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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER 有色の戦人

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06章 気まぐれな旅路-2

【ティスト視点】

「待ちなっ!! ここから先は、行き止まりだぜ」
わざわざ大剣を振り上げて、行く手を遮るように振り下ろして見せる。
立派な刀身が生み出したにしては、風を切る音がずいぶんと鈍い。
斬撃が遅い証拠だ。
仮に、力を抜いているにしても、太刀筋も綺麗とは言えない。
これは、セレノアの期待に応えられるような力量じゃなさそうだな。
「………」
念のため、後ろを振り返って、誰もいないことを確認しておく。
見晴らしがよく隠れる場所がない草原というのは、こういうときに便利だ。
足の長い草の中に伏せているほどの用意周到さを持ち合わせていたら、また別だが…。
「おおっと、逃がさないぜ。
 もっとも、華奢な女の足じゃ、街につくまでに折れちまうだろうがな」
男のくだらない冗談に、後ろの連中が馬鹿笑いで応える。
少し距離をつめたぐらいで、輪になって取り囲む素振りもみせない。
格下だと思って、完全に油断しているな。
「さあ、誰から切り刻んでやろうか? 俺の武器は、血に飢えてるぜえ」
「可哀想に、飢え死に決定ね」
ため息交じりに、セレノアがつぶやく。
本当に、攻撃だけじゃなく口撃も手加減なしだな。
「あぁ? 今なんつった?」
怒気を孕んだ低い声も、残念ながら、誰の心にも届かない。
震え上がるだろうと思いこんでいた連中は、毒気を抜かれかけたようだな。
鼻歌でも始めそうなほどに、余裕たっぷりなセレノア。
何を言われても微笑のままで、返事をしないレオン。
平然とした顔で、無反応、無言を終始に渡って崩さないファーナ。
きっと、連中に不快感を示しているアイシスが、とても素直ないい子に見えてることだろう。
「なんだぁ? こいつらは…頭おかしいんじゃねえか?」
怪訝な顔で戸惑いながらも、まるで逃げ出すような素振りは見せない。
もう少し鋭敏で、慎重で、何よりも臆病じゃなければ、とてもじゃないが、生き残ることはできない。
この体たらくじゃ、遅かれ早かれ、騎士団あたりに捕まって壊滅させられていただろう。
「で、一応聞いておくが、お前たちの目的は?」
「野郎は、黙ってろっ!!! それとも、真っ先にしゃべれなくなりたいかぁ!? あぁ!?」
怒鳴り散らして威嚇すれば、まだ優位でいられると信じてるようだ。
さっきから、ほとんど一番前の奴しか話していないが、こいつが頭? いや、一番下…か?
他の連中は、同調して笑うくらいで、口を開いていないから、序列が分からない。
「………」
見に集中していた俺の横で、ファーナが一歩だけ前へ進み出て、視線を集める。
戦いは初動を気取られないように動くが、言葉で戦うものは、気づかれることによって注意を集める。
こうして対比してみると、なかなか興味深いな。
「無駄な被害を出したくありません。あなたたちの要求を教えていただけませんか?」
いつもの凛とした雰囲気とはまるで違う、弱弱しい声。
気丈な表情と相まって、見事に虚勢を張っているように見せている。
こうも見事な演技では、連中が調子に乗って油断するのは確実だ。
「賢いじゃねえか。だったら、俺たちと一緒に来てもらおう。
 もっとも、あんた以外は、ここで死んでもらうがな」
下卑た笑みを浮かべて、男がにじり寄ってくる。
目的は、強盗、誘拐、そしてお楽しみ…ってところか。
大勢を連れ歩くには危険が伴うし、まあ、一人だけを選ぶのは、妥当な判断だろう。
「はぁ? 女は全部さらうんじゃなかったのかよ?」
意外にも、一番後ろにいる男から不満の声があがる。
なんだ? ここに来て仲間割れか?

「はあ? お前こそ何言ってんだよ?
 女は…って言ってるだろ? こいつらは、まだ子供ガキじゃねえか」

アイシスとセレノアを順番に指差して、そう吐き捨てた。
夜風が運ぶ冷たい空気が、自然界では達しない温度まで下がり、凍てつく。
「………」
言い返すこともなく、セレノアもアイシスも、沈黙を保っている。
だが、その無言の意味を考えれば考えるほど、心の底から恐ろしくなる。
「なんでだよ!?」
「見れば分かるだろうがよ!!」
論争というには大き過ぎる声で、男たちが言い合う。
その後ろでは、また始まったというような呆れ顔で、残りの三人が息をついた。
まったく、この隙に逃げられるとは思わないのかね。
「いいか、よーく見ろ」
セレノアとアイシス、二人を交互に指差して、偉そうに胸をのけぞらせる。
その目には、俺の勘違いでなければ、哀れみの感情が見て取れた。
「胸はない、くびれも貧弱、尻も薄い。何一ついいところがねえじゃねえか。
 あんなんじゃ、抱きごこちだって、最低だぜ」
前にライズ&セットで見かけた嫌味な食通のように、男が熱弁を振るう。
悪意のある品評会のおかげで、二人から吹き上がる怒気は、怖気が走るほどに強烈だ。
自称美食家は、ラインさんとシアさんに大通りへ叩き出されるだけで終わったが…。
ここは、そんなに甘くないだろうな。
「顔は? でも、顔は可愛いだろ?」
「顔は、たしかに悪くねえ。だがな、どうみたって、あの身体じゃ女とは言えねえ」
怒りを溜め込んだアイシスが、仄暗い笑顔を浮かべる。
セレノアの顔も、今までに見たことのない引きつり方をしていた。
それを前にして、まるで動じることなく、上から目線で説き伏せる男の度胸は、尊敬に値するな。
「せめて、あれぐらいじゃなきゃ、俺は女と認めねえっ!!」
引き合いに出されたファーナは、喜ぶわけもなく、静かにため息をついた。
もう付き合っていられないと、疲れた顔に書いてある。
「待てよ、小さいほうも従順になるっていうなら、小間使いとかにもなるし、生かしておいても…」
「いらねえって言ってんだろうがよ!! 胸も色気もないガキどもは、ここで殺っちまえ」
二人の足の裏が大地を噛み、アイシスの手はダガーの柄へ、セレノアの手は固く拳が握りこまれている。
弓が引き絞られるときに、よく似ている。
もう一言二言もあれば、勢いよく飛び出していくだろう。
「アイシスもセレノアも十分に美人で綺麗で可愛いから、少し落ち着け…な?」
「お兄ちゃんは、ちょっと黙っててください」
「とってつけたような言葉ごと、退きなさい。さもないと、あんたごと死ぬわよ」
二人とも、声にいつもの余裕がないな。
よほど、連中の物言いが、腹に据えかねたらしい。
もしかして、日ごろから気にしてたのか? なんてことは、口が裂けても聞けない。
下手をしたら、矛先がこっちに向きそうだからな。
「てめえら、何を勝手にごちゃごちゃ話してやがる!? 死にたくなかったら、動くなよっ!!」
この場にいる誰もが、お前にその言葉を言ってやりたいと思っているはずだ。
命が惜しいなら、頼むから黙ってくれ。
「終わらせていいわよね? これ以上、こいつらの話を聞いてたら、ストレスで先に死んじゃうわ」
まだ軽口を出すだけの余裕はあるみたいだが、本当に怒り心頭なのか、いつもより声が硬い。
意外と繊細なのか? それとも、言われなれてないだけか?
どっちにせよ、これ以上捨て置くわけにはいかないな。
「五分だけ、待ってくれ」
五対一だが、この程度の連中なら、問題ないだろう。
全員同時に相手にしても、負ける気はしない。
「三分で終わらせなさい。それ以上は待てないわ」
「了解」
無理難題というわけでもないし、そのぐらいのわがままだったら、可愛いものだ。
冷静に力量を見比べた結果、俺なら、それぐらいで十分だと判断したんだろう。
だったら、その期待を裏切るわけにはいかない。
「手伝いましょうか?」
ムッとした表情のままで、それでも、仕事を忘れていないからだろう、アイシスがそう聞いてくれる。
だが、この手加減が鈍っていそうな状態で何かを頼むのは、敵にとっても可哀想だ。
「この数なら、一人で大丈夫だ。お客様の護衛、しっかり頼むぞ」
誰とは名言せずに、それでも、手出しさせないようにとの意味も込めて、そう伝える。
俺やアイシスならば、人間同士の揉め事だから、そう問題にはならないしな。
「ああ、それと…増援には、注意してくれ。
 こういう奴らの横の繋がりや、獲物を嗅ぎ付ける嗅覚は、たいしたものだからな」
言い置いて、さっさと前へ出る。
もう、おそらく、セレノアは数え始めているだろうからな。



【セレノア視点】

「さて…と」
生きている価値もないくらいの馬鹿たちへと向かって、ティストが悠然と歩いていく。
あんな奴らに手加減なんかしたら、絶対許してやらないんだから。
それに、三分以上は、一秒だって待たないからね。
それで終わらせられないなら、アタシが全部片付けてやる。
「舞台としては質素だが、せっかくだし、お披露目といくか」
そんなアタシの怒りをまるっきり無視して、ティストが、のん気な声でつぶやいた。
ん? おひろめ?
「まずは、手前からかっ!!」
一番最初に仕掛けてきたのは、暴言の限りを尽くしていた先頭に立つあの男。
何につけても一番じゃないと気が済まない性質らしい。
アタシが相手をすれば、真っ先に苦しんで死ねたのに…。
「死ねええぇぇえぇぇぇっ!!」
気迫だけは一丁前に、頭上高く上げた剣を勢い任せに振り下ろす。
威力は高く、当たれば大きいが、直線的で避けやすく、反撃もされやすい。
迎え撃つには、格好の一撃だ。
「この程度…か」
斬撃を見定めてつぶやくティストは、足を動かそうともしなければ、ダガーを抜く素振りもない。
そのまま、棒立ちで受ける気?
いくら雑魚を相手にしてるからって、調子に乗りすぎよ!
「なっ…」
何やってんのよ!?
その言葉がアタシの口から出るよりも前に、風が流れる。
切っ先とティストの間にある景色が、わずかに揺らいだ。
目には見えない。けれど、確かに何かがある。
刃が振り下ろされ、その空間に差し掛かる。
途端に、予想もしてなかったほどに甲高い音が耳を貫き、アタシの目に色鮮やかな火花が映り込んだ。
「くあぁっ!!」
数秒遅れて、苦しげな声があがる。
男が持っていた剣は半ばから折れて、二人の間にある地面に、深々と突き刺さった。
そして、男は、手首を抑えて、懸命に痛みをこらえている。
「…ふぅん」
「ほう」
父上も、興味深そうに息をついている。
どうせ、安物のなまくらでしょうけど、まさか、金属が真っ二つに割れるとはね。
「え?」
「今のは…?」
アイシスとファーナには、何が起きたか分からなかったみたいね。
まあ、アタシにも、はっきりと見えたわけじゃないし、無理もないか。
あれこれと予想するのは後回しにして、目に全てを集中させる。
一瞬だって、この戦いを見逃すつもりはない。
「どうした?」
いつもより、幾分低いティストの声。
それに見合うだけの闘士の顔で、ティストが奴らを睥睨へいげいする。
そこには、さっきまでの穏やかさなど、欠片も残っていなかった。
ジャネスのときもそうだったけど、やっぱり、戦闘のときには化けるわね。
こっちのほうが、普段より、よっぽどいい顔してるじゃない。
「終わりか?」
声で揺さぶりをかければ、戦闘時のなけなしの冷静さなど、吹き飛んでしまう。
恐怖は視野を狭め、本能に支配された頭が、考えることを放棄する。
そうなってしまったら、もう本来の力を発揮することはできない。
卑怯っぽくて、あの手法は、あまり好きになれない。
だけど、相手の注意を引き付け、戦意を喪失させるなら、有効だろう。
「ふざけんなぁぁっ!!」
言い争いをしていたもう片方の男が、いち早く自失から立ち直り、今度は刃を横に薙ぐ。
対するティストは、さっきと同じように自然体で受けるみたいだ。
「今度こそ、見せてもらうわよ」
意識の全てを二人とその間に固定し、そこにあるもの全てを見通せるように、目を凝らす。
わずかに動かしたティストの指先には、莫大な力が集められていた。
「やっぱりね」
予想していたとおり、手のひらで十分に収束された魔法が、二人の間に展開される。
硬度を高めて作り出した、風の塊。
それは、剣を防ぐ壁にもなり、剣と切り結ぶ刃ともなる。
変幻自在で、不可視の攻撃だ。
「なぁっ!?」
男の間抜けな声と共に、今度は、剣が刃毀はこぼれした。
あれじゃ、すぐそこに生えている草でさえ、刈り取れないでしょうね。
「ふぅん、そういうことね」
最初に、ティストがお披露目って言ってたのは、こういう意味か。
アタシに負けてから、まだ数日だっていうのに、ずいぶん熱心に鍛え上げたみたいね。
「すまないが、全部壊すぞ」
口先だけで侘びをいれて、後ろに立つ男たちを睨む。
次の瞬間には、身構えるよりも早く、刀身と柄が切り離され、三つの刃が地面に転がった。
なるほどね、相手の攻撃の勢いを利用できないから、強度が弱そうな持ち手のところを狙ったわけか。
「な、なんだ、こいつ!? なんなんだよ!? どうなってやがるんだっ!?」
一番後ろで事態を見守っていた男が、全員の動揺を代表したように口を開く。
アイシスにさえ見えなかったんだ、この程度の連中が、分かるわけがない。
収束と発動の瞬間を気取られなければ、魔法は、奇術と同じような不可思議な現象となる。
当然、それが分からなければ、対処法もない。
奴らには、ティストが一切の攻撃を受け付けないように見えるだろう。
「ずいぶんと余裕だな。無駄口を叩いている暇があるなら、逃げなくていいのか?」
ティストに言われて初めて気づいたように、男たちが一目散に走り出す。
街道を避けて草原へと逃げ込んだ男たちの背へと向けて、ティストが手のひらをかざした。
威力を弱め、さっきと同じ要領で、奴らの脳天を打ち抜いていく。
収束する力も増したみたいだけど、それ以上に、放出の精度が上がっている。
直不の真似事をしたときに、アタシの技を盗んだみたいね。
「がぁっ…」
苦悶の声をあげ、抵抗をする間もなく、地面に倒れる。
目を覚ましたときは、おそらく、気絶したのか、眠らされたのかさえも分からないだろう。
無様な敵と、無傷で戻ってくるティストを見比べて、ようやく、さっきまで感じていた怒りが消えていく。
これが、溜飲が下がる…って奴なのかしら?
「お疲れさまでした」
「ああ」
アイシスのねぎらいに答えるティストは、もう、いつもの穏やかさを取り戻していた。
こうしてみると、ほとんど、戦闘中は豹変に近いわね。
「時間内だろ?」
「ギリギリだけどね」
時間を数えるのも忘れて見入っていたなんて、言えやしない。
実力伯仲の戦いに比べると劣るけれども、なかなか、面白い見世物だった。
「あの…最後って、わざと追いたてたんですか?」
「ああ、街道に人が倒れてたら、不信に思うだろうし、誰かが助けるかもしれないだろう?
 だからって、大の男を五人も運ぶのは面倒だ。
 逃がしてもいいかと思ったんだが、仲間を呼んで復讐なんて話になっても、厄介だからな」
それで、あんなわざとらしい威嚇をして、追い散らしたわけか。
小手先だけかと思えば、とんでもない力を備えている。
力押しだけかと思えば、それを超えるほどに頭を巡らせている。
まったくもって、底が見えなかった。
「ふむ、どれをとっても見事だった。さすが、という他に賛辞が思いつかんね」
「そうまで言ってもらえると、悪い気はしないが…。
 威張れるほどの強敵でもなかったしな、褒めてもらえるほどのことじゃない」
「何も、同等や各上と戦うだけが、戦いではない。格下をあしらうというのも、立派な技術だ。
 それに、立ち回りや駆け引きなどは、とやかく教えて、どうにかなるものではないしね。
 出来るものは、自然と振る舞うし、出来ないものには、懇切丁寧に教えたところで無駄だろう。
 あの貫禄は、誰にでも出せるものではない」
世辞もあるのだろうけど、それだけではないのも分かる。
父上は、本当にティストを認めているんだ。
「そのあたりは、見様見真似さ。
 おかげさまで、お手本には、事欠かない環境だったからな」
皮肉な笑みを浮かべて、ティストが息をつく。
その冗談がそんなに面白かったのか、父上も楽しそうに笑った。
「あの男たちは、どれくらいで目を覚ますの?」
「打たれ強さは本人次第だからな。正直に言って、そこまでは、分からない。
 でも、まあ、運が良ければ、風邪をひくくらいで済むだろ。
 もし、同業者に狙われたら、ひとたまりもないだろうけどな」
ファーナの問いにそう答えて、ティストが意地の悪い笑みを浮かべる。
「一回ぐらい、襲われて痛い目に合えばいいのよ。
 そうでもしないと、あの手の馬鹿は、絶対に反省しないんだから」
「私もそう思います。少しは、悪事を働いた罰を受けるべきです」
「とにかく、先を急ぎましょう」
「了解」
歩き出すファーナの横に並ぶティストの後ろ姿を、じっと見つめる。
指摘してからのわずかな時間で、あれだけ伸びるなんて…。
負ける可能性があがっただけなのに、こんなに嬉しくなるなんて、変な感覚だ。
今すぐにでも戦いたいという気持ちを、なんとか自分の中だけで留める。
楽しみは、最後まで取っておかないと…ね。
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