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世界を跨ぐ力学の判例・織田信長 作者:青山曜三
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桶狭間の戦いーバーナムの森説について 本論 後編 「結」

残すは「結」のみである。

この項も『信長公記』を基に述べることにする。

今川軍が奇襲を食ったときの様子を『信長公記』は「黒煙立て懸かるを見て、水をまくる如く、後ろへくはつと崩れたり」と記している。

この文はあくまでも比喩であって、実際は屠殺場のような惨状だったとおもう。

というのは、まず第一に田楽狭間が山間部の窪地の多い場所に広がる田園地帯だった点である。この手の地に豪雨が降ればたいへんな状況(足場)になるのは必至である。

次に織田軍の鎗が長かった点が挙げられる。足場が悪ければ長い鎗を持つ方が有利である。

最後に奇襲部隊の主力が馬廻りの若武者わかものたちだった点が重要である。当然、本番を想定した特訓を積んだにちがいない。

以上の点を踏まえると、長い鎗で一方的に討たれる今川軍の惨状すがたが浮かんでくる。事実、『信長公記』はそのときの様子を次のように記している。

弓、鎗、鉄砲、のぼり、さし物等を乱すに異ならず、今川義元の塗輿も捨て、くずれ逃れたり

足場が悪いのは織田軍も同じであり、兵力は今川軍が勝っていた。

この状況で圧勝したのであれば、勝因は「不意討ち+武器の差(長い鎗)+特訓+黒煙=相乗効果」とみるのが自然である。

ではこの後の展開はどうなっているのだろうか。以下がこの後のくだりである。

旗本は是れなり、是れへ懸かれと御下知あり。羊の刻、東へ向かってかゝり給ふ

このくだりのなかで注目すべき点は「羊の刻」である。この句に着目すると、羊の刻を機に攻撃目標を変えていることから、羊の刻以前の戦闘と以後の戦闘の二度の戦闘があったことがわかる。前者が奇襲を食った連中との戦闘、後者が本陣との戦闘とみて間違いないだろう。

では前者は何ものだったのだろうか。この点が不明瞭なのが現状である。

この問題では桶狭間古戦場保存会所蔵の「桶狭間の戦い 布陣図」が参考になるので取り上げることにする。

今川軍桶狭間方面本隊の軍隊区分(陣立)

本隊右翼 300
本陣   1500
本隊左翼 300
本隊後衛 300
『地元の古老が語る 桶狭間合戦始末記』より引用 梶野渡著


はじめに方位の確認からすると、先のくだりの最後に「東へ向かってかゝり給ふ」と記している。「東に向かった」ということは奇襲を食った連中と奇襲部隊は本陣の西に居たのである。

ここで以上の表を見ると、本隊右翼と本隊左翼が本陣の両翼(東西)に控えていたことがわかる。だとすると、このいずれかだったにちがいない。ではどちらが西に居たのだろうか。

答えは桶狭間古戦場保存会所蔵の布陣図を見れば自明である。その布陣図を見ると本隊右翼の陣地は生山と接している。奇襲部隊(待ち伏せ部隊)が隠れていたのも生山であった。つまり本隊右翼は奇襲部隊の目の前に居たのである。

この図は『松平記』の「山の上よりも百余人程突て下り」という記事とも一致する。さらに生山から移動したという史料しょうこもないのが実情である。よって、本隊右翼とみるのが自然である。

さて、ここで看過できないのが、本隊右翼が「布陣(油断)していたか」という問題である。無防備の状態で奇襲を食うのと布陣した状態で食うのとでは事情が違ってくる。ではどちらが正しいのだろうか。まずは以下のくだりに注目してほしい。

黒煙立て懸かるを見て、水をまくる如く、後ろへくはつと崩れたり。弓、鎗、鉄砲、のぼり、さし物等を乱すに異ならず、今川義元の塗輿も捨て、くずれ逃れたり。

このくだりを読むと崩れる事態が二度起きていたようにとれる。奇襲を食ったときと逃げ去ったときの二度である。

ということは奇襲を食って慌てて逃げたのではなく戦ってから逃げたという解釈が成り立つことになる。「不意を突かれて陣が崩れた、それでも怯まずに戦ったが結局崩れて逃げ去った」という解釈である。

因みに「崩れる」には「バラバラになる」の意味もあるが、この意味でも解釈は同じである。奇襲を食って兵がバラバラになった。それでもなんとか戦ったが結局バラバラになって逃げ去った。

むろん一度の解釈も可能である。一度だと「奇襲を食って陣が崩れた。この影響でパニックとなり、そのまま一挙に逃げ去った」という敵前逃亡的な解釈になる。

では、つまるところ、何が正しいのだろうか。この問題に答えるのが次のくだりである。

敵は、初めは三百騎ばかりが丸くなって、義元を囲んで退いていたが、二、三度、四度、五度と引き返し、打ち合い切り合ううちに、次第次第に人数が減り、ついには五十騎ほどになった。『信長公記』太田牛一著 中川太古訳 新人物往来社

このくだりは「東へ向かってかゝり給ふ」の直後のくだりである。

冒頭の「敵は、初めは三百騎ばかりが丸くなって、義元を囲んで退いていたが」という節は義元を中心に円陣を組んで退いていたことを意味している。逃げるためでなかったことは、(義元が)討たれたとき甲冑を着ていたこと、何度も引き返していることから明らかである。

次の「二、三度、四度、五度と引き返し」という節は迎撃部隊を幾列にも組んで波状攻撃をかけたことを意味している。「引き返し」を「反撃」と理解しないと次の「打ち合い切り合ううちに」という節との辻褄が合わないからである。

本陣の兵力は「騎兵約300+歩兵約1200」の約1500である(先の表を参照)。これだけの兵を織田軍が現れるまでに以上のような態勢に整えるには時間の余裕が必須である。

この時間は本隊右翼が戦うと長くなり敵前逃亡すると短くなるのが道理である。同様に軍は臨戦態勢を整えていないと戦えないのがこれまた道理である。

よって、「布陣していた(油断していなかった)」ことがわかるのである。

ここでこれまでの流れを整理すると次のようになる。

生山で待ち伏せ部隊と合流した信長はすぐに部隊を率いて田楽狭間へ向かった。
時間は午の刻であった。
辺りは薄暗くなっており、小雨が降りはじめていた。
武路ヶ谷(山際)にたどり着いたとき、本降りとなり、激しい暴風雨になった。
このため武路ヶ谷で足止めを食うはめとなってしまった。

信長はなぜか暴風雨が止んでも待機していた。
この間今川軍の様子を伺っていた。
前方には本隊右翼が兜の緒を締めて布陣していた。
尚、本陣の位置をつかんでいたかは不明である。

晴れの確認後、信長は攻撃命令を下した。
『松平記』はそのときの様子を「山の上よりも百余人程突て下り」と記している。
この奇襲を食って本隊右翼は「水をまくる如く、後ろへくはつと崩れたり」という格好で陣を崩してしまった。

幸い奇襲部隊の兵力かずは本隊右翼の3分の1程度に過ぎず(300対100)、足場の悪影響で機動力も落ちていたことから総崩れにならずに済んだ。 

そこでなんとか反撃に出たものの、織田軍の長い鎗に太刀打ちできず、また味方が次々に討たれる惨状を目の当たりにしてパニックとなり、結局「弓、鎗、鉄砲、のぼり、さし物等を乱すに異ならず、今川義元の塗輿も捨て、くずれ逃れたり」(信長公記)という格好で潰走する羽目となってしまった。

当然のことながら信長は勝つだけでなく一掃を目指していた。
そうしないと本陣の本隊と激戦になったときこの部隊の残兵と本陣の兵とに挟み撃ちにされるおそれがある。

織田軍は一掃に成功した。
『信長公記』はそのときの今川軍の様子を「弓、鎗、鉄砲、のぼり、さし物等を乱すに異ならず、今川義元の塗輿も捨て、くずれ逃れたり」と記している。

後顧の憂いを絶った信長はすぐに旗本(本陣)を攻めるよう下知した(東に向かう)。
この時間帯が羊の刻である。
だが暴風雨の影響で予定より遅くなっていた。
このため奇襲の報(詳細)が義元に漏れたことは確実である。

織田軍が現れたとき本陣の本隊は義元を中心に円陣を組んで退いている最中で、迎撃態勢も整っていなかった。

『信長公記』はそのときの様子を「初めは三百騎ばかりが丸くなって、義元を囲んで退いていた」と記している。

このため義元は時間を稼ぐ火急の対応に迫られていた。対応策は本陣の兵から精鋭部隊を作って凌ぐことしか考えられないことからこの手を使ったとみられる。

戦場は両軍入り乱れる凄まじい白兵戦の舞台と化していた。

そこに隊形を整えた多勢の迎撃部隊が奇襲部隊に向かって「二、三度、四度、五度と引き返して」来たのである。

以上がここまでの流れである。

さて、ここからが本題となる。
長かったこの話もこれで打ち止めである。戦況は一進一退の様相を弄している。この状況で、信長は如何にして義元を討ち取ったのだろうか。運命の幕を上げる女神の審判の手は次の核心的な問いである。

なぜ義元は逃げなかったのだろうか。

当然、勝てると思ったからである。

というのは本陣の約1500の兵力に対し奇襲部隊の兵力は15分の1の100程度に過ぎないのである。さらに織田軍はすでに本隊右翼と一戦まじえている。傷つき、疲れているにちがいない。この手負いの敵を15倍の無傷の兵でたたけるのである。どこにおそれる理由があるのだろうか。

私には
「おのれ信長、こしゃくな真似をしおって。
その不埒な了見、へし折ってくれるわ」
と意気込む義元のすがたが目に見えるようである。

ところが幕が上がってみると思わぬ展開となっていた。300騎だった騎兵が次々に討たれて50騎ほどになっていたのである。

『信長公記』はそのときの状況を「打ち合い切り合ううちに、次第次第に人数が減り、ついには五十騎ほどになった」と記している。

当然、義元は動揺したにちがいない。

が、女神は義元を見捨てたわけではなかったのである。この後に「ここで、信長のお馬廻り・お小姓衆の歴々、負傷・討ち死に者、数も知れない」という救いの手を差し伸べているからである。

では、この間に何があったのだろうか。この問題はこれまでの流れをつかんでいれば容易である。つまり奇襲部隊の疲労がピークに達したのである。

当然ではなかろうか。奇襲部隊はここまでずっと同じメンバーで多勢の敵と死闘を積んでいるのである。しかも、足場が悪い状況で、長い(重い)鎗を持っての死闘である。この作業を長時間続ければいずれこの事態に陥るのは必至である。この問題を取り上げているのが次の長いくだりである。

敵は、初めは三百騎ばかりが丸くなって、義元を囲んで退いていたが、二、三度、四度、五度と引き返し、打ち合い切り合ううちに、次第次第に人数が減り、ついには五十騎ほどになった。信長も馬を下り、若武者どもと先を争うように、突き伏せ、突き倒す。頭に血が上った若武者ども、乱れ掛かってしのぎを削り、つばを割り、火花を散らし、火焔を降らす。乱戦だが、敵味方の区別は、旗指し物の色で知れた。ここで、信長のお馬廻り・お小姓衆の歴々、負傷・討ち死に者、数も知れない。『信長公記』太田牛一著 中川太古訳 新人物往来社

このくだりの構成は「前段―織田軍優勢、中段―信長の参戦、後段―今川軍優勢」となっている。

さらに「若武者どもの頭に血が上った」という節と「乱戦」という句に着目すると、「前段―若武者どもの頭に血が上っていた(乱戦だった)、中段―若武者どもの頭に血が上っていなかった(乱戦でなかった)、後段―若武者どもの頭に血が上っていた(乱戦だった)」という構成になる。

当然のことながら中段で「若武者どもの頭に血が上った」のは頭に血が上っていなかったがゆえに上ったのである。が、前段の乱戦(激戦、死闘)で逆上しないことはあり得ないだろう。ここに矛盾が見られる。この矛盾を解くには前段と中段の間に若武者どもの「血の気が引く事態」が起きていたことに気付けば脈絡が繋がるのである。まずはこの点を押さえることが肝心である。

次に血の気が引いた原因を探ると、足場が悪い状況で連戦の無理をし、さらに一気に250騎も討ち取っていることから「疲労」が原因とみて間違いないだろう。

よって、「血の気が引いた=疲労がピークに達した」となることからこの事態に陥ったことがわかるのである。

補完すると、いつ陥ったかという問題は、前段の「ついに五十騎ほどになった」というところで一区切りし、この直後の信長の参戦を機に逆上していることから「五十騎ほどになった」ときにちがいない。

如何にして乗り切ったかという問題も中段に答えを明記していることから以下の全文を読めば明らかである。

信長も馬を下り、若武者どもと先を争うように、突き伏せ、突き倒す。頭に血が上った若武者ども、乱れ掛かってしのぎを削り、つばを割り、火花を散らし、火焔を降らす。乱戦だが、敵味方の区別は、旗指し物の色で知れた。

よって、自身(信長)の参戦と旗指し物の色の手で乗り切ったのである。

とはいっても、兵の疲労がピークに達している以上長引けば再びピンチに陥るのは必至である。

ここで話を義元に移すと、敵はなんといっても秀才の義元である。義元は信玄や氏康でさえ一目置く鬼才でもある。百戦錬磨の義元がこの機を逃すとは考えられない。事実250騎も討たれながら逃げずに戦況を見守る余裕を見せている。織田軍の体力に目をつけていたからではなかろうか。

つまり織田軍の体力が尽き次第総攻撃をかける気でいたことがこの余裕から窺えるのである。

が、同時にこの余裕が義元の命取りになったのである。二度目の乱戦中に討たれているからである。

では、この間に何が起きたのだろうか。まずは以下のくだりに注目してほしい。

服部安春は義元に打ちかかり、膝口を切られて倒れ伏す。毛利良勝は、義元を切り伏して首を取った。『信長公記』

情報はたったこれだけである。が、これだけで十分ではなかろうか。

というのはこのくだりの登場人物は、義元、服部安春、毛利良勝の三人である。場所は本陣内とみて間違いないだろう。義元は将軍家一門の大大名である。その義元が独りでいたとは考えられない。護衛が本陣の内外を固めていたとみるのが自然である。

さらに敷衍すると、義元の死は奇襲部隊が本陣を制圧したことを意味している。そうでないと二人が無事でおれようはずがないからである。だとすると別働隊という見方が成り立つことになる。いわゆる本陣への突入部隊である。

この推理を推し進めると、「奇襲の奇襲策」という定義に至ることになる。最初の奇襲が本隊右翼への奇襲で、二度目の奇襲が本陣への奇襲という二重構造の奇襲策である。さらに二度目の奇襲では突入部隊を放っていることから奇襲部隊を連戦部隊と突入部隊に分けたことがわかる。

信長はこの前代未聞の奇襲策で打倒義元の「ゴルディアスの結び目」を断ち切ったのである。これが日本史上最大の「ジャイアントキリング」と成った所以である。

では如何にして成し遂げたのだろうか。
私の解釈は以下のとおりである。

はじめに起点から述べると、この問題の着眼点は義元を呆気なく討ち取っている点にある。

この点に着目すると、突入部隊が本陣に向かったのは二度目の乱戦のときで、最初の乱戦のときは体力の温存を図っていたという解釈が成り立つことになる。義元の呆気ない最期は突入部隊の若武者どもが「疲れていなかった」ことを物語っているからである。

だとすると、圧倒的に有利なときに突入を命じたのではなく圧倒的に不利なときに(突入を)命じたことになる。この判断は明らかに異常ではなかろうか。

が、一見異常としか思えないこの決断こそが二度目の奇襲を行なった動かぬ証拠なのである。「敵の意表を突く」という奇襲の極意に則ってこの危うい決断を下しているからである。

この問題はサッカーで例えると分かりやすいとおもう。

というのは本陣の状況をサッカーで例えると、義元がゴール、本隊をディフェンダーに例えることができる。

ここで改めて両軍の兵力を確認すると、本陣(今川軍)の兵力が約1500、織田軍(奇襲部隊)の兵力が約100である。この約1500の兵が円陣を組んで義元を護り、迎撃態勢を整えていたのが奇襲部隊が義元の前に現れたときの状況であった。サッカーで例えるとゴール(義元)の前にディフェンダー(本陣の兵)がひしめいているという状況だったのである。

この状況で突入を命じても意味がないだろう。返り討ちに遭うか逃すのがオチである。ならばまずは本陣から兵を引き離すことが先決となる。ディフェンダーを減らせばゴールし易くなるのと同じ理屈である。そこでディフェンスを甘くするために連戦部隊を先に送って兵の引き離しを図ったのである。

結果、ディフェンダーが6分の1(300÷50=6)に減ったというのだから見違えるほど甘くなったことは確実である。

この間義元は不利な戦況を余裕をもって見守っていた。猛攻をかけることで一気に織田軍の体力を奪い、ばて次第総攻撃をかける気でいたからである。そして50騎ほどになったときついにそのときが訪れたのである。

当然、義元は勝利を確信したにちがいない。

が、このとき思わぬ珍事が起きたのである。あろうことか、信長が単騎か数騎で戦場に乗り込んできたのである。

ここで話を信長に移すと、信長にすればせっかくディフェンスが甘くなっても乱戦が止んでしまっては意味がないのである。これでは突入部隊が義元に近づけなくなってしまう。そこで再び乱戦を起こすために自ら戦場に乗り込んで連戦部隊に檄を飛ばしたのである。そのときの状況を謳ったのが次のくだりである。

信長も馬を下り、若武者どもと先を争うように、突き伏せ、突き倒す。頭に血が上った若武者ども、乱れ掛かってしのぎを削り、つばを割り、火花を散らし、火焔を降らす。乱戦だが、敵味方の区別は、旗指し物の色で知れた。

このくだりは感動的である。「乱れ掛かって」という描写から逆上の虜になって遮二無二敵に挑む連戦部隊の勇姿すがたが浮かんでくる。「鎬を削り、鍔を割り、火花を散らし、火焔を降らす」という以上なかには頼みの長い(重い)鎗を捨てて太刀で戦うものもいたにちがいない。

特筆すべきは信長の剣幕である。「若武者どもと先を争うように」という節から若武者どもを押し退けるかのような凄まじい闘志が伝わってくる。この闘志が奮起の起爆剤(劇薬)となったことはこれを機に逆上していることから明らかである。啓示となったからではなかろうか。

が、檄を飛ばすだけでは長期化した際の解決にはならないだろう。疲労がピークに達している以上兵がばてるのは時間の問題である。だとすると、他にも要因があるにちがいない。

答えは二度目の奇襲のコンセプトに求めるのが筋である。つまりかれらは信長が戦場に現れたのを見て突入部隊が狼煙を上げたことを悟ったのである。「信長の参戦=突入部隊に突撃を命じた合図」と理解しないと連戦部隊が善戦する使命の見当がつからないからである。

先の見通しがついたことは大きかったにちがいない。ここで奮起すればあの義元の首を上げられるかも知れないのである。状況的にも、討たれるか、奮起するか、の二者択一の状況である。それでかれらは迷うことなく後者の可能性に賭けたのである。

おそらくこれが、女神が織田軍にほほ笑んだ理由である。

さて信長の成功は同時に義元のミスを意味している。結果的にそのミスが義元の首を絞めたのである。が、この謎も義元の身になって考えれば容易である。

というのは義元にとって信長は積年の宿敵であった。両家の長い確執の歴史をおもえば無念の思いは重かったにちがいない。その信長があろうことかこれから総攻撃をかける戦場に単騎か数騎で飛び込んできたのである。「飛んで火にいる夏の虫」とはまさにこのようなことを言うのではなかろうか。

実際織田軍は奮起したとはいえばてるのは時間の問題なのである。そのとき総攻撃をかければ信長もろとも血祭りに上げられるにちがいない。もはや義元に躊躇する理由はどこにもないのである。それでまだ織田軍の体力が尽きていないのに逸って全軍に総攻撃の命を下してしまったのである。

結果、本陣は戦場で竜馬が暗殺された近江屋のような孤立した状況となってしまった。なにも知らずにディフェンスをガラガラにする墓穴を掘ってしまったのである。

この間突入部隊は乱戦に紛れて義元に迫っていた。

ある逸話によると、このとき義元は本陣の外で兵士たちが喧嘩していると勘違いしたという。この話は竜馬が討たれる直前襖の外で下僕が刺客に襲われているのをふざけていると勘違いした話と似ている。

ここで見落とせないのが織田軍の規律と連携が機能していた点である。合戦図を見ると、全戦が約1.5㎞圏内で行われていたことが分かる。この距離だと敵の大軍を分散させるだけでなく本陣への動きを阻止しないと万全とは言えないだろう。兵力が対等でないことを忘れてはならないのである。

この状況で、信長は善照寺砦に約1000の兵を残している。この兵力かずは織田軍の三分の一に当たる大軍である。意味もなくこんなまねをするはずがないだろう。当然、理由わけがあるにちがいない。ではこの措置は何を意味しているのだろうか。

時間の無駄を省くために結論から述べると、激戦に持ち込むことで敵の動きを封じ、全軍の機能を有機的にリンクさせる(円滑に運ぶ)ためにこの措置を取った(この大軍が必要だった)のである。そうすれば本陣を孤立させる万全な態勢がとれるからである。

私の持論は以下のとおりである。

単純な佐々隊の件から述べると、指揮官の千秋季忠と佐々政次の戦死は激戦だった証である。碩学の梶野渡氏によると「300(佐々隊)対2000(今川軍の前衛部隊)」の戦いだったという(地元の古老が語る桶狭間合戦始末記)。これでは勝ち目がないことは明らかである。

にもかかわらず、持ちこたえている。このことは戦火が善照寺砦に飛び火していないことから推断できる。だとすると、援軍が来たとしか考えられないだろう。ではどこから来たのだろうか。当然善照寺砦から来たのである。陣立表と合戦図を見ると善照寺砦以外に送れる兵が存在しないからである。よって、先の措置が必要だったのである

この点に気付くと利家ら(佐々隊)が敵の首を持って中島砦に来た理由も読めるのではなかろうか。首を証拠にちゃんと機能している(持ちこたえている)ことを知らせに来たにちがいない。

進めると、この後に信長は残りのすべての兵(約2000)を率いて中島砦に移動している。つまり残りの全兵力を中島砦に投じたのである。理由は以下のとおりである。

理由の一つは正面攻撃をかけるためである。この攻撃が囮であることは待ち伏せ部隊(奇襲部隊)で義元を討ち取っていることから明らかである。ならば大々的に仕掛けないと意味がないだろう。ところが中島砦の兵力は約100である。これでは話にならない、ゆえに大軍が必要だったのである。

二つ目の理由は服部船団の来襲に備えるためである。服部船団は黒末川河口に上陸している。このことから中島砦が標的だったことが分かる(黒末川は中島砦と接している)。『信長公記』によると、1000艘の船団で現れたという。この艘数かずは「大部隊」だったことを表している。大々的な正面攻撃を仕掛け尚且つ服部船団を迎え撃つとなれば大軍が必須である。ゆえに残りの全兵力(約2000)を中島砦に回さねばならなかったのである。

が、これだけではまだ万全とは言えないだろう。中島砦の部隊も佐々隊同様援軍を必要とする事態になるかも知れない。また本陣(善照寺砦)の死守は戦の鉄則である。当然、この点も考慮したにちがいない。

ここで足止めの件にふれると、この件は「敵が掛かってきたら引け。敵が退いたら追うのだ。何としても敵を練り倒し、追い崩す」(現代語訳/『信長公記』/中川太古訳)というくだりが論拠である。信長はこのくだりの中で「追う」という語を二度も使っている。言うまでもなく「追う」の対義語は「逃げる」である。

この「攻められたら引き、退いたら追う」という策に嵌ると抜き差しならない事態に陥ることになる。さらに信長は「何としても敵を練り倒し、追い崩せ」とまで厳命している。ということは「絶対に逃すな」と命じているわけで、以上のことから「追う=足止め」という解釈が成り立つのである。

この点がわかれば、鉄砲を使った形跡がない謎も、正面攻撃奇襲説が誤りであることも自ずと解けるのではなかろうか。

まとめると、要するに「敵が掛かってきたら引き、退いたら追う」という戦法と長い鎗を駆使すれば約2300(中島砦2000+佐々隊300)の兵で敵の攻撃を凌げると判断したわけで、残りの全兵力(1000)を攻守の予備軍として本陣に残すことで全軍の機能を護り、全機能を有機的に働かせることで二度目の奇襲をかける舞台を整えたのである。

暴風雨の件はこの作戦が秀逸であった好例である。予備軍を作れば不測の事態が起きても対応が可能である。信長が暴風雨の猛威に動じなかったのはこのためで、義元はこの配慮を怠っていた。この深慮の差が土壇場で両者の明暗を分けたのである。

以上の推理は理に適っているのではなかろうか。合理と打算は信長の行動体系の要諦である。他に本陣に大軍を残す理由が見つからないのであれば否定する論拠がないことになる。

よって、以上の演繹から先の結論に至るのである。

因みに勝手な休戦は重大な軍律違反である。暴風雨も言い訳にはならないだろう。戦後だれも咎められていないようである。この沈黙はずっと戦っていたことを暗示している。よって、暴風雨中も戦っていたにちがいない。

ここで話を最後の場面に戻すと、護衛の人数かずが少なければ手分けして本陣に攻め込むことが可能である。突然敵が飛び込んでくれば本陣内は騒然となったにちがいない。

この状況で義元は太刀を抜いている。この一事はこの後にしばしの乱闘があったことを物語っている。旗本が戦わないかぎり抜く暇がないからである。

『信長公記』は義元の最期を次のように記している。

服部安春は義元に打ちかかり、膝口を切られて倒れ伏す。毛利良勝は、義元を切り伏して首を取った。

このくだりは義元が「軟弱な男」でなかった傍証あかしである。

が、不意を突かれたことが致命的であった。さらに逆上した若武者どもが次々に乗り込んできたとみるのが自然である。

義元の最期は『信長公記』が記すとおりの最期だったにちがいない。

以上が「結」の全容である。

最後に総括すると、要するに信長は「大天才」なのである。桶狭間の勝利は大天才の「仕事」である。その論拠となるのがこれまでに取り上げた以下の多くの着目点(疑問点)である。

・なぜ、大高城に先制攻撃をかけたのか
・なぜ、明朝、今川軍が前線基地の鷲津砦と丸根砦を攻めることを知りながら対処しなかったのか
・どうやってその情報を傍受したのか
・なぜ、無策の振りをしたのか
・なぜ、今川軍の攻撃が始まってから出陣したのか
・なぜ、数騎で駆け出したのか
・なぜ、法螺貝を吹かせたのか
・なぜ、熱田神宮に着くのに必要以上の長時間がかかっているのか
・その間、どこで、なにをしていたのか
・なぜ、熱田神宮に長く留まっていたのか
・なぜ、両砦の陥落を「黒い煙」で確認しているのか
・なぜ、丹下砦に寄ったのか
・なぜ、昼ごろ戦場に現れたのか
・なぜ、善勝寺砦に1000の兵を残したのか
・なぜ、300の兵力しか佐々隊に回さなかったのか
・なぜ、重臣らの制止を振り切って中島砦に向かったのか
・なぜ、残りの全兵力を中島砦に投じたのか
・なぜ、正面攻撃をかけたのか
・なぜ、利家ら(佐々隊)は信長の下に敵の首を持って戻ってきたのか
・なぜ、鉄砲を使った形跡がないのか
・なぜ、晴れるまで待機していたのか
・黒い煙の解釈に問題はないのか
・『松平記』の「山の上よりも百余人程突て下り」という節は何を意味しているのか
・「羊の刻」の前の句読点は何を意味しているのか
・なぜ、250騎も討ち取れたのか
・信長の参戦は何を意味しているのか
・なぜ、大損害を被ったにもかかわらず全滅しなかったのか
・織田兵はどうやって義元に近づいたのか
・なぜ、義元は呆気なく討ち取られているのか
・なぜ、義元の救援は蔑ろにされたのか

これだけ多くの不可解な点が累積しているにも関わらずまったく取り上げられていないのが現状である。「難しい」からではなかろうか。

というのは中国に「獅子は兎をうつのに全力をもってす」という古諺がある。義元がこの決意でいたことは、総力戦で臨んでいること、服部船団と連携して陸海から攻めようとしていたこと、真っ先に大高城に兵糧を入れていること、畳み掛けるように織田方の4つの砦のうちの2つの砦を攻め落としていること、残す中島砦には服部船団と正面攻撃部隊が戦った謎の部隊を送り、善照寺砦には前衛部隊の大軍を差し向けていることから分かる。

陣形も本陣の両翼に本隊右翼と本隊左翼を構え、後方にも本隊後裔を敷くという盤石な布陣で臨んでいる。総兵力は信長の数倍であり、暴風雨にしても機動力と指揮系統に支障が出るのは両軍とも事情は同じである。負担は義元の方が軽いにちがいない。

これが信長に突き付けられた「現実」であった。孤立無援の状況で「国の存亡をかけた戦」に自力で勝たねばならないのである。「日本海海戦」と連想すれば想像を絶するプレッシャーだったにちがいない。果たしてこの試練に耐えられる者が居るのだろうか。

にもかかわらず、見事に結果を出している。敵の侵攻を食い止めるだけでもたいへんな作業なのに鉄壁の布陣の中にこもる義元の首を上げているのである。

最大の勝因は狙い(戦略)を義元の首に絞った点にある。おそらく合戦いくさに勝つだけでは埒が明かないことを過去の対戦から学んでいたからにちがいない。

幸い義元の後継者は公家オタクの氏真である。氏真は戦国大名の嫡男でありながら戦歴も定かでない奇妙な人物で、政局や外交にも無関心な変人である。この氏真が跡を継げば今川家は骨抜きとなって独活うどの大国と化すにちがいない。要するに義元さえ始末すれば合戦いくさで多大な犠牲を払わずとも抜本的な解決が図れるのである。この大局的な戦略は信長の思考体系と一致している。

が、この話はあくまでも理想であって、夢想ある。義元の首を上げられるはずがないからである。当時の認識では義元の首は信玄の首並みかそれ以上の値打ちがあったにちがいない。戦で本陣にこもる信玄の首を落とせると思う者が居ただろうか。無理という認識は今も「史実にない」という事実に因って活きている。同じことが義元にも「言えた」のである。おそらく想像すらできなかったにちがいない。

ところが信長は違っていたのである。珍奇にも憑かれたようにこの着想に固執し、密かに情報収集に努め、冷徹にその資料を分析し、敵の戦力と自軍の戦力とを慎重に照合しながら推考を重ね、ついに、短時間のうちに「奇襲の奇襲策」という必勝の定理(奇策)を構築しているのである。「大天才」の地獄の宿命から微塵も「逃げなかった」からにちがいない。

定理とすれば話は容易である。

まずは義元を駿府から引きずり出さねば話にならない。そこで大高城に先制攻撃をかけ(後詰に来させ)、墓穴として選んだ田楽狭間に誘い込むよう謀ったのである。

このことは、義元が田楽狭間に入ったのが昼頃で、信長が戦場(桶狭間)に現れたのもこの時間帯であったことからわかる。ここに、桶狭間を決戦の地とし、白昼を決着の時とめていたことを示す因果関係が認められるからである。

この一環として、作戦を傍受しながら知らない振りをし、熱田神宮で時を計る(稼ぐ)という受け身のスタンスで義元に墓穴を掘らせるよう仕向けたのである。

極めつけが次の一手である。まずは次のくだりに注目してほしい。

信長が熱田を出るとき、乗馬の鞍の前輪と後輪とに両手をかけ、横向きに乗って、後輪へ寄りかかり、鼻唄まじりにゆったりとした態度であった。
それを見た熱田の人々は、「あのお方は、これから戦をしようとする人には見えない。鈍く愚かしい様子である。あれでは勝ちなさることはあるまい」と、そしり笑ったということである。 『山澄本桶狭間合戦記』

まさに「道三との会見」の再現である。このくだりはこのときも間者の便を逆手に取った油断策を使ったことを表している。

てきめんだったことは、義元の、

「義元の矛先には天魔・鬼神もかなうものか。よい心持ちだ」『信長公記』

という言動から明らかである。

予定通りに事が進んでいる最中にこの手に遭えばひとたまりもなかったにちがいない。この手で義元の警戒心を断ち切ったのである。

ここで重要になるのが次の構図である。

「道三との会見の際=長い鎗と大量の鉄砲」
「桶狭間の戦い(田楽狭間)=X」

当然のことながら道化を演じているだけでは意味がないのである。田楽狭間にはめても決め手の「X」抜きでは「討てない」からである。

事情は大統領(ケネディ、標的)をうまくデイリープラザの車道(墓穴)に誘い込んでも「優秀なスナイパー(X)」が居なければ暗殺できないのと同じである。

Xが奇襲部隊であることはもはや自明だとおもう。が、正面攻撃部隊でないことは奇襲を「命じていない」ことから明らかである。では信長が「山ぎわまで率いた軍勢」(信長公記)かというと、この見解も次の点を理由に疑問符を打たざるを得ない。

・敵に、中島砦の様子が見えていた 
・今川軍の本陣の兵と本隊右翼の兵を足すと約1800の兵力であった
・暴風雨の影響で機動力が落ちていた

この状況で大部隊を動かせるとは思えない。が、少部隊では1800の敵を蹴散らして本陣に切り込むのは無理である。だとすると「「山ぎわまで率いた軍勢」以外の「軍」が居たことを認めないと史実と合わない(義元を討ち取れない)ことになる。

問題は「100人(『松平記』参照)」という人数かずである。この人数かずをどう捉えるかによって意見が分かれるにちがいない。

因みに信長が率いた軍勢に「待ち伏せ部隊」を当てると先の構図が成り立つことになる。待ち伏せ部隊の措置は信長の思考体系とも一致する。

水掛け論は意味を成さないのが道理である・

よって、田楽狭間の構図は「田楽狭間=生山で隠れていた待ち伏せ部隊+信長が率いた軍勢による生山からの奇襲」となるというのが私の持論なのである。

以上が桶狭間の戦いの総括である。


これで五百年続いた信長の「呪縛」の魔力も失ったのである。


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