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DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER -戦場の最前点-

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17章 怒りの少女-5

【アイシス視点】

「ぐぁあああああぁぁっ!!」
「…何?」
突然、かなり離れたところで悲鳴が上がった。
この家を取り囲むような輪の外側だ、私じゃない。
いったい、誰が?
「ぎゃあああぁあああぁぁぁっ!!」
「や、やめ…ああぁーーーーーーっ!!」
苦悶の声と共に、耳障りな音が次々に響く。
何者かが、奴らを蹴散らしている。
「な、何が…? がぁっ…」
そちらに気を取られている敵へと攻撃しながら、警戒を高める。
何が来ようと関係ない。
お兄ちゃんを害するものなら、私が倒す。
「ぐあっ…」
「がぁっ…」
短い呻き声と共に、一部の連中が倒れていく。
それなのに…。
「速い」
私が普通に走るぐらいの速さで、武装した連中の間を突っ切っている。
このままなら、もう数秒もかからないだろう。
「………」
ダガーの握りを確かめ、水の魔法を収束させる。
私が、止めるんだ。
「…! 水よっ!!」
飛び出してきた影に、大きく伸ばした水を狙い打つ。
縦横に幅広な水は、そう簡単に避けられないはずだ。
「なっ!?」
驚くほどの速さで魔法を回り込み、そこでその姿が消える。
だけど、どんなに速くても足音は消しきれない。
「右!」
私のダガーが、虚しく空を切る。
その先には…。
「クレア…さま」
私の間合いの、ちょうど一歩分だけ外。
私の声も聞こえないように、家へと視線を向けている。
額に汗を浮かべて、肩で息をしているクレア様なんて、見たことがない。
「ティストは、無事ですか?」
「はい。二階に…」
「そう…ですか」
横にいる私だけに分かるぐらい静かに、小さく息をつく。
それだけで、もうクレア様の呼吸は整っていた。
「全力疾走なんて、もう二度とすることはないと思っていましたが…。
 足を酷使した甲斐がありましたね」
その優しげな微笑は、慈愛に満ちていた。
良かった。
お兄ちゃんを守れて、本当に良かった。
その笑顔を見ているだけで、そう思える。
「セイルスだっ!!」
「クレア・セイルスが出たっ!!」
前線にいた数人が悲鳴のような声を上げ、それが波となって広がっていく。
眼前のざわめきに、クレア様は不愉快そうに前へ出た。
「まったく、失礼な物言いですね。人を希少動物のように…」
「殺せぇえっ!!」
「出来もしないことを、みだりに叫ぶものではありません」
左の人差し指が空を駆け、それに呼応して水が奔る。
鉄槌のような硬度の水に打ちぬかれて、鎧が、盾が、次々に形を変えた。
「アイシス、こちらへ」
「はい」
手招きされるままに寄ると、右腕で優しく抱きしめられる。
そこから、私を包むように淡い輝きがあふれ出した。
その光と共に、今までの疲れが溶け出していく。
「これだけの数を相手に、よく持ち堪えてくれました」
「お兄ちゃんが教えてくれたことが、私を守ってくれました」
そして、どんな状況でも絶望しないのも、勝ちたいと願うのも、お兄ちゃんがいてくれるおかげだ。
その理由があるからこそ、私は戦える。
「もう少しです。目の前の敵を片付ければ、終わりですから」
「甘いわ、これだけの数で済ませると思うか。
 まだ他にもたっぷりと兵を用意してあるわ」
今にも高笑いしそうな、傲慢で底意地の悪い声であの男が告げる。
それに、クレア様が威圧感のある笑顔で答えた。
「なら、私もいいことを教えてあげましょう。
 ファーナの助言によって、ラインとシアが増援の撃破に向かいました」
「なっ!? 撃破だと!?」
「ええ、足止めではありません。撃破です。
 そして、この部隊には、レジが背後から挟撃を仕掛けています」
「くっ…だったらどうした!?
 その程度で、負けを認めろとでも言うつもりか?」
「ふふっ…」
クレア様が、小さく笑う。
それには、驚くほどの冷たさが込められていた。
「言っておきますが、降伏や逃亡など、認めるつもりはありません。
 あなたには…いえ、この馬鹿な計画に加担した全ての者達には…。
 私の怒りの深さを、たっぷりと知ってもらいます」
募る思いを言葉に変えて、クレア様が一歩ずつ進む。
平坦で感情の抜け落ちた声が、恐怖と戦慄を撒き散らす。
誰もが、その圧倒的な存在に脅えていた。
「さあ、始めましょう」
生ける伝説に、新たな一説が書き込まれようとしている。
戦いは、更に激しさを増した。


「動くな、アイシス・リンダントッ!!」
「? …!?」
振り返れば、そこには、リントとフェイの二人組が立っていた。
あのとき、たしかに決着はつけたのに…まだ、私の邪魔をするの?
真っ赤に輝いた二人の手は、私ではなく、私たちの家へと向けられていた。
「それ以上抵抗するなら、家を焼き尽くす」
「分かったら、さっさと武器を捨てやがれっ!!」
いくら馬鹿な私だって、武器を手離しても意味がないことぐらい分かる。
どうせ、奴らは私の目の前で、笑いながら炎の魔法を撃つだろう。
だったら、発動の前に潰すしかない。
「ッ!!」
奴らの手だけに意識を向けて、全力で駆ける。
どうせ、攻撃されることが分かれば、標的は私に向くはずだ。
「そう来ると思ったぜっ!!!」
「なっ!?」
私の接近を無視して、家に向けて収束していた炎を放つ。
なんてことを…!
「水よっ!!」
炎の前に、水で薄い壁を作る。
音と煙を立てて炎が水を突き破り、おかげで速さが半減した。
その数秒で家との間に回りこんで抑えこみ、水の魔法で完全にかき消す。
「…ふぅ」
私の顔にまで、炎の熱が伝わってきた。
もし、わずかにでも反応が遅れてたら…。
最低な想像が、私の怒りを加速させる。
「絶対に、お前たちを許さない」
「やってみろよ。ほれ、おかわりだ」
「ひひひっ、たっぷりくれてやる」
高低差をつけて、左右へとばら撒いてくる。
最悪だ。
私のことを痛めつけるために、家だけを狙うつもりなんだ。
一発でも撃ち漏らせば、お兄ちゃんたちが危ない。
「水よっ!」
片手ずつに魔法を収束して、迫り来る炎を狙い打つ。
「いつまで続くかな?」
「ここは、二階からじゃ見えないぜえ」
「くっ、うっ…」
連射するほどに、急速に身体の力が抜けていく。
同時に連続で展開させるなんて高等技術、もう何発も使えない。
「せいぜい苦しめよ、お前が泣き叫べばそれでいいっ!!」
「必死に庇え。大事な家が燃えちまうぞ?」
歯を食いしばって、痛みを全身に送る。
地面に膝をつき、それでも、意識だけは絶対に手離さない。
気絶している暇なんて、ない。
「自分が可愛いんだろ? さっさと逃げ出せよ」
「そうすれば、お前だけは生き残れるかもしれないぜ?」
「…ふざけるな。
 お前なんかに…
 お前なんかに、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、殺させやしないっ!!!」
「なら、やってみせろよぉぉっ!!」
疲れきった私に、炎の魔法が迫る。
収束しても、どうせ間に合わない。
なら、いい。
どうせ、魔法を無駄使いする体力だってないんだ。
私のために使う魔法なんて、残ってない。
「やあぁぁぁっ!!」
ありったけの声をあげて、ダガーを持っていない左手を振り上げる。
こんな小さな炎なんて、恐くない。
「くっ、ぁあぁっ…」
掌が焼け爛れ、耳障りな音を立てる。
一秒ごとに、左手が私の言うことを聞かなくなっていく。
「あぁぁあああ!!!!」
このまま、落とすっ!!
腕ごと振り下ろして、地面へ火球を叩きつけた。
地面に穴を穿ち、爆音を撒き散らす。
少しでも軽減するために、後ろへと飛んだ。
「はぁ…はぁ…」
血が巡るたびに、おかしくなりそうなくらいの痛みが走る。
傷口なんて、直視したくもない。
…だけど、止められた。
私がどうしても守りたいものは、守れたんだ。
「お、俺の炎を素手で止めやがった」
「お前はどいてろ」
リントを押し退けて、フェイが前へと出てくる。
この手口は、昔から変わらない。
一人ずつ、ゆっくり、じわじわと…私を苦しめる。
練り上げた火球を見せ付けるように、私へにじりよってくる。
その大きさは、さっきの倍はあるだろう。
さっきので左手、なら、これは…。
「今度は俺の番だぜ」
「やりたいなら、やればいいじゃない。
 お前たちが魔法を撃てなくなるまで、私が止めてみせる」
「やってみろよ」
紅く輝く手に対抗するために、痛みをこらえて左手をかざそうとする。
「…!」
だけど、できなかった。
腕までなら動かせるのに、その先は、ぴくりとも反応しない。
手首から先をどうすれば動かせるのか、今の私には、そんな当たり前なことが分からない。
左手は、もう使い物にならない。
…だったら。
「…水よ」
右手で抵抗するだけだ。
「がっ…」
余裕綽々な顔面を、思いっきり水で殴打する。
油断していたのか、奴は無様に地面を転がった。
「くそがぁっ…焼け死ねっ!!」
潰れた声で奴が叫び、収束を続けていた魔法が解放される。
本当に疲れてるみたい、不意打ちでも倒せなかったなんて。
「………」
これを止めるなら、片腕だけじゃすまないだろう。
「………」
血がにじむほどに力強く、ダガーを握り締める。
右手がいるなら、いくらでも差し出す。
この家を守れるなら、私の身体なんて、どうなったってかまわない。
だから、止まれっ!!
「ッ!!」
真っ直ぐに、炎の中心へと刃を滑らせる。
せめて、半減してくれれば、それでいい。
「な、俺の炎が…」
切っ先が届いた瞬間に、あっけなく炎が消えた。
切れた? …いや、それにしては、手応えがなさすぎる。

「そんな火遊びで、炎を名乗らないで。
 程度が低すぎて、見ているこっちが恥ずかしくなるわ」

聞き覚えのある声のおかげで、全てを理解する。
あの人にとっては、あんなちゃちな火なんて、ロウソクを吹き消すのと同じ感覚だろう。
「だ、誰だっ!? どこにいやがる?!」
裏返った声に答えるように、私の背後でとんと軽やかな音がした。
ここに来る人たちは、周りなんて気にしてないみたい。
これだけ敵がいるのに、軽々と一番奥まで来るんだから…本当にイヤになる。
だから、精一杯の笑顔でお客様を出迎えた。
「お久しぶりです、セレノアさん」
「まだまだ元気みたいね。
 炎の魔法を素手で止めようなんて、いい度胸してるわ」
呆れられるかと思ったのに、すごく嬉しそうに笑ってる。
もしかして、これ、褒められてるの?
「どうしてここに?」
「楽しそうだから」
「たのし…え?」
「木が空を飛ぶなんて、どんなことをしてるかと思えば、このお祭り騒ぎ。
 まったく、さすがは戦場の最前線、期待以上よ」
「木が…空を?」
「まさに風雅ふうがね。魔法で描かれた狼煙のろしなんて、初めて見たわ。
 いえ、招待状と呼んだほうがいいかしら?」
その言葉で、ようやく理解できた。
どうして、クレア様たちが…遠く離れたロアイスにいる人たちが着てくれたのか。
一番最初に発動させていたお兄ちゃんの風の魔法に、そんな意味が込められていたなんて…。
「このぉぉっ!!」
「死ねよっ!!」
二人の声にあわせて、周りにいた連中も一斉に魔法を放つ。
乱れ撃ちで、逃げる場所を少しずつ削っていく。
「くっ…」
セレノアさんなら、たぶん、間を縫って避けることも可能だ。
でも、今の私じゃ…。
「無粋ね」
不機嫌そうに掌を返す。
それだけで、全ての魔法が桃色の炎に飲み込まれた。
体力が残っていたら、一斉に薙ぎ払うくらいなら、私にでも出来るかもしれない。
だけど、飛んできたものを一つずつ狙って打ち落とすなんて芸当は、できやしない。
「…嘘だろ!?」
「有色の魔族か!?」
「アイシスは、素手であんたたちの魔法を止めたわよね。
 同じことができるか、アタシの炎で試してみる?」
あふれるほどの皮肉を込めて、セレノアさんが笑う。
それだけで、奴らを挑発するには十分だった。
「魔法を発動させる暇を与えるなっ!! 殺すぞっ!!」
雄叫びを上げながら、男たちが殺到する。
連携も何もない、エサに群がる動物みたいな攻撃だ。
魔法さえ出させなければ…。
そんな甘い考えで勝てるほど、有色の魔族は楽じゃない。
「のやろぉぉぉっ!!」
「さてと…」
長剣をかまえて突進してきた奴に向けて、笑みを浮かべる。
お兄ちゃんと戦っていたときにも見せた、あの好戦的な笑みだ。
「アイシスには悪いけど、あれ、もらうわよ」
指を差してそう宣言すると、私の返事も聞かずにセレノアさんが飛ぶ。
助走もなしに、歩幅なんていえない距離を軽々と跳躍している。
あの歩法は、真似できそうにない。
だって、あれは…地面ではなく、空を駆けている。
「なっ、あっ…」
一気にあれだけ距離を詰められたら、長剣なんて使い道がない。
「鈍いわね」
一撃を叩き込み、倒れた相手を踏みつけて、さらに奥へと突き進む。
まるで、自分から包囲されるように…。
「死ねぇっっ!!」
仲間がやられている間に土の刃をいくつも生み出し、次々と打ち込んでくる。
「…ふぅん」
セレノアさんが回避すると、その先を塞ぐように刃が降り注ぐ。
後ろから見ていると、よく分かる。
土の魔法で逃げ道を消して、自分の間合いへと誘い込むつもりなんだ。
「かかったな!!」
足を踏み出し、盛大に戦斧を振りかぶる。
「まったく、馬鹿ね」
大上段に構えた斧の柄へ、セレノアさんの掌が押し当てられる。
勢いを殺すことができずに、奴は頭から地面に倒れこんだ。
「出直してきなさい」
「がっ…あ…」
容赦なく顔面を踏みつけられ、だらしなく地面に伸びる。
伸びきった指先は、ぴくりとも動かなかった。
あっけない。
いや、セレノアさんが圧倒的過ぎるだけだ。
「使い古された上に、練度も足りないわね。
 せっかく魔法を使わないであげたのに、この程度なんて」
出来の悪い料理を食べたみたいに、セレノアさんがため息をつく。
それを油断と見たのか、ひるんでいた連中が一斉に襲い掛かった。
「うおぉぉっ!!」
「でりゃぁぁあっ!!」
掌底が内臓を潰し、蹴り足が骨を砕く。
舞うような優雅な動きに吸い込まれ、次々に力尽きていく。
見ているだけで、背筋が冷たくなる。
だけど、だからこそ、この状況では頼もしかった。
「どれも雑ね、大味だわ」
そう評したセレノアさんの足元には、取り囲んでいた連中が全て平伏している。
その舞台の中央で、セレノアさんが私へと振り返った。
「このお祭り、アタシも混ぜてくれるんでしょうね?」
「ぜひ、お願いします」
「言っておくけど、恩返しじゃないからね」
念を押すその言い方に、吹き出しそうになるのを我慢する。
まったく…疲れてるんだから、あんまり笑わせないでほしい。
お兄ちゃんが変なこと言ったから、まだ気にしてるんだ。
自由奔放に見えて、意外と気にする性格なのかもしれない。
「そのうち、私が恩返しに行きますね」
「期待しないで待ってるわ」
種族の違いさえ越えて、お兄ちゃんのためにここへ集ってくれる。
だってここは、戦場の最前線だから。


「ッ!?」
轟音と共に、大地が鳴動する。
「がはぁ…」
私と同じように思わず足を止めた連中が、盛大に吹き飛ぶ。
その奥では、特大の戦斧が、その重さを感じさせないように軽々と操られていた。
「………」
声の一つも上げず、レジ様が、黙々と敵を薙ぎ払う。
その淡々とした無駄のない動きは、華やかさと掛け離れた、実直な力だった。
「こんのやろぉぉっ!!」
「………」
敵の攻撃を真っ向から受け止め、弾き返す。
冷たい瞳で倒れた相手を見つめると、拳で敵を打ち崩した。
自分たちの攻撃はまったく通用せず、歯向かえば確実に駆逐される。
その鬼神の如き強さに、誰もが圧倒され、後ずさる。
その風格が、貫禄が、周りの傭兵たちを寄せ付けない。
あれが、ロアイスの元騎士団長の実力。
「無事か?」
「はい」
私の返事に、レジ様が小さくうなずく。
「では、家の中で決着を待つか、自分の手で終わらせるか、選べ」
その優しい提案に、心が折れそうになる。
もう、身体を休めたい。
安全なところで、終わりを待っていたい。
だけど、これが起きた原因は、私にもある。
私が、決着をつけなければいけないことなんだ。
「私が終わらせます」
「ならば、ワシが道を開こう」
筋肉を脈動させて、大きな戦斧を頭上に高々と掲げる。
「ッ!!」
鋭い呼気とともに、地を割るほどの強烈な一撃が繰り出される。
身を寄せ合って陣形を組んでいた人波が、軽々と押しのけられた。
「行け」
「はい」
できあがった道を、全力で駆け抜ける。
これで、全てを終わらせるんだ。
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