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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER -戦場の最前点-

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04章 悩む少女-1

【ティスト視点】

「…ふぅ」
ダガーを鞘に収め、息をつく。
朝の訓練は、これで終わりだ。
「結局、来なかった…か」
乱れかけた呼吸を整え、二階の窓を見る。
寝坊…というよりは、疲労で起き上がれない可能性のほうが高いな。
「さてと…」
自室の棚に並んでいる小瓶の一つを持って、アイシスの部屋へと向かった。


ノックをして、待つこと数秒。
「どうぞ」
「失礼するぞ」
念のため、断りをいれてから、部屋へと入る。
思った通り、ベッドの上でアイシスが毛布に包まっていた。
「大丈夫か?」
「足に力を入れようとするだけで、痛くて…」
「まあ、あれだけ酷使すれば…な」
午前中に疲労させておいて、午後に追い込みをかけ、夜には搾りつくしたといってもいい。
体力は空だろうし、筋肉も極度の疲労で身動きはできない。
「これ、渡しておく」
「これ…は?」
「昔、俺が使ってた塗り薬だ。少しくらい痛みが抜けると思う」
「ありがとうございます」
受け取った小瓶を眺めて、アイシスが小さな声で礼を告げる。
「手製の薬だから、効果の保証はない。気休め程度だと思ってくれ」
「薬師が調合したのも、結局は手製です」
「そうだな」
ぽつりとそう呟くアイシスの言葉に、少し嬉しくなる。
最近だと、俺はすっかり世話にならなくなったこの薬だが…。
こんな風に人から礼を言われると、分かりづらい文献を読んで作った苦労なんて、気にならなくなる。
「今日の訓練は、止めておいたほうが良さそうだな」
「すみません」
「言っただろう? 休むのも訓練だ。
 それに、身体を鍛えることができないなら、その間にできることをしたほうが建設的だしな」
「できること?」
「たとえば、アイシスの今後のこと…とかな」
生きるための術なんて数え切れないほどある。
やりたいことが分からなくても、その辺りを決めることはできるはずだ。
それに、指針があったほうが、少しはマシだろう。
「一人で生きていくために…具体的に、どうするつもりだ?
 それによって、必要になる能力、覚えておいたほうがいいことまで変わってくる」
「どういう意味ですか?」
「たとえば…
 戦闘だけが馬鹿みたいに強くても、森での歩き方や野営ができなければ困る局面はあるし…。
 逆に、相手に勝たなければいけない状況では、生活の知恵がいくつかあったところで、打開はできない」
なんでもできるに越したことはないが、それが不可能だから取捨選択をし、身に付けるものを厳選しなければならない。
厳選した中でも何を優先するべきか、アイシスが選んでくれた方が俺としても教えやすい。
「一人で生きていくために…先生は、どうしてるんですか?」
問い返されて、少し考えてみる。
ユイが食事を用意してくれるのもあるが、それ以外だと…。
「野菜を育てたり、森の中で果実を取ったり…だな。
 食べられる植物や果実の知識と、その料理法さえ分かればいいから、比較的簡単だ。
 森の民と呼ばれる精霊族も同じような生活らしいが、病にでも掛からない限り、それほど危険はない。
 野生動物に対処できる強さがあれば、特に問題ないだろうな」
猛獣と呼ばれる類も、あしらい方さえ分かっていれば戦わなくていいから、脅威ではない。
危険を回避できる程度の体術があれば、相手に勝つ必要はないし、道具にも頼れるので楽なほうだ。
「他には、ギルドや請負で仕事を完遂させ、報酬を受けるのもやってる。
 身の丈にあった仕事をしていれば、それなりに安全だが…保証はないな」
依頼により報酬が左右されるし、自分にとって都合のいい仕事があるかどうかは難しい。
そもそもが、ギルドに持ちかけられたのは、本人の手に負えない仕事か、金持ちの道楽や横着ぐらいなものだ。
完遂させなければ報酬は支払われないのだから、良い仕事とめぐりあう運の要素が強い。
「俺は、この二つを適当に使い分けている」
わずかな間を置いて、聞き入っていたアイシスが俺の顔を見上げた。
「盗賊…とまでいかなくても、それに近いものになろうとは思わなかったんですか?」
実際、力自慢だけで仕事もせずに食料を確保しようとすれば、それぐらいしか方法が無い。
クリアデルの連中なんかだと、副業としてそういうことで小遣いを稼いでる奴も多いだろう。
特別な知識や技もいらず、ただ、街中で喧嘩して相手より強ければいいんだから、話は単純だ。
「眠るときぐらい、落ち着いて寝たいからな。
 敵ばかり作っていると、そんなことも許されないだろう?」
俺の返答が冗談めかして聞こえたのか、アイシスが憮然とした表情になる。
恨みを買うことの恐さや面倒は、今までのアイシスには無縁か。
「アイシスは、それを選びたいのか?」
「いえ、私は…弱いですから」
アイシスが、俯いて首を横に振る。
強くなれば、盗賊稼業がしたいのか? そう考えただけで、口には出さなかった。
想像は無意味で残酷なだけ。
強くなれたなら、そのときに考えればいいだけのことだ。
「ギルドの仕事って、どんなものがあるんですか?」
会話が途切れたことを気にしてか、純粋に疑問に思ってか、アイシスが俺に問いかける。
「アイシスは、ギルドに行ったことないのか?」
「はい」
「なら、リストを見ながら話したほうが分かりやすい…か」
「リスト?」
「ギルドで配ってる仕事の一覧だ。それを見て、自分の力量と相談しながら仕事を決める」
最近、ギルドに足を運んでいないから、仕事の傾向が昔と同じか分からないな。
「百聞は一見にしかず…か。
 食事を持ってくるから、今日は一日ベッドの上でおとなしくしているといい」
「先生は…ギルドに行くんですか?」
「ああ、手も空いてることだし、リストを取ってくる」
言い終わってから、この家にアイシスを一人で残していくことに気づく。
ろくに動けもしないのに、女一人をここに残していくのは、いいことじゃない。
「ここにいたほうがいいか?」
「いえ、べつに…。
 先生が私を制限しないなら、私も先生の行動を制限するつもりはありませんから」
「そうか。
 ここに住み始めて数年になるが、ユイ以外の来客は一度としてないから、安心していい」
街道から逸れて、街も村も無いような場所に家があるとは誰も思わないだろう。
「飯は、昨日の残りでいいか?」
「はい」
「じゃ、待っててくれ」
昨日のシチューを温めなおすために、台所へと向かった。


【アイシス視点】


私の膝の上に、熱が伝わらないようにタオルが巻かれた皿が置かれている。
先生は、食事の準備をするとすぐに出発した。
この家には、私一人だけ。
誰もいない、音もないこの部屋は、私の思い描いていたとおりだと思う。
少しだけ、この場所に順応しはじめている自分がいる。
先生以外に人がいなくて、先生もそれほど私に干渉したりしない。
廊下に足音が聞こえるたびに脅えていたクリアデルと比べれば、ここはいいところなのかもしれない。
誰かが来ることが、誰かに会うことが、苦痛だったときと比べれば…。
先生と話しているのは、そこまで苦痛じゃない。
「………」
膝の上のシチューの匂いが、私の考え事を中断してくれる。
これだけ疲れて身動きもできないのに、昨日の夜のように食欲は消えていない。
先生が気を利かせて食事を持ってきてくれて、よかった。
「…あれ?」
スプーンを口に運んで、思わず首を傾げてしまう。
作り置きのシチューには、昨日ほどの感動がない。
昨日と同じ味のはずなのに…あったかいはずなのに…。
昨日ほどあったかくならないし、美味しいとも思わない。
「どうしてだろう?」
時間が経って、味が落ちてるから?
二度目だから、初めてのような感動がない?
それとも…味だけじゃなく、それ以外の何かを美味しいと思ったから?
考えても、答えは分からない。
「…はぁ」
大き目の皿に盛られたシチューをスプーンで綺麗に食べ終えて、息をつく。
食べ終わったことに、満足感を覚えるなんて、いまだに信じられない。
皿をテーブルの上に置き、先生がくれた小瓶を手にとってみる。
先生の手製の薬…今は、少しでもいいから、この足の痛みを減らしたい。
自分の指に薬をつけて、ふくらはぎと太ももにそって伸ばしていく。
「…ッ」
触れたときには冷たかった薬が、足の上でじんわりと熱くなっていく。
火照った足から血の流れを感じて、心臓と同じように脈を打っているのが分かる。
その熱さを逃がさないように、毛布を被りなおして目を閉じた。
クリアデルでは、どんなに疲れていても、怪我していても、訓練が強行されたのに…。
ここは違う。
休んでもいいと…私の体調を気遣ってくれる。
その事実が、私の心を軽くしてくれた。
昼寝なんて、もしかしたら、初めてかもしれない。
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