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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER 有色の戦人

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04章 気まぐれな帰宅-2


【ティスト視点】

ユイが話を伝えに行ってから、三日後。
呼び出しに応じて、俺は、ロアイス城のファーナの部屋を訪れた。
「久しぶりね、元気そうで何よりだわ」
「その節は、世話になったな。ありがとう」
俺が瀕死のときに、どんなに苦労をかけたのかは、師匠たちから聞かせてもらった。
機会がなければ、礼を言うことさえできないというのは、申し訳ない限りだ。
「そして、すまないな。いつも仕事ばかりを持ってきて」
「謝る必要はないわ。魔族と疎遠な現状を解消できたのだから、こちらから感謝したいくらいよ。
 精霊族とは、多少の繋がりがあるけれど、魔族とは皆無だったからね。
 しかも、有力者どころか、今の王家となれば、文句のつけようもないわ」
こうまで上機嫌に返してくれると、拍子抜けしてしまう。
厄介事を持ち込んだだけだろうと思っていただけに、喜んでもらえるのは想定外だ。
「さて、本題に入りましょうか。これを…」
差し出されたのは、見るからに高級そうな封書。
裏返してみると、きちんとロウを垂らして刻印され、その下にはライナスの署名まである。
この小さな手紙に国としての返事が詰まっているのかと思うと、実際よりもはるかに重く感じるな。
「分かっていると思うけど、絶対に封蝋ふうろうは破らないようにね」
物珍しげに見ている俺に向けて、ファーナが注意する。
「未開封であることの証明だから、だったな」
「その辺りは師匠にきっちり教え込まれたから、覚えているよ」
封書の類は、絶対に開封しないように…そう師匠たちに厳命されていた。
今思えば、あれは、どんなことがあっても責任を俺に向けさせないための優しさだったのだろう。
「それにしても、早い対応だな」
「意外かしら?」
「ああ。意見が割れて、結論が出るまでに時間が掛かると思っていた」
そうでなくても、城というのは、決定が遅い印象がある。
今回のように重大かつ繊細な問題には、相当な時間を要する覚悟をしていた。
「議論するべきなのは、もう少し後の話よ。
 今は、相手の話を聞く段階であって、他に選択肢なんてないわ」
「反発意見も出るんじゃないか?」
異種族への援助なんて、絶対に反対する者が出てくるだろう。
「話を聞いた後ならまだしも、聞かずに断るなんて真似をしたら、国としては終わりよ。
 ロアイスが断ったことを理由に他の国と組まれでもしたら、状況は一気に悪化するわ。
 今は、一番最初の相談相手にロアイスを選んでくれたことに、感謝しなくてはならない。
 たとえ、どんなに異種族を毛嫌いしている貴族でも、それぐらいの分別はつくわ」
「なるほどな」
他国と手を結ばれたら、戦力の均衡など簡単に崩れ去るだろう。
しかも、それを願い出ているのは、あのレオン・グレイスだ。
得られる力としては、申し分ない。
さらには、他国と何度も争ったブラスタよりは、受け入れやすい…というのもあるのかもな。
「とにかく、俺の仕事は、これを届ければいいんだな?」
「正確に言うと、その書状を持つ私を届けることになるわ」
「? ファーナが、魔族の領地まで行くのか?」
「種族不可侵があるというのに、勝手に来てくださいなんて、言えるわけないでしょう?
 それに、危険な仕事ほど敬遠されるから、しかたがないわ」
たしかに、友好を申し出ている相手とはいえ、敵地の中心へ行くことになるんだ。
逃げ場もなければ、助けも間に合わない、そんな状況は嫌がられて当然だろう。
「苦労してるな」
「それほどでもないわ」
微苦笑を浮かべて、ファーナは首を振る。
そうやって、これまでにも、いくつもの仕事をこなしてきたんだろうな。
「これで、少しでも誠意を見せられるのならば、楽なものよ。
 それに、何かあれば、守ってくれるでしょう?」
「ああ。この命に代えても…な」
冗談と分かる口調で投げかけれた問いに、正面から正直に答える。
それが、信頼して命を預けてくれる者に対する礼儀というものだろう。
「その返答がもらえれば、十分よ」
安心しきったように、ファーナが穏やかに笑う。
どうやら、俺の答えは、満足いくものだったらしいな。
「そういえば、ユイから聞かせてもらったのだけれど…。
 個人的に魔族へ食糧を運ぶそうね」
表情こそ変わらないが、ファーナの声は、さっきまでと比べるとずいぶん硬質だ。
どうやら、俺の行動は、あんまりよろしくないらしいな。
「まずいか?」
「魔族からすれば、素晴らしいことでしょうけど…ね」
そこで言葉を途切れさせ、ため息が続く。
明言することを避けているが、察しろということだろうな。
おそらく、続く言葉は、人間から見たら、褒められたものではない…ってところか。
「ユイにもお願いしておいたけど、表沙汰にならないようにお願いね。
 ある程度なら、こちらも目をつむるから」
「ああ、気をつけるよ」
「くれぐれも、慎重に動いてね。誰かが買い占めているという噂だけでも、十分に面倒なことになるわ」
ファーナの言葉に、背筋が冷たくなる。
ユイに頼んでいなければ、もしかしたら、俺は、その『面倒なこと』を引き起こしていたかもしれない。
だが、まさか、その程度のことで?
「具体的に、どうなるんだ?」
「商品が品薄になれば、買えない者が続出するし、値段だって釣りあがるわ。
 目ざとく見つけた商人たちによって、荒らされたりしたら、特にね。
 そうなれば、今でさえ食べる物に困っている人たちは、どうなると思う?」
「どうにもならない…だろうな」
今の状態でも精一杯なのに、値段が上がって買えるわけがない。
出来ることなんて、飢えながら、元の状態に戻るのをひたすらに待ち続けることぐらいだろう。
「分かってもらえたようね」
「魔族の惨状を見てきて思い入れが強いのは分かるけれど、傾注しすぎないようにね。
 今でさえ、ロアイス全国民の食事を、十分にまかなえているわけではないの。
 魔族へ食事を分け与えるから、もっと我慢してくれなんて、ロアイスの民に言えやしないでしょう?」
「たしかにな」
俺のやっていることは、ロアイスから見れば、倉庫を狙うねずみのように見えるだろう。
金を払っているとはいえ、このまま見過ごせば、命に直結する、大事な食べ物が減ることになる。
話し始めたときに、ユイが難色を示した理由は、おそらくこれなのだろう。
これが分かっていて、それでも引き受けてくれたユイには、本当に、感謝しないといけない。
「それに関連して、ちょっと相談事があるんだが、聞いてもらえるか?」
「何かしら?」
興味深そうに、ファーナが目を細める。
試すようなその視線に居心地の悪さを感じながら、それでも、思ったことを口にした。
「たしか、魔族の鉱石は、使い道が幅広く、人間や精霊族の間でも重宝されていたんだよな?
 だったら、それと食糧で、売買が出来ないか?」
石の質や価値の分からない素人の考えだが、昔は、それで、取引が出来ていたという話も聞いた。
一方的に食べ物を施すのでなければ、納得するものも増えるだろう。
「相応の見返りを求めるという意味でなら、もちろん、そのあたりも視野にいれているわ。
 でも、資源は有限であり、永続的に続けられるわけではない。
 それに、今のロアイスでは、魔族の民を全て支えるほどの食糧を作り出せない。
 もちろん、食材を増産する計画はあるし、それも見直すことになるだろうけれど、成功する保証はどこにもないわ。
 最終的には、共倒れになる可能性が高いわね」
苦い顔で、ファーナがため息を漏らす。
やはり、そう簡単に解決できるものじゃないか。
「だったら、魔族のあの大地をどうにかするしかない…か」
食糧が不足するのは、結局のところ、何も生み出せない大地のせいだ。
だったら、それを改善するのが一番の早道だろう。
「それが出来れば、苦労はないわね」
「それほど、絶望的なのか?」
「その辺りの知識は専門外だから、断言はできないけれど…難しいでしょうね」
「魔族の大地に手を入れようと思ったのは、私たちが最初ではないはずよ」
たしかに、どうにかできるものなら、誰かが先に対処しているだろう。
あの最悪な現状のままというのは、誰も手に負えない状態だったということだ。
「夢物語…か」
「だと思うけれど、何もしないでそう結論付けるのは、性急すぎるわね。
 少し、こちらでも文献を調べてみるわ。先人が残した有用な情報があるかもしれないし…ね」
「ああ、頼む」
会話が途切れ、ファーナがゆっくりと息をつく。
つられるように、俺も背もたれに身体を預けた。
話しているだけなのに、集中していると、疲れるものだな。
「ふふっ」
壁掛け時計に目を向けたファーナがそう声をあげ、穏やかに微笑む。
仕事の間には、絶対に見せることのない、優しい笑みだ。
「少しくらい、長引くかと思ったけれど…。こうも予定通りに進むと、自分でも驚くわね」
意味深な言葉の真意をファーナへ問い返す前に、控えめなノックの音が聞こえる。
このタイミングで、客が来る…か。
せめて、もう数分でいいから、後に来てくれれば、いいものを…。
「隠れたほうがいいか?」
ドアへと視線を向けたファーナへ、小声で問いかける。
この部屋でなら、扉を開けたときの死角になる場所なんて、いくらでもあるだろう。
ファーナとしても、部屋で男と二人で話していたなんて、迷惑な話だろうしな。
「その必要はないわ」
「だって、私にではなく、あなたへの来客なんですから」
「…!」
驚いている俺を無視して、ファーナが立ち上がる。
足音も立てずにドアへと向かい、背を向けたままで言葉が続いた。
「魔族の王族と話をつけるなんて、たいした偉業よ。
 難しい仕事には、相応の報酬が必要でしょう?」
「そういうことか」
思考をめぐらせて、ようやく、時計を見ていたときのファーナの独り言を理解する。
時間を指定して相手を呼び出しておき、それまでの間に話を終える…か。
たしかに、狙ったところで、そうそう簡単にできるものじゃないな。
「それに、これはこの間の私の失態に対する埋め合わせでもあるの。遠慮せずに受け取って」
扉が開くと、その隙間から何かが見えるよりも前に、風が舞い込んできた。
俺の足元から優しく吹き上がる風は、衣服をはためかせ、指の間を吹き抜け、頬をなでて、髪をくすぐる。
全身にじゃれつくように、小さな旋風つむじかぜが俺を包んでいた。
『ティストっ!!』
よく響くあの声が、俺の中をいっぱいに埋め尽くす。
他の音だったら、思わず耳をふさぎたくなるほどの音量。
それなのに、まるで嫌な気がしない。
この声になら、耳が壊されてもいい、そんな気分にさせられてしまう。
それほどに、俺にとっては、心地よい声だった。
「………」
花が開くように、淡い桃色の髪が目の前に広がる。
涙をこらえて塗れた瞳が、俺を捕らえて離さない。
「………」
声をかけようとしているのに、唇が震えるだけで、自分の口がうまく動かせない。
話すことがたくさんあったはずなのに、顔を見た瞬間に、そんなものは、全部吹き飛んでしまった。
「三十分で戻ります。その間、部屋の鍵はかけていくので、ごゆっくり」
「では、失礼致します」
決して礼節を軽んじることなく、最大限の礼を持ってリースに頭を下げる。
そして、ファーナが部屋を出ると、かちりと鍵をかける音が、部屋の中に響いた。
「………」
ドアが閉まる音を合図にしたように、俺へと一直線に駆け寄ってきた。
どん、という心地よい衝撃が胸を打ち、リースの額が俺の胸板に押し付けられる。
俺という存在を確かめるように手が添えられ、その指に、ありったけの力が込められた。
「良か…った。本当に…よかっ…た」
涙で声をかすれさせながら、リースが何度も繰り返す。
目尻から零れ落ちた涙が、頬を伝って、絨毯じゅうたんへと吸い込まれる。
「約束どおり、帰ってきたぞ」
「うん、う…ん」
泣き崩れるリースの背中へと手を回し、自分へと抱き寄せる。
ゆっくりと頭を撫で、落ち着くのをじっと待った。
「ねえ、さっきの声、聞こえた?」
「さっきの?」
「部屋に入るときに、一番最初にティストの名前を呼んだの、聞こえた?」
「え? …あ、ああ」
まさか、自分が生み出した幻聴だと思ってたなんて、恥ずかしくて言えやしない。
「でも、ファーナがいたのに、あんな大声出していいのか?」
他に誰かがいるときには、王女として振る舞うって話だったのに…。
さっそく、その約束が破られている。
「大丈夫、ファーナには聞こえてないはずだから」
「馬鹿言うな。あの距離で、聞こえないはずないだろ」
「ううん、あれは、ティストにしか聞こえてないよ。だって、あれ、私の魔法なんだから」
「魔法? あれが?」
俺が聞いたのは、記憶していたリースの声と、まったく一緒だった。
そんな突拍子もないことを言われても、にわかには信じられない。
「もぉ、信じてないでしょー? いいよ。じゃあ、ティストには見せてあげるから」
得意げな顔で自分の顔を指差してから、指先を緑色に輝かせる。
ってことは、風の魔法…なのか?
『どう? 唇を閉じてるのに、私の声が聞こえるでしょう?』
俺の耳朶をくすぐる優しい風とともに、はっきりとリースの声が聞こえる。
こうして肉声とじっくり聞き比べてみると、わずかな違和感があった。
にしても、声を自在に…?
『あれ? もしかして、聞こえてない?』
「大丈夫だ、聞こえてるよ」
あまりの驚きに、返事が出来なかった。
本当に、口を閉じたままでの会話が可能だなんて…な。
「ね、出来たでしょ? すごいでしょ?」
褒めて褒めてと言わんばかりに、得意げなリースへとおざなりな拍手をしてやる。
どうにも、驚きが強すぎて、うまく話を飲み込めない。
「いったい、どういう仕組みなんだ?」
「分かんない」
あっけらかんとしたリースの返事に、思わず脱力してしまう。
「分かんない…って、自分で使ってる魔法だろ?」
「これって、精霊族が使ってた、風の魔法の応用技なんだって。
 じいやにそんな魔法があることを教えてもらって、いろいろ試してみたら、私にもできたんだ」
「試してみたら、できた…って」
そんな魔法があるって知っただけで、自分の感覚だけを頼りに、その魔法を再現してみせた…か。
ったく、相変わらず、天才肌というか、いろいろ規格外だな。
「ティストも覚えてよ。そしたら、いつでも話ができるからさ」
「気楽に言ってくれるな」
原理は良く分からないが、かなりの高等技術のはずだし、容易に習得できるとは思えない。
まあ、でも、いいか。
せっかく、魔法を強化しようと決意したんだ。
無目的に風を発生させるよりは、使える魔法を増やすほうが、張り合いがある。
「それで、どうやるんだ?」
「いつもより、弱めに風の魔法を作るでしょ? それから、こうやって…」
身振り手振りと擬音を交えての説明に懐かしさを感じながら、講義に耳を傾ける。
相変わらず、物を教えるのが下手だな。
いや、むしろ、変えてないことを見せてくれているのかもしれない。
風を震わせて、声に似せる…か。
その手法は、想像もつかないが、こうしてリースがやってる以上、できるんだろうな。
ファーナが戻って来る前にコツを掴めたのは、奇跡とも言えるだろう。
後は、ひたすら特訓だな。
+注意+
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