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Tick's(ティックス) −1982年、あなたはどこにいましたか?−
作:蒔田 龍人



−第12章−


マサトの予想通り、自分の肋骨3本にヒビが入っていたのが判明したのと時を同じくして、ついに『Tick's』が、札幌の人気タウン情報誌に特集取材を受けることとなった。
 
 一部200円のそのタウン誌は、若者向けにススキノを中心としたトレンドスポットを紹介する内容が中心だったが『スピナッチ』取材の際、マサトの診断結果発表で偶然店に集まっていた『Tick's』に記者が関心を示したところ、マスターがいつものように彼等のエピソードや来店客にファンが多いことを話してみせた。
その結果、急遽、彼等まで取材となったのである。

『ハロー! ウィ アー Tick's!(ティックス)』と題されたその記事は、それまで不良の世界ではタブーだった『ユーモア』を持った突飛な行動と、類のないファッション、ビリヤードやダーツ、バックギャモンやピンボールなど、彼ら独特の世界をもったライフスタイルが一ページではあったがスポットとして掲載され、トレンドに敏感な札幌の若者達に大きな反響を呼んだ。

今まで不良グループが一般情報誌に掲載されるのは、なにか犯罪でも犯さない限り皆無であった。
百歩譲って、日本中の暴走族を取材し紹介した写真集『暴走列島!』シリーズくらいである。
これを機に「ススキノで『Tick's』を知らない遊び人は通ではない」的存在に成長し、次第に『本人達が知りもしない「Tick's」の友人知人』が増えはじめ、週末の『スピナッチ』はいつも満員、それだけではなく、プレイスポットとして紹介された『平和ビリヤード』までも、連日、影響を受けた若者客でポケット台を占領されると、メンバー達が顔を出すこともなくなってしまった。

「フィフティーズ戦後世代」では『Tick's』のコピーグループまで登場する始末である。
竜二はいつか『ボストンクラブ』のヒグに『Hub』で言われたことがある。

「俺達ボストンクラブは戦時中、ルーキーズは戦前、そしてお前らは戦後の人間だ。」

もちろん第二次世界大戦のことではない。
全員終戦の遥か後の生まれなのだが、これはどういう意味かというと、日本では1974年に上映され、後の彼らのバイブル的映画となった『アメリカングラフティ』を戦争に例えたのである。
『ルーキーズ』は『アメリカングラフティ』上映以前の世代、『ボストンクラブ』は正にオンタイム、『Tick's』はその後の世代というわけだ。
それだけ『ルーキーズ』も『ボストンクラブ』も、『アメリカングラフティ』は『人生を大きく変えた映画』として扱われていた。

そもそも『戦後世代』の『Tick's』は、『ルーキーズ』や『ボストンクラブ』に感化され、野球チームとして結成されたので、9人以上いなければならないのだが、実際のオリジナルメンバーは7人しかいない。
しかし、いつもメンバー以外の人間が2〜3人は一緒に行動している。そうなると合計人数は9人揃う。

「もしかすると念願の野球試合ができるかもしれない。」

竜二はそう思うと、別に『Tick's』オリジナルメンバーにこだわる必要はないと考えはじめた。
野球チームは野球チームとして『戦後仲間』を集めて別のチームネームをつければよい。『ボストンクラブ』も野球チーム名は『ジュエルス(宝石)』なのだ。
そうなると話しは早かった。

他府県と違い、梅雨のシーズンを知らない北海道、6月は快適そのものである。

タイショーが道路工事のアルバイトで参加できなかった日曜日、メンバー以外の仲間『コンテンポラリーキッズ』のヤマとノグチ、そしてリーダーモリイの三人が参加し、『Tick's』はついに晴れて『ボストンクラブ』と野球試合をする事とあいなった。
ついにあの『Tick's』が野球の試合をする。
この噂が広まって、当日は多数のギャラリーが集まった。

その一週間前、『Tick's』と3人の『コンテンポラリーキッズ』混合チームは『Rocket'sロケッツ』と命名されたのだが、実はこの名前に至るまでも、拘りをもった9人が個々に知恵を絞ったチームネームを主張したため、いつまでも決定せずにいたのである。

挙句、最終的にジャンケンで決めようとなり、最後まで残った名前が、なんと『けっつ(尻)』であった。
最後ケツにできたチームということと、メンバー達みんなが愛用しているデッキシューズ『Keds』にかけて『Kets』という、まことに深い意味をもった気がする、トールの提案だった。

「なんで、よりによってケッツなんだぁ?」

『こういう名前を考えていた奴に限って、ジャンケンに強い。』と皆思いしらされた。

しかし野球チームとしては『最下位』ともとらえられる、縁起でも無い名前ということと、第一、恰好悪くて恥ずかしいとの理由で、却下されそうになってしまった。
なにせ他の皆は、もっとこだわりの強い、そして格好よく強そうなネーミングを用意していたのだから納得がいかない。絶対自分の考えた名前が一番だと個々に疑わないのだから、尚やっかいだ、絶対に結果が出ない雲行きとなった。
そこへ竜二が、

「シンプルでいいんでしょ。だけどケッツはねぇなぁ、あっ、いいこと考えた!じゃぁ『けっつ』に『ろ』を付けてロケッツってどうだい?」

『けっつ』よりは遥かにいい。
しかもモリイの用意していた名前と同じだったのだ。
モリイが賛成となると、ヤマ、ノグチも賛成せざるを得ない。竜二とトールと併せると5人、多数決で勝てる。

結局、あっさり彼等の野球チームは『Rocket's』で一件落着となった。

当日、本格的に野球チームとして活動している『ボストンクラブ ジュエルス』は、勿論ユニホームを持ち、スパイクまでも使用している。
かたや即席寄せ集め野球チーム『ロケッツ』は、服装はバラバラ、それどころかコンポラスーツに革靴を履いたトール、ヤマはリーゼントにハラマキとジカ足袋、その上をいくノグチは、同じくリーゼントにダボシャツ、ハラマキにニッカポッカと、本職の鳶のスタイルで登場した。

竜二に至ってはパジャマにガウンを羽織り、スリッパで登場である。

あれだけネーミングに時間をかけたのにも関わらず、どこにも『Rocket's』の文字は見当たらない。

『…イッタイあのミーティングに果たして意味があったのだろうか…?』

一週間前、この日のために一夜を寝ずに名前を考えていたヤマは思っていた。

『…べつに『ケッツ』でもよかったのではないのか…。』

チーム名の問題はともかく、彼等のこの格好は、全く野球をバカにしている。相手が『ボストンクラブ』だからできることだったが、もしこれが普通の相手なら激怒する筈である。
しかし、その各自の装いは相手チームがどうあれ「もし野球試合をする時が来たら、絶対やろう。」とかなり以前から『スピナッチ』で計画されていたのだった。

それに加え『ロケッツ』全員サングラス。

キャッチャーとなったノグチのミットとマスクは『ジュエルス』リーダーヒグからの借り物だったが、他メンバーのバットとグローブは、個々の小学生時代に買ってもらった子供用、しかも、全員そろって金色に塗られている。いわゆる『ゴールデングローブ』である。
前もって缶スプレーでペイントしたものだったが、ペイントが固ってしまい、果たしてグローブとして機能するのか分からない。

―『ロケッツ』のラインナップ―

1番ライト.ショーネン (バーテンスタイル)
2番センター.サカガミ (シルバーボクシングパンツとランニングシャツ)
3番ファースト.竜二  (ガウンとパジャマ)
4番ショート.モリイ  (ボーリングシャツにスウェットパンツ靴下外出し)
5番サード.ヤマ    (ジカ足袋にハラマキ)
6番レフト.マサト   (アロハにサラシを腹に巻き、ホワイトパンツ)
7番セカンド.トール  (コンポラスーツに革靴)
8番キャッチャー.ノグチ(ダボシャツにニッカポッカ)
9番ピッチャー.ナガノ (婦人用エンジ色ジャージにペニーローファー)

 少しの間キャッチボールでウォームアップをしたあと、以前から予定どおりピッチャーを務めたのは、自称『七色の変化球を持つ流れ星』ナガノである。

女性用の、エンジ色に太い一本ラインが入ったジャージ上下に、「間違って、よそ行きの靴を履いてきた。」ナガノの第1球は、履いているペニーローファーの靴底が皮だったせいで足元を滑らせ、大暴投となった。
観戦に集まったギャラリー達の頭上はるかを飛んでいく球の行方を見つめながら、メンバー全員が唖然としている。

「…まるで赤エンピツみたいだ…。」

そんな時、サードを守っているモリイだけは唯一人、ただでさえも細い体にピッタリとしたジャージをまとったナガノの姿を見つめていた。

結局『七色の変化球を持つ流れ星』は、デッドボールこそひとつ出したが、アウトはひとつもとる事が出来ぬまま言い訳を延々と並べながら、赤いアロハに白パンツのマサトと交代となった。

長身から投げ下ろされる様は、一見迫力はあるのだが、肋骨が完治していないマサトの球はスピードがなく、しかも軽い。
打たれに打たれ、『ジュエルス』の半同情から、やっとスリーアウトチェンジとなると『ロケッツ』が円陣を組み、作戦会議となった。

「こうなったら、一回づつ全員ピッチャーやってみて、良かった奴が続投することにしよう。」

さすがにスリッパからスニーカーに履き替えていた竜二の提案は、全員が既に考えていたほど平凡だったので即可決し、キャッチャーのノグチ以外全員が投げたのだが、良かった人間はひとりもおらず、5回を終えた時点で11点もとられてしまった。

全員、再び円陣を組んで緊急会議を開いたが、その光景は、個性的すぎる各自のスタイルから、どうしても野球試合の最中には見えない。

「さぁどうする?このままだったらコールドゲームでギブアップしない限り、今日中に終わんないぞ。」

竜二が言うと、モリイが目を輝かせて言った。

「実はよぉ、俺のオンジ(弟)が来てるんだわ、でさぁ、あいつ、ガクショー(小学生)の頃に野球やってたから、もしかすると今日中に終わらせられるかもしんないべやぁ。」

モリイの朗報を聞いた全員がギロっと観客の方に目をやると、ポニーテールのかわいらしい彼女を連れた、ダブルのライダースジャケットの襟を立てたリーゼントがコックリと頭を下げ、モリイが呼び寄せると顔を曇らせながらゆっくりと歩いてきた。

「お前、ピッチャーやれ、でないと今日中に試合が終わんないって結論がでた。」

モリイが言うと『やっぱり…』という顔つきで、弟は履いていたお気に入りのウエスタンブーツを見下ろしながら、

「コレが痛むから嫌だよ。」

そう答えたその直後、すかさずモリイが拳で弟を殴る仕草を大袈裟にした。
それを周りで見ていたギャラリーからは、いよいよもって野球の試合中に見えていない。

結局、嫌々サカガミと選手交代し、サカガミのスニーカーを借りた弟のウォーミングアップで10球ほど投げた球を見て皆が驚いた。

「最初からナガノなんかじゃなくてモリイのオンちゃん(弟)に投げさせればヨカッタんでしょぉー!」

結局、応援に来ていたモリイの弟が飛び入りで、残り4回をパーフェクトに抑えた。
『ボストンクラブ』ですら、モリイの弟には刃が立たなかったのである。 結果、11対0、『ボストンクラブ ジュエルス』の圧勝で『戦後世代多国籍軍ロケッツ』のほろ苦い野球デビューは幕を閉じたのだった。

『…モリイのオンちゃんが最初から投げていれば、もしかしたら勝っていたかも…あっ!もともと全員、打てないんだから、点数とれないんだな。じゃぁ引き分けが関の山だったか…。』

記念すべきデビュー戦であり、また散々な結果となった『ジュエルス』との野球試合が終わった『ロケッツ』のメンバー達が『お疲れ会』の打ち合わせをしている最中、ひとり外れて一服しながらそう考えていたマサトに、少年がひとり、近寄っていった…。












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