挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER 有色の戦人

84/129

01章 気まぐれな歓迎-2


【ティスト視点】

暇つぶしに一番立ち上がりやすい座り方を模索していると、廊下から足音が聞こえてくる。
「なんだ、アイシスたちか」
最近では、もっとも俺と歩く回数の多い歩調を耳にして、思わず安堵の息が出た。
まさか、足音が聞こえることに安心するとは思わなかったな。
途中で消えるようなこともなく、部屋の前まで音が近づいてきて、ゆっくりとふすまが横へ動く。


うっすらと頬を上気させ、しっとりと濡れた髪を揺らして、二人が入ってきた。
「…ふぅん。なかなか、様になってるじゃない」
座っている俺を見て、セレノアが鼻をならす。
どうやら、魔族から見ても、及第点はもらえるような座り方らしいな。
「すみません、お待たせしました」
アイシスが端にあるクッションを二人分持ってきて、三角になるように配置する。
セレノアは手馴れた感じで、アイシスはスカートを意識しながら、それぞれに座った。
「………」
頬を赤らめたアイシスが、しきりにスカートの裾のあたりを気にしている。
地面での生活は、アイシスのほうが俺以上に苦労しそうだな。
「さて、晩飯にしようか」
朝に食べたきりだし、こんなに腹を減らしたのは久しぶりだ。
アイシスたちがもう少し遅かったら、つまみ食いの誘惑に負けるところだった。
「じゃあ、用意しますね」
持ってきた荷物の中から、アイシスが目当てのものを引っ張り出す。
ユイが持たせてくれた、ライズ&セット特製の旅用保存食だ。
「いただきます」
一かけらの干し肉をつまみ上げ、口の中に押し込む。
噛むたびに味が染み出して、それが喉の奥へとゆっくり流れ込んでいった。
「…ん、うまいな」
味が広がるたびに、余計に食欲が増してくる。
こんな保存食でもこれだけ楽しめるんだから、ユイの手料理を食べたら、どれだけ幸せだろう。
湯気のわきたつ出来たての料理を恋しく思いながら、次へと手を伸ばす。
ないものねだりは悲しくなるだけだ、帰るまでの楽しみにとっておくしかない。
「どうした? セレノアの分もあるんだから、遠慮しなくていいぞ?」
「二人とも、なんで食べてるの? 朝に食べたじゃない」
心底不思議そうな顔で問いかけてくるセレノアに気圧されて、食事の手を止める。
どうやら、俺たちのしていることは、魔族にとっておかしいことみたいだ。
「魔族は、晩御飯を食べないのか?」
「我慢が効かない子供じゃないんだから、食事なんて一日一回で十分でしょ?
 一日に何回も食べるのは、身体が育ってない子供だけよ」
「そう…なのか」
うまい相づちが思い浮かばずに、それだけで言葉を区切る。
食糧が足りないとは聞いていたが、これほどまでに切迫しているなんて、思ってもみなかった。
「まあ、今日のところは、移動して疲れてるだろうし、別にいいけど…。
 成人を済ませたら数日に一食なんだから、今のうちから慣らしておかないと辛いわよ?」
成長と共に食べる量を減らし、子供のために我慢していく…か。
年を重ねるほどに、生きるための最低限しか食べていないのだろう。
「そう…か」
次に伸ばそうとしていた手を止め、袋の紐を結わえなおす。
さすがに、そんな話を聞いて食べ続けられるほど、無神経じゃない。
一日に一食以下…か。
とてもじゃないが、俺には耐えられそうにないな。
魔族の人々は、こんな気分でどれだけの時間を過ごしてきたんだろう?
『ガイは、こんな状況を打破するために、立ち上がったのか』
声に出してしまいそうになるのをこらえて、心の中でつぶやく。
互いに理由があったとはいえ、民を救う邪魔をしたというのは、後味が悪いな。
「あの、魔族の食事って、どんな感じなんですか?」
「? どんな…って?」
「食材とか、料理法とか、そういうのなんですけど…。
 よかったら教えてもらえませんか? お姉ちゃんも、聞きたがってましたし」
会話の止まってしまったことを気にしてか、アイシスが話題を出してくれる。
魔族の料理…か、ユイがいくつか作ってくれたが、それ以外は食べたこともないし、興味があるな。
「んー、そう言われてもね。料理なんて、したことないから分かんないわ」
「なんだ、できないのか」
「できないんじゃないの! やらないの!!」
眉を吊り上げて、セレノアが俺の言葉を訂正する。
やったことないだけ、やれば当然できる…か。
実にセレノアらしい言い分だな。
「料理なんて、おばさんがやってくれるから、必要ないのよ」
「おばさん?」
「二人とも前に会ってるでしょ? レイナおばさんとサリおばさん」
「………」
アイシスが、困り顔で周囲を見回す。
俺も同じ気分だな…本人の耳に入っていないことを祈るばかりだ。
「なによ? 二人して、その微妙な反応は?」
「いくらなんでも、その呼び方は、ちょっと…」
「呼び方?」
「あんまり、呼ばれて気持ちのいいものでもないだろ?」
女なら、おそらく誰でも嫌がるだろう呼称だ。
わざわざ使うなんて、嫌味以外の何物でもない。
「だって、血でそうなってるんだから、しかたないじゃない」
「血で?」
「おばさんたちは、アタシの母上の姉二人よ。アタシの母上は、三姉妹の末っ子だったの。
 アタシから見たら、叔母さんでしょう?」
出来の悪い生徒に物を教えるような、馬鹿丁寧に説明してくれる。
なるほどな、あの二人と血縁なのか。
言われて比べてみれば、たしかに、どことなく似ている部分もある気がするな。
「それに、アタシの立場だから、特別に過保護ってわけでもないわ。
 料理なんて、魔族じゃ、ほとんど誰もしないんだから」
「どうしてだ?」
日に一食しかないとはいえ、食べることには変わりない。
料理をすることに変わりないんだから、それなりの人数が作れてもおかしくはないのに…。
「昔みたいに、満足に作れるほど素材もないしね。
 それに、そんなことにかける時間があるなら、その分を稽古に回して腕を磨くわ。
 食事なんて、どうせ数分で終わる作業なんだから、その程度で十分でしょ?」
食べ物を食べるという行為を、生き長らえるための作業と表現するのは、たしかに間違っていない。
だが、食事をこうも軽んじられているとは、思わなかった。
「なるほどな、魔族が強いわけだ」
食べる楽しみがないために、代替として戦いに楽しみを見出した…か。
飢えが、魔族を強くしたのだとしたら、やるせない話だな。
「そんなに料理のことが知りたいなら、今度会ったときに聞いてみたら?」
「え、あ、その…」
変な方向に話がそれて、アイシスが戸惑う。
わざわざ気を利かせて話題を振ってくれたのに、こんなことで困らせるのは可哀想だ。
「できれば、セレノアから、それとなく聞き出してくれないか?」
そのほうが、俺たちから聞かれるよりも答えやすいだろうし…な。
さっきの歓迎ぶりを見るに、アイシスが聞きに行っても、相手にしてもらえるかどうか、微妙なところだろう。
「えー、アタシが?」
心情をあからさまに表情へと出して、不満の声をあげる。
アイシスは、ますます小さくなるばかりだ。
にしても、これは、さすがに予想していなかった反応だな。
「そこまで嫌なのか?」
「んー、なんていうか…苦手、なのよね」
この距離でも聞き取りにくいほどの小さな声で、セレノアがつぶやく。
こんなにも弱りきったセレノアは、初めてみるな。
「苦手…って、あの二人が…か?」
「そ。前までもそうだったけど、帰って来てからは、特に…ね。
 また抜け出さないかって、四六時中、アタシのことを監視してるんだから」
「帰ってきてから? 監視?」
「忘れたの? 初めて会ったときのこと」
思考を巡らせて、そのときのことを思い出す。
考えてみれば、セレノアと出会ってからも、それほど経ってないんだよな。
アイシスにしてもそうだけど、もうずいぶん前のことのように感じる。
「たしか…精霊族と一悶着あって、戻ってきたらアイシスとセレノアが二人でいて…。
 腹ペコなセレノアに、ユイの手製の弁当を振舞ったんだよな?」
「余計なことを思い出さなくていいの!」
顔を赤くして、セレノアが俺を睨む。
どうやら、あれは恥ずかしい部類に入る記憶らしいな。
「アタシが言ってるのは、その後の話よ」
「その後っていうと、俺たちが戦ってる途中でレオンたちが来て…」
「アタシは帰る気なかったのに、ティストが口出ししたんでしょ?」
言われて、ようやく思い出す。
たしかに、連れ戻しに来たレオンたちと一緒に帰るのを見送ったな。
「それで、城を抜け出したことを、たっぷりと怒られた…と」
王女っていうのは、やっぱりどこも不自由なものなんだな。
こんな愚痴を聞いていると、昔のあいつを思い出す。
「そういや、なんで家出なんてしたんだ? 何か理由があるのか?」
逃げ出したくなるくらいに嫌なことがあったのか、それとも、つまらない日常に嫌気が刺したのか。
過去のあいつの例では、それぐらいがせいぜいだった。
「べつに、たいした理由はないわ」
「え? でも…たしか、あれって、お兄ちゃんを探してたんですよね?」
「? 俺を?」
意外な理由に考えを巡らせるが、思い当たる節がない。
そのときには、セレノアとも面識はなかったはずだし、会ってからも、特に何か言われた覚えもない。
「別に、退屈しのぎよ。強いっていうから、どれほどのものか、見に行っただけなんだから。
 それより、あのときの決着、まだついてないんだから、忘れないでよね?」
好戦的な笑みを浮かべて、話題の矛先を俺のほうへと戻してくる。
どうやら、薮蛇やぶへびだったらしいな。
「まあ、そのうち…な」
日付や場所などの細かな約束を取り付けられないように、言葉を濁す。
どうやら、いろんな意味で、早く本調子に戻しておいたほうが良さそうだ。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ