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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER 有色の戦人

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07章 気まぐれな歓待-2

【ティスト視点】

「ん?」
空気が…流れた?
違和感が、重たい目蓋まぶたをこじ開け、急速に意識を覚醒させる。
枕元に置いてあるダガーを手探りで握り、部屋の出入り口を見れば、ドアが開いていた。
薄闇の中に、人差し指を口の前に立てたファーナ、その後ろには、アイシスとユイまでいる。
それぞれの表情を見るに、とてもじゃないが、楽しい話ではなさそうだ。
開いたときと同じように、わずかな音さえ立てずに、ドアが閉まる。
少しも音を立てずにドアを開閉するのは、かなりの難易度だが、その程度は、習得済み…か。
さすがは、ファーナ・ティルナスだな。
ベッドの端に腰かけ、蝋燭を灯そうとして、ファーナに手を伸ばして制される。
どうやら、わずかでも気づかれる可能性は排除したいらしいな。
「で、ノックもなしに、こんな夜更けに何のようだ?」
深夜なんていう時間帯に、しかも、セレノアたちに気取られないための振る舞いから、大方の予想はつく。
だが、それでも、きちんとファーナの口から聞いておきたかった。
「明日のために、どうしてもあなたたちと話して起きたかったの。
 事前に聞いておいたほうが、考えたり、相談する時間も作れるでしょうから」
その真剣な声に、アイシスとユイの顔にも緊張が走る。
明日予定されている会談の中で、俺たちにも、何らかの判断が必要になるわけか。
下手な質問をするよりも、ファーナが説明したほうが早いだろうな。
「聞かせてくれ」
「ええ。包み隠さず、私の持っている情報は、全て話すわ。
 一番最初に、要点を言わせてもらうわね。明日の議会、あなたの席を用意してあるわ」
「俺の席を?」
てっきり、俺の仕事は魔族の二人を送り届けるまでで、後は、あっても帰り道の付き添いくらいだと思っていたが…。
まさか、首脳会談に臨席するとは、考えてもいなかった。
「ええ。アイシスさんの席までは手が回らなかったけれど…。
 メイドであるユイの手伝いということで、同席ができるようにしてあるわ。
 それを踏まえた上で、これから私の話を聞いて、出欠を決めてほしいの」
「ああ、分かった」
気持ちを切り替えて、ファーナの言葉に一層の注意を払う。
さっきの台詞から察するに、参加を取りやめたくなるほどの要素が存在する…ってことだろうからな。
「まず、明日の会議に、イスク卿が、その護衛として、ヴォルグ・ステインが出席するわ」
「………」
上手い返事も思いつかずに、黙り込んでしまう。
早速、出鼻をくじかれたな。
異色の、そして、俺にとっては、最悪の組み合わせに、思わず顔をしかめる。
見れば、アイシスとユイも同じように、表情を曇らせていた。
「ロアイスまで招かれたのだから、何とかなるだろうと楽観していたが、甘かった…か」
あの二人が出てくるのならば、相応の困難は覚悟しておくべきだろう。
下手をしたら、交渉決裂まで頭に入れておかなければならない。
「加えて言うと、今回の会談を実現させるために向こうが出してきた条件が、イスク卿の出席を約束すること。
 状況を把握し、口を挟むため…くらいの消極的な意図ならいいのだけれど…十中八九、何かを仕掛けてくるでしょうね」
同じ懸念を抱いているようで、ファーナの表情も硬い。
おそらく、無事には終わらないだろう。
「他には、誰が参加するんですか?」
「ライナス王子、リース王女、レジ様、クレア様、魔族のお二人、そして、私で全員よ」
「まあ、そんなところだろうな」
決定権を持つロアイスの王族と、その護衛として師匠たち。
会議の進行や意見の提示を軍師であるファーナが…といった具合だろう。
その面子なら、魔族にとっても、そう悪くは無い話になると思っていたが…まさか、奴らが来るとはな。
「次に、明日の議題と、その流れに関して。
 ロアイスからグレイスへの援助が、その主眼になるのだけれど…。
 卑怯な言い方をさせてもらうと、あなたたちが、会議の鍵を握ることになるはずよ」
「なぜだ? 俺たちの発言が、それほどの影響力を持っているわけじゃないだろう?」
今回の参加者たちとは、持っている裁量が違いすぎる。
それに、ファーナやライナスたちを上回る妙案を出せるとも思えない。
聞き役に徹するのが、せいぜいだ。
「重要視されるのは、発言力ではなく、行動力よ」
「行動力?」
「今回の話が実現すれば、ロアイスからグレイスへ、物資を運ぶことになるわ。
 そのときに、どうしても避けられない問題が、種族不可侵よ」
「なるほどな」
ここ最近は、特に問題なく行き来していたから、あまり意識していなかったな。
異種族の領地へ入ってはならない、それが、全ての種族に課せられた約束だった。
「何度か説得を試みたけれど、人間が魔族の侵入を許すことはないわ。
 逆に、魔族が人間の侵入を許したとしても、その役をやりたがる人間はいない」
「つまり、食料の運び手がいない…だろう?」
「そういうことね」
ファーナが遣わされた理由も、他に誰もやりたがらないから、という話だった。
困難な役回りの割りには、たいした利益も望めない。
しかも、異種族を毛嫌いしている貴族も少なくないから、こんなことに加担して、連中に嫌われるのも恐れるだろう。
目先の欲望に駆られる貴族たちがやるには、損ばかりが目立ちすぎるな。
「だから、もし、立候補者がいたとしても、本当に信用が置けるのかは、疑問ね。
 食事は、口にいれて己の力へと変える…言うなれば、生命に直結する行為よ。
 悪意を持った人間が行えば、大惨事になるわ」
「たしかに、嫌な見方をすれば、関係悪化のために手を挙げたようにも見えるな」
毒…とまで、あからさまではないだろうが、食糧が痛んでいたりすれば、それだけでも問題だ。
互いが不満を持てば、衝突の可能性もあるだろうし、御破算にも持ち込みやすい。
「私の予想では、そのあたりを理由に、あの人は、否定的な意見を出してくるはずよ。
 だから、対抗するつもりなら、それに打ち勝つだけの方法が必要なの」
「運ぶのに一番都合がいいのが、ティストとアイシスちゃんで…。
 そして、あたしを呼んでくれたのは、おそらく、その食糧の手配がライズ&セットの仕事になるから…かな?」
「話が早くて助かるわね、そのとおりよ。
 あなたたちなら、魔族からも信頼されているし、反論材料としては、申し分ないでしょう?」
まあ、うぬぼれかもしれないが、俺たちが運ぶなら、レオンやセレノアも文句はないだろう。
あわせて、人間の俺たちを魔族が迎え入れるだけなら、人間も文句は言えない。
料理の準備に関して人手が足りないといっても、ライズ&セットが請け負えば、問題ない。
たしかに、今思いつく限りでは、これが一番みたいだな。
「でも、これだけは覚えておいて。
 あなたたちが仕事を引き受けてくれれば、当然、前回のようなことも起き得るでしょう」
「…!」
闘技祭に出場したのがきっかけで、俺とアイシスは、戦場まで連れ出され、命を落としかけた。
たしかに、ここでまたイスク卿に関われば、また同じようなことが起きる可能性は、高い。
「できれば、そうはなってほしくないものだな」
「こちらとしても、出来る限りの対策はするけれど、安全は保証できないわ。
一番安全なのは、関わらないこと。残念ながら、それ以上の防衛策はないわね」
どんな慧眼を持っていたとしても、全てを見通すことはできない。
どれだけ智に優れていたとしても、相手の思考を完全に読みきることはできない。
それを熟知しているからこそ、こうしてこちらを心配してくれるんだろうな。
「気を使ってくれて、ありがとうな」
「本当は、相手の策を全て見抜いて、礼を言われたいところだけれどね。
 今の私にできるのは、こんな消極的な案を提示するくらいなのだから、歯痒いわ」
もし、会議に出席しようものなら、イスク卿は、必ず何かを仕掛けてくるだろう。
だが、それだけの理由で、尻尾を巻いて逃げるというのも、気に入らない。
それに…そんな理由だけで、魔族を見捨てたいとも思わない。
あのレオン・グレイスに頭を下げさせたんだし、セレノアや他の魔族たちの命も賭かっている。
俺にもできることがあるなら、何かをしたい。
「あたしは…」
そこで言葉を区切り、ユイが息をつく。
俺と目が合うと、優しく笑ってくれた。
「あたしは、どんなことをするにしても、ティストに協力するよ。
 だから、ティストの思うとおりにして」
「私も、お兄ちゃんの決定に従います。お兄ちゃんが、決めてください」
「ありがとうな、二人とも」
二人が見せてくれる信頼の証は、見ているだけで胸が熱くなる。
責任重大、だからこそ、軽率な判断は控えて、慎重になるべきだろうな。
「少し考えさせてくれないか?
 心情は、決まっている。だが、冷静になって、もう一度考えたいんだ。
 二つ返事や買い言葉でない、きちんとした返答をさせてくれ」
「いい言葉ね。何かを決めるときに、感情はもちろん大切だけれど…。
 その他を一切無視して決めるやり方は、感心できないもの。よく考えて決めて。
 どんな答えだろうと、私も、あなたの意志を尊重するわ」
「ありがとう」
俺は、何がしたいのか? 俺に、何ができるのか? それによって、何が起きる可能性があるのか?
もう一度、自分の頭で、納得行くまで思考をめぐらせよう。
答えを出すのは、それからだ。
「返答は、夜明けまで待ってもらえるか?」
「ええ。朝食までなら、いつでもかまわないわ。
 どうせ、仕事で眠る時間などないのだから、決まったら教えにきて」
「仕事…って、これからか?」
一日かけて炎天下を歩き通し、明日には、異種族を交えての会議。
本来なら、少しでも身体を休めて、備えるべきだろうに…。
「当然よ」
俺の驚きを楽しむように、ファーナが笑う。
その笑顔には、ロアイスの要職を担う人間の貫禄があった。
「私の都合と仕事量には、何の関係もないもの。
 私がロアイスを空けたからといって、仕事が減るわけではないわ。
「だからって、留守にするなら、周りの人間に任せれば…」
「もちろん、ある程度は、そうしてきたわ。
 でもね、私の仕事は、私にしかできないからこそ、意味があり、価値があるの。
 だからこそ、私は仕事をするのよ」
仕事を前にして、辟易するどころか、こんなに嬉しそうに笑えるなんて…な。
この勤勉さは、見習う程度で身に付くものじゃない、仕事に誇りを持っていなければ、できないだろう。
改めて、ファーナ・ティルナスのすごさを思い知らされたな。
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