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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

点を支えし者達

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04章 激情の命ずるままに-02


【クレア視点】

ティストの家のことは、シアから何度も聞かせてもらっていた。
昔、私たちがねぐらとして使っていた、深い森の中にある小屋。
長らく放置されていたそこに、ラインとシアが手を入れて住めるようにしたという話だ。
「あそこに、ティストが一人で…」
そう思うと、胸が痛くなる。
私たちが使っていたときは、人数が多いからこそ、手狭に感じていた。
けれど、一人で住むには広すぎる。
そして、人里から離れているあそこは、生きていくには不便なところだ。
隣人などは当然いないし、欲しい物も手に入らないし、困ったときに頼れる者もいない。
ユイが足しげく通っているそうだけれど、それでも、限度があるだろう。
あの子の心に根付いてしまった孤独は、どれだけ深いのか。
「………」
思考を振り払うように、足へと力を込める。
できないことを思い悩む時間など、残されていない。
余計なことをしている暇があるならば、この足に全てを注ぐべきだ。
景色が溶けたように歪み、後方へと流れていく。


さらに速度を上げると、目に映る物の多さに耐えかねて、視野が狭くなった。
この状態では、罠や奇襲はもちろん、下手をすれば、障害物でも大怪我につながる。
そんな中、脇目もふらずに足を動かして、忌々しいまでに開いてしまったあの子との距離を消していく。
何があろうとも、絶対に速度を緩めるつもりはなかった。
長距離で移動するには、アイシスにも伝授したこの歩法は、まるで適さない。
本来なら、戦闘で瞬間的に絞り出すときにだけ使うべきだ。
持続するだけでも、身体の節々が軋み、不平を漏らしていく。
その痛みを、喜びが塗りつぶしていく。
ようやく…だ。
ようやく、あの子のために力を振るうことができる。
待ち焦がれていたその瞬間に向けて、身体が熱を帯びていく。
普段からは想像もつかないほどの力が、私の全身に満ちていた。
それを総動員させて、迷いなく街道を駆け抜ける。
背中に吹き付ける風を追い越す感覚を味わうなんて、いつ以来だろう。



ようやく街道を外れ、上り坂になっている森へと入る。
木々の合間から、武具特有の鈍い光が見え隠れしていた。
端から倒していきたい衝動を抑え込み、ひたすらに奥へと進む。
最後には、全て倒す。
今、最優先すべきことは、それじゃない。
怒りを雑念として切り捨て、目的に向けてひた走る。
「なっ!? ぐわっ…」
「ばっ!? がふっ…」
それでも、目の前にいた障害物だけは、きっちりと片付けた。
数瞬もかけていないのだ、これぐらいなら、許されるだろう。




敵の密度がずいぶんと増したところで、密集した頭の奥に、ようやくあの家が見えた。
ようやく見えた目的地に、全身の血が騒ぎ出す。
焦る気持ちを抑えきれずに、輪を切り取るように一角の撃破に取り掛かる。
これまでは、最低限の戦いを行い、縫うように走りぬけていた。
だけど、あの家を目にして、無駄な歩みなど、一歩としてしたくない。
足が望む直進を叶えるために、力に任せて最短距離を突破する。
戦闘方法としては、とても、褒められたものではない。
それでも、かまわない。
ただ、ひたすらに前へ。
一秒でも早く、あそこへたどり着きたかった。



「…!」
ようやく、うっとうしい人波が途切れたところで、水の魔法が襲い来る。
この魔法は、アイシスか。
「しかたない」
さすがに、この状態で敵味方の区別を望むのは、酷というものだろう。
広範囲に展開されている水を大回りで避け、一気に走り寄る。
ダガーの間合いから外れたところで足を止め、家を見上げた。
当たり前のことだけれど、私が別れを告げた時よりも、大分古びているようだ。
本当に、時間の流れとは、残酷なものだ。
感慨にひたっている暇などない。
「クレア…さま」
打ち倒されて転がる傭兵たち。
その中心で、息を荒げて、満身創痍のアイシスが立っていた。
「ティストは、無事ですか?」
勇気を振り絞って、その問いを投げる。
もし、もしも、間に合っていなかったら…。
その不安が、アイシスが唇を動かすまでの数秒を、永遠に感じさせた。
「はい。二階に…」
「そう…ですか」
思わず、息をつく。
間に合った。
本当に、間に合ったんだ。
何度繰り返しても、実感がわかない。
自分にとって都合のいいことばかり見せてくれる、夢の中にいるような気持ちだ。
ただ、気の遠くなるような痛みが断続的に足を襲い、これが現実だと教えてくれている。
「全力疾走なんて、もう二度とすることはないと思っていましたが…足を酷使した甲斐がありましたね」
血が脈動し、筋肉がものすごい力で握りつぶされたように、変形していく。
疲弊しきった足では、普段の速さと比べて、半分も出せないだろう。
弱音を吐くならば、立っているだけでも辛い。
でも、そんなことは、瑣末なことだ。
ようやく…ようやく、あの子のために出来ることがあるのだ。
今度こそは、絶対に失敗しない。
敵意を込めて、周囲の顔に目を走らせる。
そのどれもが、突然のことに驚いて固まり、あるいは、狼狽していた。
「セイルスだっ!!」
「クレア・セイルスが出たっ!!」
上擦る声で、口々に叫ぶ。
その声は、次々に集団の中へ恐怖を伝播させていった。
「まったく、失礼な物言いですね。人を希少動物のように…」
「殺せぇえっ!!」
「出来もしないことを、みだりに叫ぶものではありません」
左の人差し指を走らせ、それに呼応して水が空を翔る。
十分に練り上げて硬度を上げた私の魔法は、安物の防具で受けきれるものではない。
「アイシス、こちらへ」
「はい」
左手だけで戦闘を続けながら、右腕でアイシスを抱きしめる。
その疲れを少しでも取り除けるように、癒しの魔法を発動させた。
「これだけの数を相手に、よく持ち堪えてくれました」
「お兄ちゃんが教えてくれたことが、私を守ってくれました」
健気に笑うアイシスの力を戻すために、魔法力を一点に集中する。
出遅れた私の分も働いてくれたのだ、この子には、相応の力を受け取る権利がある。
「もう少しです。目の前の敵を片付ければ、終わりですから」
「甘いわ、これだけの数で済ませると思うか。まだ他にもたっぷりと兵を用意してあるわ」
怯えて縮こまるどころか、胸を張って悪事を自慢するなど…本当に、救いようのない下衆だ。
あくまでも自信に満ちたその滑稽な姿を見ると、深奥から激情が噴き出してくる。
安っぽい言葉を並べてまで、私を怒らせたがるのだから、始末に終えない。
嗜虐心と子供っぽい対抗心が混ざり合い、私の心の中に負の感情が生まれた。

「なら、私もいいことを教えてあげましょう。
 ファーナの助言によって、ラインとシアが増援の撃破に向かいました」

「なっ!? 撃破だと!?」
「ええ、足止めではありません。撃破です。そして、この部隊には、レジが背後から挟撃を仕掛けています」
「くっ…だったらどうした!? その程度で、負けを認めろとでも言うつもりか?」
「ふふっ…」
つまらない冗談に、思わず笑みが零れ落ちる。
驚くほどの愚か者だ。
貴族である自分が頭を下げることに、それほどの価値があると、この男は勘違いしているのだろう。
そんなことで、終わると思っているのか。
私の大切な物に手を出しておいて、そんなことで、許されるとでも思っているのか。
自分がどれほどの過ちを犯したのか、この戦いを通じて、じっくりと噛み締めるがいい。
「言っておきますが、降伏や逃亡など、認めるつもりはありません。
 あなたには…いえ、この馬鹿な計画に加担した全ての者達には…。
 私の怒りの深さを、たっぷりと知ってもらいます」
溢れ出る怒りを声に載せて、唇から吐き出す。
私が、どんなに怒りを溜め込んでいたのか、知らないでしょう?
私が、どれだけこのときを待ち焦がれたのか、知らないでしょう?
だったら、その身で知りなさい。
「さあ、始めましょう」
言葉を交わす時間は、もう終わりだ。
これから交わすのは、刃だけでいい。
「くっ…」
隠れるように、男たちの後ろへと逃げ込む。
今すぐにでも一撃をくれてやりたいところだが、今は、目の前の敵を片付けるほうが先だろう。


アイシスから離れ、敵陣の中へと飛び込む。
幸いなことに、暴れ狂う痛みをこらえてしまえば、足はまだ動かせるようだ。
だったら、ためらう要素など、何一つない。
それであの子を護れるなら、些細な犠牲など、喜んで受け入れよう。
それに、私には、まだ両手も残されている。
ロッドを振るい、拳を握り、魔法を収束させることだって、できるのだ。
この五体が、今日で使い物にならなくなっても、かまわない。
全て壊れるまで、使い尽くしてやる。
身体の中に溜め込んでいたものを吐き出すように、力を行使する。
あの子のために、全てを振り絞ることに、何の迷いもなかった。
「くそっ、なんて強さだ」
「囲め!! 全員で包囲するんだっ!!」
そんなことをしたところで、優位に立つことはできないというのに、愚かなことだ。
そして、これで私の目論見どおりになった。
なるべく多くの注意を私に引き付け、残らず倒す。
この状況で、少しでもあの子達の負担を軽くするには、これが一番だろう。
本当は、アイシスを家の中に逃げ込ませることも、考えた。
しかし、これだけの人数が攻撃を加えれば、単なる民家など、すぐに破壊されてしまうだろう。
そして、注意を私だけに向かせることは、できない。
やはり、戦って全員を打ち倒す以外に、道はないのだ。
「たかが一人増えただけだ! 耄碌もうろくしたババアなんぞ、戦力になるわけがない」
中ほどにいる一人が高らかに叫ぶと、それに呼応するかのように、口汚い罵倒が続く。
烏合の衆というのは、これだから鬱陶しい。
だが、無礼な言葉にわざわざ反論してやるつもりなど、毛頭ない。
自分がどれだけの失言をしたのか、その身体で理解させてやるまでだ。
都合のいいことに、剣を振り上げて、次々に私へと挑んで来てくれる。
さっきまでは、怯えて震え上がっていたくせに…。
「まったく、舐められたものですね」
息を大きく吸い込み、身体の中を新鮮な空気で満たす。
そのまま呼吸を止め、たわめた足へと力を込めた。
「っ!!」
相手の靴に狙いを定めて、跳躍する。
高速移動の代償として生み出される途方もない荷重を、敵の足の甲へと乗せた。
「がっぁああっっ…」
耳障りな音と声を出して、最初に大声を張り上げた馬鹿の身体が、後ろへと傾ぐ。
それを見届ける前に、右前、左前、左の三方にいる三人の肩を、ロッドでそれぞれ突いた。
「ぐっ…がっ…」
苦悶の声を上げて、膝をつく。
一撃にさえ耐えられないとは、話にならない。
「次」
間合いの中に届く敵がいないことを確認して、次の標的を探す。
周囲を見回して、一番近い者へと飛んだ。
「ひぃっ…!? がはぁっ…」
着地と共に武器を持っている方の二の腕を、ロッドで砕く。
利き腕ならば、それだけで戦力は激減するし、大抵の武器も片手で扱えば、威力は半減する。
殺さずに力を削ぎ落とすのならば、最適だろう。
「次」
「ひ、ひぃいぃいいぃっ!!」
「………」
声を出すのも煩わしく、無言で敵を殴り倒していく。
致命傷にならぬように、わざわざ急所を避けているのだ。
どれだけ骨が砕けようとも、命に比べたら安い物だろう。
計算も何もなく、近い場所から、手当たり次第に壊していった。



「ふぅ」
数分後、元の位置へと戻り、そっと小さく息をつく。
一撃を受けたものは、例外なく地面に伏して、情けないうめき声をあげていた。
無残な仲間の姿を見て、誰もが私の視線から逃げるように後ずさる。
そのうち、数秒もせずに背を見せて走り出した。
「やれやれ」
私が誰一人として逃がさないと言ったことさえ、もう覚えてないだろう。
そして、その力量では、逃げきることなど、絶対に出来やしない。
「水よ、穿て」
凝縮した水の魔法を、逃げ出した連中の前方に投げ、地面に沈めてから戒めを解く。
水の膨張に耐えられなくなった土は、大音を立てて弾け、泥を周囲に四散させた。
恐れに足が止まり、安全を確かめるために周囲を見渡す。
その隙に、死角へと回って攻撃へと転じた。


「ああぁあああぁあぁぁぁぁっ!!」
数人を倒したところで、浮き足立つ集団の中から、悲鳴があがる。
レジか? それとも、シア? ライン?
予想をしながら振り替えれば、血にまみれた男が一人、地面に伏していた。
そして、倒れている男の背を踏みつけているのは、まったく知らない人相の悪い男。
「逃げる奴は、さっさと行けよ、邪魔くせえ」
苛立たしげにそう吐き捨てると、道を開けた連中の間を抜けて、悠然と歩いてくる。
この集団の頭? いや、どうせ寄せ集めの集団なのだ。
だとしたら、単なる馬鹿か。
「死にかけの男を殺るだけの、つまらねえ仕事だと思ってたが…面白くなってきたじゃねえか。
 目の前にいるのは、錆び付いてるとはいえ、伝説だぜ?」
一振りして剣に付着した血を払い落とし、こちらへと切っ先を向けてくる。
使い込まれた剣を油断なく構える姿は、ある程度の経験を感じさせる。
多少は、腕に覚えがあるのだろう。
「あんたの首なら、高価たかそうだ」
やれやれ、私に勝てるつもりでいるのか。
殺気を放つ私を前にして逃げ出さない、その度胸だけは、認めてやらなくもないが…。
命知らずなだけで相手に勝てるのなら、世の中に苦労など存在しない。
「それにしても、不公平ですね。
 私には、名もない男の首など、何の価値もないのに」
「あんたとレジ・セイルスを殺したら、俺の名前も即座に知れ渡るさ。
 その上、並み居る大富豪たちと肩を並べられるくらいの報酬も手に入るんだから、まったく、いい仕事だぜ」
目が眩むほどの金が、こいつを狂わせたのか。
腐っても貴族…か、馬鹿の使い方をよく心得ている。
「俺の輝かしい人生の踏み台になって、死んでくれ!」
その場でロッドを構えて、斬撃を受け止める。
一歩たりとも、下がってやるつもりはなかった。
「安心しろよ、ティスト・レイアもすぐに送ってやるから。
 あの世で、三人仲良く暮らしてくれやっ!!」
その言葉が放つ強大な誘惑に、一瞬だけ身体が硬直する。
眼前に迫っていた剣を後退してやり過ごし、次の一撃をロッドで止める。
「まったく、ずいぶんと魅力的な案をくれますね」
この世で実現できないなら、せめて、この世ではない世界で…。
弱気になったときに、一度だけ、考えたことがあった。
「だったら、さっさとくたばりやがれっ!!」
「…!?」
悪罵を止めるために反撃へ移ろうとして、命の危険を感じる。
本能のままに後ろへ飛び退ると、割って入るように巨大な戦斧が飛び込んで来た。
「なっ!? あっ…」
信じられない腕力で斧が剣をし折り、続く一撃で、男の鎧さえも粉砕する。
素人が傍から見れば、間違いなく死んだと思うだろう。
いや、辛うじて生きているというだけだ。
下手をすると、今後は、死ぬよりも性質の悪い生活を送る羽目になるだろう。
「ふふっ」
思わず、笑みが零れる。
援護というにしても、あまりにも乱暴すぎるやり方だ。
私でなければ、あの男と一緒に斧の下敷きになっているだろう。
「無事か?」
次々と相手を倒すレジから、肩越しに問いかけられる。
だからこちらも、手を止めずに返事をした。
「ええ、おかげさまで」
そう、私がどんなに弱気になったところで、この男がいるのだ。
その武器一つで、こんなにも安心をくれる男が。
背を預けて、敵と向かい合う。
戦場だというのに、安らぎを感じてしまうのだから、まったく、不思議なものだ。
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