−第14章−
予期せぬ男の登場に目を凝らしたショーネンの脳みそが、その名前をつぶやいた。
「あれっ?…トール君…。」
ミサの羽織っていたものは、以前に自分がトールに高額で譲った『ドリズラー』だったのである。
一瞬、『なぜ、自分がトールに売ったドリズラーをミサが羽織り、なぜミサの部屋からトールが登場してきたのか。』ショーネンには現状が把握できずにいた。
しかしそのうち、彼女が言っていた「引っ越し」は嘘だったこと、その代わり今までトールと部屋にいたこと、年頃の男女が一つ部屋で一緒にいた時間というものが一体どんな時間だったかということを、ショーネンは、やっとではあるが理解し始めてきた。
自分が羽織っていたドリズラーを、ハラリとトールの肩にかけてやったミサが、頬に『チュッ』とキスをして部屋に消えていく、その光景の一部始終を垣間見てしまったショーネンには、トールがまるで昭和初期の雲助の様に映り、なんともいえないやるせなさを覚えて狼狽した。
ショーネンはあわてて隅に隠れるとスーパーの袋をかかえたまましゃがみこみ、タバコに火をつけ一体ナニが自分の目の前で起きていたのか、せわしなくスパスパ煙を吸いながら考えた。
そのうち、なぜ自分がコソコソと隠れていなければならないのか馬鹿らしくなり、トールのために嘘をついたミサにまでも腹が立ってきた。
「だけど『Tick's』だからいい想いできてるんだ、あの女だって俺が『Tick's』だから誘ったんだ、トール君だって同じだわ。あの女も所詮グルーピーと変わんないべや。」
自分の前頭葉が、そうショーネンに訴えた。
そしてその後、何事もなかったかのようにショーネンはミサの部屋に行き、得意の料理を作って喜ばれたが、ミサとは何も無いまま、後ろ髪を引かれながらも決して振り返ることなく帰宅した。
その後もショーネンはトールに対し、いつもの通り普通に振舞っていたが、どうしても胸の引っかかりが取れず、思い切って、自分がミサを好きになり彼女の部屋に入り浸っていたこと、あの日、夕飯を作ってやろうと部屋にいくとトールが出てきた所を見てしまったことなど、すべてを打ち明けてみた。
それはまさに、以前トールがマサトの部屋で経験したことだった。
ショーネンとミサとの関係を知らなかったとはいえ、マサトと同じことをしてしまっていた自分に小さなショックをうけたトールは、ゆっくりとタバコをシャツの胸ポケットから出し、箱をトントンと指で叩くと頭が突き出てきたタバコを一本、ゆっくりとくわえ、そしてもう1本だけ頭が出ている自分のタバコの箱をゆっくりとショーネンに差出してやった。するとショーネンがそれを抜き取り咥えながら、トールのタバコに火をつけてやると、今度はトールもショーネンのタバコに火をつけてやった。
「フゥ〜。」
何も言わなくても、これで一件落着だった。
互いが納得し、互いに詫び、互いに許した証しの儀式だったのである。
「なぁショーネン、結局、ミサもヤリマンだったかぁ〜?」
「いやいや、トール君と僕があまりにもカッコイイから両方断れなかった、ってことっすよ。」
2人は冗談交じりにそう笑っていたが、内心はお互い『自分の彼女のつもりだった』ミサに裏切られたショックは決して小さくはなかった。
女性がらみは時に個々に感情的になり、時にはそれが原因で不仲となってグループを抜けたり挙句は解散となるケースが多い。
しかし『義兄弟』の2人は、それ以上にもっと太くて強い絆が結ばれはじめていたのである…。
…『ついに今月かぁ…。』
かたや、そんな小さな事件があったことなんか全く知らずにいた竜二にとって、一番憂鬱な日が近づいてきていた。
憂鬱の元は『CS』店長『ジン コウサク』という男にあった。
永遠の不良を地で行く40歳のジンは勿論リーゼント。堀の深い顔に口髭を蓄え、スリムな体型でセンス良くフィフティーズファッションを着こなし、新宿や原宿で養ってきたその垢抜けた姿はまるで芸能人のようなオーラを放つ、北海道で長者番付のトップテンにまで登場している完璧な男である。
彼は竜二に「人当たりの軽さの内側に潜む、決して人には見せない、自身の本当の重み。」を教えた。いわゆる外での印象は軽いが、内面は『男は黙って』理論の持ち主なのだ。
ジンは誰にでも、とても明るく、誰でも受け入れる、軽い姿勢で接している。しかし、それを舐めてかかると、とんでもないことになる怖さをもっていた。
竜二は、14歳でジンに初めて会ってから急に人あたりが柔らかくなった。
竜二が『CS』に通いだして間もない頃、一見して極道とわかる男に声をかれられたことがある。
「ジンさんは、おるか?」
竜二がスタッフと間違われたのだ。
男の後ろに連れの若い衆みたいのが2人、周りを警戒して立っている。
「えーっと、ちょっと待ってください。」
竜二がコウチャンに、店の裏にいたジンを呼んでもらおうと小声で囁いた。
「やくざが来てますよ、目茶苦茶ヤバそうっすよ。」
2人組に視線を送って確認したコウチャンがジンにそのことを告げると、誰だとばかりに裏から出てきた。
「あらららら〜、どうしちゃったの〜久しぶりなんだもん!」
グリーンのポロシャツとジーンズに茶色のローファーを履いた、普段とかわらないスタイルのジンが、途端に、非常に軽く、まるで主婦に声をかける八百屋のように『目茶目茶ヤバいやくざ』に声をかけると、
「あっ、ジンさん、お久しぶりです!ご無沙汰してますっ!」
竜二に声をかけた時とは全く違う、人懐こい笑顔でそう答えながら、やくざがジンに歩み寄ると頭を下げた。そのやくざの足の先から頭のテッペンまでを見つめながら、
「なに?まだヤバいことやってんの〜?」
「いやぁジンさぁん、かなわないっすねぇ、相変わらずっすよ。」
熊みたいな男が頭を掻きながら、ものすごくペコペコしている。
「時間あるんだろ?ちょっとコーヒー飲みに行こうよ。またナンデ札幌に来てるのよ?なにか悪いモンでも売りに来たのぉ〜?カッカッカッ!」
そう笑いながら、熊男の肩に2分の1の細さのジンが腕をまわしながら店を出て行った。
なんだか状況を把握できず拍子抜けしてしまった竜二だったが、見るからに、性格も体格もそして人格までも重そうなヤクザ男が、すべてにおいて2分の1の印象をもつジンに、まるで飼い主に腹を見せている犬のようにしていることだけは判断できた。
後に竜二がジンに聞いてみると、その昔、新宿のスナック『怪人二十面相』営業当時の常連客で、スタッフのジンが可愛がっていた舎弟分だったらしい。
その見るからにヤクザとわかるスーツ男の『舎弟分』に対して、まったく肩肘張らずに、ポロシャツ、ジーンズ、ローファースタイルのジンが、いつもの調子で接していたのだ。
― イザというとき実力で自信があるのならば、普段は自然でいればいい。―
これには竜二はショックだった。
相手かまわずスゴんでいた竜二に本物を知らしめた男だった。
事実、かの『ルーキーズ』のメンバー達も、実はジンを憧れの存在としているのである。
なのではあるが、その一方でジンはイジメやイタズラには『右に出るものはいない』ほど、人一倍熱心になる横顔を持っていた。
ある意味、彼はそれだけを楽しみに生きているといってもいい。
彼は札幌一の『イタズラ番長』なのである。
ある日竜二が、『セブンセブン』に遊びに行くと、ジンが同伴予定なのかクラブのホステスと一杯やっていた。
するとそこに丁度店に入ってきた竜二を見つけたジンが彼を呼ぶと、それまで座っていたホステスを左隣に移させて、わざわざ自分の右隣りに座らせた。
するとジンは竜二の左手の甲をつかみ、何やら嬉しそうにコンコンとかなり軽く拳で叩き始めたのだ。
「いったいナンナンだ…」
しかしその行為は全く痛くないのか、竜二はされるがままに酒を飲みながら歓談していたが、ジンがそれを延々一時間ほど地味に続けていると、やがてその部分がどす黒く腫れ上がってきた。
そうなってくると、触るだけでも激痛が走る。
―ウソだと思うなら、やってみるとイイ。―
それでもジンは止める事無くコンコンと同じ調子で叩きつづけている。
この状態に至るまで、コツコツと地道に続けるほどの徹底したイジメ精神をもっていた。
ジンにホンのミクロほどの良心があったとすれば、竜二の利き腕である右手を狙わなかった事ぐらいであろう。結局、竜二の左手は、翌日グローブのように腫れ上がり、コブシすら握れないほどの激痛が2日間続いたのだった。
ジンから日常小さなイタズラを受けている竜二は、この7月、誕生日を迎える。
本来であれば、今年晴れて普通自動車運転免許を取得できる年齢となる、嬉しいはずの月なのだが『40歳を越えた究極のいじめっ子』のジンが竜二のために『お誕生日祝い』をすることが、彼にとって嬉しさを吹き飛ばすほど憂鬱なのだ。
それは決して『お祝い』ではなく、何がどうやっても、どうしようもないくらい完全かつ完璧な『いじめ』だということは、皆わかっていた。
竜二の『飲ませられっぷリ』は『CSのペンキ塗り打ち上げ事件』にも登場したが、誕生日ともなると、それ以上となる。
竜二の誕生日当日はジンの都合が悪く、『ヤノ君お誕生日パーティ』は2日繰り上げた16日となった。
当日夜、会場となった『セブンセブン』のドアを開けると、早速メインテーブルにグラスが18個並んでいる光景が竜二の目に飛び込んできた。
グラスの中身はウイスキーの水割りである。
…俺、40歳の誕生日になったら、いったいどうなるんだろう…。
そう思いながら店に恐る恐る入っていくと、
「おぉ!来た来た!よっ!おつかれさん!」
非常に爽やかにジンが早速声を掛けてきた。
するとコウチャンが、
「さぁ、いってみましょーかぁ!ヤノセンセェー、誕生日、おめでとーございまーす!せぇーの!」
と、かなり大きな声をあげたと同時に「ヨイッ、ヨイッ、ヨヨヨイッ!」と皆で掛け声をかけてきた。中学卒業前から『CS』従業員となっていたコウチャンは、いつも仕事中不機嫌そうなのだが、こういう時は人一倍元気になる。
店に入ってきたばかりで、一体誰が店に来ているのかも見渡していないままの竜二は、途端に18杯のウイスキーを一気呑みさせられた。
竜二は1杯、2杯と呑んでいくうち、次第にウイスキーが濃くなっている事に気がついた。
10杯目で詰まって一呼吸置いたが、途中から参加した人間も加わってより大きくなった「ヨイヨイ」の掛け声は止まらず、また立て続けに3杯呑んだが、その濃さと、何より腹が張ってきて、ウイスキーが思ったように喉を通らなくなってまた一呼吸おいた。
この時、竜二は楽しそうに手を叩く参加者のひとりひとり、全員の顔を確認し、記憶した。
「コイツラゼンイン、イツカ、フクシュウシテヤル…」
最後の1杯をなんとか飲み干し、大きな歓声を受けた竜二は、「ナンダァみんな嬉しそうだべやぁ。」と、最後の「だべやぁ」を言ったか言わないかの間に、アイスペールに顔を突っ込み、ゴォゴォと吐いた。
その後の記憶が全く無いまま、竜二が翌日昼過ぎに目を覚ますと、なぜが、キチンと自分の部屋で布団に入っていた。
シャワーキャップも忘れずに装着している。
ホッとした竜二は自分の行動に驚異を感じ、又、感激しながら、シャワーを浴びようと風呂場で裸になり、鏡に映った自分を見て驚いた。
全身にマジックインキで『イタズラ書き』をされていたのだ。
へその下からアソコに矢印が見える。
見ると『ちんちん↑』と、まるで子供レベルのものだった。
あわてて鏡に映った顔を見てみると、案の定、まるでアイヌ民族のような模様が目に飛び込んできた。もっと分かり易く言えば、『口割け女』と『火星人』をミックスしたようなメイクが施され、『ヒトラー』か『チャップリン』か、はたまた『加藤茶』かというタッチのチョビ髭がアクセントになっている。
ジンの仕業だった。
結局、竜二のマジックインキタトゥーは2日消えずにいた。
その間、誰一人とも顔を合わせずにいた竜二の脳裏に、微かではあるが、マジックを手にしながら言った、ジンの一言が蘇えってきた。
「…いいかヤノォ、これが後々オトナになったら、いい思い出になるんだってぇ…。」
竜二の誕生日当日18日、やっと16日の「バースディパーティ事件」の二日酔いも一息ついたところで、『Tick's』のメンバーだけで『ヤノ君のお誕生日』お祝いとなった。
メンバーが竜二を招待したのは『不二家レストラン』。
『子供たちが親にお誕生日を祝ってもらいたいレストラン』ナンバーワンである。
いつもの『ウケ狙い』だった。
店内は、この日が日曜日という事もあって子供連れの家族で混雑していたが、トールが前もって予約を入れていた。そこまでしてでも『不二家レストラン』なのだ。
席に着くなり、『不二家レストラン』から甘い物が苦手な竜二に18本のロウソクの立ったイチゴのショートケーキが登場すると、突然「ハッピーバースデー」ソングが店内じゅうに響きだし、品の良い女性の声で、
「本日お誕生日のヤノ リュ―ジちゃん、お誕生日、おめでとうございますー!」
そう場内放送が流れる中、ケーキを囲んでの記念写真を撮ってもらうと、暗くなった「不二家レストラン」で、小さな子供達とその家族たちから見守られ、現場から浮くにいいだけ浮きまくった状態で、竜二は顔を真っ赤にしながらロウソクの炎をブォーっと吹き消して見せたのだった。
『そういえば、俺、親にも誕生日にこうして祝ってもらったこと、なかったなぁ…。』
18歳の初日、照れる不良少年の心に、小さいながらもほんわり暖かい炎が燈った。
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