご紹介しましょうー!レディース アンド ジェントルマン!ザ.スリーゲィズゥー!」
途中でひっくり返った声をあげた直後、『マーサ アンド バンデラス』の『ヒートウェーブ』の前奏が、スピーカーが割れんばかりの物凄い音量で流れだした。
ショーネンの編集で、前奏の最初フレーズが長く繰り返され、次第にゲストたちのノリが良くなり始めたそのタイミングを見計らって、舞台に設置されたカーテンの裏から、顔の黒い、1960年代に流行した『ビーハイブ』(ヘアースプレーで大きくアップにした髪形)ヘアーに、光沢のあるグリーンのノースリーブワンピースと網タイツ、肘までくる白い手袋に白いハイヒール、顔にはツリ目のサングラスをかけた女性3人が、同じステップで登場し、客に背を向けながら一列に並ぶと、揃って両手を大きく振り上げ、バンザイしたまま振り返り、すかさずサングラスを外してパッと捨てた。
その姿をよく観ると、その一見黒人女性に見えた3人は、ナガノ、トール、そして竜二であった。
しかし、真っ黒の顔に真っ赤な口紅、そして恐ろしく長い付けまつげに目の1.5倍はあろうかという位に塗られたアイシャドーは、3人ともに同じ顔の黒人女性の様に見える。
受付係りが不得意だったグルーピーのチェコとカオルがメイクと衣装担当を買って出ていた。
実はこの2人、美容専門学校卒業後、普段はデパートの化粧品販売員と、メークアップアーティストなのである。
竜二の腫れ上がったまぶたと、トールのこれまた腫れてパンパンになった左上唇も、この凄まじい化粧によって、ほとんど気がつかない。
今年は札幌にR&Bシンガー『オーティス クレイ』がやってきたこともあって、一体どこの誰が登場するのか息を呑んでいた会場は、爆笑と喝采に変わった。
レコードにあわせて口を開き、オリジナルビデオを参考に何度も練習を重ねた3人の大袈裟な振り付けが、最初こそ『キモチワリィー!オカマー!』と罵倒していた観客を、次第に感心の眼差しに変えさせていくと、やがて『ヒートウェーブ』が終わり、2曲目にして最後の曲『シュープリームス』の『ストップ イン ザ ネイム オブ ラブ』を披露して、3人は一度、舞台裏へ引き揚げた。
しかし、鳴り止まぬアンコールを受けて『マーサ アンド バンデラス』の『ダンシング イン ザ ストリート』の前奏と共に3人が再び現れると、会場は、酒が適度にまわってきたせいもあって、周りから苦情が来るのではないかというくらいの異常な盛り上がりをみせた。
そしてアンコールは、そのまま『ダンシング イン ザ ストリート』。
割れんばかりの喝采を浴びながら、3人は大袈裟な表情と振り付けを汗だくになって演じた。
そしてついに曲が終わり3人がまた舞台から引っ込むと、再びアンコールが沸き立ったままでいる。
カーテン裏で、ナガノが「もう一曲出た方がいいんでないのかい?」と提案すると、竜二は答えた。
「『恋はあせらず』も練習したからやってもいいけどよぉ、いまいち盛り上がりに欠けるしよぉ、第一スシだって腹いっぱいになったら嫌になっちゃうしょや。」
しかし酒の入ったゲスト達がしつこく、結局3人は着替え途中のブラジャーと編みタイツにハイヒール姿でステージに再登場し、お辞儀をすると、調子にのった『ルーキーズ』のメンバーからビールを浴びた。
それを見た『ニックス』のスタッフがすかさずモップで床を拭きだしたところで場内の盛り上がりがやっと収まってきた。
「なんまらウケたぁー!」
昨日の一件で体が弱っているはずのマサトが、叫びながら厨房に小走りして駆け込んできた。
店内フロアーは、余韻が冷めないゲスト達が酒酔いも手伝って『テンプテーションズ』の『マイガール』で躍りつづけている。
パーティの雰囲気を落ち着かせるため少々スローテンポの曲に変えた、DJ役のショーネンだけがフル稼動していた。
楽屋代わりの厨房で、カツラをとって顔を洗いクシでヘアースタイルを整えている竜二に、
「ヤノ君を呼んで欲しいって入り口で待っている人がいる。」
受け付けにいたミサが呼びに来た。
「誰だろ?ひょっとしてマッポかなぁ…ススキノ交番のイマイさんかも…。」
「ううん、多分『ダーティエンジェルス』の人だと思うけど?」
『余りにもにもウルサくてガサ入れか?…』と少々恐れていた竜二にミサがそう答えると、
「あぁ、ブルートか。昨日の件があったから、今回パーティには呼んでなかったんだわ。スネてるのかなぁ?あの男。」
相手が警察ではないという安心感からか表情が明るく戻り、受け付けのエントランスに着いてみると、そこに立っていたのはブルートではなかった。
「イヌイィ!まだ小樽に帰ってなかったのかよ。」
まったく意外な男の存在に、竜二は驚いた。
「よぉ、昨日は悪かった。スマン、実はあの後もヤノが俺に言った言葉を信用しきれてなくてよぉ、俺だけここに残って、今日、ブルートに本当の事はどうなっていたのか直接聞いたんだわ。」
「ブルートにぃ?お前ら、敵対してんじゃなかったんかい?」
「俺達の問題よりよぉ、ヤノを信頼してきた俺の今までは、はたして全て間違えだったのか?の方が大切だったんだわ。だから一応、ブルートだけとサシで話してきたわけなんだわ。」
「おぉ、そっかそっか。」
竜二がそう答えた、その瞬間、
「ヤノォーッ、スマン!この通りだから、許してくれ!」
昨日は『Tick's』に土下座を強要していたイヌイが、ボコボコに腫らした顔をしながら、人目もはばからず自ら土下座をしてきたのである。
その姿を見た竜二がすかさず、受け付けをしているミサ達に目で合図を送ると、彼女たちはパーティフロアーへと席を外した。
「もういいよ、わかったよ、イヌイ、立て、ほらっ。」
やさしい口調でイヌイを起こし立たせると、手を差し出し、
「昨日、これしてなかったからな、ホレ、握手握手、仲直りだ。勘違いさせた俺もスマン。」
「んっ」と一呼吸おいたイヌイが、竜二に差し出された手を両手で握った。
「なんであのときに限ってヤノを信用しなかったのか…いや、多分、どんどん存在がデカくなってく『Tick's』に嫉妬していたんだと思う。カッコ悪りぃなぁ俺はよぉ…。」
「俺達はちっとも変わってねぇよ。ただの野球チーム。所詮は札幌の『ダニ』だ。時代が変われば『Tick's』なんてすぐに忘れ去られるわ。」
竜二がそう言いながら握手を解くと「寄ってくか?」と聞いた。
「いや、今夜の最終(電車)で小樽に帰るから、もう行くわ。突然悪かったな、忙しいのに。」
エレベーターのボタンを押しながらそう答えるイヌイに、
「おぉ、したっけな。よい年を。」
すぐにエレベーターのドアが開き、もう一度竜二と握手をしたところで、イヌイが乗り込みドアが閉まった。
竜二がパーティーフロアに戻るとすぐのところにミサ達がジュースを飲みながら立っていた。
「悪いけど、さっきの土下座、見なかったことにしてくれな。あいつが来たことだけは、俺からみんなに報告しておくから。」
「うん、だけどあの人、結局誰だったの?」
ミサが聞いた。
「…あぁ、俺の『トモダチ』だ。」
―それ以降、竜二の口から二度とこの言葉を聞くことは無くなった。―
時計を眺め、竜二がフロアに戻ると、鶴の一声で『Tick's』が一度厨房に集まり、全員スーツに着替えて店じゅうにこっそりと散った。
熱気おさまらぬ会場の舞台に、竜二が紺色のコンポラスーツにワンポイントの刺繍が入ったワイン色の細いネクタイをして現れ、マイクをとって話しはじめようとした瞬間、今度は会場から「ヤァノのケッツゥー、ヤァノのケッツゥーッ」と、割れんばかり掛け声が大きく響いた。
実は以前、竜二が他グループ主催のパーティで挨拶をした際、突然、何を思ったか舞台でズボンを下ろし尻を披露して以来、恒例となってしまったのだ。
『ヤノのけっつ』は『スッポン』『スリーステップ』以上に有名になっていたのである。
いきなりのリクエストに戸惑いながらも、ベルトをゆるめ、背を向けたかと思うとペロっとパンツを下げて披露してみせた。
「ウァー、相変わらずキッタネェー!」
罵声と喝采、おまけに火のついたままのタバコまでを浴びながら、ズボンを履き直しベルトをキチッと留めると、何事も無かったかのごとく話し始めた。
「みなさーん!今夜は『Tick's』のパーティにお越しくださいまして、ありがとうございましたー!改めまして、ここでウチのブラザー達を紹介しまーす!まずは『Tick's』の用心棒、タイショーコクラァー!」
青みがかった玉虫のコンポラスーツに、ハワイアンリーゼントのタイショーが店内の隅から登場し、竜二と軽くパンパンと背中を叩きあいながら抱擁した。
その貫禄から、とても現役高校生とは思えない。どう見ても『町の不動産屋』もしくは百歩譲って『力道山』だ。
「つづいて、今回の司会を担当しましたぁ『Tick's』の女がかりぃ、タケモトォ マサトォー!」
竜二の隣まで爽やかに小走りで登場すると、ゲストに向かってキザっぽく投げキッスをしてみせ『キャァー』と会場から黄色い歓声を浴びた。外したサングラスの下は青タンだ。
この男もまた『借金取りにボコボコにされた場末のホスト』にしか見えない。
「そして、ニッポン代表! サカガミ ヒデオォー!」
唯一前日の喧嘩騒動に参加しておらず、青アザの無いツルンとした顔をしているシャイなサカガミは、光沢のある濃い茶色のコンポラスーツでもいつものように耳にタバコを挟んだ姿で、大胆なパフォーマンスもなく登場し、固い表情を全く変えることなく淡々と皆に並んだ。
それを横で見ていた竜二は、
「楽しい?」
と茶化してマイクを向けたが、ひきつった表情のサカガミはノーコメントである。
そんなサカガミを横目で見ながら、「大丈夫なんだろうか?」という表情で竜二は続けた。
「今日のパーティにはかかせなかった音楽担当!ショーネン、ショーネーン!」
ブルーグリーンのジャケットを羽織ってDJブースから飛んできたショーネンは、結局最後まで『ショーネン』としか呼ばれなかった。
続いてナガノを紹介するが、なかなか登場しない、二回目の「切れたら恐い、二重人格障害者ぁーナガノォーアツオォー!」のMCで、ナガノがなぜかトイレから焦って飛んできた。
「お金で困ってる人は今のうちから仲良くしておいたほうがいい、入来質店の御曹司!イリキィトールゥ!」
玉虫のコンポラスーツのトールはネクタイではなく、シルクスカーフを首元にのぞかせ、葉巻をくわえて登場してきた。
トールが竜二とマフィアの挨拶ばりの抱擁をして、メンバー全員が一列に並んだ。
よく見ると、ナガノの白いシャツの襟部分に口紅が付いている。
どうやらトイレで何かあったらしい。
ワインレッドのコンポラスーツの光沢が、白いシャツに赤く映える口紅とマッチしているなぁ、と感心しながら竜二は続けた。
「今日、ここにおいでくださった皆さんのお陰で、『Tick's』はここまでやってこれました。そして我々は今夜、最高の時間を過ごすことが出来ました。この場をお借りしてみなさんにお礼を申し上げます!みなさん、ありがとうございましたー!『Tick's』は、永遠に不滅でーす!」
最初は良かったが、次第に興奮した竜二のスピーチが、まるで野球選手の引退セレモニーか、地方議員がする選挙演説のような雲行きになりはじめたところで、ナガノが耳もとで囁いた。
「まぁ落ち着きなって。」
そこで我に帰り、今までにない落ち着いた口調で、
「本当に残念でなりませんが、これをもちまして、今回のパーティはお開きにさせていただきたいと思います!皆さん、最後まで有難うございましたぁー!」
そう言うと、まるで演劇が終わった役者のカーテンコールのように、一列に並んだメンバーが手を繋いでバンザイのように上に振り上げ、深々と頭を下げた。
名前の意味を知ってか知らずか、バックでは『ダイアナロスとシュープリームス』の『サムデイ ウイ ウィル ビ トゥゲザー』が流れている。ニック氏の計らいであった。
竜二は、一列に並んでお辞儀をしているメンバー達の横顔を見つめながら、個々に様々な過去を背負いながら今まで別々に生きてきた『ダニ』7人が、ひょんなキッカケで時間を共に過ごし、その間に起きた色々なエピソードを共に経験して、今、ここで初めて何かが一つになった気がした。
会場に詰めかけてくれたゲストの最後のひとりまで、店のエレベーター前でメンバーが一列に並んで『ありがとうございましたぁー』と見送った後、皆で円陣を組み、『お疲れでしたぁ!』と最後を締めた。
なぜか、ミサやチェコ達が泣いている。
彼女達も『Tick's』との想い出は、今回で最後なのかもしれないと察していたかのように。
『この瞬間が来なければよかったのにと思っているのかもしれない…。』
メンバーが皆、彼女達を見つめながら、そう思っていた。
こうして大盛況となった『ゴーイング マッド '82』の打ち上げが、今度は兄貴分『ボストンクラブ』が幹事となって、1960〜70年代のR&Bが流れるバー『プロスペリティ2』で開かれた。
店のスタッフらと一緒に散らかった店内の掃除をし、着替えを終えた『Tick's』のメンバーと、それを手伝ったグルーピーやミサ、ヨーコ達が遅れて『プロスペリティ2』の店内に入ってみると、すでに満員で立席状態の客達から歓声と拍手が沸き起こった。
決して広くない店内は、パーティの興奮冷めやらず、熱気でムンムンである。
よく見ると、『CS』のスタッフや『ルーキーズ』のメンバー達の姿もあった。
こういった扱われ方には慣れていない『Tick's』のメンバーたちが少々動揺して立ちすくんでいると、『ボストンクラブ』のボス『ヒグ』が、例のごとく椅子の上に立ち、店内を静めさせて、
「え〜、今日は『Tick's』のみんな、楽しい時間を作ってくれて、アリガトー!おつかれさんでしたー!」
そう挨拶したところでメンバーは皆、我に帰って乾杯した。
その後、各自ビールを持ったメンバーが、バラバラに店内の客達と入れ替わり乾杯した後、『Tick's』のメンバーだけで円くなり、勝利したアメフト選手のさながら、人差し指を立てた腕を天に向け『ウイアーナンバーワン!』と2回連続して合唱すると2人づつ向き合い、互いに腕を絡めて再び乾杯しあった。
まだ社会を知らない『Tick's』のメンバーひとりひとりが『腹の底から手放しで笑い楽しんだ思い出は、これが最後。』とわかっていた。
このパーティを最後に、高校卒業をまじかにした『Tick's』のメンバーは、個々に今後の進路を見つめていかなければならない。
既にマサトは高校を卒業して公務員となっていたし、ショーネンも元々レストランで働いていたが、残りのメンバーは、これからの人生を考える時期に来ていたのである。
まして竜二は札幌を離れるのだ。
「プロスペリティ2」の店内は、大音響で往年のソウルミュージックがかかり、店内は一種のディスコと化している。
『Tick's』が到着して、さほど時間が経過していない頃、悪乗りした客達にビールをかけられていた竜二の背後から男が声を掛けてきた。
「ヤノォ、悪いけど、俺、先にシケルわぁ。」
振り返ると、そこにいたのは女性を肩に担いだマサトだった。
肩に担がれた女性は足をバタつかせ、マサトの背中をトントンと叩きながら「降ろしてよー」と嫌がっている。
しかし、嫌がる素振りは見せているが、まんざらでもないことは、猿でも一目で判断できる程、明確だった。
「したっけ。」
マサトは竜二と握手をかわすと、女性を担いだまま振り返り、店を出て行った。
振り返ったマサトの背後に女性の横顔が竜二の目に入り、ナガノに聞いた。
「あんな女、来てたっけ?」
「いいや、さっき、この隣のスナックから出てきた女なんだわ。速攻でマサト君、声掛けたかと思ったら、速攻で担いで来たんだわ。」
「かぁー、おぞましい。」
竜二は羨ましかった。
一時間ほどの間、客が入れ替わり立ち替わりしながら盛り上がってきたところで、竜二が店のマスターに、
「サム アンド ディブの『ソウルマン』お願いします!」
それまで流れていた『オーティスレディング』の『スィートソウルミュージック』が次第に終わり、『ソウルマン』の独特な前奏が静かに始まると同時に店内は怒号の歓声で包まれ、皆、踊りながら曲に併せてコブシを高く突き上げながら歌い始めた。
『アイム ソォウル マァン!』
竜二はこの時、ここにいる皆は永遠の同志であり、全員の顔は一生忘れない、しかし、もう死ぬまで二度と今ここにいる全員が再び集まることはないだろうと、この瞬間瞬間を出来る限りスローモーションで脳裏に焼き付けていた。
前代未聞「ソウルマン」の大合唱となっている頃、日は明けて12月31日、1982年の大晦日になっていた…。
「ルイルイィ〜オォ〜ノォ〜ウィガラァ〜ウェラリゴォ〜イェイェイェイェイェ〜エェ…」
『Tick's』は、こういった場でのクライマックスには、最終的に『ルイルイ』を大合唱する。
ちなみに英語の歌詞は適当である。
やがて盛り上がりが冷めぬまま朝4時、ついに解散となり空腹状態の『Tick's』メンバーはそのままコンビニエンスストアで、彼らの内輪でブームとなっている新発売の『ブリトー』を買って車内で摂ることにした。
グルーピー逹も、ミサを見送った後にコンビニエンスストアへ向かうことになっている。
メンバーは散々酒を飲んだ筈なのだが、なぜか皆、シラフだった。
それだけまだ、緊張感が抜けていなかったのだ。
メンバー達が『ブリト―』を買っている間、店の外にある公衆電話で、竜二がタバコをふかしながらユリエに電話をかけていた。
朝の寒さから、真っ白な息とタバコの煙りとが混ざり合い、竜二とは判断できないほど彼の顔を覆っている。
「こんな時間に、ヤノはどこに電話しているんだろ?」
レジの前で『ブリトー』の暖めなおしを待っているヤマが、外にいる竜二の姿を眺めながらそう呟くと、
「ユリだべさ、パーティにも顔を出さなかったユリが気になってるんだわ、あいつ。」
ノグチが、まるで弟を見ているような眼差しで竜二を見つめながら応えた。
その一方では、竜二が察していた通り、誰も出ない電話に、
「こんなに朝早いんだから、誰かが出るほうがおかしいわな…。」
自分に言い訳をしながら受話器を置いて車に戻った。
メンバー全員、一睡もせずに迎えた朝、しらじらと青白い空気の中でサカガミのマツダキャロルから静かに流れていた『ザ ドリフターズ』の『オン ブロードウェイ』が、背景にピッタリとマッチして、竜二には何か幻想的に見えた。
コーヒーをすすっているグルーピー逹と一緒に、ヨーコもココアを飲んでいる。
「フゥー」
とタバコの煙を吹きながら、竜二は『プロスペリティ2』を出る寸前に言われた、ヒグの言葉を何度も思い出していた。
『いいかぁ、ヤノォ、お前らなぁ、絶対なぁ、解散なんかすんなよ。兄弟同士に解散なんか無いんだからなぁ、なぁ?ヤノォ。』
「なぜヒグさんは、あんなこと俺に言ったんだろう…。」
竜二は不思議だった。
「もしかすると、今回のこのパーティで『Tick's』がバラバラになるとでも思っているんだろうか…。」と。
そんな頃、朝モヤで白く曇ったナガノのグロリアのドアガラスに、ノグチが意味不明の英語で文字を書いていた。
『Book Pen Dog Kat Moon Sun』
「どういう意味なのさ?それ?」
トールが聞くと、
「なんか、こういう車に英語がかいてあるとカッコイイっしょ…。」
ノグチが真顔で答えた。
「英語って、そんなもんかよぉ、しかも『Kat』って『Cat』じゃねぇのかい?」
みんな爆笑した。
それ以上の余計な会話は一切なかった。
札幌の12月31日、空がうっすらと青くなり始め、朝の冷たい空気がメンバーたちの体と頭を凛とさせて、気持ちよかった。
「さぁ、シケルかぁ!みんなぁ、今日はお疲れさんでしたぁ。後はゆっくり寝てくれなぁ。じゃぁ、良いお年をー!」
竜二は、この2年間で大切に暖めてきた、大きな企画を成功させた後のような爽快感を感じると、非常に爽やかな表情で号令を掛けた。
「そーかぁ、もう、良い年を!かぁ…。」
トールがつぶやいた。
メンバー逹が帰宅する頃には、皆すでにもう今朝の相手が決まっているらしく、ヨーコ以外はカップルができている。
「ヨーコ、一緒にトンシャ(タクシー)で帰ろうか?」
― 竜二が誘った。
音楽、ファッション、ガールフレンド、そして『Tick's』の事だけ考えて過ごせた1982年、彼ら18歳の一瞬が終わった。
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