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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

点を支えし者達

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01章 刃がその手に宿るまで-01

子供たちが戦う裏で、大人たちもまた、武器を握っていた。
『戦場の最前点』の裏側で動いた、老夫婦の物語。

DAGGER 一章 戦場の最前点のサイドストーリー
ティストの師匠である、クレア・セイルスとレジ・セイルスの視点で
物語の別側面を描きました。
お楽しみいただければ、嬉しいです。
【クレア視点】

部屋の灯りを消してベッドに横たわってから、何時間が経っただろう。
寝返りを打ち、全身の力を抜くが、まるで効果がない。
ありとあらゆることを試したが、どうしても寝付くことができなかった。
明朝、あの子達は、ラステナの出兵に乗じて、魔族の領地へと向かう手筈になっている。
その事実が、眠ろうと努力する私の邪魔をする。
平静で、いられるはずがなかった。
「また、あの子を戦場に送り出す日が来るなんて…」
二度と同じ過ちを繰り返すものかと、あの子と離れることになった、あの最悪の日に固く誓ったというのに。
全ては、謀略を見抜けなかった私の失態だ。
なぜ、あの子に闘技祭への出場を許可してしまったのだろう?
私が止めていれば、あの子が戦場に立つことなど、なかったというのに…。
全ては、闘技祭でのあの子の活躍を誰よりも喜び、誇りに思っていた愚かな私のせいだ。
それでも…。
それでも、私は…あの子の存在と、その身体に宿る強さを、世間に知らしめたかったのだ。
表舞台で持てはやされるのに十分な力を、あの子は、持っていた。
にも関わらず、陰険な連中にことごとく無視され、評価されることは一度としてない。
そんなあの子に与えられた千載一遇の好機を、見逃せるはずがなかった。
あの強さを得るために、どれほどの努力が必要なのかを、少しでも多くの人間に感じ取って欲しかった。
あの子の積み上げてきたものを、ティスト・レイアという存在を、認めて欲しかった。
誰であろうと投げ出すほどの過酷な訓練を、あの子は、耐え切ったのだから。
「………」
ひたむきに訓練をするあの子の姿を思い出して、つい口元が緩む。
当時のことは、今でも鮮明に覚えている。
あの子と訓練をしていたときは、本当に毎日が充実していた。
「しかたがない」
眠れなくなることを覚悟して、まぶたの裏に過ぎ去ってしまった大切な過去を描く。
全ての嫌なことを忘れるように、幸せだったあの頃へと、思いを馳せた。




もう何年も前のことなのに、今でも、はっきりと覚えている。
天高くから降り注がれる強烈な日の光に照らされて、世界は、力強く輝いていた。

無人の闘技場の中央には、当然ながら日差しを遮るものがなく、じりじりと肌を焦がす。
立っているだけでも、体力が奪われるのだから、この中で戦えば、消耗は計り知れないだろう。
戦うには、適さない。
だが、己を鍛え上げるためには、最適だろう。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
地に膝をついて、肩で呼吸をしているティストの頬からは、滝のような汗が流れ落ちている。
はっきりと疲れの色が見えるが、ここで終わらせるわけにはいかない。
まだ、教え込まなければいけないことが、山のようにあるのだから。
「立ちなさい」
小さくうなずき、呼吸を整えながら、ティストが立ち上がる。
そう、私が教えたとおりの立て直し方だ。
「まだ、やれますね?」
「…はい」
顔を上げたあの子の、意思の強い眼差しを見ていると、胸に熱いものがこみ上げてくる。
私たちの教える以上にあの子は自分で感じ取り、成長を続けていく。
でも、戦場で生き抜くためには、まだ遠く及ばない。
そもそも戦場に十分な強さなど、存在し得ないのだから。
一人の敵を殺すのに、一人の味方を犠牲にするという感覚で繰り広げられる戦いの中で…。
誰を相手にしても生き残るというのは、生半可なことではない。
「やあぁぁっ!!」
「遅い」
繰り出される連撃の合間を縫って、自身の隙を理解させるように、掌底を軽めに叩き込む。
「…くっ」
戦場で生き抜くのがどんなに困難でも、妥協をするつもりはない。
絶対に、この子を戦争で死なせない。
死なせて、なるものか。
「水よ」
「くっ…」
私が放った魔法の軌道を正確に読み、余裕を持って回避している。
まだまだ無駄は多いが、ようやく様になってきた。
必死になって距離をつめてくるあの子を心待ちにしながら、魔法を展開して悠然と下がる。
思い切りはあるものの、踏み込みの速度は、まだまだ遅い。
「っ!」
縦横無尽に駆ける水を目で追いかけ、その隙間へとあの子が飛び込む。
これを見極めるだけの視野を持てれば、戦場で飛び道具に不覚を取ることもないだろう。
まだ荒削りだが、致命傷となる部位だけは、ほとんど完璧に護れるようになった。
及第点…とするには、まだ甘いが。
「はっ…はっ…」
数十秒を要して、息を荒げたあの子が、どうにか自分の間合いの中へ私を入れる。
昨日と比べて、二秒の短縮か。
その進歩を内心で喜びながら、攻撃へと備えた。


「やぁっ! はぁっ!」
鋭い呼気とともに拳を振るい、そこから姿勢を崩さずに蹴りが繰り出される。
拳を二の腕で、続く蹴り足を太ももで、それぞれ受け止めた。
「…っ」
どちらもきちんと奥まで食い込み、私の芯まで、ずしんと響いてきた。
ふむ、悪くない。
が、そこから追撃を用意できないのでは、話にならない。
「どうしました? 私は、まだ倒れていませんよ?」
「っ!? やぁあぁぁっ!」
打ちやすいように後退してやり、迫り来る連続攻撃の中から、受け止めるだけの価値があるものを選ぶ。
私がいいと思ったものだけは手のひらで受け、それ以外は、全て回避する。
「くっ、あぁあぁああっ!!!」
私の意図を理解したのか、腑抜けた攻撃がだんだんと減っていく。
そう、それでいい。
「はぁぁぁあああぁぁっ!」
声を張り上げ、あの子は、がむしゃらに攻撃を繰り返す。
少ない体重を器用に使って、力を底上げしている。
あの身体で、これほどの一撃が打てるなら、申し分ない。
が…。
私の手のひらに包まれてしまうほど、この拳は、小さく、柔らかい。
骨も肉も、成長しきっていないからだ。
年端もいかぬ少年では、どれだけ鍛え上げても、肉体を武器にするのは難しい。
技を教えて、いかに誤魔化そうとも、その事実に変わりはない。
やはり、この子を守るためには、どうしても武器が必要だ。
「ッ!! あぁあぁあっ!!」
受け止めた手のひらに走る痛みを感じて、確信する。
この子の力は、本物だ。
武装したロアイス兵を倒すぐらいなら、できるだろう。
しかし、この子の手足が、長大な剣や分厚い盾に打ち勝つ強度を宿すことはできない。
余裕を持って攻撃に対処できるくらいの格下など、戦う相手としては、都合が良すぎる。
「………」
下がり続けていた足を止め、その場で受け止めた拳を押し返す。
変化に対して機敏に反応して、あの子は、安全のために間合いを外した。
判断としては、悪くない。
「訓練を変えます。何をしてもいい、私に触れてみなさい」
「はいっ!!」
返事と共に、力強く地面を蹴りだす。
一定の距離を保つことを心がけて、思考へと意識を埋没させた。
次は、何を教えるべきだろうか?
この子には、偏りが許されない。
何かに特化してしまえば、単純な勝率を上げることなら、できるかもしれない。
だが、得手不得手を作り出してしまうのは、致命的だ。
この子には、苦手を補ってくれる仲間がいないのだから。
最も重要なのは、勝てる相手を増やすことではなく、負ける相手を減らすことだ。
何時如何なるときであろうと、殺されない強さ。
欲を言えば、どんな相手を前にしても、引き分けられる強さが必要だ。
戦うものにとっての理想であり、叶わぬ願い。
それを、私とレジはこの子に求めている。
不可能だということは、分かっている。
だが、わずかにでも、それに近づけることは出来るはずだ。
だから、全てを注ぎ込み、均等に育てる。
私の考えが正しいか、分からない。
だけど、私ができるのは、最善を尽くすことだけだ。



こちらへと向かってくる気配に、あの子から視線を外さずに注意を払う。
集中力が途切れたことで、ようやく日が沈んだことに気が付いた。
「もう、こんな時間か」
ほとんど休憩らしい休憩もいれず、飲まず食わずで続けてしまった。
夢中になると、時間の流れすら気にならなくなってしまうのは、私の悪癖だ。
近づいてくる足音が、訓練の終わりを告げる鐘のように響く。
私の間合いに入る直前で、ぴたりと音は止まった。
「時間だ」
レジの声に反応して、ティストが素直に足を止めて、私へと礼をする。
しかたがない、今日はここで、切り上げるとしますか。
「ティスト、こちらへ」
「はい」
ティストの肩に手をあて、数秒で、ありったけの治癒の魔法を注ぎ込む。
白い光に包まれたティストの身体が、ゆっくりと傾く。
力を抜いてもいいように、そっと両手でその身体を抱いた。
「はぁ…はぁ…」
数十秒が経っても、呼吸が整わないし、汗も引かない。
やはり、かなり無理をさせてしまったようだ。
しかし、そうでもしない限り、とても足りない。
まだまだ、改善しなければならない点は、山積みなのだから。
「クレア」
「分かりました」
催促の声に魔法を止め、ティストを腕の中から解放する。
余計なことをせずに、今は、この子の成長だけを見ていたいというのに…。
私の邪魔をするのは、片付けるべき執務ではなく、いつも人間のほうだ。
「部屋へ戻って、先に休んでいなさい」
「はい」
「私たちも、すぐに戻りますから」
そう告げて、レジと共に急ぎ足で歩く。
会議が始まるまで、もう数分もないはずだ。
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