挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
DAGGER 戦場の最前点 作者:BLACKGAMER

DAGGER -戦場の最前点-

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

61/129

17章 怒りの少女-2

【アイシス視点】

「ふぁ…」
夕食を終えると、途端に目蓋が重くなる。
いつもなら、なんてことない時間なのに。
やっぱり、まだ怪我がちゃんと治ってないのかな。
「アイシスちゃん、寝たほうがいいんじゃない?」
「もう少しだけ、ここにいてもいいですか?」
「うん」
お姉ちゃんにそう答えて、私はベッドの端に身体を預ける。
ここが、お兄ちゃんを一番近くで見ていられるから。
少しでも長く、お兄ちゃんを見ていたい。
それで、どうなるものでもないけれど…。
私が、お兄ちゃんの傍にいたいから。
ノックもなしに、乱暴に扉が開かれる。
思わず立ち上がって身構えると、そこには、騎士たちに囲まれたイスク卿が立っていた。
その物々しい雰囲気に、お姉ちゃんも手を止めて前に出る。
「何か御用でしょうか?」
「よくも、そんな口が利けたものだな。その男をつまみ出せ」
「はっ!!」
威勢よく答えて、騎士団の連中がお兄ちゃんのベッドへと迫る。
「何の真似ですか?」
凍えるような冷たい声音で問いかけ、お姉ちゃんが一歩踏み出す。
その笑顔の前に空気が凍りつき、誰一人として動けなくなった。
「何もしないメイドが、何を偉そうに…。どうせ、掃除一つ満足にできぬのだろう?」
「何の話でしょうか? この部屋は清潔にしてありますが?」
「それだけ大きなゴミを見過ごして、どの口でほざく?
 だから、部屋がこれ以上穢けがれる前に私が捨ててやろうというのだ」
傲然と言い放つ奴の目は、私たちではなくベッドへと向かっている。
お兄ちゃんが…?
何を言っているの? こいつは。
「掃除だ、やれ」
「はっ!!」
その命令に馬鹿正直に従う連中に、怒りが膨れ上がる。
こんなふざけた話が、通用していいわけがない。
「動くな。これ以上近づけば、誰であろうと殺す」
感情のままに拳を握りしめ、口を開く。
自分の喉から出たとは思えないほどに低い声が、溢れ出た。
「ふん、我が物顔で何をほざく?
 ここは貴様らのような庶民がいていい場所ではない」
選民思想をふりかざして、奴が怒鳴る。
その耳障りな声が、私の怒りを芯から打ち据えた。
「王子と王女から、報奨金をもらったそうだな。
 そんなに金がほしいならば、奴をその手で楽にしてやるがいい。
 戦死者になら、金を手向けてやろうではないか」
戒めを解く。
全ての感情が、殺意に塗りつぶされていく。
叫ぶ余力なんてあるなら、それも全てこの一刀に込める。
全身を刃に変えて、奴の喉を狙って飛び込んだ。
「貴族に刃を向けるとは、愚かな…」
騎士団長の双剣が、私のダガーを阻む。
「邪魔よ、退きなさい。
 そんなに死にたいなら、私が殺してあげる」
私のダガーが、ことごとく双剣に止められる。
だけど、そんなものは関係ない。
絶対に…私は、絶対に、あの男を許さない。
「どけぇっ!!」
「静まれいっ!!」
割り込んできたレジ様の強烈な一撃に、私の身体が吹き飛ぶ。
体勢を立て直したときには、私の隣にクレア様が立ち、私の手を掴んでいた。
「おやめなさい、アイシス」
「離してくださいっ!!」
手首を抑えられているだけなのに、振りほどけない。
暴れる私を、軽々と抑え付けている。
「やめなさい」
骨が軋むほどに握りつぶされて、ダガーが落ちる。
それでも、私の怒りはまるで収まらなかった。
不快な感情とともに、残酷な想像が浮かぶ。
暗い心だけが、私の中を支配していく。
そんな私を見て、イスク卿が顔を歪めた。
「どれだけの危険因子を城内に入れているか、これで分かったであろう?
 即刻、殺すべきだ」
「これだけの武装兵を従えて寝室に入れば、命の危険を感じてもしかたのないことでしょう?」
「そうでなければ、私は殺されていたのだぞっ!! こんな連中、殺してしまえばいい!!」
耳が痛くなるほどに怒鳴りつけて、自分を正当化しようとする。
こうなってしまえば、反論など聞く耳持たないだろう。
「お待ちください。今回の処分は、ロアイスからの追放が妥当でしょう」
熱を消すように、冷水のような声が浴びせかけられる。
周りから集まる視線も気に止めず、ファーナさんは平然と立っていた。
「騒ぎが大きくなる前に、それで手を打っては頂けませんか? イスク卿」
「…ふん。今日だけは、その意見を聞いてやろう。
 すぐさま、荷物をまとめてこの城から出て行けっ!!」
言われるまでもない。
少しでも、この男から離れたかった。
連中が引き上げていくと、すぐに荷造りが始まった。


お姉ちゃんは、ラインさんとシアさんと一緒に馬車の手配に行ったきり。
私は、お兄ちゃんに別れを告げる、レジ様とクレア様の後ろに立っていた。
「っ…くっ…」
クレア様の顔が、苦悶に歪む。
あれから、私たちが支度をしている間、ずっとお兄ちゃんに治癒の魔法をかけていた。
その疲れは、かなりのものだろう。
でも、クレア様はやめようとしないし、誰も止めようとしない。
止められなかった。
城から離れたら、クレア様やレジ様はお兄ちゃんと会えなくなる。
そんな簡単なことに、私は気づかなかった。
お姉ちゃんは、どんなことにも耐えていたのに…。
我慢して守っていたものを、全て壊してしまった。
私が、問題さえ起こさなければ…。
「クレア様、申し訳ありませんでした」
謝って許されることではない。
でも、謝らないでいるなんて、できなかった。
「気に病むことは、ありません。
 ティストも、過去に同じ事をしましたから」
「お兄ちゃん…が?」
「ええ。弱きものを守るために、貴族へと刃を向け、傷つけた。
 そして、あの子は…ロアイスを追放されたのです」
「…!」
人里離れた小屋での一人暮らし。
用事がない限りは、ロアイスへ近寄ろうとしなかった。
お兄ちゃんの行動の一つ一つが、その言葉で理解できる。
「じゃあ、イスク卿がお兄ちゃんを憎んでいるのも…」
「ええ、それが原因です」
異常なまでの憎悪にも、少しだけ納得がいく。
それで、あの人は、お兄ちゃんを…貴族以外を目の敵にしてるんだ。
「…はぁ…はぁ」
ファーナさんが、息を切らして駆け込んでくる。
そんなに慌てている姿は、初めて見たかもしれない。
「間に合ったようね。これを、持って行って」
差し出されたのは、私の両手に納まるほどの小さな壷。
中には、不思議な匂いがする黄緑の液体が詰まっていた。
「これは?」
容器の古めかしい作りや傷は、相当の歳月を感じさせる。
長い間、ずっと大切に使われ続けてきたんだろう。
「精霊族秘伝の塗り薬よ」
「秘伝…って、それが、なぜここに?」
秘伝のものが、そこらに出回っているわけがない。
商店か何かで見つけてきたなら、まず、間違いなく偽者だろう。
「何人か、精霊族へと使者を送ったのだけど。
 あなたたちの名前を出すと、動いてくれた人たちがいたの。
 まったく、人助けはしておくものね」
その言葉に、黒服に攫われた妹と、それを追いかけていた姉の姿を思い出す。
きっと、薬を用意してくれたのは、あの二人だ。
「でも、種族不可侵があるはずですよね?」
「どこの国の使者であるか明示すれば、取り合ってくれることもあるわ。
 ライナス様とリース様が、その許可をくださったから」
王族の二人が、お兄ちゃんのために…。
本当に、お兄ちゃんは大切に想われてるんだ。
「使い方は、ユイが心得ているから、よろしくね」
「はい」
「馬車の準備、出来ました」
「よろしいでしょうか?」
ラインさんとシアさんの言葉に、クレア様がようやく治癒の魔法を止める。
優しくお兄ちゃんを抱きしめ、耳元で何かをささやいた。
ここからだと、その言葉は聞こえない。
でも、たぶん、聞いちゃいけないことなんだ。
あれは、二人だけの会話だろうから。
「アイシス、ティストのことを頼みます」
「用心を怠るなよ」
「はい」
クレア様とレジ様の言葉を胸に刻んで、力強く返事をする。
私には、私のできる精一杯をやるんだ。


この家に帰って来たのは、お兄ちゃん、お姉ちゃん、私の三人だけ。
すぐに、お兄ちゃん中心の生活が始まった。
お姉ちゃんがするのは、お兄ちゃんの看病だけ。
専念できるように、他の家事は私が全部こなした。
掃除も、洗濯も、料理も、できないなんて甘えたことは言わない。
お兄ちゃんのためなら、なんだってする。
仕事が終われば、お兄ちゃんの部屋に行って、お姉ちゃんの治療を見続ける。
だから、早く用事を終わらせて、いつもお兄ちゃんの部屋に入り浸っていた。


精霊族の秘薬の効果は、絶大だった。
治癒の魔法を止めると開いてしまっていた傷口が、日が経つごとに塞がっていく。
今では、包帯を取り替えても、ほとんど血がついていることはなかった。
顔色も目に見えて良くなり、呼吸も安定してきた。
毎日、少しずつ良くなるお兄ちゃんを見るのが、嬉しかった。
いつお兄ちゃんが起きてもいいように、食事は全て病人食に変えた。
それでも、私もお姉ちゃんも、不満なんて、これっぽっちもない。
少しでも栄養のあるものを、少しでも美味しいものを作るために。
毎日、試行錯誤しながら、料理に励んだ。


そうして、時が過ぎて…。
お姉ちゃんが、ロウソクに火を灯してくれる。
その間に、私はお兄ちゃんが寒くないように、毛布をかけなおした。
穏やかな寝顔のお兄ちゃんを見ているだけで、私の心が安らいでいく。
「…え?」
呼吸と一緒に聞こえた、かすかな音。
急いで、お兄ちゃんの唇へと耳を寄せた。
「…ぅ…ぁ」
言葉にならない、小さな声。
だけど、はっきり私の耳には届いた。
「お兄ちゃんっ!」
「ティスト!!」
二人で、思わず叫んでいた。
聞き間違えるわけがない。
だって、私が一番聞きたかった声なんだから。
私の呼びかけに、まぶたが揺れる。
ゆっくりと、時間をかけて…お兄ちゃんの目が開かれた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ