挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

点を支えし者達

77/129

04章 激情の命ずるままに-04


【レジ視点】

閉店の看板を無視して、ライズ&セットの中へと入る。
店にはとても出せないような、外見を気にしない不恰好な山盛り。
そんな皿がいくつも並んで、テーブルの上を埋め尽くしていた。
普段の食事とは、比べものにならないほどの多さだが、軽い運動の後なら、程よい量だ。
「とりあえず、こんなもんで…後は、足りなきゃ作りますから」
「ああ、すまんな」
「いーえ、あぶれものの男同士、楽しくやりましょうや」
「そうだな」
女子供は、皆、ティストの家だ。
出てきたときの様子を考えると、この時間でも、まだベッドを囲んで、楽しく騒いでいるだろう。
普段は、料理になど興味も示さないクレアが、嬉々として包丁を握っていたぐらいだからな。
「グラス、いります?」
「いらん」
「そうこなくちゃ」
昔と変わらぬ子供染みた笑みを浮かべたラインが、コルクを抜いたボトルを差し出してくる。
それを受け取り、上へ掲げた。
「おつかれさんでした」
「ん」
グラスの乾杯と同じようにビンをぶつけあうと、澄んだ音が響く。
残響を楽しむなんて気取った真似はせずに、中のワインを一気に飲み干した。
空き瓶を床に転がして、隣のテーブルの上にびっしりと並んだ中から、次の一本を取る。
それなりに本数を揃えたみたいだが、この数だと、酔いつぶれる前に全部空になるな。
「さて、いただくとするか」
切り分けられたというには大きすぎる肉の一片にかじりつき、口の中からなくなる前に次へと手を伸ばす。
顔色を伺うべき相手がいないのだから、気取ったマナーも必要ない。
これこそが、美味いものを最大限楽しむための食事作法だ。
「見事な食いっぷりで」
「お前ほどじゃない」
軽口の間にも、料理は音を立てて消えていく。
思い切り頬張ったと思えば、もう喉から奥へと流れている。
本当に、相変わらずだな。



「ふぅ…」
テーブルの上が、二度ほど空になったところで、手を止める。
ようやく、ひとここち着いた。
王宮の完成されたと誇る料理が口に合わないのを、再認識したな。
しばらくは、今日の満足と日々の食事を比べることになりそうだ。
「もういいんですかい?」
「ああ、お前じゃないんでな」
「とかいって、まだまだ飲むくせに」
上機嫌なラインが、次のボトルを差し出してくる。
苦笑と共にそれを受け取り、一息に半分まで飲み干した。
この程度で酔いがまわってくるとは、年を感じるな。
「しっかし、久しぶりに暴れましたね」
「疲れたか?」
「まさか、暴れ足りませんよ」
「それでも、ワシよりはマシだろう?」
「違いねえや」
アイシスが戦線を支えている間に、大半はクレアが掃討した。
レオンの娘も混ざったおかげで、ワシが相手をしたのは、ほとんどがあぶれものの雑魚だけ。
あの程度の力量では、どれだけ倒したところで、まるで楽しめない。
魔族の表現を借りるなら、余計に戦闘への飢えや渇きが増すというものだ。
「しっかし、本当に残して帰ってきて良かったんですかい? また襲撃なんてことがあったら…」
「心配か?」
「ええ、死地に飛び込んでくる敵さんの方が…ね」
「同感だな。死にたいにしても、もう少しマシな方法を選ぶべきだ」
クレアは、絶対に自分が死ぬまで、ティストの前から退かないだろう。
それほどの覚悟を持ったクレア・セイルスと対峙して勝つなど、誰にも出来やしない。
「女ってのは、どうして手加減できないんでしょうね?
 シアも酷かったけど、ユイなんてそれ以上ですよ」
「そうだな」
家族について、嬉しそうに愚痴をこぼす…か。
あのラインでさえそうなのだから、本当に、月日は人を変えてしまう。
ワシが年を取るのも、無理はないな。
「にしても、ねえ…今日のクレア様は、今まで見た中でも一番迫力がありましたよ。
 全力出したとして、あれに勝てますかい?」
「闘技祭のような、武を競うだけの闘いならば、ワシにも勝機は十分にあるだろう。
 だが、ティストが絡んでいるのなら、殺されるだろうな」
苦笑に歪んだ口に、酒を流し込む。
最後にクレアから酌を受けたのは、いつのことだったか。
ティストが城に来た日から、クレアの一番は『あの子』になった。
つきっきりで付いてまわり、何も知らないあの子に、物事を一から教えていく。
厳しくするときは怒り、それを上回るほどに甘やかす。
幸せそうなクレアを見て、良かったと心から思えた。
ティストは、子供を授かることができなかったワシら二人にもたらされた、救いだ。
「どうしたんですかい? 黙りこんじまって」
「いや…これで終わったとは、思えなくてな」
内心を気取られぬように話題を変え、再認識した現実に嫌気が刺す。
ファーナも話していたとおり、また、近いうちに何かが起きるだろう。
こんな歯切れの悪い結末など、誰一人望んでいないのだから。
今回は、本当に、運が良かった。
全てが後手に回った中で、かろうじて防げたにすぎない。
現に、ティストは、生死の狭間を彷徨い、その上に人間の手で殺されかけた。
次に何が起きるか分からないのに、どうにかなるなど、楽観できる状態ではない。
「考え事なんて、らしくねえじゃないですか。
 昔は、なんでも拳で解決してたのに」
「それが通用すれば、楽なのだがな」
そんなことをすれば、誰も城からいなくなってしまう。
それほどに、貴族という選ばれた民は傲慢で、度し難い。
本来なら、選ばれるのは、家ではなく人であるべきなのだ。
遠からず、貴族というものは、破綻するだろう。
あの閉鎖世界では、成り上がりの貴族は、例外なく爪弾きだ。
それなのに、軽々しく辞めることも、抜け出すことも許されない。
だからこそ、ティストをこんな世界に縛らせたくない。
あいつのような優しさを持った人間には、住みにくい世界だから。
「またロアイスを出て行く気になったら、すぐに言ってくださいよ。
 俺も店を畳みますから、前みたいに、気ままに旅でもしましょうや」
まったく、気楽に言いおって…。
「ふん」
自分の口へとせりあがって来る愚痴を押し止めるために、真紅のワインを流し込む。
そんな弱音を吐くなど、許されることではない。
ワシとクレアは、既に一度、全てを捨てて…。
いや、自分の責任を放棄して、家を飛び出したのだ。
騎士団長の息子と、王族の世話役の娘。
それがどんなに大変で、どんなに大切なことかを、あのときの自分たちは無視した。
自分の都合だけを並べ立てて、己の自由のためだけに逃げたのだ。
その責任は、王城にいた家族が…特にクレアの兄が我々を庇い、全てを肩代わりしてくれた。
そして、あの人は、帰りを待っていたかのように、旅から戻ってきたワシらの前で倒れた。
あの人は、妻を娶ることもできないほどに働きづめで、当然ながら、跡継ぎもいなかった。
ワシとクレアの血を引いた子供も、残念ながらいない。
自分が死ねば、そこで、血筋は絶え、セイルス家は終わる…それは、どうしようもない事実だ。
だが、その後のことを、見過ごすわけにはいかない。
王家に忠誠を誓い、その存在を守護してきた一族の末裔として。
王族が生まれたときから傍に寄り添い、世話をしてきた一族の末裔として。
貴族が王族に対して反意を抱いているのなら、護り通す義務がある。
いや、義務だけではない、守りたいのだ。
王を、王妃を、そして、あのお二人を。
それに、責任を人に押し付けて、あれほど好き放題に振る舞ったのだ。
そのツケと思えば、逃げ出そうなど、考えることすら罪悪だ。
わずかでも、受けた恩は返さなければならない。
それが道理というものだ。
「ワシが、途中で投げ出すと思うか?」
長い間を置いての返事に、ラインが笑う。
「まったく、損な役回りですね」
「本気で、そう思うか?」
「いーえ。でも、同情されるもの悪くないでしょう?」
「まあな」
相変わらずの減らず口に、思わず口の端が釣りあがる。
その口ひげを撫でるように、戸口から穏やかな風が入り込んできた。



意識をそちらへと向ければ、ロアイス城から、風の魔法が吹き上がっているのが分かる。
外に出ているわけでもないのだ。
王族とて、好きなように魔法を使うぐらいの自由は、許されるべきだろう。
「いい風ですね」
「そうだな」
力強く繊細な魔法の流れは、感じているだけでも心地よい。
あのお二人の才覚は、本物だ。
執務に追われ、肉体を鍛える時間が確保できないのが、実に惜しい。
だが、自身が刃を握る必要はないのだから、それでいいのかもしれない。
それを補うことが出来る人間が、周囲にいるのだから。
あるものは力を、あるものは知力を、あるものは治療を。
子供たちは、それぞれが自分の進むべき道を見つけ、必要な力を蓄えている。
「時が経つのは、早いものだ」
「まったくですね」
あの幼かったティストが弟子を取り、その子も目を見張るほどの成長を見せているのだからな。
世代は、もうすぐ移り変わる…いや、もう既に変わっているのかもしれない。
だが、子供たちに全てを任せて、自分が怠けるわけにはいかない。
先に生まれ、先に死ぬものとして、次の世代の一助にならなければならない。
「時間など、どれだけあっても足りぬな」
「でも、明日を生きるためには、休息も必要ですよ」
ラインが笑いながら、酒瓶を差し出してくる。
どうやら、はやる心を見抜かれたようだ。
「そうだな。まずは、英気を養うか」
「ええ。今日は、とことん飲みましょう」
差し出された酒を飲み干して、次へと手を伸ばす。
今夜は、久しぶりに長くなりそうだ。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ