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人形のお母さん

 中古の家を買った。業者の怠慢か、それとも何らかの手違いがあったのかは知らないが、その家には、前の家主の物と思われる大量の家具調度の類があった。いつまで待っても引き取りに来る様子がないので、折角だと思って有難く使わせてもらっているのだが、その中に奇妙なものが一つだけあった。

 人形だ。

 ただの人形ならば、私も別に奇妙などとは思わない。その人形、姿形こそはいたって真っ当で、とても綺麗な女性の姿をしているのだが、何故だか、とても大きいのだ。それこそ人のサイズほどある。

 人の目に付く所に置くのも嫌だったし、物置の奥に仕舞うのもなんだか罪悪感を覚えたので、私はそれを普段はあまり使わない部屋の中に置いておいた。部屋はいつくか余っていたので、問題にならなかったのだ。

 ところがだ。何故か、娘がその人形を大変に気に入ってしまった。それで、その部屋から勝手に運び出して、遊ぶようになってしまった。主にままごとに使っているようなのだが、普通のそれと違うのは、自分が親役をやるのではなく、人形を母親に見立てている点だろうか。そう。娘は実の母親の私を差し置いて、その人形を「お母さん」と呼んでいたのだ。

 これは有り得ない。ままごとにおいて、人形は子共役をやると相場が決まっている。私だって、長い間、そうして来たのだ。

 注意しようかとも思ったが、気にし過ぎと考えて、放っておいた。しかし、娘の行動はそれからどんどんとエスカレートしていってしまったのだ。

 家の中で、その“人形のお母さん”を連れまわし、ご飯も食べようとしない。「お風呂に入ろう」と言うと、「この“お母さん”と一緒に入る」と駄々をこね、「人形はお風呂に入れません」と私が叱ると、

 「お母さんが人形なら、あたしだって人形でしょう? なら、あたしもお風呂には、入れない」

 と、そんな事を言う。

 流石に怖くなって、引きはがそうと思ったのだが、娘は頑として人形を手放さない。無理矢理にでも、と思ったが、一緒になって家の中を逃げ回る。これは手に負えないと、他の誰かを頼ろうかと考えたのだが、私の話をちゃんと聞いてくれる人は一人もいなかった。「そんな馬鹿な」と私を笑う。「そんなはずはないでしょう?」と、私を馬鹿にすらした。恐らくは、他愛のない親子喧嘩だとでも思っているのだろう。


 そんなある日に気が付いた。

 ずっと私は、娘が人形を連れ回しているのだとばかり思っていたのだが、どうも違うようなのだ。

 不自然に、人形が娘の前を歩いている事がある。娘が支えているようには、思えない。それどころか、娘の手を引いているように思える時すらも。

 まさか… と私は思う。この人形は、生きているのか?

 恐怖を覚えた私は、人形を壊してしまおうと考えた。ところが、その私の考えを、娘は敏感に察したようなのだ。“人形のお母さん”と一緒に誰も使ってない部屋の中に、籠城をして出て来なくなってしまった。

 「どうして、あなたは私の言う事が聞けないの?」

 籠城をしている娘に向けて、私はそう言った。私こそが、あなたの“お母さん”だというのに。

 ところが、それを聞くと娘は、叫び声で私に返すのだった。

 「いい加減にして!」

 怒っている。

 「これは、おままごとじゃないの! おままごとの中では、あなたはあたしのお母さんだったかもしれないけど、それはあなたの中の妄想!」

 それからゆっくりと、部屋のドアがキィと開いた。ドアの隙間からは、娘の顔が。可愛い布と、ビードロの瞳の娘の顔が。

 娘はまた言った。

 「だって、あたしは人形じゃない。だから、食べ物も食べられない。お風呂にだって、入れない。良い? 人間は、人形のお母さんにはなれないのよ」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] おっきい人形、母親と効くとマタニティらぶどーるなのではとか妄想してしまった。 [一言] あれ、ホラーかと思ったけど、これは、一周回って人形を娘として扱う病んだ女性を拒絶することで、自立…
[良い点] 思ったよりも短いという点が、むしろ読みやすく怖さを助長していると感じました。 [一言] 非常に不気味な主客転倒状態が恐ろしい作品です。 コミカライズされたらかなりショッキングなものになるよ…
[良い点] 怖くていいですね!! この最後のところが好きです。 じわじわと恐怖が這い上がってきますね! 人のサイズほどってところで、まさか・・・・ と思わせられました。 [気になる点] もう少し長くて…
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