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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER 有色の戦人

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05章 気まぐれな返答-1

【セレノア視点】

「もう少し、減らしてもいいみたいね」
手元にある砂時計の上側には、まだ、わずかに砂が残っている。
今日の数十回の挑戦で作り上げた、アイシスの成長の証だ。
「ひとつまみなら減らせそうだけど、どうする?」
「じゃあ、ふたつまみで」
額に汗を浮かべ、息を弾ませているアイシスが、指を二本立てて答える。
砂時計のフタを開けて、言われたとおりの量だけ、中に入っている砂を地面へ落とした。
本当に、見事な意志と意地ね。
常に自分への枷を重くして、少しでも上へと這い上がろうとするのは、見ていて気持ちがいい。
「次、いいですか?」
「いつでもいいわよ」
「じゃあ、行きますっ!」
アイシスが最初の一歩を踏み出すのにあわせて、落ちきっていた砂時計をひっくり返す。
落ちていく砂に追われるように、アイシスが力を振り絞って速度をあげた。
「まったく、たいしたものね」
最初は、石と石の間を飛び移るだけで精一杯だったのに…。
今では、全ての飛び石を制覇して、挙げ句の果てに時間制限までつけている。
最高難度の飛び石をやってのけるだけでも、魔族では稀なのに…。
この砂が落ちきるまでに跳び終わる者が、いったい、何人いるだろう?
「………」
時間を意識することで、動きに鋭さを加え、より速い体捌きを身体へと覚え込ませる。
それが、実戦では、相手の懐まで飛び込む武器にもなるし、敵の間合いから逃げるための防具にもなる。
これが済んだら、次は何を教えよう?
アタシがこなしてきた稽古の中から、アイシスに最適なものを探す。
ティストが熱くなるのも、分かる気がするわね。
アタシも、いつの間にか夢中になっている。
「セレノア様」
丁寧で、静かで、なんの感情もこもっていないような声。
背後から聞こえきたのは、間違いなくサリおばさんの声だ。
「なに?」
アイシスから視線を外さずに、問い返す。
砂時計を持っている観測者は、稽古中は必ず見守る決まりなんだから仕方ない。
「戦場の最前点が、戻りました」
「まだこちらへと向かっているところですが、後数分で、到着するでしょう」
「そう、分かったわ」
「では…」
礼をする衣擦れの音がした後に、足音が遠ざかる。
本当に、事務的な話がなければ、会話もなりたたないわね。
くだらないことを考えるのをやめて、大きく息を吸い込む。
あの速度で動いているなら、声を張り上げなければ聞こえないだろう。
「ティストが帰ってきたわよ! 急ぎなさいっ!!」
アタシの声を聞いても、アイシスの動きに淀みは生まれない。
ただ、返事の代わりに、足場を踏み切る音が一段と高く響いた。
また、砂を減らさないといけなくなりそうね。




訓練を終えたアイシスと一緒に、城門の外へと向かう。
地平線の先に、こちらへと向かっている小さな人影が見えた。
ったく、ようやく帰ってきたわね、遅いんだから。
「?」
まだまだ遠くてはっきり見えないけれど、何かを引っ張っているみたいだ。
目を凝らして、ティストの後ろを観察してみる。
歩調にあわせて車輪が回り、地面の起伏に合わせてガタガタと揺れていた。
砂避けなのか、上に布が被せてあって、何を乗せているのか分からない。
「あれ、何?」
「きっと、素敵なものだと思いますよ」
思わずつぶやいたアタシの言葉に、アイシスが悪戯な笑みで返してくる。
「? 知ってるの?」
「はい。お兄ちゃんから、相談されましたから」
「で、なんなの?」
「見てのお楽しみです」
嬉しそうに笑って、アイシスがティストに向かって駆け出す。
見てのお楽しみ…ってことは、アイシスのために持って来たんじゃないみたいね。
しょうがないから、アイシスの後を追って歩き出した。



「お兄ちゃん!!」
「待たせたな」
「………」
満面の笑みを一瞬で戦闘用へと塗り替え、アイシスがダガーを抜刀する。
その動きを見て、反射的にティストも自分のダガーを引き抜いていた。
身内を相手にしても、とっさの反応は鈍らない…か、まあまあね。
「行きますっ!」
「!」
初撃を片手で受け止め、耐えきれずに、ティストが両手に持ち替える。
さらに数回の打ち合いを経たところでティストが切り返し、反撃を受けたアイシスが飛び退る。
加速をつけた更に重い一撃を、ティストの繰り出した刃が相殺する。
刃を越えて視線を交わしあい、互いに距離を取ってから、ダガーを収めた。
「どう…でしたか?」
「見事だな。たったの数日で、たいした進歩だ。
 これまでよりも踏み込みが鋭くなった分だけ、威力が底上げされてるよ」
手首の具合を確かめながら、ティストがアイシスを褒める。
たった数秒のやりとりで、何をどう鍛えたのか、正確に見抜いたみたいね。
「どう? これが、魔族の最上級の挨拶よ。楽しめたでしょう?」
「そういえば、前にクレネアの森で、レオンからもやられたな」
「…!? 父上が、ティストにしたの?」
「ああ、手加減はしてくれたが、しっかり不意打ちでもらったな」
父上がこの挨拶をする相手なんて、母上とアタシ以外にいなかったのに…。
おばさんたちにだってやらないものを、ティストに…。
その意味するところを考えると、複雑な気分になる。
それほどに父上が、ティストに目をかけているってことだ。
「互いに親しければ、その成長度合いもはっきり分かる…か。たしかに、悪くないな」
「はい」
アタシの視線に気づいてないのか、のん気な顔で、ティストがアイシスと笑いあう。
だけど、その笑顔の下に隠されている牙は、驚くほどに鋭利で、何者でも壊せぬほどに強靭だ。
アイシスにばかり、かまけているわけにもいかないわね。
アタシも、自分の技を磨かないと思わぬ敗北を喫することになるかもしれない。
「しかし、この短期間でここまで成果が出るなんて、よっぽど指導が良かったんだろうな。
 ありがとうな、セレノア」
「べつに、礼を言われるほどのことじゃないわ」
本当は、感謝しなきゃいけないのは、こっちのほうだっていうのに…。
面と向かってそんなことを言われたら、聞いているこっちが恥ずかしくなる。
「で、そんなことより…なんなの? これ」
車輪も思ったより大きいし、人が一人で引くには不似合いなくらいの大きさだ。
それに、布が膨らんでいるところを見るに、中身も山積みにしてあるみたいだし。

「それは、私から説明させていただきます」
荷台を覆っていた布が揺れて、端から人が地面に降り立つ。
丁寧に頭を下げると、柔らかな笑みと共に、こっちへ歩み寄ってきた。
「初めまして。ロアイスより遣いで参りました、ファーナ・ティルナスと申します」
アタシの目を見て、聞き取りやすい、はっきりとした声で名前を告げる。
そのあとに、一目で訓練されていると分かる礼儀作法で、もう一度、深々と礼をした。
「セレノア・グレイスよ」
こちらも礼を返し、相手の身体に隅々まで目を走らせる。
アタシの見立てが間違っていなければ、闘いをする者の体つきじゃない。
それなのに、まるで臆することなくアタシの視線を受けとめ、友好的な笑みで返してきた。
なるほどね。
外見だけだと、それらしく感じられなかったけれど…。
実際の立ち居振る舞いを見ると、確かに使者として寄越されるだけの貫禄がある。
「で、説明してくれるんだったわよね? これは、いったい何なの?」
「糧食です」
「糧食…って、食べ物? これが全部!?」
布で覆われているから正確な量は分からないけど、これだけでも大したものだろう。
これほどの量を気楽に寄こすなんて、ロアイスって、本当に豊かな国なのね。
「まさか、これほど早く対応していただけるとはね」
聞きなれた声に振り返れば、父上と、その後ろには、おばさんたちが立っていた。
呼びに行く手間が省けたわね。
「レオン・グレイスだ。遠路はるばるお越しいただき、また、迅速な対応に心から感謝する」
「ファーナ・ティルナスと申します。こちらこそ、ロアイスへ相談していただいたことを光栄に思いますわ」
父上にも、その後ろで剣呑な目つきで控えるおばさんたちにも物怖じすることなく、凛とした声で話し、優雅に笑んでみせる。
自在に笑えるというのも、こうしてみると見事な技術だ。
「一つ、訂正させていただけますか?」
「訂正? 何をかな?」
「申し訳ありませんが、ロアイスが用意したのは、この封書だけです」
「では、こちらの荷台にあるものは?」
「これらの食糧は、ティスト・レイアとアイシス・リンダントの私財を元に、ユイ・カルナスが調達しました。
 礼ならば、彼等へとお願いします」
「私財…って」
これだけの量を、魔族のためにティストたちが用意したっていうの?
金は、人間にとって、何をするにも必要な、大切な物って話なのに…。
わざわざ、それを使って、アタシたちのために?
「どうして…」
「ん?」
「どうして、ここまでしてくれるわけ?」
二人の行動が嬉しくもあり、でも、同じくらいに申し訳ない気持ちもある。
迷惑をかけたことを考えると、とてもじゃないけど、素直に喜べない。
色んな感情が入り混じって、どれが本当の気持ちなのか、自分でもよく分からなくなる。
「父上が頼んだのは、ロアイスへの申し出だけでしょ? なのに、なんで?」
ティストが困ったような顔で笑ってから、ゆっくりと首を横に振った。
「べつに、気にするほどのことじゃない。
 あれだけ居心地のいい豪奢な部屋を、借してもらったんだからな。
 ロアイスであれだけの宿に泊まろうとするなら、これでも、まだ足りないぐらいだ」
母上の部屋をそこまで評価してくれるのは、悪い気がしない。
でも、それとこれとは、話が別だ。
「だからって…アイシスも、本当に良かったの?」
「はい。私も、大丈夫です。元は、お兄ちゃんのおかげで手に入れたお金ですし…。
 必要になったら、お兄ちゃんと一緒に働いて稼ぎますから」
まったく、そんな風に笑顔で言われたら、何も言えないじゃない。
ちっぽけな貸しを返してもらうつもりが、予想以上に大きな借りができたわね。
「何から何まで、すまないな。ありがとう」
「べつにいいさ。そんなことよりも、本題に入ってくれ」
ティストが、視線でファーナへと合図を送る。
小さく頷くと、静かな足取りで父上の前まで歩み寄ってきた。
「どうぞ、こちらを…」
「頂戴する」
受け取った手紙の封を爪で破き、父上が折り畳まれた手紙を取り出して広げる。
これほど真剣な顔をしている父上なんて、記憶になかった。
「…ふぅ。これが返答か」
文面に目を走らせた父上が、ゆっくりと息をつく。
その反応は、落胆にも安堵にも見えて、よく分からない。
「どのような返事をいただけたのですか?」
「要約すると、具体的な話は顔を合わせてしたいから、ロアイスへ来るように…とのことだ。
 そういうことで、よろしいかな?」
「はい、相違ございません」
「………」
父上の言葉を聞いたおばさんたちは、言葉にこそ出さないけれど、その表情は固い。
ロアイスの返事に不満を持っていることは、アタシの目から見ても明らかだ。
「ご希望に沿うことができず、申し訳ありません」
父上に、いや、その後ろにいるおばさんたちにまで目を向けて、ファーナが頭を下げる。
さすがに、相手の顔色がよく見えているわね。
「いえ、話し合う機会を用意して頂けただけでも、今は十分です」
「そして、今回の件に関して、いくつかお願いしたいことがございます」
「提示してもらえれば、なんなりと従おう」
「では…。
 ロアイスは、今回のみ特例として魔族の入国を認めますが、その事実を公表してはおりません。
 申し訳ありませんが、身分を隠して、できるかぎり人間との接触は謹んで頂けるようにお願いします」
「あくまでも、秘密裏に…というわけか」
「ええ。肩身が狭い思いをさせてしまい、申し訳ございません。
 あわせて、ロアイスへ入国される魔族は、二人までと制限させて頂きます。
 それ以上になると、どうしても目立ってしまいますので」
ティスト、アイシス、ファーナを入れると、全部で五人。
たしかに、これ以上に多くなれば、さすがに目立つことになるだろう。
「レオン・グレイス王の従者は、そちらで選んでいただいてかまいません。
 以上になりますが、よろしいでしょうか?」
「承知した」
一瞬の間も開けずに、父上が了承する。
最初に言った通り、どんな条件でも飲むつもりだったのだろう。
「そんな…」
「レオン様、それでは…」
「後にしろ」
おばさんたちの非難の声を、父上が一言で黙らせる。
表情には不満を表し、それでも、おばさんたちはおとなしく引き下がった。
「来ていただいて早々で申し訳ないが、明日にでも出立したい。よろしいか?」
「こちらもそのつもりでしたので、どうか、お気になさらずに。
 出発の時刻は、正午にしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「………」
笑みの形を崩さない口元の奥で、父上が、歯を噛み合わせる。
表情にまでは、表れていないけれど、父上も驚いたみたいだ。
「日中は、日差しが強い上に、気温も高い。
 我々は、慣れているからかまわないが、人間の貴女には、過酷だろう。
 まだ暑さの弱い深夜から早朝までの間に、距離を稼いだほうがよろしいのではないか?」
まったくもって、父上の言う通りだ。
あの体つきを見る限り、戦闘はできないだろうし、体力も期待できないだろう。
そんなこと、言われるまでもなく分かっていそうに見えるのに…。
「レオン様の仰る通りだと思います。しかし、こちらも意図があってのこと。
 どうか、御迷惑にならないように尽力しますので、聞き入れていただけませんでしょうか?」
「では、あなたの希望に沿わせていただく。余計な御節介をしてしまったようだな、すまない」
「いえ、心配りに感謝致します。ありがとうございます」
父上は、その時間を指定する理由を、あえて聞かないつもりみたいね。
わざわざ、まるでいいことのない昼間に出る意図なんて、想像もつかない。
ファーナ・ティルナス、人間といっても、ティストやアイシスとは、まるで違った持ち味ね。
本当に、退屈しないわ。
「何もないところだが、ごゆるりと休まれよ」
「お気遣い、傷み入ります」
お互いに笑みを浮かべ、丁寧に礼を交し合う。
外交上のやり取りは、これにて終了ね。
礼儀作法なんて、堅苦しいだけで使い道のないものだと思っていたけれど…。
こんなに面白いやり取りができるのなら、もう一回覚えなおしてもいいぐらいだ。
「サリ、ファーナ殿を部屋へ」
「レイナ、頂いた物の収納を」
「畏まりました」
父上が指示を出し、おばさんたちがそれに従って動き出す。
さて、と…。
アタシも、アタシのやるべきことをしないとね。
「やれやれ、無事に終わったようだな」
全員がいなくなったのを見て、ティストがその場に座り込む。
その横顔は、流れ落ちるほどの汗と砂が混じって薄汚れ、疲れ切っていた。
あれだけの荷を載せた荷車を引き、あの距離を踏破して来たのだから、当然だ。
だから、アタシを連れて行くように、あんなに言ったのに…。
そもそも、アタシが一緒にいれば、あの程度を運ぶのなんて、造作もないのに…。
ったく、馬鹿なんだから。
「お兄ちゃん、大丈夫ですか?」
「ああ、このくらい、なんでもない…さ」
返事をするティストの声は、掠れているのか、いつもとは微妙に違って聞こえる。
しょうがないわね。
「座り込むのは、部屋に戻ってからにしなさい。そうしたら、茶の一杯ぐらい、アタシが淹れてあげるわ」
「そいつは、魅力的な提案だな。ぜひ、頼む」
疲れを隠すように笑って、ティストが立ち上がる。
これだけの物を持ってきても、その態度は、今までとまるで変わらない。
自分のやったことを殊更に誇るわけでもなければ、恩を着せるわけでもない。
本当に、不思議な奴ね。
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