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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

点を支えし者達

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05章 私の贅沢-04

【アイシス視点】

閉まりかけの酒屋に飛び込み、持てるだけのお酒を買った。
これで、準備万端だ。
「あれ?」
ライズ&セットのドアにかけられた『closed』の文字に、お姉ちゃんが首を傾げる。
たしかに、いつもなら中から漏れてくるはずのお客さんの声も、今日は聞こえない。
「でも、料理の匂いはするよな?」
「そういえば…」
お兄ちゃんの言うとおり、できたての美味しそうな匂いがしている。
店を休みにして、二人で晩御飯を食べてるのかな?
「とにかく、入ってよ」
お姉ちゃんの後について、中へと入る。
カウベルが、軽快な音で歓迎してくれた。



「よぉ、遅かったじゃねえか」
部屋の中央の一番大きなテーブルについた二人が、笑顔でこちらを振り返る。
当然、他のお客さんは誰もいなかった。
「あんまり遅いから、先に初めてるわよ」
テーブルの上には、所狭しと料理が並んでいて、いくつかはもう手がつけられていた。
楽しそうに笑うシアさんの後ろには、空になった酒瓶が並んでいる。
本人たちにとっては軽く…なんだろうけど、今日、私が飲む量より多いんじゃないかな…これ。
「やっぱり…」
呆れたようにつぶやいた後、お姉ちゃんが微笑む。
こうなってるのは、予想済みだったみたいだ。
「店は、いいんですか?」
「ティストちゃんたちのために、貸切にしたの」
「お前等が飲むのに、俺たちだけ働いてるなんて、不公平だろうが」
建前と本音を聞いて、ようやく理解できた。
今日は、じっくり腰を据えて飲むみたいだ。
「でも、連絡いれなかったのに、よく気づいたね」
「あら? 連絡なら、たくさん来たわよ」
「? たくさんって?」
「娘さんが男と嬉しそうに歩いてた…って話が、そりゃあもう、いっぱいね」
「なっ…」
お姉ちゃんの頬が、火がついたみたいに赤く染まる。
さすがは、ライズ&セットの看板娘。
普通に買い物してただけなのに、噂がここまで届いてるんだ。
有名だと、いろいろ大変なんだな。
「いいじゃない、楽しかったんでしょ?」
「え、それは…そうだけど…」
「新しい服も買ったみたいだし」
「そ、そんなことまで知ってるの!?」
「当然よ」
お姉ちゃんの反応に満足げにうなずいてから、シアさんがこっちへ振り返る。
なんでもないはずなのに、思わずびくりと身体が跳ねてしまった。
「そんなに警戒しなくても、何もしないわよ」
くすくすと楽しそうに笑うと、私たちの下げていた袋を次々と受け取ってくれる。
とても一人じゃ持てないほどの重量なのに、シアさんは、顔色一つ変えずに微笑んでいた。
実際に、戦っているところを見たことはないけれど…。
やっぱり、クレア様やレジ様と同じぐらいに、お姉ちゃんの両親も強いのかな?
「それにしても、ずいぶんと、たくさん買ってきてくれたのね。
 今夜は、存分に楽しめそうだわ」
袋の中を覗きこんでいたシアさんが、上機嫌に笑う。
その横では、ラインさんが、飲みかけのお酒をきっちりと空にしていた。
「さて、こんなにあるんだから、さっそく開けないと…。
 だけど、ティストちゃんにお願いするのは、まだやめておいたほうが良さそうね」
「いえ、べつにその程度なら…」
「やめておきなさい。もう、今日は十分に意地を張ったでしょう?」
問いかけられて、お兄ちゃんが息をつく。
取り繕うのを辞めたらしい、その顔には、はっきりと疲労が浮かんでいた。
「お見通しですか」
「当たり前よ。何回、ラインの大怪我に付き合ってると思ってるの?」
「かなわないな」
そうつぶやいて、お兄ちゃんは、椅子の背もたれにぐったりと身体を預ける。
見ているこっちが心配になるぐらい、苦しそうだった。
そんな…いったい、いつから?
もしかして、昼間に歩いていたときから、そうだったの!?
「二人とも、そんな顔しないでくれ」
「だって…」
そんなことを言われても、顔が引きつって、表情がうまく変えられない。
作り笑いを諦めて、本当のことを答えてくれないと分かっていても、聞きたいことを問いかけた。
「怪我の具合、大丈夫なんですか?」
「ああ、傷自体はどうってことない。ちょっと疲れただけだ」
「だったら、そう言ってもらえれば…」
別に、今日じゃなくてもよかったし、途中でやめることだって…。
「いいんだ、今日は俺も楽しかったから」
そんな風に言われたら、返す言葉なんて、見つかるわけがない。
まったく…お兄ちゃんは、優しすぎる。
「お母さん、食器の準備、お願いしてもいい?」
「いいわ、任せておきなさい」
そういって、シアさんが奥へと向かうと同時に、お姉ちゃんの手が淡い光に包まれる。
そのまま、優しく手を伸ばして、お兄ちゃんの手を握った。
「んじゃ、俺は酒を開けておくか」
「あの…」
「ん?」
「私に、抜栓のやり方を、教えてもらえませんか?」
お兄ちゃんがやるはずだったことなら、誰かに任せるのではなく、自分で代わりたい。
こんなことで役に立てるとは思わないけど、でも、少しでも何かをしたかった。
私の考えてることが分かっているみたいで、ラインさんは私の目をジッと見てから、豪快に笑った。
「いいぜ、俺が教えてやる」



言われるままに手を動かし、忘れないように、手順を頭に留めていく。
お兄ちゃんやお姉ちゃんのやってた姿を思い出して、なるべく、それを真似するように意識する。
見ていると簡単そうなのに、やってみると難しいのは、こんなところでも同じだ。
「ここまでが、相手に出すための一連の流れだ。
 まあ、細かい礼儀作法は、相手によってほとんど省略して問題ないがな」
隣で手本を見せてくれたラインさんが、グラスに注いだ残りを、ビンに口をつけて一息で飲み干す。
その大胆さに圧倒されながらも、次の一本へと取り掛かった。
教わったとおりにナイフを使ってキャップシールを剥がし、スクリューをまわしてコルクへと突き刺す。
こうやって、丁寧に教えてもらえるのも、かなりの贅沢だ。
昔だったら、考えられないことだろう。
「そんなに難しい顔をしてやる必要はねえよ。ようは、美味しく飲めればいいんだからな。
 ビンを割らない自信があるなら、ここをダガーで横一閃に薙ぐのが一番手っ取り早いぜ」
コルクがちょうと途切れた辺りを指差して、ラインさんが笑う。
たしかに、飲めるようにするだけなら、それが一番早いかもしれない。
「まったく、女の子に行儀の悪いことを教えないの」
苦笑いでシアさんが食器を並べ終えると、お姉ちゃんも手を止める。
そして、にぎやかな晩御飯が始まった。



お酒を飲んで、ぼんやりとした頭では、思い出しきれないほど、色々な料理を食べさせてもらった。
少し料理を覚えたから、改めて、そのすごさが分かる。
味付けもそうだけど、私が決定的に劣っているのは、作れる料理の種類だ。
今の私だと、三食違う物を作ったら、三日と経たずに尽きてしまう。
もっと、いろんなものを覚えていかなきゃ…。
「荷物、大丈夫か?」
「あ、はい」
ぼんやりしていて、下がりつつあった荷物を持ち直す。
お兄ちゃんには、絶対に持たせられない。
普段では考えられないほどの大量な買い物。
とても満足したはずなのに、お金はまだまだ余っていた。
「まだ、こんなに…」
報酬をいれていた袋の重さは、行きとそんなに変わっていない。
半分ぐらい使うつもりで持っていたのに、ほとんど残ってしまった。
やっぱり、私に贅沢なんて、向いてないのかもしれない。
贅沢と無駄遣いの違いだってよく分からないのだから、それも当然か。
「べつに、一度で使い切る必要はないだろう?
 金が尽きるまで、今日みたいなことを繰り返してもいいしな」
「…!」
思いがけない提案に、びっくりして立ち止まってしまう。
そんな方法があるなんて、まったく思いつかなかった。
その提案は、とっても贅沢で…。
贅沢すぎて、私にはもったいないぐらいだ。
少し前を行くお兄ちゃんの隣へと早足で並んで、その横顔に問いかけた。
「また、付き合ってくれますか?」
「ああ、いつでもいいぞ」
穏やかな笑顔で、お兄ちゃんが答えてくれる。
今日だけで、色んな贅沢をしてきたけれど、この瞬間に勝るものは、なかった。
そう思えてしまうほどに、今の私は満たされている。
今は、お兄ちゃんに甘えるという、最高の贅沢を味わおう。
この話で、DAGGER 1章のサイドストーリーは終了になります。

2015/7/1より、DAGGER 第2章 有色の戦人(セレノア・グレイス編)を
公開予定ですので、しばらくお待ちください。
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