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Tick's(ティックス) −1982年、あなたはどこにいましたか?−
作:蒔田 龍人



−第11章−


納車から1ヶ月、ナガノの『R2』は『Tick's』の宝物となっていた。

― テケテンテンテンテン…。

「よっこらしょ。」

5月になって、やっと車の窓を開けてのドライブが快適になってきた頃、札幌市の名物ともいえる路面電車に並行して走る『R2』から、トールが電車に向かって尻を出した。

トールは、映画『アメリカングラフィティ』で一瞬登場した悪ふざけのシーンを、一度真似てみたかったのである。
運転席の後ろ、リアサイドウインドウはわずかながら開閉する。
トールは尻を押し付けて、そのわずかに押し開けた窓の枠に引っ掛けた状態のまま、器用にその姿勢をキープしていた。

トールの尻がウインドウガラスにピッタリと張り付いた状態で『R2』が並走していると、路面電車に乗った女子高生の一人が気がつき、やがてキャァキャァ言いながらギャラリーが増えはじめ、ついには乗車客のほとんどが『R2』が走る左側へ移動して見物するまでになってしまった。
大流行中の『ブリッ子』言葉「やだぁ〜うそぉ〜かわいいぃ〜」の中の「やだぁ〜うそぉ〜!」は車内中で連発されたが、けっして「かわいいぃ〜」の「か」の字も聞こえてはこない。
年寄り達は一度それに目をやると、不愉快そうにして無視するか、又はあきれた表情をしていたが、ちょうど下校時間とあって、このハプニングに大勢の女子高生は両手で口を覆いながらも目を輝かせ、笑いながら見入っている。

尻丸出し男は得意げだ。

しかし、信号が赤に変わり、電車のとなりで一緒に停車してしまった。
当然、トールも尻丸出しのまま停止している。
中途半端な前傾姿勢にも体力的限界がきていたが、ここで止めるわけにはいかない。なぜなら、ここで尻を下ろせば、その拍子に今度は顔がバレる。

「ナガノォ、この信号、無視して行っちゃってくんない?」

そうはいかない、ナガノだって取ったばかりの免許は命に等しい。信号無視は引かれる点数が大きいのだ。
こうなると引くに引けずに肛門までさらけ出したままのトールは、女子学生にジックリと観察され、笑われた。

『…多分、一度でこれだけの女子高生に自分の肛門を披露した男は、地球上でトールだけだろうなぁ…。』

ナガノは運転席から冷静に、焦るトールを眺めながら、ひとり感心していた。
もし警察に見つかれば公然わいせつ罪となって、信号無視どころの騒ぎではなかったのかも知れない。
しかしその後、バックシートの背もたれに二人が座ってリアウインドウに2つ尻を並べてのドライブは日常となり、しまいにナガノ、ショーネン、トール、竜二の4人が、大真面目な表情で素っ裸にネクタイだけを締めてドライブするまでにエスカレートしている。

そんな折、中間テスト期間の1週間が終わった土曜日。

「『R2』に乗って『狸小路二丁目』の映画館へ『ポーキーズ』を観に行こう!」

竜二の企画に、マサトだけが都合が悪く参加できなかったが、他のメンバーとヤマ、ノグチは話に乗った。
『ザ.ドリフターズ』の『サタデーナイト アット ザ ムービース』をはじめて聴いてから『映画館は土曜日の夜に行くもの』と、なぜか彼等では決まっている。
映画館へはナガノ宅からは車で30分かからない。
しかし『狸小路二丁目』までに、通称『ナンパ通り』と呼ばれる『札幌駅前通り』を走ることになる。
この通りは土曜日ともなると、「ナンパされ目的」の女性歩行者が大勢出没し、意味も無く浮遊するのだ。
短いドライブ時間ではあるが、内容は何処を走るよりも遥かに濃い。
この日もさっそく2人組の高校生らしい女性が、声をかけてと言わんばかりに歩いていた。

 ― テケテンテンテンテン…。

「ねぇーっ、どこ行くのー?乗らなーい?なんかしちゃうかも知れないけどぉー。」

ナガノが例のおっとりとした口調で車の窓を開けて声をかけた。
このおっとり口調が、実は結構な効果をもっていて、マサトレベルまでには程遠かったが、ここにきてナガノもナンパ打率が右肩上がりになってきている。その実績は、メンバーから『今世紀最大の成長株』と拝まれる程となっていた。
「そら来た!」とばかりに、声をかけられた2人は顔をやや緩めたが、なんとかクールを装っている。

「え〜うそぉ〜、どうしよっかぁ?」

片割れが相棒に、いつものサインと思しき声をかけると、相棒も「え〜、どぉしようかなぁ〜」と、これまたお決まりの返事を言いながら、ナガノの車に目を向けた瞬間、口をあんぐりと開け、呆然として固まった。

「どうしたの?」と片割れも車を見てみると、大人4人でも無理がある軽自動車に、なんと『Tick's』のメンバー6人と、ヤマ、ノグチの計8人がギュウギュウ詰めで乗っていたのである。

車は重さでペシャンコとなり、おまけに皆の顔は窓にべったりと張り付いて、まるでストッキングを被った銀行強盗の様に醜い。
ナガノ以外に唯一車を所有しているマサトが参加しない夜は、何度か『Tick's』のメンバーは交通費を浮かすため、定員オーバーで『R2』に乗り込んではいたが、さすがに8人乗りはこの日がはじめてだった。

暴走族が一世を風靡し、警察やグループ同士の抗争で社会問題となっている一方で、彼らは軽自動車に8人乗ってナンパをしているのであった。

呆れて行ってしまった2人組を「なんだよ、嫌な感じだべさ」とやり過ごし、交差点で信号待ちをしていると、『R2』のとなりで、やたらエンジンを吹かしている車に気が付いた。

『ブォーン、ブッブッ、ブォーン!』

「おっ、ヨンメリ(ケンメリスカイラインの4ドア)が挑んでるぞぉ。」

サイドリアウインドウに顔を張り付けながらヤマがそう言ったが、当の、紫にペイントされたスカイラインは『R2』に決して挑んでいるのではなく、横断歩道を横切っている、先程ナガノが声をかけた2人組の気をそそらせる為の空吹かしだったのである。

「張るかい?」
「いいぞぉ〜!いけぇ〜!ナガノォ〜!」

ナガノの問いかけにヤノがそう答えると、『R2』も空吹かしで挑発した。

『テケテンテンテンー!』

その360ccの軽すぎるエンジン音に気が付いたパンチパーマが、『R2』をちらりと見た瞬間、窓の向こうで爆笑している。

信号が青になった。

『ブンブン、ブォー!』
『テケテケ、テンテンテーン!』

暴走族の2人が乗った『スカイライン2000GT』と、アイビー8人が乗った『スバル360R2』の『シグナルグランプリ』が始まった。

「いけぇー!ぶっちぎるんだぁー!全開バリバリだぁー!キャァーキャァー!」

8人は大声で騒ぎ興奮していたが、まったく相手にならないままスカイラインの姿は小さくなっていった。

実力の差を実感し、向かった映画館裏の小さなスペースに車を止めると、軽自動車からゾロゾロと皆が、『降りてきた』というよりも、『出て』きた。
その様はまるで、車で国境を越えてきた不法入国者のようである。

新着映画『ポーキーズ』を観終えた8人は、今度は4人が『R2』に乗り、残り4人は歩いていつもの『スピナッチ』へと向かった。
映画館から二丁(200メートル)行けば『スピナッチ』なのである。

『スピナッチ』では、都会的な店の雰囲気とは似つかわず、お客が席につくとオシボリを出すという、心和むサービスをしている。
さっそくヤマが、そのオシボリを他のお客に投げては知らない顔をしてトボけるイタズラをはじめた。

オシボリの標的は女性客、それも気に入った女性客に投げてはチョッカイを出す。
ヤマのその行動は、なぜか嫌がられることなく、逆に投げられた女性からは「いやだぁ〜もぅ〜」と喜ばれる次第である。

そうして声をかけるキッカケをつくるのだ。

通常であれば、非常に手荒なワザすぎて苦情が起こるはずなのだが一度もそのような経験がない。大抵は、自分に手を振るヤマの姿を見つけると、うっすらと表情が明るく変わる。
それは母性本能をくすぐるものなのか、呆れて笑って許せてしまうのかは、メンバーにとって永遠の謎である。
この夜は、2投目が外れて男性客に直撃してしまった。

「あっ、ヤックイ、ヒュ〜ヒュ〜…。」

ヤマは、音楽になっていない口笛を吹きながら宙を見つめて全く知らない顔をするという、みえみえのトボケ方をしている。
おしぼりを頭にくらった男性客は苦笑いしながら水割りを飲んでいた。

「あ〜あ、あの男が襲って来たって俺達助けてやんないからなぁ。」

ノグチはそう言ったが、ヤマが謝りに行く気配は一向にみられない。いずれにせよ、被害にあった男性客だってモメゴトにはなりたくない。
結局これに懲りずにいつまでもヤマの『おしぼり投げチョッカイきっかけナンパ』が続くのだ。

ヤマは30歳半ばの女性達にも絶大なる人気があり、この年齢層、つまり熟女のツボをつかむ絶妙なセンスを持った会話で相手を盛り上げると、メンバーを残して先に店を後にすることも度々みられ、なぜかアルバイトもしていないのに金を常に持っていた。

同じ女好きでも、マサトの場合はモデル並みの容姿に、それとはアンバランスな軽いノリを武器にして、主に同世代までをターゲットにしている。
一方のヤマは、子供のようなイタズラをきっかけに、キレのある流し目を武器としたクールな顔つきと、それをなおも強調するかのような低く甘い声で、しっとりと年上の女性を攻めていく、正反対な攻撃パターンをもっていた。
結局、両極端なマサトとヤマのおかげで、メンバー達は幅広い年齢層の女性たちと交流を持てるという恩恵を受けている。

ついに竜二がメンバー達に東京行きを打ち明けたこの夜、男性客にオシボリを直撃させてしまったヤマの収穫がないまま、これといって竜二の発言にショックを受けた素振りを見せていないメンバー全員が、少々拍子抜けしている竜二と共に店内の階段を上り外に出た。
そして外に出たその途端、突然全員が円陣を組み、

「ジャァ〜ンケェ〜ン、ホイッ!」

何の打ち合わせもすることなく、いきなりジャンケンをすると、グー、チョキ、パー全部が出て皆息を呑んだ。

「アァ〜緊張するぅー」

ナガノが体を震わせた。

「あーいこーで、ショッ!」

一瞬沈黙があって、今度は、パーとグーの2種類だけが目に入り、みんなが沸いた。
パー組は助かり、グーを出したノグチ、トールの敗者が2人でジャンケンとなった。

「ジジ、ジャァ〜ンケェ〜ン…ホイッ!」

非常に力が入ったジャンケンなのは誰もが見て取れた。
まるで命がけの勝負のようである。
はたから見れば、ジャックナイフが登場していてもおかしくない雰囲気だ。

今回は一発で勝負がついた。
ノグチが負けた。
こういう大舞台では、ノグチが必ず負ける。

「また俺かよぉ〜、先に逃げちゃ駄目だぞ!しっかしみんなジャンケン強ぇ〜なぁ。」

皆が強い訳ではなく、実はノグチが間抜けなのである。

ノグチは緊張すると冷静さを失い、ついチカラが入ってグーを出してしまう。
この実態をメンバー達は知っていたが、本人はまったく気付いていない。

ノグチが小声でブツブツとボヤキながら店のドアを開け、大きく息を吸うと、階段のエントランスから店内に向かって突然、『ぎゃぁぁ!!うわぁぁぁ!』と、まるで誰かに襲われているかのような、聞いている方がドキッとするほどの大声で悲鳴をあげた途端、全員が全速力で逃げた。
最初はこのゲームを度胸試しのようなもので始めたのだが、結局やらされるのはノグチばかりで、彼が担当者のようなものである。

しかし、このように迷惑なことをしても、彼らは何事も無かったかのように、又『スピナッチ』に来店する。
性懲りもせずノコノコやってくる彼らも彼らなのだが、そんな彼らを店のマスター自身も黙認していたのだ。
『Tick's』の存在は、店でくつろいでいるお客には誠に不愉快な事この上なしの筈なのだが、当のお客達が楽しみにしていることを知った、この店のオーナーでもあるマスターは、逆に客寄せパンダとして『Tick's』を利用していたのである。

「一度なぁ、ナガノがふざけて階段を降りていたときに、足を踏み外して、階段を転がり落ちながら入店したことがあったんだわ。背中を強く打ってなぁ、本人は呼吸困難になっているのによぉ、受け狙いかと勘違いされて店じゅう大笑いになって拍手されたこともあったなぁ。ヤノはヤノで、『クアーズ』っていうアメリカのビールを『クールス』だとばっかり思っていたし…。」

マスターは『Tick's』ファンの客に、彼等が店で起こしたエピソードを自慢げに話すほどだった。
しかし、そんなマスターも、

「あいつら挙句にゴミ収集用のでっかいポリバケツを階段から転がし落としてきた事があってなぁ、満卓に近い店内を騒然とさせた時があったんだわ。そん時はさすがに『それだけはしてくれるな。』って、忠告したべさぁ。」

という経験もしている。

『スピナッチ』のエントランスでノグチが顔から火を出しながら叫んでいると、店の前にペパーミントグリーンのワーゲンビートルが横付けしてきた。

「あっ!マサト君のワーゲンだ!」

エントランスのドアを開けて叫んでいるノグチを独りだけ残し全速力で逃げたはずのメンバーが、10メートルも行かない場所で立ち止まったまま横付けされたワーゲンを見つめた。

この夜は『R2』に8人が乗りこんで来た為に帰りはどうするかを考えていたところ、マサトが絶好のタイミングで登場したことで皆が沸いたのだが、ワーゲンのドアが開き、むっくりと出てきたのは、メンバー達が全く見たことの無い顔の男だった。

「あんな色のビートルって、他の奴も乗ってるんだなぁ…。」

トールがそう言うと、

「あれ?」

目を凝らして、その男をもう一度よく見てみたショーネンが、

「マサト君!どーしたんですぅー?!」

驚きながら走り寄って行った。
暗がりでボンヤリとしか映らなかった顔をよく見ると、そこにいたのは知らない男ではなく、顔面をボコボコに腫らしたマサトだったのである。
両マブタが腫れに腫れて、本来パッチリとした瞳が一本線と化している。
タラコのように肥大しアヒルのようにパクパク動く唇から、いつものマサト声が出てきた。

「いやぁ、ついに罠にハマったんだわ…。」

前日、仕事を終えたマサトが『セブンセブン』に顔を出してみたが誰も居らず、しかたなくビールを飲みながらマスターの『バックギャモン』相手をしていると、そこへ3人組の女性客が入ってきた。

「あ、どーもおかえりー。」

マスターがそう言って、

「さっき一度顔だして、サッサと出てったんだわ。多分、客で誰かを探していたんだろうなぁ…。」

そうマサトに伝えると、マサトは彼女たちを見るやいなや目の色を変えて、

「あー、こんちわー!なしたのさぁー?3人でぇー。」

即効で声を掛けた。
すると、

「えー!マブイわぁ!オニイサァン!なんで一人でいるのぉー?えー、チョットォ!マブイんでしょー!」

『3人のなかのひとり』が物凄く感激しながらマサトを見つめている。
まるで漫画に出てくる、キラキラとした瞳をしているかのようである。

「あれ?俺、アンタどっかで見たことあんなぁ…、あのさぁ、あれ、あのディスコ、う〜んとあそこ、『カルチェラタン』なんて行っことない?」

適当だった。

マサトは気に入った相手には必ず『どこかで見たことがある。』と言う。

「えー、行ったことないよぉ!だけど、どぉーでもいぃっしょぉ〜そんなことぉ〜、このオニイサン、タイプゥ〜私ぃ〜!」

『3人のなかのひとり』は、もはやマサトにメロメロサインをいいだけ思い切り存分に発射している。

「いやいやぁ〜まいったなぁ〜、んじゃ、行くかいー?シッポリとぉ!」

さすがの百戦錬磨マサトでも、彼女は御目にかなったらしい。
瞬間で誘ったが、この日は彼女の連れが一緒にいた都合上、翌日に待ち合わせの約束となった。

「明日、7時半に中島公園駅の前で…いい?」

彼女からの誘いに、

「忘れんなよぉ〜!絶対いくからな!」

マサトはそう答えると、格好良く『セブンセブン』を後にした…。

…そして、

「ん?なんだオメェらぁ?」

翌日午後7時半、マサトが時間通り『中島公園前駅』に着き、先に来ていた『昨夜の彼女』に走り寄っていった途端に、パンチパーマの暴走族数人に囲まれてしまったのだ。
取り囲んだ男たちにマサトがそう言うと、連れていた『昨夜の彼女』が、サッとその男達側にまわった。

「んー?なんだぁ?もしかして、ヤックイことになっかぁ〜?俺はぁっ…」

その瞬間、マサトの『弁慶の泣き所』に木刀が炸裂し、その余りの痛さに飛び上がって倒れた。
丸くなって痛がっているマサトの顔面に今度は蹴りがまともに入ると、一瞬にして鼻血が噴出し、慌てて両手で鼻を押さえたが、その両腕を二人に抱きかかえ上げられると、ミゾオチにパンチが入り、余りの苦しさに前のめりになったまま、止めてあった車の後部座席に投げ入れられた。

さらわれたのである。

「何やらヤックイことになっちゃったようだなぁ〜、包茎くぅん〜!」

運転役の男がそう言いながら背中で薄ら笑っている。

10分ほど経った後。

「うらぁっ!うらぁっ!」

いったい何処なのか分からない場所で車が止まり、マサトは引きずり降ろされると、オモチャのように数人の男たちに遊ばれていた。

「顔の上でオマエらの好きな『ツイスト』踊ってやっかぁ〜?おらおらぁ〜!」

もうマサトは反応しなくなっていた。やられるがままである。

「オマエ半殺しにして、コンクリ詰めて石狩湾に沈めちゃっからよぉ〜!」
「タモツさん、一回やったんすよねぇー!それぇ〜!」

激しい痛みを通過して、もはや何も感じなくなってはいたが、なんやら物騒な会話はかろうじて把握できたマサトは、

「…もうやめてくれ…。いてぇよ…。」

虫の声でそう言いながら、

『…こいつ、ほんとにオレをぶっ殺して沈めるってかぁ〜?オレは絶対に死なねぇぞ、死んでたまっかよぉ…。これからもっとカッコイイ素敵な未来の人生が、俺を待ってるんだからよ…。』

マサトがそう思った直後、頚椎けいついに蹴りが入って気を失った。

以前、大浜海水浴場に捨てられたノリコが女友達に泣いて話したところ、怒ったその女友達が本人自らマサトを誘き寄せ、待ち伏せしていたその女友達の彼氏と仲間の暴走族逹から『袋』にされたのである。前日の『セブンセブン』からすべて計画されていた罠であった。
当のノリコは、怖気づいて現場には姿を現していない。

気がつくと、マサトは『大浜海水浴場』に捨てられていた。
見るも無残な姿でバスを待ち、見るも無残な姿で地下鉄に乗って『中島公園前駅』まで来てみると、挙句にマサトの車は駐車違反で既にレッカー移動までされていた…『泣きっ面にハチ』である。

「どうする?マサト君、そいつらの顔、覚えてるかい?なんだったら顔を覚えている奴らだけでも、居場所を調べて一人ずつ襲撃するかい?」

集団から暴行を受けた報復として、そこに加わった人間一人ずつ、後から集団で待ち伏せをして敵討ちをするのが、不良世界の一般常識である。トールがそう提案をしてみたが、

「んー、いや、俺が一人でジワジワやるわ。あの連中の中で、見たことある奴が2人いたから。もし皆で襲った挙げ句に戦争になったらヤックイっしょ。そんなことより、しばらく気が付かなかったんだけどよぉ、車に乗ろうとしたら『こりゃ肋骨ヒビ入ってんなぁ、苦しいべや』って思ってよぉ、目は目で、まぶたがこんなんなって前が良く見えないし、でもって『だれか運転してくんないかなぁ?』って寄ってみたんだわ。」

マサトは自分の状態を、まるで解説者のような口調でひょうひょうと説明している。

「…っつてもなぁ、まだみんな免許もってないっしょやぁ…。」

トールが答えると

「俺、運転するわ。パクッた車で何回も運転してるし、この時間は車あんまり走ってないから大丈夫っしょや。」

名乗りを上げたのはタイショーだった。
普段は目立たないが、こういう時になると『ジャンヌ ダルク』のように彼は登場する。

「大丈夫かよぉ…酒飲んじゃってるし、無免許だし、マサト君はこんなツラだし、マッポにとっ捕まったら相当しんどい事になるべさぁ。」

心配しているトールにタイショーが言った。

「なんのための仲間さ?こういう時に助けないで、いつ仲間を助けるんだい?俺も助けてもらってるから恩返しだべさ。」

「マサト君、タイショーを助けたことあんのかい?」

トールがマサトに聞いたが「知らん。」と首を振っている。

「ほれっ、乗りなって。いくよ〜。」

マサトと帰宅方向が一緒のトールとショーネンが、恐る恐るワーゲンに乗り込んだ。

「マサト君、病院行かなくていいのかい?19丁目の救急病院だったらやってるんでないかなぁ…。熱でてると思うから寄ってみるかい?」

そう言いながら、タイショーはクラッチを踏み、ギアを入れ、アクセルを踏んだ。

「ブルルルルルゥ〜ブォ〜ッ!…ガクッ!」

いきなり物凄い轟音が、静まりかえった早朝に近い深夜のススキノに響きわたったかと思うと、その直後、急に「ガクッ」と、まるで臨終で息絶えるかのごとく、ワーゲンはモノの見事にエンストした。

「いやいやぁ、このブーツの底が厚くてよぉ、足の裏の感覚がないんだわ、カンカクが。」

ついさっき、かっこよくセリフをキメたタイショーとはギャップの差が大きすぎて、笑う余裕すら皆もっていない。
頭をかきながら真っ赤な顔をして言い訳しているタイショーを、真っ青になった同乗者3人が車の中で固まって見つめている。

「病院は行かなくていいよ、そのまま俺んち帰ってくんないかい?みんな泊まればいいっしょ。あぁ、口ん中がアチコチ切れててイテェイテェ。」

今はなるべく最短コースで直帰した方が、病院へ行くよりも遥かに自分の体には良い気がしてきたマサトがそう答えた。

「たすけてぇ〜っ!たすけてぇ〜っ!」

後ろに座ったショーネンが窓をドンドンと両手で叩きながら、泣きそうな顔で叫んでいる。
そのショーネンの叫び声は車内で大きく響くだけで、締め切った窓にさえぎられ、外にはほとんど聞こえてこない。
その残酷な光景が、外で見守る5人の目に、尚いっそう悲劇的に映った。
しかし一方のタイショーは真剣そのもので真っ直ぐ前しか見ておらず、周りの状況を全く把握していない。
5人は満天の星空を見上げ両手を合わせながら、自分がショーネンのような目に遭わなかったことを神様に感謝したあと、この悲劇的な光景を引き続き固唾を飲んで見守った。

「あっ、ギアがサードに入ってた、これじゃ進まないわなぁ。」

いちいち言い訳がましく状況を説明しながら、今度は間違えなくローギアに入れたタイショーが、外にいるナガノの指示を受けながら、再び恐る恐るアクセルを踏み、クラッチペダルをこれまた再び恐る恐る上げていくと、

「ブロロロロォ〜」

ユックリとペパーミントグリーンワーゲンが動きはじめた。

「おぉ〜、進んだぞ!進んだ!」

ノグチが丸い目を更に丸くして、隣りで何のリアクションもないまま眺めているサカガミを抱きしめ感激している。
次第に調子が出てきたのか、タイショーの運転もスムーズになったようで、息を止めて見守っていた竜二とヤマが我に帰ると「がんばれよーっ!死ぬなよーっ!」と手を大きく振りながら見送った。

進んでいくワーゲンのリアウインドウに、相変わらず泣きそうな顔で後ろを向き、こちらを見つめ、両手でウインドウを叩きながら何かを叫んでいるショーネンの姿が小さくなっていく。

「なにか、連れ去られていく丁稚奉公の親になった気分だなぁ。」

一段落して竜二がタバコに火をつけながらそう言うと、続いてノグチが言った。

「赤い靴ぅ〜はぁ〜いてたぁ〜おぉんんなぁのぉこぉ〜って歌あったなぁ、ショーネンも『異人さんに連れられて行っちゃった。』っつー感じだな。」

「えっ?あれって、『ヒィ爺さんに連れられて』でないの?」

ナガノがユックリと答えた。

「あれ?どっちだぁ?」

「『ヒィ爺さん』がなんで登場するんだよ、『異人さん』だべさ。」

「それをいったら『異人さん』だって突然登場して変でないのかい?」

この瞬間から、見送った5人の頭の中は、もはやショーネンら4人の存在が微塵も無くなっている。
あれだけ同情していたのにも関わらず、今は「はたして正解は『異人さん』なのか?『ヒィ爺さん』なのか?」という問題の方が、仲間の生死をかけたドライブ以上に5人にとって重要な問題となっていた。

先ほどまでの、『半殺し寸前』の目にあったマサトの姿や無免許にも関わらず運転を買って出たタイショー、そして、彼を信用し危険を承知で命を預け同乗したトールとショーネンらの感動的な出来事は一切無かったかのように、「どっちだったか、帰ったら個人個人で調べてみようー。」という、誠に爽やかな結論となって、竜二を除く4人が何事も無く『R2』に乗り込むと帰路についた。

「恩返しって、俺、タイショーに何かしたっけ?」

一方、その後は順調な運転のタイショーに、顔面がグローブのようになったマサトが、腫れた唇のためにハッキリとしない言葉で問いかけた。

「ヤノだよヤノ。2回恩があるんだわ。ひとつは『ダーティエンジェルス』とモメそうになった時、手打ちにしてくれてよぉ。もうひとつは『Tick's』に誘ってくれた時。『仲間になってくれ。』って言われて、『仲間』って言葉を久しぶりに聞いたんだわ。ジーンときたねぇ〜あの時は。しかも血を交わすまでするとはねぇ…。野球チームって感じじゃぁねぇなぁ…俺が前にいた『スリップス』とはゼンゼン違うんだよなぁ…気取りのない『家族』みてぇな…本当は、ヤノに会わせてくれたトールがキッカケだからトールにも恩があるんだけど、それ以上にトールは俺に恩があるもんなぁ、なぁ、トールゥ!」

バックミラー越しにトールを見てタイショーがそう言うと、後ろ座席のトールとショーネンは、よほど緊張の糸がほぐれたのか、子供のようにグッスリ眠り込んでいる。

北海道民であれば誰でも知っている、代々続く大会社の社長御曹司でありながら、自分の生き方を貫き通して家を飛び出し、親族から勘当同然でひとり生きてきたタイショーが、ヤノのたった一言に胸を打たれ、今まで時間を共にしてきたグループをも捨てて『Tick's』に賛同し、そして余計な口出しもせずにただ黙々と『仲間』のために身を挺していた。

『Tick's』の中でも人一倍個性が強く、決して自分のスタイルを変えないタイショーは、実は、人一倍、実の家族以上に『Tick's』を愛し、自身の本当の家族のように思っていたのである。

そんな時、最後までひとり残った竜二は、『スピナッチ』から出てきたユリエと一緒に、いつもの『ダンキンドーナツ』でコーヒーを飲みながら今日の出来事を熱弁していた。

「…ところでよぉ、なぁユリ、本当は『ヒイ爺さん』なの?それとも『異人さん』なの?」












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