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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER 有色の戦人

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05章 気まぐれな返答-2


【ティスト視点】

座布団を敷き、アイシスと並んで座る。
テーブルを挟んで向かいにいるセレノアの前に並べてあるのは、見たことも無い道具だった。
人間でいうところの、カップや水差し、ティースプーンにあたるものは、なんとなく分かる。
だが、俺の手のひらなら包めるほどの大きさの、小さなホウキのようなものの使い道が、まるで予想ができない。
一見して、確信できるのは、ただ一つ。
ロアイス王城にいるときにも何度も思ったことと同じで、一つ一つがとんでもなく高価そうだということぐらいだ。
「………」
木で出来たスプーンで、器へと緑色の粉をいれる。
そこに少しだけ水をいれて、さっきのホウキみたいなので、かき混ぜはじめた。
だいたいを溶かし終えたのか、今度は、湯気の立つお湯を注ぎいれて、また混ぜる。
次の行動が、まったく読めない。
人間のお茶の淹れ方とは、まるで違うな。
「………」
アイシスは、セレノアの手元を熱心に見つめている。
見入ってしまう気持ちが分かるほどの、見事な手際だ。
初めて見たから基準なんて知らないが、それでも、淀みない所作から、その完成度の高さが分かる。
待つこと、しばし。
「どうぞ」
差し出されたカップの中に入ってたのは、鮮やかな緑色をしていた。
いつも飲んでいる琥珀色のお茶とは、あまりにも違う色だ。
「………」
一瞬だけ躊躇ためらい、アイシスと横目で見合ってから、覚悟を決めて口をつける。
セレノアが、手ずから用意してくれたんだ。
外見だけで拒絶するなんて失礼な真似、できるわけがない。
「…苦いな」
今までの記憶にない味が口の中に広がり、顔をしかめそうになる。
まるで、薬を飲んでいるような気分だ。
「………」
アイシスの顔を盗み見るが、俺と同意見なのか、困ったような顔をしていた。
「もっと、よく味わってみなさい。苦さが目立つだろうけど、それだけじゃないでしょう?」
言われるままにもう一度口にいれ、喉を潤すのではなく、今度はじっくりと味わう。
舌に意識を集中させていると、たしかに、わずかな甘みを感じる。
喉を通過して下へと落ちていくのに、全身を洗い流されたみたいな、不思議な感覚。
目が冴え、ぼんやりとしていた意識まで覚醒していくようだ。
あまり親しみの無いこの香りも、けっして嫌いなわけじゃない。
むしろ、こうして味わってみると、好きな部類に入るくらいだ。
これが、魔族の茶…か。
「もうちょっと、飲みやすい方法も、あるにはあるけどね。
 これが、一番身体にいいんだから、我慢しなさい」
なるほど、そういう意図もあるのか。
機会があれば、別の飲み方も試してみたいものだな。
「そういえば、ファーナはどこに通されたんだ?」
てっきり、人間という分類で、同じ部屋になるものだとばかり思っていた。
そうなったら、俺一人だけ、別の部屋を用意してもらわないとまずいか…とまで考えていたが…。
「おばさんたちが連れてったから、たぶん客間じゃない?」
「やっぱり、普通の客間があるのか」
「? 当たり前でしょ?」
それでも、俺とアイシスは、ここに通してもらった。
セレノアの母であり、レオンの妻でもある、シーナ・グレイスの部屋に。
その真意は分からないが、厚遇なのは、たしかだ。
「………」
カップに口をつけながら、改めて、部屋の中を見回してみる。
先入観があると、それだけで、一つ一つの物に別の意味が宿って見えた。
持ち主がどんな思いでそれを選び、置く場所を決め、大切にしていたのか。
それに想いを巡らせるだけで、数日を過ごしていたこの部屋が、まるで違うものに見えた。
セレノアの母、シーナ・グレイス…か。
できれば、きちんとした形で、会ってみたかったな。
「ところで…あのファーナって人、信用できるの?」
「ああ。有能な人材だし、それだけの実績もある。俺が頼める中では、文句無しで一番だ」
ファーナなら、ロアイスの利益を考えることはあっても、魔族に対しての偏見はないだろう。
異種族を毛嫌いしている連中も少なくないロアイスからの遣いとしては、おそらく、これ以上は望めない。
「意見があるなら、せめて、仕事を見てからにしてやってくれ」
もし、問題点を指摘すれば、どんな些細な物でも、真剣に耳を傾けるはずだ。
そして、どちらにとっても最善になるように、全力を尽くしてくれるだろう。
「アイシスは?」
「私から見ても、ファーナさんは、優秀で、信頼のおける人だと思います」
「ふぅん。二人とも、ずいぶんと高く評価してるのね」
「実力者は、認めるのが魔族の風習なんだろう?」
「まあ…ね」
行儀悪くカップから目だけをだして、セレノアの顔を盗み見る。
溜息をもらしたセレノアは、どことなく、面白くなさそうに見えた。
無能な人間が来るよりも都合がいいはずなのに、いったい、何が気に入らないんだ?
「まあ、二人がそういうなら、お手並みを拝見させてもらうことにするわ」
そう付け足したときの表情は、いつものセレノアと変わらないように思える。
俺の気のせいだったか?
首をかしげてから、カップを傾ける。
気づけば、いつの間にか、もう底が見えていた。
「もう一杯、もらえるか?」
「私もお願いします」
「いいわよ」
空になったカップを、セレノアへと差し出す。
上機嫌で受け取ると、さっきと同じように淹れ始めてくれた。
口にするわけではなく、それでも、行動で分かるように感謝を示す。
それが魔族の…いや、セレノアの流儀なんだろうな。
「はい」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
気を使ってくれたのか、二杯目は、さっきよりも苦味が弱くて、飲みやすい。
その気遣いに感謝しながら、ゆっくりと喉を潤した。
長旅の疲れも、吹き飛んでしまう。
これが飲めただけでも、苦労して運んできた価値があったな。




【セレノア視点】

「お願いいたしますっ!!」
静かな廊下にふさわしくない、切迫した声。
聞こえてきたのは、アタシの部屋の中からだ。
「…ったく」
さっきまでの良い気分が、見事なまでに台無しね。
こちらに気づかれないために、足音を消して、部屋へと近づいた。
「ぜひ、私を供にお連れください。この命を賭して、レオン様を守ります。
 どうか、私を…必ずやレオン様のお役に立ってみせます。
 そのためなら、この命、惜しくありません」
興奮した二人の声は、閉めてあるふすまを超えて、外まで筒抜けになっている。
おばさんたちは、どうあっても、一人しか許されない従者の席に座るつもりみたいだ。
「二人がなんと言おうと、既に答えは決めてある。
 さっきも言っただろう? セレノアが来るまで、この話をするつもりはない。
 二度も三度も、同じ話をしたくないからな」
「ですが…!」
こんな問答が廊下にまで漏れ聞こえているなんて、恥曝しもいいところだ。
手に力を込めて、乱暴にふすまを開け放った。



予想していたとおり、中にいた全員の視線がアタシに突き刺さり、会話が途絶える。
その期待に応えて、不機嫌な顔で全員を睨み返してから、正面にいる父上を真っ直ぐに見つめた。
「誰と一緒に行かれるおつもりですか、父上?」
端的に、聞きたいことだけを問う。
ここに来るまでは、父上に頼み込もうと思っていたけれど、さっきので興が削がれた。
それに、どうせ、アタシの言葉で、自分の意見を覆すような父上ではない。
「セレノア、旅の支度をしておきなさい。何日かかるか分からぬから、手抜かりのないようにな」
「なっ!?」
「そんな…」
隣でおばさんたちが驚いているけど、本当にびっくりしているのは、こっちのほうだ。
今までの態度を考えたら、父上は、絶対にアタシを城から出してくれないと思っていたのに…。
「本当に、アタシでいいのですか?」
「なんだ、不服か?」
問い返す父上の目は、真剣そのものだ。
さっきの言葉は冗談でもないし、もし、ここでアタシがふざければ、本気で怒るだろう。
「いえ。お役目を頂戴いたします」
礼に則って、恭しく頭を下げる。
父上は、アタシの態度に小さく頷いて返した。
「お二人だけなど、危険すぎます!! せめて、私かサリのどちらかだけでも一緒に…」
まくしたてるレイナおばさんに向けて、父上が首を横に振る。
小さな溜息の後に、諭すような口調で言葉を紡いだ。
「こちらがどれほど希望を出そうと、ファーナ殿に条件を覆せるほどの決定権はないだろう。
 今更、議論の余地などない」
「だったら、不条理な要求など、はねのけてしまえばいいではないですか!
 従順に従うだけでは、甘く見られるだけです!!」
さっきよりもはるかに大きな声を出して、攻撃的に目を尖らせる。
傍から見ていても、感情的になっているのが良く分かるわね。
反対にいたって冷静な父上は、あくまでも静かに首を横に振るだけだ。
「こちらの無理難題に耳を傾けてもらうのだから、ある程度のことはしかたないだろう。
 それに、私やセレノアもそうだが、ティスト・レイアとアイシス・リンダントも、かなりの実力者だ。
 たとえ、どこかで襲われたとしても、危険はないだろう」
たしかに、父上の言うとおりだ。
父上とアタシだけでもまず負けはないだろうに、そこにティストとアイシスまで加わるのだから…。
そんじょそこらにいるような相手が、どうにかできるわけがない。
「なぜ、戦場の最前点を、そこまで信用するのです?」
ほとんど叫ぶようだった声を抑えて、重く響くような声音で、おばさんが問いかける。
さっきまでの感情的な物とは、まるで質の違う、心底からあふれ出すような怒りだ。
「奴は、前大戦から我々魔族と敵対していた人間なのですよ!?
 奴が刃を向けてくることだって、十分に考えられますっ!
 これほどまでに重要なことを赤の他人に任せるつもりなど、私は…」
父上とおばさんの会話だから口を挟むつもりはなかったのに、気づけば息を吸い込んでいた。
こんな無礼な台詞、最後まで聞く価値も無い。
「その物言いは、聞き捨てならないわね。
 向こうは、その『赤の他人』と言えるほど縁が薄く、以前は敵対していた魔族のために、私財まで使ってるのよ?
 恩を受けておいて相手を非難するなんて、許されることじゃないわ」
「そうやって、レオン様やセレノア様に取り入ることが目的なのかもしれません。
 もしくは、レオン様をロアイスまで誘い出し、そこで殺すための策略やもしれません」
「本気で言ってるわけ?」
姿勢をわずかに前傾へと変えて、拳を握り締める。
まだそんなふざけたことを吐かすつもりなら、力尽くでも、その口を閉ざしてやらないといけない。
食糧を運んできてもらったというのに、どうして、そんな暴言が思いつけるの?
魔族である者が、そんな恩知らずに成り下がるなんて、絶対に我慢ならない。
「二人とも、落ち着きなさい」
広げた手のひらを間に差し入れて、父上が割り込んでくる。
当然、納得はいかない…けれど、ここは、しかたない。
深く息をついて、あふれでてきた怒りを、どうにか頭の中から逃がす。
それでも、握りしめた拳を解くことができなかった。
「セレノア様、どうかお許しください。姉の発言は、度を越しているかもしれません。
 ですが、今回は、細心の注意を払うべきだと思います。
 お二人に、もしものことがあれば…」
悲痛な声でそこまでつぶやくと、俯いたサリおばさんが息を吐く。
そして、わずかな逡巡の後に、ゆっくりと唇を動かした。
「何より、あの子に会わせる顔がありません」
父上の表情が強張り、続いて、それを隠すように額へと手を置いてから、大きく息をつく。
口から漏れ出る吐息は、痛々しいほどに揺れていた。
母上…か。
たしかに、軽率な行動をしてアタシたちに何かあれば、母上は悲しむだろう。
「お前たちの言いたいことも分かるし、心配も嬉しく思う。
 だが、最早そんなことを言っていられる事態ではないのだ。
 この機会を逃せば、次にまた好機が来るとも限らない。
 それに、いくら食糧を切り詰めたとしても、限界はあるし、残りが増えるわけでもない。
 遠からず、この国でも死者が出るだろう」
痛ましい顔で、父上が息をつく。
ガイ・ブラスタの治めるブラスタでは、すでに何人もの死者が出ていたと聞いた。
そのことを思い出したのか、もしかしたら、グレイスの行く末をブラスタに重ねているのかもしれない。
「ここで逃げ出したとしても、死期を伸ばしているにすぎないのだ。
 餓死者を出すことも、十分に屈辱だが…。
 私が飢え死になどという間抜けな死に様をさらしたら、それこそシーナに会わせる顔がないだろう?」
あえて軽口のような調子で、父上がおばさんたちに問う。
おばさんたちは、あきらめたように、ゆっくりと息をついた。
「はい」
「レオン様の仰るとおりです」
おばさんたちの返答を受けて、務めて明るく父上が笑う。
「我々のことなら、心配は無用だ。私の隣ほど安全な場所も、そうはあるまい。
 そう自負するだけの力は、持ち合わせているつもりだ。私たちは、必ず無事に帰ってくる。
 だから、留守を頼む。この国を、民たちを守ってくれ」
かしこまりました」
硬い声音で声を重ね、二人が返事をする。
父上とアタシの振る舞いに、グレイスの民の食事が一人されている…か。
外に出られるのは嬉しいけど、もう一度、気を引き締めないといけないわね。
+注意+
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