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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

点を支えし者達

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05章 私の贅沢-02


【アイシス視点】

さて、次はどこへ行って、何を買おう?
こんなに楽しく悩めるなんて、たしかに贅沢かもしれない。
「この際だから、毛布や枕なんかも買い替えたらどうだ?
 昔、俺が適当に選んだ物だから、お世辞にも上等とは言えないし…。
 少し奮発すれば、もっと上質で、趣味のいいものが見つかるはずだ」
「せっかくだけど、毛布も枕もそのままでいいです。
 買い替えるつもりは、ないですから」
私の部屋にあるものは、どれ一つとして、手離すつもりはない。
こんなに自分の所有物に愛着が沸くなんて、今までなら、考えられなかった。
「お兄ちゃんは、何か買わないんですか?」
さっきから、私についてきてくれるばかりで、全然買うそぶりを見せない。
でも、本来なら、このお金はお兄ちゃんが一番に使うべきなんだ。
私は、お兄ちゃんの好意で、使わせてもらってるに過ぎない。
仕事でもらった報酬は、全てお兄ちゃんに支払われるべきお金なんだから。
「買うもの…ねえ。いや、いいかな」
周囲をざっと見回して数秒の思案、あっさりと首を横に振る。
「そんな、我慢しなくていいのに」
「べつに、耐えている感覚はないんだけどな。
 どうも物欲ってのが、足りてないらしい」
「………」
困ったように頭をかくお兄ちゃんを見て、お姉ちゃんの表情が曇る。
小さく漏らした息は、悲しみで濡れていた。
「ユイ?」
「でも、それなら…ティストには、大金の報酬なんて、必要ないじゃない」
目を伏せたお姉ちゃんが、今にも泣き出しそうな声でつぶやく。
お兄ちゃんが求めてるのは、お金じゃない。
自分が求めているものはもらえないのに、それでもお兄ちゃんは、仕事を引き受けて、お金を得る。
どれだけ求めても、自分の欲しいものには、手が届かない。
それは、とても悲しいことに見えた。
「そう…かも、しれないな。
 だけど…俺が得たものは、金だけじゃないはずだ。
 少なくとも、俺はそう思ってるよ」
硬い声で断言して、お兄ちゃんは、あの不器用な笑顔を浮かべた。
困ったように、悲しげに、それでも、強がるように笑っている。
見ている私の胸が痛くなるぐらいに、色んな意味が込められた、深い笑顔だった。
「ごめんね、変なこと言って」
「いや、ありがとな。俺が色々欲しいと思わないのは、もう十分に満たされてるから…かもしれない」
本当に、心から満足しているように見えるほど、その横顔は穏やかだった。


「おぉっ!? 闘技祭のときの嬢ちゃんじゃねえかっ!」
「!?」
突然の声に振り返ると、気っ風のいいおじさんが、愛想よく笑っていた。
見たことない顔だし、もちろん、名前なんて知らない。
知らない人にいきなり話しかけられるなんて、初めてだ。
「寄ってきな、安くしとくぜ」
手招きするおじさんの露店からは、煙と一緒に香ばしい匂いが立ち上っている。
「へえ、串焼きか」
「ここのは、美味しいよー」
「おお、騎士団長に勝った兄さんに、カルナスんところの嬢ちゃんじゃねえか。
 なら、活躍一人につき一割だ、三割引でいいぜ」
「え…」
三割引…って、えっと…?
考えても全然分からなくて、思わず、おにいちゃんを振り返ってしまう。
「そのうち、読み書きだけじゃなく、算術も教えるよ」
「はい、お願いします」
文字は少しずつ読めるようになってきたけど、まだまだ、分からないことだらけだ。
お兄ちゃんは優しく教えてくれるから、一つずつ、ちゃんと覚えていこう。
「せっかくだし、大きめのを一つもらおうか」
「あいよ! 一番でかいのにしとくぜっ!」
タレを塗られ、炙られた肉の香りが、胃を刺激する。
朝ご飯にあれだけ食べたのに、もうお腹が空いてきた。
「じゃあ、私も…」
「いや、いい」
お金を出そうとした私を、お兄ちゃんが手で制する。
いい…って? 何がいいんだろう?
「あいよ、お待ちどうっ!!」
「どうも」
御代を渡して、お兄ちゃんが、湯気の立つ熱々の串を受け取る。
自分では手をつけずに、そのまま、私に差し出してくれた。
「ほら、一番乗りだ。服につけないように、気をつけろよ」
「え?」
「買い食いはね、ちょっとずつ色んな物を食べるのが、一番いいの。
 冷めないうちに、めしあがれ」
「ありがとうございます」
戸惑うほどの肉厚な一切れに、口を大きく開けて、かぶりつく。
甘辛いタレと、肉汁が口の中いっぱいに広がった。
噛み締めるほどに味が引き出されて、喉の奥へと流れ込んでいく。
焼きたての熱が胸の奥まで伝わり、火が灯ったように、じんわりとあたたかくなった。
「いいか?」
「ふぁい」
!? 口がうまく動かなくて、変な声が出た。
そんな私を見て、お兄ちゃんが笑顔で串を受け取る。
うぅ…はずかしい。
「ん、いけるな」
お兄ちゃんが、私の食べかけを一口かじり、お姉ちゃんへと渡す。
長い髪を後ろへと払ってから、お姉ちゃんも同じ場所に口をつけた。
「うん。タレの味もいいし、焼き立てなのもいいよね」
「はい、アイシスちゃん」
再び私に戻ってきたものを、もう一度頬張る。
ひとつの物を食べ回しているのに、全然、抵抗を感じない。
とても自然で、当たり前なことのように思える。
きっと、昔の私だったら、下手な言い訳をして、断ってただろう。
それを受け入れられるようになったのは、お互いの距離が近くなったからだと思う。
少しでも味をたくさん楽しむために、夢中で口を動かす。
たぶん、この串も、あのときのシチューと同じだ。
一人で食べたら、きっと、ここまで美味しいとは感じなかったと思う。
私が、こんなにも美味しいと思えたのは…この二人のおかげだ。
「アイシス。買い食いはいいけど、食べ過ぎると後悔するから気をつけろよ」
「?」
「今日の晩御飯は、もちろんウチだからね」
「あっ…はい、分かりました」
お兄ちゃんもお姉ちゃんも、すっかり、元通りになっていた。
あのおじさんには、感謝しないといけない。
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